第弐話 《竹藪焼けた籠の鳥》 part1 【竜人】
――【竜人】――
人間とは違う《魔族》という種に於いて、戦闘能力・知能指数ともに『最強の種族』と目される存在は、エリュシオン皇国という名の国で暮らしている。
神代紀の名残が在る世界であり、無数の精霊が溢れている其処は、泡沫の楽園を略して《楽園》と呼ばれていた。
彼ら皇国が、帝國と最初に接触をしたのは、新世界歴五百年代初期。
極東の列島を統一した帝國の建国から、百余年後の事であると、帝國の歴史書《起死倭人伝》には記されている。
それによると、戰國の世に訪れた異邦人たる彼等は、精霊の枯渇しきった世界に慄いたという。
魔族の『魔』とは、魔力の『魔』だ。
魔力とは精霊と語らい、彼等の力を借りるための、魔族に備わった力である。
精霊信仰とは違い、精霊共生と呼ばれる魔族特有の世界観は、人間には到底分からない感覚だった。
故に、諍いが起こったのだ。
「巫山戯るな!余の政に口を出すか異邦人!」
帝都に建つ《御剣城》の天守閣に於いて、皇国の王と最高位貴族五名を招いて執り行われた会談は、当時の帝國国主が怒髪天の言葉によって、不穏な雲行きとなっていた。
帝國側の気持ちも理解できる。
何故ならば皇国側が要求してきた内容は、《世界再生条約》という議題。
その内容は。
「余が国の武装を取り上げて、皇国の保護国として帰順せよ、とは如何な了見だ!」
「軍事面で皇国が面倒を見る故、帝國は此の荒れ果てた世界の復興に努めよ」
有無を言わさない命令が、白髭の偉丈夫である皇国の王から発せられた。絶対強者の赤い瞳に見つめられ、帝國の王の身体は反射的に竦み上がった。
皇国側の言い分はこうだ。
帝國の戦い方は銃火器を用いており、新たな軍事的研究も含めて、自然を省みていない。自分たち竜人の戦い方ならば、環境に配慮しており、尚且つ帝國よりも強い。
よって帝國は国を上げて、植林や水質改善などを積極的に取り組み、環境を良くするべし、とこのような事を言っているわけだが。
帝國からしてみれば、冗談ではないだろう。
多くの先祖が血を流して、漸く建てた祖国である。それを事もあろうに『お前たちの力は世界に悪影響を及ぼすくせに、実際大したことがない』と言われたのだ。
共に世界を良くしていこう、ならば話も分かるが、どう考えても喧嘩を売られたとしか思えなかった。
宰相や元帥などの帝國を動かす主だった顔ぶれも、表情に隠し切れない怒りを浮かべて、皇国の王や貴族らを睨んでいた。
「……余が、帝國が無礼られている事は、良く分かった」
帝國の王が手を挙げる。
すると、奥の扉が勢い良く開き、軍服を着た者達が雪崩れ込んで来た。
彼等は着剣された銃を構えて、皇国の王侯貴族を取り囲んだ。
火打石式から雷管式に変更されて、施錠の技術も新たに考案された銃は、《胤子島》と呼ばれる最新式の武器であり、此れからの帝國を支える主力兵器だった。
人間の命を容易く奪える凶器に囲まれながら、皇国の王や貴族たちの表情に動揺や不安はない。意に介していない表情は、子供の玩具を相手にするかのようだった。
「戦争の意思有り。そう考えて宜しいか」
「勿論だとも。そして今より決着だ。国王と最高位貴族の当主五人が、此方の手に落ちた。戦争は終わりだ、降伏するがよい」
「やれやれ無作法な。礼儀も弁えんのか、猿の王は」
「語るに落ちたな、蛇の王よ。人間を『猿』などと……思い上がりおって」
とはいえ相手は既に詰んでいる。
当初は臆していた帝國の王も、圧倒的優勢な現状に安心しきっていた。
皇国の王が何を言おうが、負け犬の遠吠えとして処理していたのだ。
「思い上がり、か」
「当然だろう。王侯貴族が警護も連れずにのこのこと。信用していると言えば聞こえは良いが、要は帝國を侮っているのだろう?」
「侮る?我々が?」
皇国の面々は押し殺したように、喉を鳴らしてせせら笑った。
無知を謗る嘲笑に、帝國の面々は苛立ちを募らせたが。
笑われるのも当然だ。
いや、彼等の笑いは自分たちへ向けられたものかもしれない。
「皇国では絶対に下克上が起こらない。理由を知っているかね?」
「何を――」
「我々魔族は血統こそが力なのだよ。神代より続く先祖の血が、如何に濃いか。強さの優劣はそこにある。故に庶民は束となっても貴族に勝てないし、貴族が束となっても王には勝てない」
訝しむ表情を浮かべる帝國側。
理解できるはずもないか。
人間とは皆平等であり、完全な民主的生物である。
結局『王』とは民がいてこその王であり、裸となれば民と何ら変わりない。
彼等の階級とは実に薄弱で、名ばかりのものだった。
だからこそ『努力は才能を凌駕する』という、魔族では有り得ない現象が罷り通る。
魔族の王は、民が居なくとも、裸となろうとも、間違いなく『王』である。
嬢王蜂と同じだ。
生まれながらに王としての存在を宿命付けられている。
そう。帝國側の指摘は全くの逆なのだ。
「我々は君達を侮っていない。微塵も油断していなかった。精霊の絶えた此の世界では、魔族の力は半減する。油断など出来るはずがない」
「冗談を。たった六人で何を言う」
やはり理解っていないか。
「……付かぬ事を訊くが、今此処にいる兵士は、帝國が抱える兵力の何割だ?」
「一割にも満たぬわ!余が帝國全体の戦力は、此の数万倍はある!」
驚くことではない。
部屋にいる兵士の数は二十人前後。
数十万単位の兵士が居るのは、軍事国家として当然だ。
「割合で言えば毛にも満たない戦力か。侮っているのは、そちらだろう」
「――!」
「浅慮な人間の王よ。今此の場に皇国の戦力が幾らあると思う?」
机が、壁が、部屋全体が震えていた。
帝國側の人間誰もが、身の毛もよだつ思いでいた。
絶対君主制国家の王を前にして、有機物も無機物も震え上がる。
漸く、帝國側が現状の危うさを認識した。
だが遅い。此の場に在る皇国の戦力は。
「――八割だ。《竜》の力、篤とその目に焼き付けるが良い」
起死倭人伝に於いて、此の時の事件は短くこう綴られている。
『戦争の開始を宣言するため、帰国の途についた皇国の王侯貴族を、止められる者は誰もいなかった。そして帝國側は彼等の前に立ち塞がることで、国が擁する兵力の半分を失った』