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ドラキラ!【緋の傷痕】偏  作者: 海月 マコ
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第壱話 《恋われた月の銀車輪》 part1 【再会】

 彼に逢うのは三年振りだ。


 胸にそっと手を当てると、早鐘を鳴らす心臓の鼓動が伝わってくる。制御出来ない未熟な部分が、自分にも残っていたようだった。

 右目元の泣き黒子が特徴的な見目麗しい二十歳の女性は、心を落ち着けるように深呼吸しながら、自らに言い聞かせた。


 落ち着きなさい。


 柄にもなく堅苦しい恰好をしている《九衛ココノエ鈴鹿スズカ》は、精巧な意匠(デザイン)の懐中時計を取り出すと、開いた蓋の裏側に張られている鏡を見ながら、前髪を弄って身嗜みを整える。ついでに時間も確認すると、時刻は丁度朝の『八時』を差していた。


 予定されていた訪問の時間である。 


 懐中時計を懐に仕舞った鈴鹿は、目の前に聳える格式高い屋敷の荘厳な門を叩いた。

 年季の入った扉から返ってきたのは、硬質な材木の音だけではなく、首筋を冷たくさせる鋭利な気配――それこそ、鯉口を切られた様な感覚に、鈴鹿は小さく息を呑む。


 数多くの修羅場を潜ってきた本能が、此の先は危険だと、警鐘を鳴らしている。やはり自分は緊張しているようだと、彼女は改めて理解したが、しかし赴かなければならない。


 再三再四の訪問願いをようやく承諾して頂いたのだ。引き下がる訳にはいかなかった。


 虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 例え此処が元帝都守護職の総本山《イチノ瀬邸》であったとしても、彼が居るなら自分は往く。


 立ち入りを拒むかのような重苦しい音。静かに観音開きする門の先には、鈴鹿と同年代の女性が立っていた。藍染の布地に白い桜模様の浴衣を着ていた彼女は、柔らかい笑みを浮かべており、優しそうだが儚げな雰囲気もある。


 泡沫の気配は触れれば解けて消えそうだ。

 美人薄命という言葉が似合いそうな印象の女性は、鈴鹿に恭しく頭を下げた。 

 「ようこそ御出で下さいました。私は弌ノ瀬家当主の孫《弌ノ瀬雪羽ユキハ》と申します」

 「九衛鈴鹿です。此度は私の《訪問願い》を承諾して頂き、感謝しております」


 役所を通した正式な訪問願いが、棄却されたこと延べ十五回。しかし家柄を持たない彼女が、訪問許可を取り付けるのは、本来不可能に近いほど難しいのだ。


 鈴鹿の役職が無ければ、無理を抉じ開けられなかっただろう。


 「いえ。九衛様が《万屋ジャッカル》の最高位であればこそ。訪問許可が遅れたこと、真に申し訳ございませんでした」


 一見慇懃な言葉だが、逆に考えれば『そうでなければ許可しなかったのに』とも取れる無礼な物言いでもあった。


 とはいえ、鈴鹿はそのような些事を気にしていない。

 目的は《彼》だけだ。それ以外のことは全て瑣末である。


 「では早速――」

 「その前に。九衛様には我が弌ノ瀬家の《道場》へと、足を運んで頂きます」


 鈴鹿の言葉を遮るように、雪羽は屋敷の案内先を指定した。弌ノ瀬家の道場へ案内するという彼女の意図を、鈴鹿は薄々感付いてはいたが。


 結局、それも瑣末と切って捨てる。

 文句一つなく、鈴鹿は雪羽の後をついて屋敷内へと足を踏み入れた。


 其処は魔物すら調伏させる化物ケモノの園。

 帝國随一と名高い《森羅心陰(シンラシンカゲ)流》を伝える剣術の名門だった。


 屋敷の庭先も見事の一言であり、此度の件とはまた別の機会に、緩りと逗留したいと思えるような、風情ある景色だ。勿論そのような真似、向こうが許すわけもないのだが。


 目の前を往く女性の後姿に威圧感はないが、同時に隙も見当たらない。色気のある首筋は、簡単に圧し折れそうでありながら、鈴鹿に触れられる自信はなかった。


 無論チカラを使えば話は別だが。


 玄関で靴を脱ぎ、来客用の履物に替えた鈴鹿が、縁側を通って向かった先には、大きな道場があった。耳に聞こえる乾いた音色は、木刀同士が打ち鳴らされる響であり、門下生の掛声もまた、周囲の空気を震わせていた。


 活気に満ちた良い場所だ。


 銃火器の進歩により、かつては廃れていた《剣術》という戦闘技能が、再び世に花開いて百余年。今では大勢の門下生を抱える流派が増えてきている。二百、三百という大所帯な流派は山ほどあった。


 けれども此処は違う。鈴鹿が訪れた道場の中には、多少大きく数えても三十名程度の門下生しかいなかった。他所の名門道場に比べると、門下生の規模は十分の一程度だが、個々の技量は圧倒的に此方が上である。


 「皆、見事な腕前ですね」


 打ち鳴らされる裂帛の剣技は、真剣ではないとはいえ、容易に相手を死に至らしめる事が可能だ。しかし彼等に相手への容赦など見受けられない。実践的な稽古は、淀みなく流れる攻守の切り替わりだ。


 西側に伝わる《細剣レイピア》を用いた剣術に近いだろうか。とても《型》とは思えない目まぐるしさが、そこにはあった。

 門下生の体捌きそれ自体も大したもので、此処に《+α》が加われば、最早銃火器など過去の遺物と化すだろう。


 素晴らしい練度だと鈴鹿は感嘆した。

 同時に、雪羽が此れを自分に見せた理由を考察して、静かに口を開いた。


 「もしも自分が妙な動きを見せれば、彼等が全て敵になる、ということですか」

 「そういうことです」


 努々忘れないようにと、雪羽は鈴鹿に釘を差した――そのときだった。


 「(いや)(おのれ)一人殺す程度、ウチだけで十分じゃ」


 背後から聞こえた声は淡々としたものだ。

 振り返った鈴鹿の視線の先には、気怠げな目をした少女が一人、竹刀を片手に立っていた。


 黒曜の髪と瞳、年齢は十歳程度だろうか。身長百四十cm弱の小柄な少女は、睡魔を堪えているのか、将又相手に興味が無いのか、目蓋を半分下げた感情に乏しい表情をしている。しかし彼女の言葉は実に物騒であり、とても冗談には思えない雰囲気があった。


 ――抜けば玉散る氷の刃――。


 此の道場をして、鈍らな気配であるからこそ、抜身の鋭さには注意が必要。

 油断無く、鈴鹿は訊ねた。


 「貴方は?」

 「森羅心陰流師範代《弌ノ瀬千代子チヨコ》」

 「私の妹です」


 雪羽の補足説明を受けて、鈴鹿は怪訝な顔をする。

 弌ノ瀬千代子。其の名前を以前《彼》から聞いたことがあった。


 そうか。彼女が『千代子』か。ならばその若さで師範代という話にも、納得できるというもの。


 実年齢は確か十四歳。とてもそうは見えなかったが、実力の程は年齢では決まらない。此の世界で十歳を超えれていれば、皆が等しく警戒すべき対象だ。


 「御爺オジィ――師範は湯治に出掛けて留守じゃからな。己の要件はウチが聞こう」


 異な事を訊く。要件は訪問願いの書状に認めてあるはずだ。

 つまり彼女は『諦めるなら今だ』と伝えたいのだろう。

 甘く見られたものである。


 「此方の要件は一つ。《久瀬(クゼ)龍也(タツヤ)》と話をさせて頂きたい」


 言葉にした瞬間、鈴鹿の背後にあった太い柱が鋭く裂けた。


 一体如何(いか)(ことわり)か。逆袈裟に斬り上げられた竹刀は、鈴鹿の身体を微塵も傷付けてはいない。にも拘らず彼女の背後には、恐ろしく深い傷痕を残してみせた。


 瞠目に値する技量を見せた千代子は、先程までとは違い、静かな怒りを宿した瞳で鈴鹿に忠告する。それは背筋の凍る殺気を孕んでいた。


 「彼は――龍ちゃんはもう十分に戦った。後の人生はウチが面倒をみる。幸せにしてみせる。……じゃけん己は引っ込んどれ」


 殺すぞ。


 口にせずとも伝わる三文字に、けれども鈴鹿は動じない。

 何故ならば、彼に幸せになって欲しいと願っているのは、自分を同じだからだ。


 「彼の幸せを決めるのは……彼自身よ」


 交錯する視線と視線。

 慇懃な態度を崩した鈴鹿の言葉に、やがて千代子は眉を(しか)めた。


 向こうの言い分を悔しく思いながらも、一応認めてはいるのだろう。

 千代子は目を逸らすと、道場の中へと進んでいった。


 今回は見逃してくれるらしい。

 最初で最後の機会を貰ったのかもしれない。そう鈴鹿は思った。


 「それでは九衛様。あの方の元へ案内致します」


 雪羽の目にも、取り敢えず合格点と映ったようだ。

 愈々(いよいよ)《彼》に会わせてもらえるらしい。


 嗚呼、緊張が治まらない。


 九衛鈴鹿に怖いものなどなかった。例え天下に誉れ高い弌ノ瀬道場であろうとも、正面を切って真剣に遣り合えば、勝てるという自負もある。しかし彼女は普段の天真爛漫な行動や言動を控えて、誠実にそして穏便に事を進めている。


 何故か。


 それは単に《彼》の為。空白の三年間が内に、恐らくは変わってしまったであろう少年。即ち《彼》との再会が、鈴鹿の心に恐怖を産んだのだ。


 悪い印象を持たれたくない。

 その一心で、鈴鹿は窮屈な恰好と言葉遣いを我慢している。

 だというのに。


 「ぅわ《蛇姫クチナワヒメ》だ。何しに来たんだよ」


 不意に廊下で対面した旧知は、会うなり開口一番、昔の渾名で鈴鹿を揶揄する。

 白黒の髪に黄金の瞳、千代子と変わらない背丈の少年は、大袈裟に驚いてみせた。


 此れとも実に三年振りだ。未だ消滅していなかったのか。

 美しくも生意気な少年の顔を前に、反射的に優等生の仮面が外れてしまう。

 少年だけに聴こえる声で、鈴鹿は文句を言った。


 「五月蝿い《道化(ピエロ)》。今の私は《化猫(バケネコ)》で通っているのよ。『化け物』みたいに強くて、愛らしく美しい『猫』って意味でねっ」

 「ぷぷぷ。似合わない」


 糞こんにゃろめが。


 「九衛様。闇璃(アンリ)様。双方、その辺りで」


 雪羽の声が冷たく響く。どうやら聞かれていたらしい。

 咳払いして誤魔化した鈴鹿は、闇璃を一瞥に睨むと先に進んだ。


 部屋数四十以上の大きな屋敷は流石に広い。静謐な雰囲気の渡り廊下を行き、広い中庭を見て回り、やがて彼女等が辿り着いたのは、特に変哲のない部屋の前だった。


 心酔すら感じられる千代子の言から、もっと仰々しい部屋を想像していたのだが、外装にも内装にも特筆すべき点はない。


 「失礼。雪羽で御座います。九衛鈴鹿様が御見えになりました」


 小さく開かれた先に、人影は見当たらない。

 返事は縁側の方から聞こえてきた。


 「有難う御座います、雪羽さん」


 懐かしい声に鈴鹿の心臓は思わず跳ねた。

 更に襖を開いた雪羽が、視線で『どうぞ』と伝えてきたのを待ってから、鈴鹿は部屋の中へと足を踏み入れた。後に続こうとした闇璃が、雪羽に襟首を掴まれて、廊下へと閉め出されたのを確認した彼女は、徐ろに目的の人物へと近付いてゆく。


 高鳴る胸を抑えながら、縁側に座る《彼》を目にした鈴鹿は、驚きに喉を鳴らした。

 信じられない。信じたくない、といった様に。


 龍也。其れが貴方の末路なの?


 覗き込んだ深淵に骨の髄、心の髄まで喰われたのだろうか。

 痩せ細った身体。幽鬼の如き気配。仄かに香るは死の匂い。眼鏡の奥にあるがらんどうな青年の瞳は、虚無の色で世界を視ていた。


 藍染の作務衣には曼珠沙華まんじゅしゃげの花模様。

 握られた彫刻刀で、淡々と彫り上げられてゆくのは、手の平に収まる鬼の像。


 三首鬼(みつくびおに)と呼ばれる修羅像だ。


 刻まれた三面にはそれぞれ、赫怒(かくど)悲涙(ひるい)空虚(くうきょ)、の顔がある。


 嗚呼、其れは嘗ての貴方の顔だ。

 今の貴方にはもう空虚しか残っていない。


 「御久し振りです。鈴鹿さん」


 完成した修羅像と彫刻刀を置いた青年は、来訪者に向き直った。

 三年か。


 「随分と大きくなったじゃない。龍也」

 「寝る子は育つと言いますから」


 それは此の三年間を殆ど寝たきりで過ごしていた、ということか。


 「完全に死に掛けているわけでもなさそうね」


 軽口を叩く元気は残っているらしい。

 少しだけ安心できた鈴鹿は、どうにか要件を伝えるだけの気力を取り戻した。


 「では改めて。此度は貴方に御願いがあって来ました」


 帝國の英雄である貴方に。


 「……聞きましょう」


 面倒事は自分が訪問した時点で理解しているのだろう。

 龍也は静かに言葉の先を促した。

 それを受けて鈴鹿はスーツの内側から、一通の封筒を取り出すと、龍也に差し出した。


 開ければそこには一枚の書類が入っている。

 見ただけで鈴鹿の目的が理解る書類が。


 『万屋事務所創設書類。所長《九衛鈴鹿》。副所長《久瀬龍也》』


 鈴鹿の署名は既に記入されている。後は。


 「是非、頼めないかしら」


 署名を。そして自分と共に事務所を運営して欲しい。

 けれどもそれは表向きの理由。事はもっと単純明快であり、故に彼は誤魔化させてなどくれなかった。

 暫く書類を眺めていた龍也は徐ろに口を開く。


 「貴方をして、自分を必要とする。余程に難しい《依頼》なのでしょうね」

 「……依頼、とは?」

 「話が性急に過ぎます。自分を口説く心算にしては、些か手段が強引だ。けれども他ならない貴方の事、無茶ではあっても無理ではない理が、そこには在る筈。――ならば、答えは簡単。

 万屋として事務所を立ち上げた後、最初の依頼は既に決まっている。それは恐ろしく困難な依頼であり、そして恐らく、自分にとって断る事の出来ないもの」


 久瀬龍也が断る事の出来ない依頼。


 「教団か。皇国か。或はその両方か。……ですよね?」

 「全く」


 慧眼痛み入るとはこの事か。何もかも捨てたような表情で、物事の核心だけはきっちりと抑えてくる。

 八割方は言い当てられてしまった。しかし残りの二割は読まれていない自信がある。何故ならば、龍也の顔にはまだ、依頼を受けると書かれていないからだ。


 鈴鹿の読み通り、龍也は首を縦に振らなかった。


 「残念ですが、申し出を受けることは出来ません」

 「依頼の内容を聞いていないのに?」

 「はい。理由は二つ。今の自分は欠陥品、以前のような力はない。そして何より、戦う理由がありません。教団の残党にも皇国の魔族にも、興味が無い」


 そう言って龍也は書類を畳んで封筒に戻そうとする。

 鈴鹿に動揺はなかった。


 「本当に、依頼を聞かなくても良いの?」

 「考えが変わる、と」

 「ええ。此の依頼……貴方に断る真似は出来ないわ」

 「理由を」

 「貴方にしか出来ないから。いいえ、『貴方しかやらないから』よ」

 「――――」


 ここまで淡々と会話をしていた龍也の顔に、初めて感情の揺れが生じた。


 鈴鹿の発言が彼の予想になかったということもあるが、それ以上に、久瀬龍也しか受けない依頼という代物が、まともな背景を伴っていないことを、容易に想像できるからだった。


 訊きたくはないが、聞かなければならないだろう。

 隣に座る鈴鹿は静かに口を開いて、龍也は其の依頼内容に耳を傾けた。


 「龍也。貴方は《帥仙(すいせん)》という組織を知っているかしら」

 「殺人・窃盗・密売――法に触れる依頼を《万屋》は受けない。が逆に、金になるそれらの仕事を専門に受ける連中もいる。そして彼等の多くは《犯罪仲介組織(レッドギルド)》によって、仕事をもらっています。非公式である組織の為、当然幾つも存在するが、中でも《帥仙》は最大手と言っていいでしょう。人脈も人材も、資金も名声も、業界三指には入ります」


 流石に良く知っている。

 だが、それは三年前の情報だ。

 今の帥仙は名実ともに、犯罪仲介組織の頂点に君臨している。


 「その《帥仙》が先達てより人を集めているわ。報酬《100,000,000(シード)》という巨額の暗殺依頼を引っ提げてね。それも参加者全員分……山分けじゃないわ」

 「無茶苦茶ですね。それならば報酬は、二百億でも足りないでしょう」

 「だから参加条件がある。《甲級()資格(ランク)》の万屋を倒すのが、その条件よ」

 「馬鹿げていますね」


 その意見には、鈴鹿も全面的に同意だった。

 特例を除き、《甲》は万屋の公的な資格として、最も高い等級である。仮に彼等を倒すという依頼があれば、それだけで《10,000,000$》以上の報酬が手に出来るだろう。それぞれの得意な分野において、一騎当千の働きをする者達である。幾ら《帥仙》の人脈が広くとも、此れに適う者は少ないはずだ。


 勿論、紙一重で勝つ程度の人材なら要らない。本命の依頼を遂行するには、参加条件で負傷されては困るからだ。即ち、甲級の万屋と比べても格の違う者でなくてはいけない。――とすれば、本当に限られた人数のみとなる。

 犯罪仲介組織・帥仙の誇る人脈の中でも、精鋭中の精鋭。


 「それで。彼等が狙うのは一体何者なのですか?」

 「皇国の姫君」

 「……冗談でしょう?」

 「本当」


 龍也が疑うのも無理はない。当然だ。何故ならそのような依頼、どれだけ金を積まれても引き受ける人間などいないからである。


 不可能なのだ。仮に帝國の兵力を結集させた所で、皇国の主筋を殺せるわけがない。

 帝國と皇国、人間と魔族では、強さの格が違う。

 或は喉元までならば、剣の切っ先が届くこともあるかもしれない。しかしその切っ先が喉に触れることもなければ、仮に触れても傷は負わせられない。


 歴史が証明している事実だった。

 依頼内容が破綻している。と、そう龍也は思っただろう。

 そんな事はない。最悪の場合シナリオを彼は見落としていたのだ。


 「暗殺対象はエリュシオン皇国・第三皇女《アルカーシャ=セイクレッドギアン》。そして帥仙に依頼を持ち込んだ黒幕は――《エリュシオン皇国》よ」


 自国の姫を殺して欲しい。

 突飛な黒幕に龍也は絶句してしまった。彼にとって酷な話だということは、百も承知している鈴鹿だが、それでも言わなければならない。


 「皇国の姫を護る為に、皇国と、皇国が雇った人間と戦うの。此の国でそんな愚かな真似が出来るのは、久瀬龍也を於いて他にはいない」


 空虚だった龍也の瞳が揺れる。


 恐らく護衛の依頼を持ち込んだのは、皇国にいる極少数の《姫側》に付いている誰か。九衛鈴鹿を選択するとは中々良い判断だと、龍也は考えたが、しかし流石の鈴鹿でも今回は厳しい。


 彼女自身もそれが分かっているから、遠路遥々こうしてやって来たのだ。


 「私の片腕になれば、万屋として新参でも、行使できる権威は違ってくるわ」


 貴方の苦悩も良く分かる。けれども私は知っている。

 強大な敵に脅かされている小さな命を、久瀬龍也は見捨てることなんて出来ない。

 

 立ち上がった鈴鹿は、そっと右手を差し出した。


 「さあ。共に《竜の姫》を護りましょう」

 

 

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