表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライトノベルじゃあるまいし  作者: ASK
第三章【ミミル・追憶】
102/105

第9話 本物

 お久しぶりです。1ヶ月ほど更新が空きました。本当に申し訳ありません。

 私事ながら、この時期は忙しく、加えて新作の執筆やらでこっちに手が回りませんでした。

 ……ですが、期末考査、良い結果を無事にとることができました。

 推薦入試に向け、頑張ります。




 突如として始まった腕相撲大会。ルールは簡単、一回1000円で傘音かさねちゃんに挑戦でき、勝てばそれまでに溜まった挑戦金と名誉を受け取れる。


 彗星の如く現れた超新星スーパールーキーひいらぎ傘音の噂を聞き、吸血人種ヴリコラカスの都『ヴァンピール』中から力に自信のある男たちが公園に集まってきた。


 ガチムチ男たちに許可をもらい、賞金であるお金の山から少しだけ拝借して傘音ちゃん用の飲み物や食べ物を買ってきた私。マネージャーみたいになってるけれど未だにこの状況に理解が追いつかない──否、頭で理解はしているが心が受け付けない。



「か、傘音ちゃん……もうそろそろいいんじゃないですか? 今日、どこかに泊まれるくらいのお金は稼ぎましたし……」


「甘い! 甘いよ紗江さえ! 弱肉強食のこの世界でそんな生温いこと言ってるとね…………地獄に落ちるわよ!」



 連戦連勝の末にテンションが上がり過ぎて人格がぶっ壊れた傘音ちゃんの大声に耳がキーンとする。今や可愛いのは顔だけ。汗だくでガチムチ男たちと腕相撲に興じる姿は見るに耐えない。


 山積みになった賞金。このまま日が暮れるまで誰も傘音ちゃんに勝てなかったらかなりの大金が手に入る。確かにそれはロマンに溢れ、寝泊りをする場所すらない今の私たちにとって色々と有利だけれど、それを周りの人たちは認めてくれるだろうか。


 いきなり横入りしてきた女が、大勢の男から金を巻き上げ、去っていく。気性の荒い人なら怒鳴り散らして批判してくるに違いない。それとも勝者とは常に理不尽である、ということで許されるのか。いずれにせよ傘音ちゃんが勝ち続けた場合の話。


 夕日が眠たそうに傾く。少しだけ鉄臭いヴァンピールの街中を、冷え始めた風が通り抜ける。


 当初、お祭り状態で大勢いたガチムチ男たちも数を減らし、今やオーディエンスもいない。そうなると無論、挑戦者もいなくなり、そろそろ終わりかな、と私も察する。


 賞金を麻袋に詰めて水を飲む傘音ちゃん。何時間も腕相撲をし続けた根気と体力──何よりその強さに敬意を評しつつ、先ほど買ってきたハンカチで顔まわりの汗を拭き取ってあげた。



「いやぁしかしボロ儲けだね」


「味をしめないでくださいよ、傘音ちゃん。こんなの今日だけでしょうし、負けると分かったら次からは誰も挑戦してきません。……というか、こんな可愛い子がガチムチ男たちに囲まれるというのがそもそもいけません! 危険です!」


「ふふ、心配しすぎだよ。 紗江も気づいてると思うけど、この世界に来てから僕たちは異常に“強い”。僕は怨蝶おんちょうを殴り倒せたし、紗江なんて魔法みたいなこともできた」



 怨蝶をどうやって倒したのか知らなかった私からすると殴り倒したという情報はあまりに衝撃的だったが、それはともかく。私は傘音ちゃんの服の裾をつまんで呟く。



「……でも、万が一、傘音ちゃんがケガでもしたら」


「うん。ありがとう。紗江は優しいね」



 頬に添えられた手の熱さにドキッとした。顔が赤くなりそうで焦ったが、そういえばその手は数多のガチムチ男たちと腕相撲に興じた手ではないか、と思い至り、失礼ながら少し不快な気持ちも生まれた。


 暗く輝く傘音ちゃんの瞳に、確かな自信と頼もしさを感じつつ、今日のところは宿屋を探そうと提案しようと口を開く──その時。



「──やたらと強い女がいると聞いたが……どっちだ?」



 突如かけられた声。肩を跳ねさせて驚いた私とは対照的に、傘音ちゃんはゆっくりと横を向いて声の主に応対する。



「僕だけど、挑戦する? 今日はもう切り上げようと思ったけど、最後の勝負ってことで」


「……金を取っていたのか?」


「まぁ、僕たち1円も持ってなくてさ、寝泊りする場所どころか食べ物すら買えなかったんだ。……でも、僕に勝ったら全額、勝者にあげるってルールだったし、詐欺とかじゃないよ?」


「……俺も金を払わないとダメか?」


「どっちでもどうぞ」



 男は無言でポケットを漁り、くしゃくしゃのお札を数枚取り出して、テーブルに置いた。



「風にさらわれる前にその麻袋に入れておけ」


「一回1000円で十分だったけど……まぁいいや」



 暗さを増した公園の一角。吹き抜ける夜風が体を冷やした。


 テーブルに肘を置く傘音ちゃん。男も続く。黒い手袋は外さず、男は傘音ちゃんの手を握る。


 誰に言われるでもなく、私はテーブルの横に立ち、2人の手を押さえて唾を飲む。



「えっと、それでは。レディー……」



 ──風が止む。商店街の方から微かに聞こえる笑い声や、近くで聞こえる鈴虫の鳴き声。今日は何度も見た光景とはいえ、やはり勝負の瞬間は緊張感に襲われる。


 男と傘音ちゃんの視線が衝突を繰り返す。踊る鼓動もそのままに、私は静かに、されど力強く喉を震わせた。



「──ファイトッ!」



 パターン! と。またもや傘音ちゃんが挑戦者を瞬殺──とは、ならなかった。


 というか、私が勝負開始の合図と共に手を離しても、2人の握られた手は動かず、その場所にあり続けている。


 微動だにしない2人の手を穴が開くほど見つめ、なぜ腕相撲を始めないのか不思議に思い、私は視線を傘音ちゃんの顔に移す。尋ねようと開けた口から──声は出なかった。



「…………ッ!」



 そこに見えたのはこれまでの余裕綽々の傘音ちゃんの可愛い顔ではなく、歯を食いしばり、汗を滲ませながら、顔を真っ赤にしている必死の形相。


 私は思わず目を逸らす。まさか。ここまで強い傘音ちゃんが手こずるわけがない。……しかし、逸らした視線の先にいた男の表情は、苦戦を強いられている傘音ちゃんとは真逆。冷たいほどの静けさを帯びた真顔だった。



「……なるほど、強いな。女」



 男はそう言った。傘音ちゃんは言葉を発する余裕もない。その様子を見つつ、男はさらに口を開く。



「その腕の細さからもわかるが、筋肉のつき方、力の使い方、技術、姿勢。それらから推測するに、お前の腕からは物理的にあり得ない力が生じているな」


「……それがっ……どうした……!」


「そしてこの神気……『守護者ガーディアン』の加護を授かっているな? ならば加護の力と使うがいい。全力でこい」



 目を見開いた傘音ちゃんが、ふう、と1つ息を吐いて笑った。



「──後悔……しないでねッ!」



 青白い光の粒が傘音ちゃんの体を覆う。収束する輝きが傘音ちゃんの手に宿り、どこからともなく風が吹く。ミシミシと音を立てるテーブル。やがて煌めきがその色を強めた刹那。


 腕が、傾く。


 傘音ちゃんがゆっくりと、男を押し始める。表情1つ変えない不気味な男は、しかしながら少しずつ敗北に近づいていった。手の甲に影が差す。ニヤリと笑う傘音ちゃん。ここから巻き返すのが厳しいことくらいはわかっている私も、安堵の波に身を委ねた。


 が、しかし。



「……まさかここまでの才能が眠っていたとは。なるほど、世界は広いな」



 男は少し嬉しそうに言って、その腕に力を入れた。──直後、バキッ、という、木のテーブルがへし折れる音を聞いて、そこで初めて勝負がついたことに気がつく。


 全くもって目が追いつかなかった勝負の行方に、思考を移す。私の眼下で、叩き割るほどの衝撃と共にテーブルに手の甲を押し付けられたのは、驚愕のあまり声も出ない傘音ちゃんだった。



運命ちからを持ってる。……大切にしろ」



 男は言葉と共に手を離し、すぐに歩き出す。思わず私が声をかけようとすると。



「賞金はいらない。 中々楽しめた」



 男は背中越しにそう言って歩いて行ってしまった。私は別に賞金のことを言及したかったわけではないのだけれど……結局、あの男が何者なのかは、わからないままになった。


 切り替え、私はすぐに傘音ちゃんに駆け寄る。



「だ、大丈夫?」


「…………負けた」


「うん。すごい強かったですね、あの男の人」



 信じられないほど落ち込んだ様子の傘音ちゃんの肩を抱きつつ、今日の臨時収入を手に公園を後にする。


 突如ヴァンピールに現れた新星スーパールーキー、柊傘音の伝説的な1日は、そのプライドを、木製のテーブルと共に叩き折られて終わったのだった。




❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 その日1日をなんとか過ごし、さて人間領ミミル目指して私たちは旅に──とは、ならなかった。


 結局、私と傘音ちゃんは、“2ヶ月以上”ヴァンピールの街に居座り、アルバイト的なお手伝いを繰り返して料金の安い宿屋で寝泊まり。すっかり街にもなれてしまった。


 というのも色々と準備をしてから行動しようという傘音ちゃんの考えのもと、この世界の情報をある程度集め、所持品、装備も充実させ、それからでも遅くないという判断に至った。


 顔見知りも増えてきたそんなある日、お手伝い先のお店にきたお客さんが読んでいた新聞に目がとまる。


『龍皇フロガまさかの女連れ』


 記事の見出しの下、写真の少女を見て思わず咳き込む。



「き、──紀伊きいちゃん!?」



 金髪金眼の美少女として、紀伊ちゃんの写真とその名前までもが掲載されていた。


 この街で様々なことを聞いて回り、自分でも調べ、この世界のことについて知識を増やした中で、すでに私たちは瑞樹みずきちゃんの所在は掴んでいた。


 というのもやはり、彼女は唯一の魔法使いとして世界中から注目を集めているがゆえに、彼女の名前が出ない日の方が珍しいくらいなのだから。しかしながらそんな彼女と同じくらい──否、それ以上に聞く名前がある。


 ──龍皇。


 約200年も前からこの世界において最強の座に君臨し、今この時も敵対種族の軍部を襲い、潰し回っているそうで、怪物、伝説、悪魔、救世主……と、様々な扱いを受けながら、人々の話題になっていた。


 そんなもはや都市伝説のような存在と、紀伊ちゃんが、行動を共にしている……なんて記事を目にしたのだから、それはもう驚く。ずっと紀伊ちゃんに関しての情報だけが集まらなくて心配を募らせていた私たちにとって、紀伊ちゃんがこの世界でもちゃんと生き延びていることには喜びを感じる。


 しかしながらやはりその隣にあの龍皇がいるとなると、なるほど一概に無事だとは思えない。


 事情はわからない。記事には誘拐やら奴隷やらと推測する学者のコメントも書かれているが、しかしながら写真の紀伊ちゃんは、この世界に来た時の藍蘭あいらん高校の制服ではなく、この世界で購入したであろう服装をしている。……買ってもらったのだとすれば、虐げられているわけでもなさそうだし、何より『親しげに会話する姿も』という一文が全てだろう。


 明るく、素直で可愛らしい紀伊ちゃんなら、たとえ龍皇だろうと仲良くなれる……とまでは思えないのが最も心配な点。約200年、最強が故の孤独を貫いて生きてきた──戦ってきた龍皇が、今更になって隣に女を置きたいと思うだろうか。


 傘音ちゃんと2人でいる私と比べ、何もわからないこの世界で一人きりになってしまった紀伊ちゃんが、私たちと再会──その為におそらく人間領ミミルに向かう上で、龍皇を頼ることにしたのなら、懸命な判断と言えるけれど、対する龍皇の意図が読めない。


 それこそ、紀伊ちゃんが何かに利用されているのではないかと、疑ってしまう。


 ──紀伊ちゃんの心配もそこそこに、お手伝いが終わり、店長から日当を受け取った私はいつもの宿屋に歩を進めた。


 不治ふじ村の村長が言っていたように、ここヴァンピールの住人は皆優しく、特に2ヶ月以上同じ部屋に割引料金で宿泊を許してくれる宿屋の主人の存在はありがたい。


 私も傘音ちゃんも、半日以上働いているとはいえ、それほど収入があるわけでもなく、中々ヴァンピールから出発する準備を整えられないのも、資金不足が最たる原因だったりする。



「あ、紗江ー、おかえり」


「ただいまですー!」



 都市中心部から少し離れた民家の並ぶ通りを曲がると、宿屋の前のベンチに腰掛ける傘音ちゃんが手を振りつつ声を上げた。未だに拭えないこの世界への不安を分かち合える唯一の存在である傘音ちゃんの言葉はよく耳に届く。そんなおかえりの一言さえ嬉しくて、私は小走りで向かう。


 走りながら、鼓動が速くなる。これは別段、走ったからというわけではない。……そう、走ったからでは、ないのだ。


 “これ”が、私の、悩み。


 この世界に来て、何もかもが初めてで、わからないことだらけ。挙げれば数えきれないほどの悩みや不安があるけれど、最も私が戸惑っているのは、私自身のことだ。



「ふふ、走る必要はなかったのに。おかえり、紗江」


「……はい」


「じゃ、いこ。他のお客さんにあの部屋取られちゃう前に」


「あの、わわっ」



 傘音ちゃんが私の手を引いて宿屋へと一歩進む。扉をあけて中へ。宿屋の主人が微笑みながら会釈した。


 ──全身が熱くなる。


 ここ数日のことである。本当に、最近のこと。2ヶ月以上、2人でこの宿屋で暮らしていて、これまではそんなことなかったのに。



「……どうしたの、紗江? 顔、赤いけど」



 覗き込む傘音ちゃん。肌を這うような恥ずかしさが全身を貪る。



「さ、さきに部屋に行ってますね……」



 俯いて走る私。背中にかけられた声を避けるように部屋に飛び込んだ。ベッドに頭から突っ込んで枕を抱く。


 深呼吸。火照る体を冷ます。──まただ。またこの気持ち。なぜこんな恥ずかしくなるのか、なぜこんな顔が熱くなるのか、私には……。



「いや……わかってます。私が1番……わかってますとも」



 正直な、話をしよう。これはここ数日、1人になったときはずーっと考えて、考えてに考え抜いて出した結論だ。


 私は、菊里きくざと紗江は、ひいらぎ傘音が──好きだ。


 性的な意味で、好きだ。大好きだ。キッカケなんてなかった。一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝て、起きて。ただそれだけのことを2ヶ月、続けた。


 異性ならまだしも、同性だ。仲の良い女友達なら、シェアハウスなんていって一緒に暮らしていても不思議ではないし、そもそも女友達というのは距離が近い。


 頼りになるし、可愛いし、前から好きだったのは確かだけれど、それが友愛から親愛に、そして今では恋愛へと到達してしまったのには、私も驚いている。


 ……正直、自分でも気持ち悪いくらいに私は恋をしやすい。恋をしたことに後悔はしないし、そもそも悪いことをしているわけではないけれど、らんくんのときだってそうだ。


 藍蘭高校の入学式の日。行き道にぶつかって、一緒に学校へ行った。ただそれだけの、ほんの数十分で、私は彼を好きになった。彼に恋をした。


 好きになってしまったものは仕方ないし、なぜそんな簡単に……とは自分でも思うけれど、私は間違いなく、恋に落ちていたのだ。


 そんな私が、またもや簡単に誰かに恋に落ちたでなんて言ったら、まるで私が『恋に恋する』というか、『恋をしている自分』というものに執着しているのかと、思われてしまうかもしれない。


 けれど、これだけは言わせてほしい。


 会ってすぐに好きになった千葉蘭とは違う。傘音ちゃんのことは、2ヶ月以上、ずっと一緒にいて、ゆっくり、確実に、本当に、好きになったんだ。


 元、好きな人を貶めるような言い方にはしたくないけれど、傘音ちゃんへの気持ちは“本物”だ。かけがえのない、彼女への恋慕だ。


 ……もっと正直に言おう。私は彼女を見ていてそれはもうムラムラする。堪らんのだ。彼女は私に対して性的な好意を寄せていないだろうから、ガードが甘いというか、いつも無防備。


 最近は一緒にお風呂に入るのも遠慮するようにしているし、寝ている時も距離をとって、理性を保っている私だが、ふとした時に彼女を見ると、ぐわぁっと体の芯が熱くなるような、息が荒くなってしまうような、そんな気持ちになる。


 こんな気持ちを抱いたまま、隠したまま、彼女と一緒に過ごすには、この世界は危険すぎる。何も知らないからこそ、私たち2人だけは、信じ合えなければならない。信頼に値する相手でなくてはならない。下心すらも、隠すべきではないのだ。


 だから、私は決めた。


 ──今日、傘音ちゃんに、私の想いを伝える。


 実はもう理性を抑えきれそうにないとか、そんな理由でもあるけれど、それは二の次。彼女への隠し事はなくしておきたい。


 ……多分、フラれる。わかっている。それでも、私は、傘音ちゃんを──



「どーしたの、そんなに急いで。眠かったの?」



 扉の開く音と同時、この世で1番好きな声が聞こえた。ゆっくりと顔を上げる。



「……あの、傘音ちゃん」


「なに? 疲れてるならマッサージしてあげようか?」



 ま、ま、マッサージ!? それは一体どういう……いやダメダメ。落ち着け私。



「と、とりあえず、ご飯食べましょう」



 今は言う時ではない。もっとムードを大切にしよう。


 ──そんなわけで夕食へ誘い、宿屋の食堂で夕食を済ませた。別々にお風呂に入り、寝る準備。またもや無防備な格好でベッドに横たわる彼女を横目に私もベッドに腰掛ける。


 髪を梳かす彼女の隣に座る。無言で近くに来た私を不思議に思ったのか、彼女は起き上がり、俯く私の顔を覗き込む。



「どうしたの、今日の紗江、なんか変だけど」


「大事な、大事なお話があるんです」


「……?」



 キョトンとする傘音ちゃんの手を、かなり勇気を出して、両手で包む。ぎゅっと強く。傘音ちゃんが顔を上げ、私が何か言い出すのを待つ。


 全身の内臓を潰し回るように暴れる心臓。手も震える。ほのかに香る傘音ちゃんの香りに目眩がする。


 薄く息を吐き、吸って、言葉を零すように、口を開いた。



「……この世界に来て、不安で、怖くて、何もできなかった私が、こうして無事、幸せな生活が送れているのも、全部、傘音ちゃんのおかげです」


「ふふ、それはこっちのセリフだよ」


「本当に、感謝しているんです。いつも優しくて、かっこよくて、可愛くて……私が暗い顔していると、いつも隣にいてくれます」


「やたら褒めるなぁ、照れるよ」


「……それで、ですね。私、気づいたんです。本当の気持ち。感謝もそうですけど、それ以上の、私の想い」



 体ごと傘音ちゃんの方へ向く。今にも泣き出しそうな私の表情に、傘音ちゃんも戸惑っている。今一度彼女の手を強く握る。


 自分でもわかるくらいに震えた声で、それでも聞こえるよう、届くよう、伝わるよう、言った。



「──私は、貴女が……貴女のことが、好きです」



 薄暗い部屋の中。窓から差し込む月明かりが、朱色に染まった私の顔を照らした。頬に当たる夜風も、道端の鈴虫の声も、何もかも、感じない。


 ただ、驚いたように目を見開く、傘音ちゃんだけを見ていた。


 やっと伝えられた。やっとだ。体を掻き毟りたくなるような恥ずかしさと、今にも零れ落ちてしまいそうな涙。今までのどんな時よりも、体が熱い。


 静寂がいっそう私の鼓動を早くする。今にも吐いてしまいそうな緊張感と、期待。


 見開かれた彼女の瞳に映り込む私は、滑稽なほどに、必死な表情をしていた。


 何分、経っただろう。……いや、数秒しか経っていないのかもしれない。わからない。もう体は固まったように動かないし、今はもう、彼女の返事を待つ以外には──





「──ごめん、なさい」



 突然、鼓膜を叩いた音は、聞き慣れた綺麗なそれだった。


 彼女の手を握る私の両手がパタリと落ちて、夜の町の喧騒も、鈴虫の声も、夜風に軋む窓の音も、飛び込んでくるように私を通り抜ける。


 水に絵の具が一滴、落ちたかのように、醜く歪む視界の中で。


 心臓が、止まってしまったような、そんな気がした。



 ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ