ボスとメス
「この、ヘヤ?」
「そうだ」
扉の向こうから話をしている男女の声が聞こえた。
「ボスとメスが来たぞっ。ピー、バー、ラー、配置につけっ」
「「「了解」」」
男は長い廊下を歩いていた。その後ろを少し小走りになりながらも女が追いかけている。
男が装飾一つないしっかりとした扉の前で止まると、女はようやく追いつき、大きく息を吐いた。
「この、ヘヤ?」
腰辺りまである黒髪を耳にかけながら、女は男に問いかけた。
「そうだ」
「ここにニト、の秘密、ある?」
「秘密、というかだな。リサ、とりあえず見せてやるから動くなよ」
「ん?わかった」
ニトは、リサを一歩下がらせ、目の前にある扉を開けた。
「キュルキュル」
「キュル」
「あぁ、わかった、わかったから。下がれ、お前ら」
扉を開けると、4つの茶色の大きな塊がニトの足元にすり寄った。ニトは手に持っていた籠から小さく切り分けたリンゴを数個取り出すと、部屋の奥の方に投げた。
「ほら、おやつだ」
4匹の動物は、リンゴを追いかけ、2人から遠ざかっていった。
「ニ、ニト?」
「すまない、驚かせたな。こいつらは、カルピンチョだ」
「かるひんちょ?」
ニトはリサの手を引き、部屋の中のベンチに座らせ、自分はリサの隣に腰掛けた。そして、籠から切り分けてある野菜や果物を取り出し、リサの手に幾つか預けた。
「かるひんちょ、とても、大きい」
「今の4匹は、あれでもまだ生まれて3ヶ月の子供だ。ほら、部屋の奥の水辺で寝転がっているのがあいつらの母親と父親、その他にも3匹ほどいるだろう。あれが大人のサイズだな」
先ほど部屋を開けた時、初めて見るカルピンチョに目を奪われていたリサだったが、ニトの言葉に促され、部屋を眺めた。
カルピンチョのいる部屋は、大きな寝室2つ程の広さがあり、天井は日の光が入るように一面ガラスで覆われている。床は一部、草も生えている。また、部屋の奥、全体の4分の1を占めるスペースは浅いプールのようになっていて、周りには大きな石や、丸太が数個置いてある。その周りに5匹、先ほど見たものの2倍ほどの大きさのカルピンチョが寝転がっていた。
その5匹とも、リサとニトの2人が部屋に入って来ていることには気づいているのかいないのか、顔を2人の方に向けつつも目は閉じている。
「カル、ピン、チョ、アモー、ピローピロ。おやつだ」
リサが果物や野菜を手の上で遊ばせていると、ニトは五匹のカルピンチョに声をかけた。
ニトの声に反応して、体の大きく鼻の上に突起物のあるカルピンチョが重そうな体を揺らしながら、ニトとリサの下へ歩いてくる。そのカルピンチョはリサの身体の半分を超えるほどの大きさで、体重もリサより重そうである。
「こいつが群で唯一、大人のオスだ。さっきいた子供達の父親のアモー。リサ、ちょっと待ってて」
ニトは地面に直接腰を下ろすと、籠から取り出しておいたサツマイモのかけらをアモーの顔の前に近づけた。
「キュルキュル」
「ひさしぶりだな、アモー。元気だったか?」
アモーはサツマイモをニトの手から直接食べると、また別のを催促するように、ニトの手のひらに何度も鼻をこすりつけている。
「キュルキュル、キュル」
「リサ、俺の隣にゆっくり地面に座って」
「うん」
「それで、アモーにリンゴをあげて」
リサは、言われた通りにニトの隣に座り、恐る恐るアモーの顔の前にリンゴを乗せた手を近づける。アモーはリンゴが近づいてきたことに気づき、リサの方に歩みを進めた。
「うひょっ」
「大丈夫だって、こいつらは草食だから。ほら、触ってみろよ」
アモーがリンゴを口に含み、ゆっくりと咀嚼しているのを見て、リサは安心したのか、アモーの頭を撫でてみた。
「かたい、これ」
柔らかそうな見た目に反してアモーの毛は硬く、リサは数度撫でただけで手を離した。
「のんびりした感じだから、カルピンチョはとっても人気があるんだ。例えば、だな。人懐っこくて、多少魔力があるから、子供のパートナーとしてよく重宝されるな」
「はーとなーって?」
「ここら辺では子供の時から動物と生活するんだ。自然を愛する気持ちを育んだり、動物に対して慈しむ気持ちを持たせるためにな。うん、情緒教育の一環といえばいいのか」
「なる、ほと?」
リサが眉を顰めながら首を傾げると、ニトは少し笑った。
「リサには単語が難しかったか。要は、愛情たっぷりの大人にするため、だ」
「なるほと。」
「あと、カルピンチョの特徴と言えば、1人の人間を主と決めたら、一生群れでついてくるんだ。そして、その人間にあるギフトを与えるんだ」
「きふと?」
「それが、俺の秘密なんだが。リサ、これから何を見ても、俺を嫌わないと約束してくれるか?」 少しの不安を映したニトの顔を見たリサは、満面の笑みを浮かべた。
「うん、わかった。ニト、とっても好き好きー」
「くそっ」
ニトは荒く、日の光で輝く前髪を掻くと立ち上がり数歩下がった。
「俺がいい、と言うまでも目つぶってろ」
「わかった」
リサはニトに言われるがまま目を瞑り、膝を抱え、ニトに声を掛けられるのを待っていた。
しばらく目を瞑っていたリサだったが、思ったより長い時間、声を掛けてもらえないことに不安を覚えた。
「ニト、目、開けていい?」
「チッ、洋服があること忘れてた。しょうがない、このままでいいか。リサ、目を開けて」
リサは目を開けた。先ほどニトが立っていたところ視線を向けるが、ニトの姿はない。
「ニト?」
「ここだ、ここ」
視線を少し下げると、ニトが着ていた服が床に落ちていた。その真ん中はなんだか不自然に盛り上がっている。
「そこ?」
「わかったなら、さっさと助けろ」
「うん」
リサはニトの服を一枚ずつ剥いていくと、リサの隣にいる、アモーに見た目がそっくりなカルピンチョが出て来た。最初に見た子供のサイズぐらいのカルピンチョは、身体に被さっている最後の一枚の服が取られると、身体を大きく震わせた。
「重かった」
薄々気づいていたが、そのカルピンチョの正体が本当にニトであることを確認したリサは手を伸ばした。
「ニト、本当はかるひんちょ?」
ニトを持ち上げて胸に抱えようとしたが、思った以上に重量感があり、リサはあきらめて膝の上に置いた。
「違う、俺はちゃんと人だ。さっき言っただろ? 気に入った人間にカルピンチョになる能力を与える、コレがギフトなんだよ」
「なんか、役に立つ?」
「うっ、全く役に立たん。むしろ……。まずい、奴らに気づかれた。早く俺をベンチの上に上げろっ」
リサはニトをベンチに上げるため、一度ニトを膝から下ろした。そして、立ち上がってニトを抱えようとした瞬間。
「うひょっ」
リサは後ろからかなり強い衝撃を受けて、膝から地面に崩れ落ちた。
「なにっ」
リサはニトを上半身で覆いながら後ろを振り向くと、一番最初に出会った子供のカルピンチョ4匹が群がっていた。リサは、一度大きく息を吐くと、ふらつきながらも、膝立ちになってニトを胸に抱えた。
「キュルキュル」
「キュル、キュル」
「ニト、なにこれ?」
「すまない。とりあえず、ベンチに逃げろ」
リサは重たいニトを腕で抱えながら、なんとかベンチに辿り着き、腰掛けることが出来た。ニトは、リサが腰を下ろすと腕から降りて、隣に座った。
「ゴッゴッゴッ」
ニトはベンチの上から子供達に威嚇しているかのような声を出した。それを聞いた子供達は、ベンチの前に大きい方から順に横一列に並んだ。
「ニト、かるひんちょの言葉しゃべる?」
「あぁ、これもギフトの1つだな。さっき言いそびれたんだが、厄介なことにカルピンチョの子供に異常に好かれるんだ」
「好かれる、いいこと?」
「良いこと、なんだかな」
ニトは、何かを躊躇うように数度太い首を振った。
「こいつら、ずっと俺の後ろを追いかけてくるんだ。最初はかわいいんだが、他の部屋やトイレとか本当にどこまでもついて来て。だんだん鬱陶しくなってくるんだ」
思い出して少し凹んでいるかのように見えたリサは、ニトの頭に手を置き、慰めるように動かした。
「でも、かるひんちょのニト、とってもかわいい。好き好きー」
「リサは軽々しく、好きだと言い過ぎだ。俺でなければ誤解されてるぞ」
「こ、かい?」
「だからな、リサが友人としてではなくて、男として俺が好きなように聞こえてしまうだろう」
「こかい、ちゃうよ? ニト男の人。他の人より、いっぱいいっぱい好き」
リサの言葉を聞くと、ニトは大きくお尻を震わせた。
「それはさ、俺と結婚してもいいって方の好きってことだよな? 本当に?」
「うん。ニトと結婚したい。ニトは、私、好き?」
リサはニトの体を両腕で、顔の前まで持ち上げた。
「悪い、先に言わせて。俺はリサが好きだ。」
「嬉しい」
リサはニトに抱きついた。
「キュルキュル」
「キュル、キュル」
リサとニトの会話が理解していたかのように、2人が纏まった後、子供達4匹はリサの足に体をこすりつけ始めた。
「足、くすくったい」
「ほら、カー、ピー、バー、ラー。俺のリサに近寄るんじゃない。」
ニトは、再びゴッゴッゴッという声を出した。
「ん? なんだ、俺に何か言いたいことがあるのか? リサ、すまない。一回降ろしてもらってもいいか?」
ニトは床に降ろしてもらうと、4匹と共に少し離れた草むらに向かった。5匹は話し合いをするためか、円になっていた。
「わー」
リサがベンチに座りながら数度足を組み替えていると、話し合いをしていたニトが大声を上げながら、走り寄ってきた。
「リサ、すまない。やり直させてくれ」
「やり直し?」
「何度も頼んで悪いがもう一回、目を瞑っていてくれ」
衣服のこすれる音がリサの耳に入った。
「リサ」
リサが目を開けると、ニトが目の前に跪いていた。そしてニトは一方の手でリサの左手を取ると、片手を胸に手を当てた。
「オレはリサの事を愛している。俺と結婚してくれ」
「はい」
「よしっ」
ニトは理沙の返事を聞くと、リサを両手で抱き上げた。
「うひょ、ひょ」
「これからみんなに挨拶行って。式場の用意と洋服とかも考えなきゃいけないな」
ニトはリサを抱えて、喜びを隠しきれないように、足早に部屋を出た。
残されたカルピンチョは主の嬉しそうな様子を見て、2人をお祝いするように喜びの声をあげていた。
途中で子供達の名前でお気づきの方もいらっしゃったかもしれませんが……。カルピンチョとはカピバラの事です。
アモー、ピローピロ、カルピンチョはカピバラの別名です。
現実のカピバラを多少異世界風に描写しました。




