トラック9 スキルの使用と演奏
リカにつられるまま、ステージの裏に続いている「STAFF ONLY」と書かれた扉に入る。どうやらステージのすぐ脇の控え室になっているようだ。脱ぎ散らかされた派手で鮮やかな服や、大きなハリボテなどの道具が乱雑に置かれていた。
「平日はダンサーの子達が、ここで踊ってるんだけど…今日は休日だから休みなの!」
「そうか。そういえば、楽器の類が見当たらないんだけど?」
「ああ!楽器はこっちだよ!行こっ!」
リカが小道具を退かし、飛び越え、潜るので続いていく。そして、壁際まで来ると多くの楽器が所狭しと並べられていた。弦の切れたギターや、スネアに穴が空いているドラム。どれも、使っていないようでボロボロだ。埃まで被っている。これは…ひどい…
「ここなら、なんでも使っていいからね!!」
「あ、ああ…。」
使ってもいいって…使えるもの探すだけでも大変だぞ…
埃だらけの楽器を片っ端から、鑑定していく。ギターは、弦が切れている以前に緑色にカビている…これはダメ。ドラムは…って、そもそも打楽器なんだから歌とは合わないな。伴奏にあうもの…目の間に黒光する箱があった。
「おっ!これなら!」
黒いアコーディオンだ。アコーディオンとは、箱型の楽器で、蛇腹を動かし送風しリードを振動させて演奏する楽器だ。ピアノ式鍵盤だな。見た感じ欠損はなさそうだな。まあ、ベルトが切れているが…それは結べばいいし、なんだったら座って奏でればいい。
見た目で分からない部分を鑑定をして、状態を調べる。左手のボタンも壊れていないし、リード大丈夫だ。破れなどもない。埃をかるく拭き取り、かるく鳴らしてみる。うん。よさそうだ。しかし、若干重いくらいか?
言っておくが俺は音楽を聞くことは、好きだが楽器を奏でるのは苦手だった。音楽の成績は3をキープだった。しかし、異世界に来てスキルを手に入れたおかげか、楽器の状態や演奏方法まで手に取るようにわかる。
「それで、いいの?」
「ああ。これで、いい。それで、リカちゃん?でいいいのか?」
「リカでいいよ〜ハジメっち!」
「それはやめてくれ……呼び捨てにしてくれ」
「ええ…。はーい。」
呼び捨てを強制した時、頭の猫耳が垂れた。え?それって、ガチもん??いや、カチューシャだよね?転生者って言ってたし?今聞くべきか?いや....やめておこう
「それで、リカはどんな歌を歌うんだ?」
シュン…となっていた耳が、俺の「歌」という言葉に反応してピンっと立った。多分、尻尾があったら、大きく左右に揺れているだろ。
「うーん?気分だよ?ぜーんぶ!それにどんな伴奏でもスキルで合わせられるし!」
「スキルか。そ、そうか…なら、いいが…」
「それじゃ、行こっ!ハジメっ!」
また、俺の手を引いてステージの袖までくる。うわぁ…緊張する…
袖からチラリと見たが、ステージの前には相変わらず酔っ払いたちばかりだ。気にしない…気にしない…。足元にアコーディオンを置き、秘密の呪文を...みんなじゃがいも〜じゃがいも〜
てか、マジで何弾こう…うーん…あ!まてよ?…ふむふむ…どれにするか…
何を演奏しようか悩んでいたせいで、リカの姿が無くなったのを気づかなかった。
たったったたた…シュッ!
「とおりゃっ!」
助走をつけて走ってきたリカに背中にドロップキックをかます。ドロップキックの勢いが強く、転がりながらステージの真ん中で止まった。先まで騒いでいた酔っ払いが、驚いたのか酒を飲む手を止めてステージの俺を見る。
すると、すぐにリカがマイクを持って袖から出てくる…。俺を使って注目を集めやがったな!っ!これだ!保存保存!
リカはステージの中央に立ち、トークを始める。
「みんなー!今回は、伴奏をしてくれる人がいます!ほらっ!自己紹介!」
「あ、ハジメです…」
「声ちっさいよ〜!それじゃ、早速弾いて!」
いててて…せっかちだな…。まあ、いい。
俺は、さっき保存したばかりの曲を頭に流し、『音感』で頭の中で|採譜〈耳コピ〉し、アコーディオンで奏でる。
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音楽▼
保存数 4/10
癒しの音
聞くものを癒す力があるメロディ。(ヒール級)
短剣の剣術(中級)
短剣の剣術のリズム。リズムに合わせることで中級戦士の短剣の剣術が使用できる。
達人の旋律
達人がもつ独特のメロディ。達人のように振る舞える
火のリズム(初級)
初級魔法火のリズム。リズムに合わせることで初級魔法を使用できる
高揚の旋律
聞いていると段々と気分が高まるメロディ。気分が落ち込んでいる時や、盛り上がりたい時にぴったり!
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ドレミファソラシドも分からなかった俺が今速攻で採譜し、即興で演奏している…まるで、こうするのが当たり前のように体が動く。
そして、この曲はあのチートな『神曲』を演奏している。説明にもあったように、聞いていると気分が高まる。弾いている俺も同じくどんどんと気分が高まっていくのがわかる。やべぇ…たのしい…同じリズムだが、同じ曲はないのだ。頭に流れている『神曲』がまるで生きているようにリズムは変わらずに変化する。
酔っ払いたちも、酒を飲む手を止めて俺の演奏を黙って聞きいている。
リカも、目を閉じて体を音楽に乗せて揺らしていし、俺の伴奏に合わせて歌い始めた。先までの元気な活発な印象の声色とは違い、澄んだ綺麗な声だ。
しかし…声はいいよ!いいよ!いいのに…なんで…なんだよ
その歌詞は…前世に大ブレイクした海外のロックバンドの歌詞だぁぁあ!!!
俺の演奏のケルト音楽のような明るく軽快なリズムに、リカの歌詞が俺としては変な気もするが、違和感はなかった。スキルの影響か?まあ、英語の歌詞だからか?
どうでもいいや!楽しい!それでいじゃん?
ふと、ステージの前を見ると、多くの酔っ払いたちも体を揺らしたり、曲に合わせてうなずいたりと演奏と酒を楽しんでいた。
リカが最後のサビを歌い切り俺もアウトロが終わると、同時にものすごい拍手が鳴り響いた。酔っ払いをみると、みなスタンディングオベーションで割れんばかりの拍手が俺とリカを包む。
やべ…なにこの高揚感!胸がドキドキいってるよ…
「アンコール!アンコール!…」
一人の酔っ払いが、アンコールと叫ぶと周りの酔っ払いも続いてアンコールと叫ぶ
「「アンコール!アンコール!」」
リカは満面の笑みでアンコールを制す。酔っ払いも、アンコールをやめリカの言葉を待つ。
「ありがとぉ!みんな!盛り上がってるかぁーー!?!?」
「「「「おおおおお!!!」」」」
酔っ払いが、リカの声に触発され、声を合わせて答える。酒場にいる男も女も関係なく腕を掲げ叫ぶ様子は圧巻だな。リカは満足したように、頷いている。
ここは、空気を読まなくちゃな!俺は、なにも合図なしに頭に流れている『高揚の旋律』を再び奏でる。『高揚の旋律』はさっきとは違い、少し早いペースになり採譜していて少し大変になったがテンションの高さとスキルのおかげで問題はない。
リカは驚いて振り向く。俺はリカの目を見てうなずく。リカは笑顔でうなずき返すと歌い出す。ふと、視線にあのカウンターの上に座っている女がみえた。見た感じじゃわからないが、楽しそうな雰囲気でタバコを吸っている。そのカウンターの中のポーレスさんは、ワイングラスを拭きながら、音楽を聴いている。楽しんでくれているようだ!
その後、二曲アンコールに応え、脇の控え室に戻った。俺とリカは全力で演奏したので息が切れ、汗をかいている。しかし、苦しさはなく達成感と高揚感でいっぱいだ。ランナーズハイ的な?
「はぁはぁ!ハジメっ!楽しかったね!はぁ」
「ああ!そうだな!はぁはぁ!でも、流石に疲れた〜!風呂入りてぇ!」
「同感〜!はははっ!私もお風呂入りたい!」
袖でへたり込みながら、笑顔で話す。さっき、ナポリタンを食べたのにまた腹が減ってきた。でも誰かと、こんなに盛り上がるなんて前世でもなかったな…
「あ、私はそろそろ帰るけど、ハジメはどうするの?転生して早いでしょ?泊まる場所あるの?」
「確かここの、505号室?に宿をとったから大丈夫だ。まあ、その前に飯を食って、それから部屋に入るかな〜?」
「え?ハジメ!ここに宿とってんの!?!?」
猫耳を立たせて驚いた表情で聞いてくる。そこまで驚くことか?それに、ここの宿代も金貨1枚で一ヶ月なら高くはないよな?
「ああ。そうだけど…どうした?」
「どうしたも…ここに一泊するためにはさっきの舞台が大銅貨1枚だから、100回やらなくちゃダメなんだよ??しかも、銅貨1枚でも破格なのに…なんで、こうも同じ転生者に差があるの!!」
なんだか、今度は怒っているみたいだ。なんでだ?
感情の表現が豊かっていうか…分かりやすいっていうか…
てか、大銅貨?ゲルグそんなこと言ってたっけ?
「そうなのか?でも、銅貨が一番しただろ?10円くらいかとおもってたんだが…」
「は!?銅貨が10円!?何言ってんのっ!日本でいうと、
1円=銭貨
10円=央貨
100円=小銅貨
1000円=大銅貨
10000円=銀貨
100000円=金貨
1000000円=王金貨
10000000円=白金貨
100000000円=王国金貨
500000000円=黒金貨
てか、私なんか転生して一度も金貨なんて持った事ない!小銅貨で一日持つわよ!」
「だが、ゲルグが薬草だけで小銅貨くらいは集まると言っていたぞ?」
「げ、ゲルくですって!?あの建国者の!?」
「建国者?わからんないが、ゲルグだ」
「はぁ…もう驚かない。ゲルグはこの国の建国者の一人で、双剣の駆者と呼ばれてて、場数ゆえの強さがあってこの国で名前をしらない冒険者はいないくらいよ!」
「だけど、Cランクだろ?」
「それは、ハンターランクの話!実際あの人ならBランクはいくでしょ!」
「そうか。あいつ強かったんだな!あ、話ずれてね?」
「そうね…薬草は、魔力が多いところでしか生えないの。だから、魔物を倒せる第一次ジョブじゃないと採取できないの。魔物の一匹や二匹なら倒せるけど、集団で襲ってきたら敵いやしないのよ。だから、薬草採取は冒険者の初歩としてクエストになるくらいよ」
リカが興奮して、捲し立てるので背中を撫でながら落ち着かせる。すると、深呼吸を繰り返し、すぐに落ち着いた…
俺は、ポケットから余った金貨を取り出す
「俺、金貨しか持ってないんだが…持てみる?」
「は、初めてみたわ…それに、ポケットから簡単に取り出すなんてショック…。持たないわ…みじめになりそう」
「すまない…」
「はぁ…まあ、いいけど。楽器弾いてたから、第三次ジョブの仲間だと思ってたのに…違うみたいね…」
「第三次ジョブ?なにそれ??さっきも、第一次ジョブとか言ってたけど」
「え?ハジメ知らないの!?転生の時、神様に言われなかった??」
「言われてないな…」
「説明してあげる。えーと、まず加護がジョブに関係あるんだけど、第一次ジョブは戦闘系職業だよ!。剣士とか、暗殺者とか??それと、魔法を扱うことができれば第一次ジョブ。僧侶とかも戦闘系ってなるの。次に第二次ジョブは、生産系職業だよ。鍛治士とか、錬金術師とか。戦闘ができても作ることができれば生産系だよ。最後が私たちの第三次ジョブ!サービス業って感じ?かな。不遇ジョブって言われてるんだけど…だけど、私は誇りを持ってる!」
今の説明からすると、俺は第三次?いや、スキルに『楽器作成』があったから生産系?
「多分第三次ジョブだ。ジョブは『音楽家』だ」
「やっぱり!仲間!仲間!」
そう言って、リカは抱きついてきたので『達人の旋律』でかわす。ふてくされているようだが、今は汗をかいているので少し心配だ。
「よし。リカと俺は仲間だ!いろいろ聞きたいが、今日はもう遅いから明日にしよう!」
「むー…。まあ、仲間の提案だもんね!なら、明日もこの時間でここの酒場ね!」
そういうと、嵐のように走って宿から出て行った…はやい…てか、元気だな〜水着のまま外に出て行くなんて…まあいいか。
俺も控え室から出る。すると、多くの酔っ払いが絡んでくる。
「おい!坊主!ほら、チップだ!受けとんな!」
「あ、ありがとうございます…」
一人の酔っ払いからチッップを受け取ると続いて多くの客がチップを渡してくる。殆どが、銀貨だ。ここの客は金持ちが多いみたいだな。
チップを受け取り終わり、カウンター席に座る。
「すごいですね。ここまでとは、思いませんでしたよ。本当に冒険者ですか?」
「冒険者のつもりなのですが…ははは。」
「まあ、頑張って下さい。冒険者を引退なさってもウチがあなたを雇いますから安心してください」
「え、ええ。お願いします…。あ、なにか飯作ってくれませんか?お腹減ってしまって…」
「はい、わかりました。では、しばらくお待ち下さい」
ポーレスさんが、また料理を作ってくれている。酔っ払いたちは、さっきリカが歌った歌を音痴でバラバラだが楽しそうに歌っている。
料理を待っていると、客の一人が話しかけてきた。太っていて脂ぎった顔を寄せてくる。
「小僧…チップを多くもらっていたな…。もっとチップを集めたくないか?…」
なんだ、こいつ…気持ちわるい…。しかも、金儲けの話かよ…これは、断る一択
「嬉しいお誘いですが、お断りさせていただきます…」
「なぜだ?もっと、儲かるのだぞ?うまくいけば…王金貨まで稼げるぞ?」
しつこいな…何?きもいきもい…てか、近い近い!!
「ですが、お金に興味がありませんから…」
「いい加減にしろ!稼げると言ってるのだ!何も言わず、私に任せれば…アチチチ!」
叫びながら、掴みかかってこようとしてきたので『達人の旋律』で黙らせようかと思ったが、すぐ後ろに医者コスの女が立っていた。
女は脂ぎった男の頭に、吸っていたタバコを頭に押し付けた。男はすぐさま頭を押さえて振り返るが、後ろの女に気がつくと顔色を変えた。
「おい。何をしているんだ?お前は」
「ルーシー御嬢!…いえ、なにもしておりません…ぐへへへ…」
頭を押さえていた手を一瞬でもみ始める。顔は、笑顔だが…気持ち悪…
「消えな。」
「へ、へいっ!」
男は、すぐに酒場から出て行った。おお、早いな…
「ありがとうございました。助かりました。えーと…」
「たいしたことはしてない。あたいは、ルーシー=マクベインさ…」
「あ、ありがとうございました!ルーシーさん!」
すると、ルーシーは目を見開いた。あれ?なんだか怒ってる?
すると、料理が持ってきてくれたポーレスさんが助け舟を出してくれた
「お待ちどうさま。ハジメ様。お嬢様は、「さん」と呼ばれる事はあまりないのですよ。」
「ありがとうございます!そうだったのですか!」
「あ、ああ。呼び方なんてどうでもいい。それと、あんたの演奏…楽しかったよ」
一言そういうと、再びカウンターの上に乗りドクターコートの内ポケットからタバコを取り出し咥える。その一連の動作が艶めかしい…やべぇ…綺麗…
俺は腰に刺した小枝を、降り火種をルーシーのタバコに向かって飛ばす。ルーシーも驚いている。ポーレスさんが驚いて聞いてくる
「い、今のは?」
「火を飛ばしたのですが…。どうかしました?」
「お嬢様は<獄炎の魔女>の二つ名を持つほど、火の魔力がすばらいしいのですが…。その点、制御が…」
ポーレスさんは、ルーシーの睨みに気がつき顔を真っ青にして黙る。あっちゃー…
「……」
俺は気にせず目の前の料理を食べる。今度は、カルボナーラだ。てか、麺類多いな…
食べ終わると、すぐに食器を下げてくれた。お腹も膨れたようだし、そろそろ部屋に行ってみるか…
「おいしかったです。」
「あ、ありがとございます。お部屋にもどられるので?」
「ええ。」
「衣服は、部屋の入り口の籠に入れてくだされば従業員が、洗濯して再び籠に戻しておきます。部屋では、浴衣をご利用ください。肌着も備え付きのものをご利用なさってください」
どうして、服についてそう説明してくるのだろう?
「私のスキルの力ですよ。荷物を持っていらっしゃらなかったですし?」
「ほ、本当に助かりました!」
お礼を言って席をたった。今心を読まれなかったか?あれもスキルか?まあ、いい
部屋に移動したいんだが…確か…移動箱?を使えって言ってたな…
入り口の隣の方に、『移動箱はこちらになります』と書かれた看板があったので従っていく。すると、現代のエレベーターがまんまあった。
エレベーターの前には、ボーイが立っている。
「お客様。どの階まで?」
「5階の505です。」
「かしこまりました。では、お乗りください」
見た目エレベーターだが、乗ってみてもエレベーターだった…。ボーイは、階層のボタンの前にへばりつく。エレベーターボーイ的な?
数秒で、「チンっ!」と音と共に扉が開いた。
「到着です。505は、右手の方にございます。」
「ありがとう」
エレベーターから出て、言われた通り右側に進んでいく。廊下は、床は真っ赤な毯に部屋の扉ごとに明かりがあり、明るい。進んでいくと、《505》と書かれた部屋の前についた。木製の扉に金色のノブ…先ほどもらった鍵を使って中に入ると、日本のホテルと同じようなだった。入り口では、ちゃんと靴を脱ぎ中に入るとソファーと、高級そうな机が置いてある。天井には小さいながらも立派なシャンデリアだ。テレビがないだけで見ただけでは、高級ホテルのようだ。風呂もあった。
部屋にあった風呂に浸かり森での生活の垢を落とし、タオルで体を拭く。そしてタオルの近くにあった浴衣に着替える。脱いだ服は、玄関の傍にあった箱に入れておく。
そして…ベッドにダイブっ!!やわらけーーーー!!!初めてゆっくり…眠れる…