君に贈り物を
「ハッピーバースデートゥーユー! ハッピーバースデー、ディア竜之介~・・・」
教室の中心で、クラス一の人気者の誕生会が始まった。小さなショートケーキに、一本のロウソク。そして、そんなケーキを見て満面の笑顔を浮かべる彼。
私は、自分の紙袋の中をチラリと覗いて、小さくため息をつく。
「まじ旨そうっ! みんなありがとう~!」
「お、竜ちゃんに感謝された! じゃあ、今日は竜ちゃんの奢りでラーメンでも食いにいくか!」
「ちょ、今日、俺の誕生日なのに!?」
竜之介・・・早見くんと、そんな彼の親友である大岡くんとのやり取りで、周りにいたクラスメイトたちから笑いが起こる。
・・・バカみたい。こんなに笑顔になっている早見くんに、手作りケーキを渡そうだなんて。私のケーキは、あんなに綺麗に形も整っていないし、何より、ほとんど話した事のない私から貰ったって、気を使わせてしまうはずだ。
私はクラスの中心に背を向け、バッグを肩に掛けた。時刻は午後四時過ぎ。家に着いたら、丁度五時頃だろう。
「はあーあ。どこで消費しよっかな、コレ」
昇降口で靴に履き替えた後、私は自分が手にしていた紙袋の中を覗き込んでいた。紙袋の中からは、不器用な甘い匂いが漂ってくる。
「家・・・は、ああ、あゆ姉がいるから絶対にバカにされるし・・・」
「何で? 何でバカにされちゃうの?」
!? 私は、突然背後から聞こえた声に、思わず勢いよく後ろを振り返ってしまった。
「あ・・・え? 何で、早見くんが・・・」
振り返った先にいたのは、誕生会の真っ只中のはずの早見くんだったのだ。右頬に生クリームを付けて、ニコニコと微笑んでこちらを見てくる。
「だって、広瀬が悲しそうな顔で教室出て行くのが見えたし。何かあった?」
彼の顔が、急に険しくなる。いや、険しいというか、悲しそうともとれるか?
「ううん。気にしないで、ありがとう、大丈夫だから。じゃあね」
激しく高鳴る心臓の音が聞こえてしまいそうで、思わず私は彼から顔を背けた。せっかく来てくれて嬉しいはずなのに、その思いがうまく表現できない。
・・・本当に大バカだ、私。
「待ってよ。広瀬」
バッグを早見くんにガシッと掴まれる。そして、緩く持っていたからか、右手に持っていた紙袋をも取られてしまったのだった。
「広瀬、これを俺に下さい!」
次の瞬間。私の目の前にいたのは、深々と頭を下げた早見くんだった。
「え?」
「い、嫌ならいいんだけど! 俺、広瀬のケーキ食いたいし!」
心なしか、顔を赤くさせてそう言う早見くん。そんな彼が可愛く、そして今までのどんな時よりも愛おしくて、思わず笑顔で頷いてしまっていたのだった。
「ま、まじ!? やったあ!」
「でも、あの。何で、私の紙袋の中身がケーキだって知ってたの?」
ふと疑問に思った事。早見くんが、私のケーキを食べたいと言ってくれた事も、世界最大の謎だが、紙袋の中身がケーキだと知っていた事も、私にとっては大きな謎だったのだ。
「そ・・・それは・・・」
「それはだな、広瀬。竜之介が、お前のケーキ、一日中狙ってたからだよ」
「え? あ、大岡くん」
また背後からの声が聞こえたかと思うと、今度は早見くんの親友、大岡くんだった。
「おい、賢治!」
「いいじゃん、いいじゃん。あのさ、広瀬。一つ謝んなきゃいけないことがあるんだけど。今日の誕生会、お前以外のクラスメイト、みんな『グル』だったんだ」
「は? 『グル』? 何よ、それ」
大岡くんの変な告白に頭をフル回転する私。しかし、元々考える事が好きではない私は、すぐにそれを断念した。
「詳しくは、竜之介から聞いてくれよな! じゃあな、バイバーイ!」
それだけ言い残し、嵐のように大岡くんは去っていった。何だか、更に頭が混乱してきた。
「え、どういうことなの? 早見くん」
「あ、うーん。つまり、その。広瀬が俺のためにケーキ作ってくれるっていう話は、お前の友だちの柏崎から聞いてさ。それで、今日一日中、楽しみにしてたんだけど・・・」
早見くんは、頭をガシガシと掻きながら、ブツブツそう言う。何だか、いつも教室で見る彼とは別人のようだ。
「『グル』っていうのは、俺が、お前に気持ちを伝えやすいように、クラスの皆がセッティングしてくれた劇・・・だったわけなんだ、うん。誕生会な」
「・・・は?」
治まりかけた心臓が、また激しく鳴り出す。それに伴い、顔に熱が集中していくのが分かった。
「・・・俺、広瀬の事、好きです」
今まで、見たことの無い彼の優しい笑顔が私の心の奥にまでゆっくりと溶ける。
「・・・私も、好きだよ。大好きなんだよ」
怖いくらい幸せで、泣きたいくらい嬉しくて、私は彼の胸元で小さな涙を一粒零した。
短編「君に贈り物を」ENDです。
もしかしたら、続編をつくるかもしれません。笑