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「最近、授業中に眠りすぎなんじゃないの?」
ーーー また始まったよ。レイジは隣にいる少女を見てそう思った。
放課後、特にクラブ活動に所属していないレイジはいつも夕方におこなっている鍛練のために家に帰ろうとしていると彼女に捕まった。リナリィ・クローリ。それがお姉さんぶってレイジに小言を言っている小柄な少女の名前だ。
元々はレイジがメルヴィルに移り住んで、孤児院を出るときに彼女の母親が経営する惣菜屋の二階を借りる時に知り合ったのだが、一月ほど早く産まれたのを理由に何かと世話をやいて、姉のように振る舞っているのだ。
「別にいいじゃないか。ちゃんとテストでは平均点を出してるんだから」
「それでも私はあまり関心しないわ」
頭の横で結んだ栗色の髪を揺らしながらリナリィは口を尖らした。
「別にリナリィに関心を持たれなくても大丈夫だよ」
日頃はあまり人と張り合おうとしないレイジだが、リナリィ相手だと少しだけ喧嘩腰になってしまう。
「何よそれ。人が色々心配してあげてるのに~」
「それをお節介って言うんだよ」
口を膨らましているリナリィと喋りながら学校を出ようとすると、校門の所に見慣れた隻眼の男が立っていた。
男はレイジが来たのに気づくと片手を軽く上げた。
「よう。青春してるな若人たち」
「何のようですか。ジル・エリクトンってか、あなたも十分若いじゃないですか」
「釣れないな~。レイジ。それにフルネームじゃなくてエリクトンさんって呼べよ。俺もレイくんってよんでやるからよ~」
ツンツンとレイジの肩を小突いてくるが、レイジはそれを無視する。
「黙って下さいジル。きっと頭に虫でも湧きましたんですね。で、一体何のようですか?」
「呼び捨てな上に毒舌かよ!……って、まぁいい」
オーバーなリアクションをとったが思ったよりも反応が無かったので、ジルは真面目な顔をして話した。
「さっき、標的を殺りそこねた。多分、この辺りをうろついてるだろうってことをお前さんに伝えに来たんだよ」
「昨日の今日で、ですか。わかりました。できる範囲で警戒します」
ジルの警告にレイジは素直に頷く。いつ悪魔が現れてもいいように準備をしなきゃいけないと、考えがからレイジはひとつ気になったことを尋ねた。
「ジルが仕留めそこねるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」
ジルはうっ、と顔をしかめるとぎこちなく口を動かした。
「それは……あれだ。あの~日頃の疲れを癒していてだな……」
歯切れの悪いジルの様子を見て、レイジは溜め息をついた。
「どうせ、お酒の飲み過ぎで二日酔いにでもなって油断した所を逃げられたんですね」
レイジの言うことが当たっていたのか、ジルは面目ないと言わんばかりに肩を落とした。
まったく、この人はと思ったレイジだったが、これ以上言うとジルが泣きそうな予感がしたので追及するのをやめた。
「じゃあ、そういうことで俺は帰るわ。お二人さんともお元気で~」
それだけ言うと逃げるようにジルは走り去っていった。
「あの人ってよくお母さんのお店に来てる人だよね?知り合い?」
「まぁね。前にも言ったけど、バイトの先輩だよ」
「あぁ、あの警察のお手伝い?昨日もあったんでしょ。もしかして今日も?」
心配そうにレイジの顔を覗き込むリナリィ。大きな丸い瞳がうるうると揺れていた。
レイジは自分自身が悪魔と戦っていることをリナリィには伝えてないし、伝える気はない。なので、彼女には警察の召集で悪魔から人々を避難させる手伝いをしていると伝えている。
「うん。だけど心配しないで。危ないことはしないから」
血みどろの争いに巻き込みたくないから嘘をつく。胸がチクりと痛むが、彼女に辛い思いをさせるよりはましだと自分に言い聞かせる。
レイジの言葉を信じたリナリィはうんうんと頷いた。
「そうよね。レイジみたいなのが危険なことをさせられるわけないよね。よし、そうと決まればお手伝いを頑張れるように美味しいお惣菜を持っていくね」
「ありがとうリナリィ」
気遣ってくれている相手に小さな罪悪感を抱きながら、レイジは学校をあとにした。