第11話 破滅の来訪
お久しぶりです。言い訳はともかく、1ヶ月ぶりの更新となりましたことをお詫びします。
短いです。
「あ、絶対無理です」
僕の声は林の隙間を縫うように響いた。僕の頭に乗っていた虹さんの大きな手がゆっくり落ちて、だらりと空を切る。
いつになく真面目な顔でのプロポーズを軽い感じで一刀両断された彼は、眉をひそめて不思議そうな顔をしていた。
「おっとすまん。耳に小銭が詰まってて……よく聞こえなかった」
「何ですかそれ」
「……えっと、結婚式は身内だけでやるか? それとも沢山、人呼ぶか?」
「何勝手に話を進めてるんですか! だーかーら! 結婚なんてしませんって」
苛立ちを露わにする僕。虹さんはポカーンと口を開ける。
「……理由聞いていいか?」
「言わないとわかりませんか?」
「……わからない。つまり理由はない。なるほど、結婚しようか」
「今日は用事があるのでもう帰りますね」
「待て待て。いい歳した大人のプロポーズを中断させてまでの大事な用事なんてないだろう」
中断、ではなく、拒否なのだが。プロポーズを断られたという事実を認識できないでいるのか? 我が師匠ながら恥ずかしい男だ。
──僕はまたすぐに軽く言葉を返そうと口を開いたが、脳裏をよぎる少女の姿に思わず、言い淀む。
「大事な用事というか……“大事な人”の為というか」
もっと言えば、ただ、僕のためでしかないのだけれど──僕が楽になりたいだけでしか、ないのだけれど。
「……あぁ、なるほど。他の男かと身構えたが、あれか。菊里か。今日のお前は元気がないから、菊里と喧嘩でもしたかと思ったが、仲直りしに行くのか?」
「……そんなの、虹さんには関係ないです」
「ある。夫婦間の秘密は無しにしようって、結婚一年目の記念日に約束したじゃないか」
「過去を捻じ曲げないでください。……とにかく、僕にはやらなきゃいけないことがある。ごちゃごちゃしてた頭も、さっきの手合わせのお陰でスッキリ片付きました。あとは、それを行動に移すだけです」
「そんな考え込むほどの大喧嘩とは思わなかったが……まぁ、それはそれとして、言わなければならないことがある」
結婚がどうのこうの言っていた、ふざけた雰囲気は風に攫われ、彼はいつになく真面目な表情に戻して、言葉を続けた。
「もう、この街を去った方がいい。この街は──ヴァンピールは、どうせ滅びる」
「……それは、まずいですね」
「まぁ滅びるのを防ごうと、仲間を集めてそれらしい組織を作り上げたが、正直、どうこうなるとは思えない」
「信じるのに時間がかかりそうな大変なことですけど、それを今更言うのはどうしてですか?」
「今朝、仲間から報告があった。明日には破滅が訪れると。……多分死ぬから、結婚くらい経験しておこうと思ったんだが、断られたわけだし、最悪、お前だけでもこの街から離れて欲しいと思ってな」
「それは……ありがたいですけど」
話の流れが急すぎてついていけない。破滅の来訪? 多分死ぬ? どう言うことだ。それこそ、僕がこれからやろうとしている仲直りなんてほっぽらかしてでも話を聞くべき案件だけど……。
「……たったの2ヶ月とはいえ、僕もこの街にお世話になりました。できることなら、その破滅とやらに対抗する手伝いを、虹さんの弟子としても、僕個人としても、したいところですが……わざわざ逃げろって言うってことは、僕にできることはないんですね」
「端的に言えばな。正直に言えば俺だって逃げたい。ビビりまくりだ」
「じゃあ、どうして……なんて聞くのは、野暮ですかね」
「ふふっ……どうだろうな。まぁ俺のことはともかく、柊。お前は明日までに、菊里を連れてヴァンピールから逃げろ。できるだけ、遠くに」
──菊里を連れて。……たったそれだけのことに思えて、今の僕にとってはそれが最も頭を悩ませ、胸を締め付ける事案であるのは、今ここでわざわざ彼にいうことでもあるまい。まぁ、それこそ今から、彼女に僕の考えを、想いを伝えて──まだハッキリと定まっているわけではないが、とにかく、全部さらけ出して、話し合って、そして。
逃げる、か。先ほど彼に言った、“この街への感謝”──それに伴う執着もあって、そんなホイホイと逃げていいのだろうかと、罪悪感に駆られるうえに、明日にはヴァンピールの街が滅びることをここの住民は知っているのだろうか、という心配もある。今から避難を呼びかけて、動く人がいるだろうか。
それこそ何十年もこの街で暮らしてきた人や、ここ以外に行き場のない人からすれば、避難勧告なんて聞いたところで動く気にもならないだろうし、何より信じてもらえるかどうか。……事実、僕でさえ、その破滅の正体を知らされていないのだから。
この街は小さくない。有名観光地なだけあって人の数は多いし、別地域出身、あるいは別種族の観光客や旅人もいて、言葉が満足に通じないかもしれない。……これら不安要素を片っ端から挙げて、彼ら住民を見殺しにする言い訳をしているようにも聞こえかねないが、僕にそんなつもりは毛頭ない。──そしてその想いと同じくらい、全ての人を救うのは不可能だと、理解している。
そもそも、だ。全ての人を救うというなら、彼はどうなる? ──虹さんは。仲間を集め、何らかの方法で破滅とやらに対処しようとしているらしいが、多分死ぬ、と言ったのは彼自身だ。正直逃げたい、とも。
ここで彼を引き止めても、状況は変わらないのだろうか。これでも2ヶ月、毎日お世話になった弟子の身である。感謝、その他諸々の感情が僕の胸にしまってある。それらを無下にして、師匠となる人を死地に送り出す図太さは、今の所もち合わせていないが……今更引き止めるのも無茶だろう。こういうとき、男の人は頑固だ。
信憑性はともかく、重大な事柄を耳にして数分。その程度で結論が出せるほど簡単な問題ではないし、それほどに僕は聡明ではない。
彼女なら。紗江なら、何て言うだろうか。何を選ぶだろうか。
──思案に耽る僕は、突然。肩に置かれた手に驚き、顔を上げる。
「ま、こんなこと言われて混乱してるのもわかるが、今は俺を信じてくれ。街の住人には俺たちから伝えておくさ。……そんな信用も人脈もないけどな」
そもそもヤツが訪れた時点で助かる道なんてない、と。諦めたように言って、彼は足を進める。少し離れた気配。ふと、大事なことを忘れていたと思い、僕は振り返る。
「聞きそびれてた……虹さん、その“破滅”とか“ヤツ”って……一体何なの?」
「あぁ……破滅ってのはな」
彼は足を止める。風に吹かれる前髪を邪魔そうに払い、色褪せたジーンズのポケットに手を入れた。
「──龍皇だ。 炎の龍皇フロガ──伝説の怪物が、来る」
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僕は街を駆け回った。彼女と2人で行ったことのある場所は手当たり次第、見て回った。心当たりも何もかもないけれど、これでも、必死に探したつもりだ。
結局、紗江は見つからなかった。知り合いに話を聞いても、それらしい情報は手に入らなかったうえに、嫌な事実も耳にした。
“ヴァンピールに龍皇が来るって嘘噂を流布してる輩がいるらしい。軍を持たないこの街に、人間種族に敵対する軍事組織を襲って回る龍皇が立ち寄る理由がない”
ここで言う“嫌な事実”とは、龍皇が軍事組織を狙っていると言う点ではなく、そう信じていることによって誰1人街から出ようとしていない、ということだ。
だが事実はそんなに甘くない。虹さんから以前聞いた。ヴァンピールを治める王族──数こそ少ないものの歴史は長いとされる吸血人種の王は、人間種族の王……細かく言えば人間領ミミルの王と交流があるらしい。
故に、この街にも人間種族について、あるいは人間領ミミルの事情や現状について、よく情報が入って来ると言っていた。……紀伊や瑞樹、蘭の所在を知る手がかりになると思って、それを聞かされた時は、ありがたい“交流”だと思ったが……。
どうも先月あたり、王族間でトラブルがあったらしく、交流が途絶えたどころか敵対までしていたらしい。情報源が少なくなることに落胆していたのを思い出し、そんな軽い問題では済まなかった現状を思うと、王様同士、仲良くしてほしいものだ。
それで結局、明日には国民が戦火に──それこそ、炎に。呑まれ苦しむことになるのだから。
──それはともかく。いやまぁ、ともかくなんて軽く置いておける話題ではないが、ともかくったらともかく。僕にとっての優先事項は紗江だ。正直、お世話になった人たちを助けたい気持ちはあるが、彼ら自身がこの街を離れようとしない以上、紗江だけでも連れて逃げる。
そのための仲直りをしようと、今日一日中走り回ったわけだけれど。
「お、嬢ちゃん、1人かい?」
「あ、えぇ。……これ、今日の宿泊代です」
「まいど。何があった知らないけど、桃色の髪のお嬢ちゃんとも仲良くしてね。ウチの常連客に逃げられちゃ困るからね」
その常連客は、店から逃げるどころか、この街から逃げるんですけどね。と、内心申し訳なく思いつつ、宿屋の主人に軽く頭を下げる。
すっかり暗くなり、肌寒い外を眺め、紗江もちゃんとどこかの屋内で暖をとっているだろうかと、心配になる。まさかこんな寒い夜に野宿なんてしてないだろうな、と落ち着かないが、一日中探しても見つからなかった紗江が今から探して見つかるとも思えないので、僕は暖かいベッドで一旦寝る──わけ、ないだろう。
──僕は窓から飛び出して、道に着地。再び走り出す。
部屋に戻ったのは荷物を取りに来ただけ。どうせもう帰ってこないが、最後の宿泊代くらい払っておきたかったので、あのお金は損失ではない。
最低限のものしか持って来ていないが、そもそも手ぶらでこの街に来てからどうにか生き延びた僕たちだ。次の街でもやっていけるだろう。
──もう、休んでる暇なんてない。明日の何時頃に龍皇がヴァンピールに到着するのかはわからない。もしかすれば早朝には……それでは手遅れだ。まだ紗江を見つけてさえいない。仲直りなんて段階ではない。
今夜のうちに見つけ出し、仲直り。あるいは先に連れ出して、安全を確保してから仲直りでもいい。とにかく見つけないと。この世界で彼女を失うのは──絶対にダメだ。それだけは。
「今いくよ、紗江。僕は……君を──」
死ぬ気で見つけだす。言葉にするまでもない覚悟を速さに変えて、僕は鉄臭い夜に飛び込んだ。
──その時にはすでに、別の太陽が昇り始めているとは知らずに。
ありがとうございました。




