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ジルの住んでいるバーを跡にしたレイジは、目的の塔を訪れていた。
いつ、誰がどうやって建てたかは知らないが、この建築物は悪魔が世界を恐怖で蹂躙する頃から聳え立っている。改修を重ね、真新しい塗装が施されている場所もあれば、植物のつるによって囲まれた古い場所もあった。
レイジが塔の中に入ると、そこには巨大なパイプオルガンが設置してあり、それを弄っている作業服の男がいた。
「トラバスさん。今、少しいいですか?」
レイジの声が聞こえると、男は作業を中断して歩み寄ってきた。
「やぁ、ここに来るなんて久しぶりだね。レイジくん」
茶色の短髪で小さい眼鏡をかけた青年は気さくに話しかけてきた。
「どうも。もしかして、仕事の邪魔でした?」
「いやいや。昨日から働いててちょうど今から休憩でもしようかなって思ってたところだよ」
そう言って、都市に一人しかいない調律師トラバス=シュヘルツは首にかけていたタオルで汗をぬぐった。
「そうですか。あの~、仕事が終わったばっかりで申し訳ないんですけど、アレはいつでも使えますか?」
レイジの申し出にトラバスは器用に片方の眉を上げた。
「アレを使うのかい?それって……」
「はい。現在、悪魔が都市内に侵入しています。一度、遭遇しましたけどレベル2ぐらいでした」
「レベル2か。それくらいだったら君らだけでも対処出来るんじゃないのか?」
「それが……どうやら今回の悪魔は捕食した人間に擬態する能力を持っています。そうなると、夜になるまで見つけることが困難です」
悪魔は本来夜行性の生物で、昼間は活動を休止することが殆どである。
しかし、今回暴れまわっている悪魔は人間に擬態することで昼間でもある程度活発に活動していた。
レイジも探査が下手とは言えないが、どうやら人間に擬態すると、ほぼ完璧に気配を消せるようだ。
「―――つまり、夜になるまで待ってたら悪魔がレベル3になってると」
「その可能性もあります。一応、聖女様にも報告はしてあります」
「なるほど。分かったよ。それじゃあ僕は今からアレの調整に入るよ。―――その時になったら連絡を入れてくれ」
「はい。よろしくお願いします。じゃあ」
トラバスに軽く別れの挨拶をして、レイジは塔を跡にした。
後は夜になるまで待機して、ラウルからの報告を待つだけである。
(暇だから家に戻って休んどくかな?いや、念のためにさっきの公園の周囲を捜索するか)
これからの行動を決めると、レイジは来た道を引き返すことにした。
知り合いの男に話しかけた仕事帰りの主婦が消えた。