クリスマス・イブ
クリスマス小説です。
去年は間に合わなかったので、今年は頑張りました。
@不幸少年
12月24日。
1年のうち、ここまで人々の浮き足立つ日はそうそうないだろう。駅の中はいつも以上に人口過多で、慣れるまでは前に進むことすら難しい。BGMのクリスマスソングも、誰かと誰かの声に消されて聞こえやしなかった。
それはさておき。
家族連れやカップルが他国の神様の誕生日を楽しむ、なんて言う冷静に考えたらちょっとおかしな今日この日ーー俺が、一体何をしているのかと言えば。
『待ってる。』
数分前、「ごめん遅れる」ってそんな内容の俺のメールに、向けられた彼女からの返信。
たった一言、その言葉が、俺の体を動かしている。
そう。
つまり俺は、走っていた。
キラキラ輝くイルミネーションにだって目もくれず、ただひたすらに、大勢の人の間をすり抜けて。
理由を簡潔に述べるなら、まぁ、要するに。
待ち合わせに遅れそうだから、だ。
@引篭少女
『ごめん、電車混んでて……少し遅れます>_<』
携帯の液晶に大きく表示したままの、“あいつ”からのメールを見てため息を吐く。どうやら私の恋人殿は、私が思っていたより相当運が悪いようだ。彼のマンションから待ち合わせの場所までは、地下鉄使って30分ぐらい。
でも遅刻したら嫌だから2時間前には家を出る、なんて真面目を通り越した馬鹿みたいなことを言っていたのに、そこまでしてもなお遅れるというのだから筋金入りだ。
とはいえ、私だってそんなことで怒りはしない。
暇なのは通常運転だし、っていうかいつもは私の方が迷惑をかけてばかりな訳で、引きこもりがちな性格の所為で普通の恋人らしいことが出来る機会も全くないのだから、こうして彼氏が来るのを待つというのも、何かリア充の仲間入りをした感じがして。
まぁ、言うほどつまらなくはない、んだけれど。
「……問題はこっちか」
正直に告白しよう。
恥ずかしい。
もう、すごく、恥ずかしい。
何が、というときりがないが、とりあえず挙げるとするならまずは服。現在の服装が問題なのだ。
先述の通り私たちは付き合ってはいるものの一般的な恋人像には当てはまらないような関係を維持している。それはある意味姉弟のようでも(姉の座は絶対に譲らない)、親娘のようですら(この場合では彼は親、というかおかん的ポジションにあたる)あって、こう言う、その、テンプレートなデートなどしたことがない。けれど今日はどう考えてもデート、そうデートなのだからと、キャラに反しておしゃれとかしてみた結果ーー驚異的に似合わないこの格好が出来上がったのである。
死にたい。
無駄に張り切った今朝の自分を殴りたい。
これでもしも、彼の反応が苦笑いオンリーだったらどうしよう。
ちょっと待てそれはまずい主に私の心がまずい。
デートどころではない。
硝子のハートがぱーんぱりーんで119番救急車だ。
大体、参考にしたあのサイトがそもそもおかしかった。
「恋愛マニュアル」なんて名前の、ナチュラルに手をつなぐ方法とか自然なキスの仕方とかを紹介している件のサイト。
どうして私はあんなのを信用してしまったのか。
信用したがゆえに、最近流行らしい恥ずかしい服を着る羽目になったと言うのに。
我ながら呆れるばかりだ。
余計な黒歴史を作るなんて。
あぁ
死にたくなってきた。
両手で顔を覆い、うつむいて羞恥に耐える。周囲を取り巻くカップル達の声が酷く耳障りで、「リア充爆発しろ」とお決まりの言葉を心中で吐いた。
と。
「文!」
その時、聞きなれた声が私を呼んだ。
@不幸少年
腕時計の示す時間は、午後5時31分。
ちなみに待ち合わせ時間は、5時ジャスト。
初デートで、約30分の遅刻。
これはなんというか……救いようのない失敗だ。
つまり怒って帰られたって文句は言えないのだけれど、でも彼女は、「待っている」と言ったのだ。
待っていてくれると。
ならば選択肢は一つだろう。
そう意気込んで、俺は走る速度をわずかに上げた。
やっとのことで駅を出て、彼女の姿を探す。
冬の札幌名物ホワイトイルミネーションが、まるで来客を持て成すかのようにちかちかと雪を光らせていた。
これが見たかったのだと、遡って数日前。
ローカルニュースの特番を見て彼女を誘ったのは、俺の方だった。実を言うと本気では無くて、あまり外に出たがらない彼女が寒い中イルミネーションを見ようとなんかしないだろうなと、ある程度予想しながらーー駄目元で声をかけたのが、きっかけである。
『一緒にホワイトイルミネーション行かない?』
すると彼女は、ちらりと俺をみて。
『いいよ』
そう、答えたのだ。
俺は勿論想定外の返答に驚いて、けれど付き合って数年、やっと訪れた初デートの機会が凄く嬉しくてーーこの数日間、ずっと今日のことを考えていた。
我ながら女々しいと思うけれど、それでも、嬉しいものは嬉しかった。
彼女はどうだったのだろう。
少しでも楽しみにしてくれていたなら、そして今も楽しみに待ってくれているのなら、一秒でも早く彼女の元へ行きたい。
その一心で辺りを見渡せば、なんのことはない。俺の目は必然のように、彼女の姿を捉えていた。
思わず、声を上げる。
「文!」
振り返った彼女に駆け寄り、「ごめん待たせて」と続けようとしたんだけれど、意に反して言葉は出なかった。荒い息だけが喉から溢れて、こんなに息が切れていたことに初めて気付く。冷気を吸い込んだ肺が、凍るように痛んだ。
そんな俺を眺めて、彼女は言う。
「お疲れ様です。別にそんなに待ってないよ。少女漫画のお約束だと女の子がナンパされて彼氏が助けに入るものだけれども、貴方の彼女はそんなに可愛くないので」
残念だったな!と、何かの漫画の悪役みたいな調子で笑顔を浮かべた彼女に、卑屈や自虐の色は見られない。つまりは当たり前のように口にしているということで、そう考えるとなんとも言えない気分だ。
「可愛いと思うんだけどなぁ……」
引きこもりで、腐女子で(本人は否定してるけれど)、ついでにアニメオタクな彼女は、意外にも律儀で。
ほら今日だって、屋根のあるところに移動する訳でもなく、寒い中ずっと待っててくれたし。
そりゃあ誰もが振り返るような絶世の美女ではないかもしれないけれども、俺にとっては、
と、そこまで考えて。
「ーーーーーー……」
「っうわ!?つ、冷た……!」
ぼふん、と顔面を襲った雪玉の冷たさに、慌てて顔についた雪を払う。
顔を上げれば、手元にあった雪を手のひらで固めた彼女が不満げに呟いた。
「このタラシが……」
「た、たらし?」
っていうか、素手で雪掴んだら冷たいでしょ。
そう言って手を取った俺に、また一言。
「ん、訂正。貴方は天然ジゴロだ」
どやぁ、とこちらを見下ろすように体勢を変えた彼女の手も頰も真っ赤っかで、俺は思わず笑ってしまう。
誤魔化し方が下手なのは、昔っから変わらないこの子の良いところだ。
「ごめん、待たせて」
少し冷静になった頭で改めて思えば、意外にも彼女は随分と薄着していて、無意識の内に自分のマフラーを解いて彼女の首を包む。きっと随分と冷えているだろう、そう思っての何気ない行動だったんだけれど、彼女は何か言いたげに口を開いて。
そして、まるで今思い出したみたいに突然鞄を開けた。
いつもよりふた回りくらい小さな鞄の中から出てきたのは、綺麗にラッピングされたクリスマスカラーの袋。
「これ!え、っと、ほら。クリスマスプレゼント?で、」
「あ、ありがとう!実は俺も持ってきたんだ」
咄嗟に、はいこれ、と自分の鞄から似たようなデザインの包みを取り出して手渡せば、彼女の笑顔がびしりと凍る。言ったら絶対怒られるだろうけれど、彼女からのプレゼントは期待していなかったので結構、いやかなり嬉しい。こうなると、一方的に渡したら迷惑かななんて迷った挙句きちんと持ってきた自分を褒めてやりたいと思う。
「あ、ありがとう」
何故か戸惑ったように手を伸ばして包みを受け取った彼女が、今度は得意げに、でもどこかわざとらしく胸を張る。
「じゃあ、その。て、手が冷えちゃったなー。誰かあっためてくれないかなー」
……なんで棒読み。
とはいえまぁ、俺はどうやらこの件でのみ運が良いらしい。
「あ、さっき渡したプレゼント。中に手袋入ってるんだけど、良かったら、」
「…………」
神様ありがとう、なんて思う間も無く。
二発目。
しかも、一発目より柔く大きい雪玉は衝突の瞬間盛大に弾けて。
「ーーっ冷たぁあああ!!」
顔どころかコートの隙間から服の中まで入った雪が、刺すような冷気を直に伝えてくる。払おうにもどうしていいかわからず、ただ慌てふためく俺を横目にして彼女は言った。
「あーあーあーあー!なんなの、なんなんですかこの鈍感!ばーかばーか」
「え、え?」
「貴方って奴は全くもう、空気読めないし折角立てたフラグへし折るし。遅れたの謝ってばっかりで全然、全然褒めてくれないし」
「あの」
「大体ねぇ、長い付き合いなんだから貴方が遅れてくることぐらいわかってんの。私はもう怒るどころか同情しながら、一糸纏わぬリア充たちの行進を見てました!」
「そこは一糸乱れぬであって欲しい!」
「……謝るより先に言うことあるでしょ?だから貴方は残念なイケメンとかアホの子とか言われてんだよ」
残念とか、アホの子とか。
酷い言われようだーーけれど同時に、彼女の言いたいこともわかってしまって。
駄目だ、頰がにやける。
それに気付かず、彼女はなおも続けようとした。
「私だって今日はちょっと楽しみにしていた訳でーーーー」
でも、俺にはもう充分伝わっていたのだ。
「文」
硬直する彼女。
俺はその冷えた手を片方とって、ぎゅっと握りしめた。
折角だから恋人繋ぎ、とも思ったけれど、いきなりそれはハードルが高かったので断念する。
「寒いでしょ。そろそろ行こっか」
すると彼女は、ようやく我を取り戻して。
「……はぁ」
立ち上がった彼女に合わせて、席を立つ。繋いだ手だけが熱を持っているみたいで、何より暖かい。っとそこで自分が噂のリア充じみたことをしている事実に若干照れたらしい彼女はずっと目を逸らしていたけれども、黒い髪から覗く真っ赤になった耳は隠し切れていなかった。
うん、可愛い。
ーーーーって、ああ。そうだ。
もう一つあったんだ。
「奏太?」
突然黙った俺を不思議に思ったのか、こちらを見上げた彼女を見ながら、俺は緩みっぱなしの顔で微笑んだ。
「その服、すっごい似合ってる」
次の瞬間、
俺を3発目の雪玉が襲ったのは、言うまでもない。
お目汚し失礼しました!