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ライトノベルじゃあるまいし  作者: ASK
第三章【ミミル・追憶】
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第8話 ヴァンピール

 こんにちは。先週はオープンキャンパスや塾の特別講習やらで忙しく、投稿できませんでした。ごめんなさい。

 僕自身が思っている以上に受験生の夏手前は忙しいらしく、脳がパンクしそうです。


 暇だった去年にもっとたくさん書いておけばよかったと後悔。


本編どうぞ!


 怨蝶おんちょうは横たわる。どす黒い血液に濡れ、土に塗れた羽を風に揺らす。何がどうなれば、あの巨大な怪物がボロ雑巾が如く地面に倒れ臥すのか甚だ疑問ではあるけれど、今はそれよりも大切な人の安否確認。


 私が村人たちと地下に逃げ込み、流行り病を神法で治療している時、傘音かさねちゃんは私の隣にいなかった。梯子を登り、外に出て、何かをしていた。


 その後なんとか流行り病が治り、歓喜する村人と安堵する私の“上”──つまりは地上で尋常でない轟音が鳴り響く。うろたえる村人たちを置いて地上に出た私は荒れた村の姿に驚愕。


 いなくなった傘音ちゃん。地上にいたはずの怨蝶。そして崩れた村。単純に合わせたピースが最悪の展開のパズルを脳内で紡ぎ、胃の奥が捩れるような嫌な予感に駆られて走り、声を張った。


 意外にもすぐに帰って来た返事に安心し、力が抜けたが、直後目にした、怪物の死体に脳がパンク寸前となった私。


 曰く、怨蝶を倒してたらしい傘音ちゃん。理解の追いつかない脳を回転させ、問う。



「……何にせよ、傘音ちゃんは無事ですね?」


「うん、ラッキーだった」


「ラッキーって……えっと、どうしてこんなことを?」



 あの時、地上に出たら怨蝶に呪われるか、あるいは危険な目に遭うことくらい、傘音ちゃんにもわかっていたはず。それなのに彼女がなぜ自らの身を危険に晒す真似をしたのか、気になった。


 傘音ちゃんは少し照れくさそうに口元をムグムグさせてから、私の目を見る。



紗江さえには、命を助けて貰ったし、何か僕も紗江の役に立ちたかったんだ。……本音を言うと、村のみんなを治療する紗江の隣で、ただ立っているだけというのがどうしても情けなくて」



 居ても立っても居られなかった、と。ふにゃりと笑う傘音ちゃん。少し紅いその頬を灰色の風が撫でる。


 私は一歩近づき、手を取り、伏し目がちな顔を見つめた。



「次からは、ちゃんと私にも言ってから何かしてください。今の私には傘音ちゃんしかいないんです、傘音ちゃんがいなくなったら、私……」



 人間領に1人では帰れない──ではない。そういう意味での“傘音ちゃんしかいない”、ではない。じゃあ何か……それがわからないから、私も困り顔なのだ。



「……うん、ごめんね。紗江に心配かけちゃった。そうだよね、今の僕たちは2人で1人……こんなわけのわからない世界で、孤独から救ってくれる唯一の存在なんだ」


「あんな大きな蝶を倒せてしまう傘音ちゃんはともかく、私は特に1人では生きていけません」


「僕も紗江がいなくちゃ寂しくて死んじゃうよ」


「…………そこまで思ってくれているのなら、どうしてこんな無茶をしたんですか。というか、どうしてアレを倒せると思ったんですか」



 そもそも私の隣に立っているだけというのが情けなくて……というのが、1人で怨蝶に立ち向かうという危険行為の動機なら、1人でもどうにかなる、という根拠はどこから来ていたのだろう。


 私に聞かれて初めて、それについて深く考えたようで、探偵のごとく顎に指を添えて傘音ちゃんは目を閉じる。長い睫毛まつげがぷるぷる震え、やがて両目は開かれた。



「──それこそ、“なんとなく”、だったんだよね」


「……なんとなく、ですか?」


「うん」



 腑に落ちる可能性が見えない回答に驚いた。此の期に及んでなんとなく……それで命を落としかねない行動に出たのだとすれば、申し訳ないが傘音ちゃんは頭がおかしいのかもしれない。


 ──と、かなり失礼な考えを脳内で泳がせていると、傘音ちゃんは続けて、自身の手のひらを見つめながら言った。



「多分、紗江と同じ感覚……あるいは似た感覚。神法、だっけ? そんなこと、紗江はできる素ぶりも見せなかったし、というか本当に神法なんて何も知らない状態だったはずだったのに」


「まぁ、そうでしたけど……」


「それなのに、毒キノコ食べて死にそうな僕を、いきなり神法とやらで治した。村の人たちを助けた神法は、村長から貰った本を読んだから使えたのかもしれないけど、僕を救った時のは別でしょ?」


「あの時は無我夢中で、でもどこかできそうな気がしてましたし、なんとなく──」


「そう。僕も“なんとなく”。どこか、あの怨蝶からこの村を守れる気がしたんだ」



 そう言われてしまうと、なるほどと納得せざるを得ない。何せさっき言ったように私自身、神様の言葉を思い出しただけで、あとはなんとなくやった結果、傘音ちゃんを助けることができたのだ。あの時、記憶の断片である神様の言葉や、私自身を、どうして信じたかと聞かれれば私も答えは出せそうにない。


 常に根拠ありきの行動とは限らないのかもしれない。それにしたって、ここまで村が荒れるほどの大戦闘の末に怨蝶を倒すというのは尋常ではないけれども。



「……まぁ傘音ちゃんが無事ならそれでいいです。私はそれだけで」


「うん、僕も何か“掴んだ”し、これからは僕が紗江を守るよ」


「……だ、だったらもう私の側から離れないでくださいね! 絶対ですよ!」


「──なに恋人みたいな会話してるんだ」



 低い声にびっくり。傘音ちゃんに飛びつく。振り返ると、初めて会った時とは比べ物にならないほど顔色の良い武雄たけおさんの姿。


 変なものを見る目で私たちを見つつ、少し大きな声で言った。



「本当にありがとうな。まさか自殺しに登った山で救世主に会えたなんて、俺は本当にすごい」


「あなたが凄いんですか……」


「当たり前だ。……無論、2人のおかげで村は救われたと思う。……たぶん」



 掘り返されたかのように捲れ上がった地面。抉れた田んぼ、崩れた家屋。救われたのは事実だが、確かに彼が苦笑いを浮かべる気持ちもわかる。



「でも村自体はこれでも構わない。怨蝶の呪いが解けた俺たちは自由なんだ。こんな村に閉じ込められる必要はもうない」


「この村を出るみなさんは、どこに行くんですか?」


「全員で行動するわけでもないが、大抵のやつらは1番近くの種族の領地に行くだろうな」


「人間領ミミルには戻らないんですか?」


「いきなり戻っても、住む場所もなければ金もない。そもそも遠すぎる」



 住む場所やお金がないのは、人間領ミミルでなくとも同じく大問題だと思うし、1番近くの種族の領地と言えど、安全と言えるのだろうか。



「そこの山道を超えた先に、吸血人種ヴリコラカスの街『ヴァンピール』がある。月に数回、食料品などを不治ふじ村にわざわざ送ってくれたりした優しいやつらの街だ。そこならどうにかスタートをやり直せる」


「そんな慈善団体みたいな種族が近くにいたのも凄いけど、それでもここに隔離され続けた村の人たちを思うと、“優しさ”なんてものは初めから何処にも無いね」



 傘音ちゃんの言う通り。怨蝶に呪われたと知ればすぐに街から追放、そして同じく呪われた者が閉じ込められた不治村へ。人権も何もない最低な行為。しかしそれすら事実上、容認されているということは、この世界では“呪い”や“信仰”という言葉には敏感らしい。


 それこそミミルの大聖堂の鏡の前で、“神様の言葉”を聞いてその言葉のままに神法を習得した私が言うのもどうかと思うが。



「お前たち2人はどうするんだ? 村長が言ってた通り、山を避けて通れる地下通路もあるが、そこを通るならヴァンピールには行けない。方向が真逆だからな」


「……どうします? 傘音ちゃん」


「うーん、そのヴァンピールって街の他に、この近くに街はないの?」


「かなり遠くまで行かないと街はない。ヴァンピールに行くのが最善だと思うぞ」



 人間領ミミルに帰るのも、一筋縄では行かないだろう。一度や二度、他種族の都市に出向いて準備を整えるのも悪手ではないはずだ。


 そもそも、はぐれてしまった紀伊きいちゃんや瑞樹みずきちゃんと、ミミルで待ち合わせているわけでもないので、ミミルに戻ればどうにかなるとも思えないけれど、他に行くあてもない。


 ならばこそその道中として。



「じゃあ行こっか──吸血人種ヴリコラカスの都、ヴァンピールへ」




❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎




 ──川に沿って山を下る。握られた手は離さない。


 目を細め、すっかり眩しくなった朝日から目を守りつつ、躓かないよう慎重に歩いた。


 怨蝶おんちょうに呪われた集落──不治ふじ村。そこを出発した私たちは、灰色の山を登り、川を見つけ、その近くで夜を明かした。


 村の人たちは持っていきたい物や、やるべきことが山ほどあるとのことで、私たちはまた2人きりでヴァンピールへ向かっている。


 昨晩は、川で捕まえた魚を焼いて食べただけなので、お腹が空いて眠れそうになかったが、隣で寝入る傘音ちゃんの寝息を子守唄に、なんとか就寝。寝相の良い傘音ちゃんを早朝から拝んで、今さっき出発したところだ。


 武雄たけおさんが、川に沿って山を下りればあとはどうにかなると言っていたのを信じ、私たちは川の流れを追うように山道を下っていった。


 結局、何度かの休憩と食事(焼き魚オンリー)を挟み、山を越え終えたのは昼過ぎ。対して疲れてはいないが、灰色の変わらない風景を見続けた精神ダメージは大きい。


 ──やがて木々の隙間から見えた景色に安堵する。



「やっと斜面が終わる……山を下るのってこんな大変なんだね」


「そうですね、登ることばかりが辛いと思ってました」



 膝くらいまでの背の高い草むらを抜け、あまりに一変した光景に息を飲む。


 不治村の近くは、森も空も何もかもが灰色で、葉や木の実が腐り落ちたかのような地面だったのに、山を越えた途端、青々と生い茂る芝生と、降り注ぐ黄金の太陽。


 不治村の方向へ振り返ると、別段雲がかかっているわけではなかった。つまり、この美しい本来の色の太陽を遮るものはなかったのだ。それなのにあの村にいる時、昼間でも空は薄暗く、溶けたような灰色に染まっていた。


 なるほど、怨蝶の呪いというのは私が思っていた以上に酷いものらしい。森を枯らせ、陽光を塞ぎ、不幸を運ぶ。そんな怨蝶に呪われた人を、あの村に隔離してまで避けようとした人間たちの恐怖心は、一概に否定しきれないのかもしれない。


 ──一変した視界に心踊る傘音ちゃんは、小走りで川へ向かう。山から降りてきた川はまだ続いていて、遠くにぼんやり見える街に繋がっている。


 川の中の小魚を見て楽しそうに笑う傘音ちゃんに言う。



「おそらく、向こうに少しだけ見える街が、ヴァンピールだと思うんですけど、まず何をしましょう」


「お金も住む場所もない、知り合いもいない……どうしようね」



 武雄さんは、ヴァンピールに行けばどうにかなると言っていたが、普通に考えてどうしようもないだろうに。手っ取り早くお金を稼ぐ方法があればいいけど。


 ──街に着いても何もできない可能性に怯えつつ、再び手を繋いで歩く。小規模な畑、農場が散らばる平野を通り過ぎ、そしてここ近辺で最も栄えた都市ヴァンピールに足を踏み入れる。


 タイル張りの道を歩く。すれ違う人たちは、吸血人種ヴリコラカスという名前にしては、普通の人間と区別のつかない見た目だったが、所々にある血液銀行や血液売買のお店を見て、なるほど少し鉄臭いのも仕方ないか、と納得。


 だいぶ歩いて、街の様子が掴めてきた。街は円状で、中心部が商店街や様々な公共施設に溢れた商業地区。円の外側に行くにつれ、民家が増えて、円の外に農地や放牧の地が広がっている。


 私たちはヴァンピールの中心、人で賑わう大広場にいる。公園と呼んでも差し支えないかもしれない。子供たちが走り回り、ベンチに座って本を読む大人が欠伸をする。不治村とは対照的に、人々の普通で幸せな日常に溢れた光景。


 その公園の一角。やたらと騒がしい人だかりを見つけた。



「お、また叫んでる」



 再三にわたり聞こえる男たちの歓声。傘音ちゃんも思わず振り向いた。目があってドキッとしたので、思わず口を開いた。



「え、あの、い、行ってみます?」



 いや全然興味はないんだけれど……しかし。



「うん! 楽しそう」


「……ですね」



 私はああいう男だらけの騒がしい集団の中に飛び込む勇気はないのだが、傘音ちゃんはそうでもないらしい。


 こんな美少女が混ざったら阿鼻叫喚の大騒ぎにならないだろうか。傘音ちゃんは私が守ろう。


 ──公園の端、木陰に集まり盛り上がる男たちの隙間から、何をしているのか覗き見る。



「うぉぉおおおおお」


「ぬぅぅうううん」



 そこにいたのは、額に血管を浮かばせながら、小さなテーブルの上で腕相撲に興じる屈強な2人の男の姿。直後、スキンヘッドの男が勝利。鼓膜を叩く大歓声。男たちの声が響き渡る。


 暑苦しい現場から離れようとした私の腕が引っ張られる。



「紗江、あれ、勝ったらお金もらえるって! やろうよ、お金ないんだし!」


「えぇいやですよぉ! 私こういうガチムチの男性苦手なんですぅ!」


「お金を稼ぐためなら汗まみれのガチムチ男に囲まれて女の子が必死に頑張ることも必要なの!」


「言い方に悪意があります……って引っ張らないでぇ」



 目を輝かせる傘音ちゃんに引かれ、ガチムチ男たちの隙間を通る。腕に自信のある屈強な男たちが群がるこの場にあまりに場違いな少女2人。自然と注目を浴びる。


 傘音ちゃんの背中に隠れながら泣きそうな私。傘音ちゃんは胸を張って歩き進む。やがて小さなテーブルの前に立った傘音ちゃんは言う。



「次の挑戦者はこの僕だ!」


「ちょ、傘音ちゃぁぁん!?」



 一瞬静まり返った場は、すぐにドッと沸いた。おもしれぇ嬢ちゃんたちだなぁっ! と背中を叩かれる。



「この子に触るの禁止! 紗江は僕のものだ」



 なぜか一層盛り上がる男たち。がっはっは、と豪快に笑う姿に恐ろしさすら感じる。しかし傘音ちゃんの言葉は嬉しかったのでそれで相殺。


 先ほど腕相撲に勝ったスキンヘッドの男が言う。



「悪いけど嬢ちゃん、俺は女だろうが手加減はできねぇ。ここはな、冷やかしに来たやつでも怪我して帰る危険な場所だ。やるなら心してかかってこい」


「上等だよ。その代わり勝ったら賞金は貰っていいよね?」



 机の端に置かれた小袋を指差して傘音ちゃんは言う。よくその中身がお金だとわかったな、と笑うスキンヘッド。持ち上げ、ジャラジャラと音を鳴らす。



「俺に勝ったら、だけどな」


「早速始めよう、最近の女子高生の強さを見せてあげる」



 おそらく、私たちのことを、冷やかしで遊び半分の女2人、というふうに見ている周囲のガチムチ男たちは、ニヤニヤしつつ口をつぐむ。誰1人止めようとはしない。


 机に肘を置き、手を組む。髭の長いガチムチ男が傘音ちゃんとスキンヘッドの手を押さえ、息を吸って口を開いた。



「オンユアマーク……セット──GO!」



 確実に使いどころを間違えた掛け声が響き、緊張感が駆け抜ける。傘音ちゃんの背中からは何も感じないが、対するスキンヘッドは嬉々として口角を上げる。


 GOの合図の瞬間、スキンヘッドの男の腕が筋肉で盛り上がるのが見えた。力を入れるだけでそんなことになるのか、と驚き、そんな筋肉オバケと相対する傘音ちゃんへの心配が募り、思わず目を逸らしそうになった、その刹那。



「──ぅおりゃぁああッ!」



 勝負開始の合図の直後。傘音ちゃんの声と、

スキンヘッド(・・・・・・)の男の手が(・・・・・)テーブルに叩きつけられる音が木霊こだました。


 スキンヘッドの男がふざけて手加減し、それに対して頑張る傘音ちゃんの姿を想像し、野次を飛ばそうとしていた周囲の男たちが、開けた口をそのままに、動きを止める。


 再びの静寂。耳鳴りを覚えるほどの静けさの中、手を離した傘音ちゃんが私に振り向いた。



「──僕の勝ちだ」


「「「うぉぉおおおおおおおッ──!!」」」



 傘音ちゃんの一言を皮切りに、信じられないほど盛り上がる公園の一角。興奮、驚愕、歓喜、衝撃。汗を撒き散らすガチムチ男たちの野太い声が空に響いた。


 放心状態のスキンヘッド男をそのままに、傘音ちゃんは再びテーブルに肘をつけて言った。



「1回1000円! ぶっ潰してあげるから痛い目に遭いたい人からかかってこいや!」



 露骨に“稼ぎ”にきた傘音ちゃん。男たちの琴線に触れたらしく、踊るようにガチムチたちが騒ぎ立てる。


 男たちの大声に震える公園。ニヤリと笑う傘音ちゃんの横顔。


 ──こうして、吸血人種ヴリコラカスの街ヴァンピールに現れた新星ルーキーひいらぎ傘音の、腕相撲伝説物語の幕が上がる…………って、趣旨変わってませんか!?



ありがとうございました。


 紗江の話は3話くらいで終わろうと思ってたのですが、地味に続きそうで怖いです。書いて見ないとわかりませんが、傘音視点のお話はしばしお待ちください。

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