第10話 幼馴染み…参戦!
※書式を修正しました。
俺のことを、『らんらん』(あだ名だろうか)と呼ぶその子は。
いろいろ小さくて、童顔で、まっすぐ目を見て話すその子は。
「桜坂紀伊だよ、らんらん」
と。慎ましい胸を張ってそう言った。
続けて、彼女は。
「もう、唯一の可愛い幼馴染みが、風邪ひいて入学式の日に休んだんだから、お見舞いくらい来てくれてもよかったのに。冷たいなぁ」
呆れたような、どこが意地悪い声音で、目を細めて、そう言った。
「幼馴染み……?」
メタな発言をさせてもらえるのならば、俺は一話の序盤に、『幼馴染みはいない』と明言していたはずだけれど。
……それこそ、瑞樹という“妹”に今朝起こされた俺が。今さら“いる筈がない”なんて言うのもおかしな話だ。
そう、ここは。前の俺がいた世界ではないからな。多分、だけど。
ましてや、幼馴染み、ってのは、嫌いじゃない。憧れてたしな。
「あ、あのぅ……」
そこに。なんとも申し訳なさそうに小さな声で。
「蘭くん、昨日私とぶつかって転んだときに、頭を強く打ったのかわかりませんけれど、少し、記憶が混乱というか、混濁というか……」
と、紗江が言う。……その言い訳も、こうやって客観的に聞いてみると、信憑性ゼロだな。
いきなり幼馴染み、と言われて返答に窮している俺を見かねてか、フォローに入ってくれた紗江だったが。話半分のところで、紀伊という子の大きめの声が重なって掻き消された。
「あんた、誰?」
いやー、怖い怖い。それにしても、このライトノベルの世界には、『キツめの』女の子しか登場しないのか?黒紗江もそうだし、瑞樹も怖い。それからこの、桜坂紀伊……だったか?……女って怖ぇ。
間髪入れずに彼女はまくしたてる。
「なんでらんらんと一緒にご飯食べてるの?らんらんは私のらんらんなのに。……らんらん、もしかして、浮気?」
「いや、あの、浮気もなにも。今紗江が言ってくれたように、よくわからな……」
相も変わらずに彼女は人の言葉に自分の言葉を重ねて打ち消す。
「紗江?なに、名前で呼んでるの?呼び捨て?そんな関係なの?」
……ヤンデレか?不穏な空気を感じるぞ。
私以外の女を見るような目なんていらないよね?とかぬかして、俺の目をくり抜いたり。
私以外の女を呼び捨てで馴れ馴れしく呼ぶような口はチャックだね。なんて言って、上唇と下唇を縫ったり。
私が一生面倒見てあげるから、外には出なくていいよって言って、両足を切断して監禁したり。
あなたが私の彼を拐かしたのね。なんて言って彼女さんをぶち殺しちゃったり。
……そんなヤンデレ属性をお持ちの方でしたら、いくら幼馴染みと言われども中々近づきづらいのですが。というか全力疾走で逃げるのもやぶさかではないのですが。怖い怖い。
……なんて、失礼な想像を勝手に膨らませていたけれど。
「…、……っ…。…っ、…ぐす」
──泣いてるし。
さっきのような台詞を言いながら何故か笑っていたり、あるいは無表情、氷のように冷たい目で淡々と言っていたりしたならば、ヤンデレ街道直線コースなのだが。
この子は、桜坂は。怒っていて、悔しくて、泣いているのだろう。ムキになって、泣いているのだろう。
「えっと、あの」
紗江も困っている。……俺だって困ってるわ。どないしろゆうねん。
とりあえず俺は。
「いや、なんかごめんな。桜坂」
優しく声をかけながら。彼女の手をとった。
「……紀伊ちゃんって呼んでたじゃん。なんでそんな余所余所しいの」
……俺はらんらんってあだ名で呼ばれてたのに、この子のことは普通に紀伊ちゃんって呼んでたのか。まぁいい。
「そうだね、ごめんね、紀伊ちゃん。とりあえずさ、一緒にご飯食べよう。聞きたいこととか山程あるだろうけれど、みんなで話してた方が楽しいし」
まだ100%ヤンデレじゃないとは言い切れないので。刺激しないような言い方で。なだめるような声音で。そう言った。
「……うん」
素直な子でした。第2ヒロインといっても差し支えないはずだ。瑞樹を入れたならば第3、か?そこは今後の展開次第だけれど。
ようやく変な空気から解放されて。3人でご飯を食べているのだけれど。
「で、結局。らんらん。その子は?」
今度は普通に紀伊ちゃんが聞いてきた。きいだけに。……ごめんなさい。
「ああ。えっと、この子は菊里紗江……ちゃん……です」
……他に言うことってあるのか?俺だって昨日知り合ったばかりだというのに。
「ご紹介にあずかりました!わたくし、菊里紗江と申します!」
紗江も元気よく続いた。
「で、いつ知り合ったの?」
「昨日だよ。さっき紗江が言ってたけれど、登校中にぶつかって……それからって感じだ」
「……昨日、入学式の日に会ったばかりの女の子と、次の日からいきなり一緒に昼ご飯食べたりする?ふつー」
なんかほんとに浮気をして責め立てられてるような感覚だ。もちろんそんなことされたことないけどね。
「あの、蘭くんとは、席が隣でして、それで、あの。他に友達もいなかったので……」
「うん、俺もそんな感じ」
まぁ言い訳としては及第点か。……言い訳というか、事実なんだけれど。
「やけに仲良くない?2人とも。なんかさっきも、いかにもモブキャラっぽいやつらに茶化されてたし」
「見てたのか。……まぁ、言われたけれど……」
「……嬉しそうにしてたね、らんらん」
伏し目がちにそう言われた。……嬉しそうに見えたのか?うーむ、紗江が1人で喜んでるなぁ、なんて思ってたが、どうやら俺も人のことは言えなかったらしい。
「……まぁ、俺も普通の男子だし。可愛い子とお似合いだ、なんて言われたらな。そりゃ少しは嬉しそうにしちゃうよ」
嘘をついても仕方がないので正直に答える。
「か、可愛い……!?」
またまた紗江は顔を真っ赤にしている。毎度いい反応をしてくれる。イジリ甲斐があるよ。
「なにイチャついてんのっ!もうっ!らんらんは私と結婚するのに!」
いかにも青春っぽい雰囲気で照れあってた俺と紗江だが、さすがに固まる。
「……え?けっこ、え?なに?」
「記憶が混乱とか、ふざけたこと言ってるのは今は置いておいて、あえて、改めて言うけどね!私、らんらんの幼馴染みなの!小さい頃から一緒なの!」
「……まぁ、そうなるんだろうけれど」
「で、昔。らんらんは私に言ってくれたの」
夢見る乙女、というようなキラキラの目をして、紀伊ちゃんは言い切る。
「紀伊ちゃんは僕のお嫁さんだから、ずっと一緒だよ?って。……あれは嬉しかったなぁ」
頬を朱に染めながら紀伊ちゃんは体をクネクネさせている。なんだこいつ。
……当たり前だけれど。記憶にない。小さいころから俺がそんなプレイボーイだったとは思えないし。土台、紀伊ちゃんとは初対面だ。
「うーん、もしかしたらそんなことを言ってたのかもしれないけれど……ごめん紀伊ちゃん。正直、よく覚えてない、かなぁ、なんて」
ちょっと言いづらかったのでしどろもどろになってしまったが、ここでも嘘はつけない。
「……ちぇ。まぁいいや。私が覚えてれば十分だし。結局、結婚もできるし」
自己満足で自己完結。潔いな。
しかしながら。
「……でも、蘭くんも覚えてないって言ってますし。……結婚するかなんて、蘭くんが決めることでもありますよ。まだ決定じゃありません!」
ふてくされたように、半目の紗江が口を尖らせてそう言った。どうやら俺と紀伊ちゃんが結婚する、という話はお気に召さなかったらしい。ヤキモチか。初めて焼かれたぜ。
「ま、まぁまぁ」
とりあえず。俺は中立的立ち位置に常々いないとハーレムが成立しないからな。
まぁ別にハーレムを作りたいわけではないけれど。一応ね、一応。
「嫉妬なんて見苦しいよ、紗江っち。大人しく指を咥えて見てなさい!私とらんらんの幸せライフをね!」
……紗江っちて。もうあだ名かよ。しかもさえっち。えっち。えっち……。
朱色のほっぺをぷくっと膨らませながら。あからさまに不機嫌そうな紗江は。
「……蘭くんは。蘭くんは、紀伊ちゃんと結婚するつもりなんですか?」
そう、俺に聞いてきた。……そんなこと聞かれても困る。なにせ俺は、全ヒロインとの重婚を目論む夜の悪代官こと(自称)千葉蘭だぞ?
しかしながら。ここでの返答を誤れば今後の展開に悪影響を及ぼすかもしれん。やはり。ラノベ主人公らしく振舞おう。
「……うーん。俺は結婚なんてまだまだ先のことだと思ってるし。考えても実感湧かないや。それに、紀伊ちゃんだって可愛くて良い子だし。他の男がほっとかないよ」
俺がそう言うと。
「私は!らんらんとしか結婚しないよ!」
と。これまた平たいお胸を張って、嬉しそうに、楽しそうに。紀伊ちゃんは言う。ここまで堂々とされるとなんか照れるな。
「らんらんの暴れん坊将軍は私にしか興奮しないんだから!」
「なに言ってんだお前」
くだらねぇよ。下ネタにしてもあまりにもくだらねぇよ。
そして俺の暴れん坊将軍は別に他の女の子でも暴れん坊しちゃうよ。
「……ちょっと何言ってるかわかんないですけど。まぁいいです。最後に決めるのは蘭くんですから。結婚とはそういうものです。相互的なんです。お互いが認め合って、愛し合ってないといけないんです」
紗江はいかにも真面目っぽい口調で言う。
「へぇ。それなら私たちもうオッケーだね!全部クリアしてるし!」
紀伊ちゃんは俺の腕に絡みついてそう返した。……全然柔らかくない!けど……いい!!
「はいはい。もう、この話はいいだろ。そろそろ昼休みも終わるし、ちゃちゃっと食べないと」
これ以上続いても俺の胃が痛くなる一方だ。
……ふぅ。天然巨乳にツンデレ(?)妹。さらには自信家幼馴染み。
ライトノベルっぽくていいなぁ。……あとは。無口でクールな恥ずかしがり屋さんとか、いたらなぁ。(フラグ)
高校生活初日。新たなヒロインが加わってますます楽しくなりそうだ。