七話 賢者タイム
依頼を完了させた俺達は一応粘って周囲の魔物を探し回ってみたが、なまじ獣の肉声だったせいだろう。
怯えた魔物は完全に姿を消していた。
強烈な攻撃本能に従う魔物は基本的に力の差を測れずに襲ってくるが、スキルによっては魔物に恐怖を与えることが出来る。
《咆哮》がそれだ。
「帰るか。今日は無理だ。」
「ああ。迷惑を掛けた。すまない。」
口輪だけ解いたアッシュを引き連れた俺は二十回に迫るほど使った《広域探査》に何も反応しないことに溜め息を漏らした。
仕方ないが、アッシュの装備は今度にせざるをえないな。
面倒臭いがしばらくは俺のバフでカバー出来る依頼に留めておくとしよう。思ったよりアッシュと俺の相性が良いから、大概の依頼は何とかなる。
「(問題はアッシュの脳味噌が筋繊維で出来ていたことだ。体一つで魔物と殴り合いしてきただけのことはある。多分コイツは普段から物事を考えることをしてない。)」
こんな暴れん坊の世話をするかと思うと……俺も別段考えるの好きじゃないし。
まぁ、何にせよ帰って生活基盤をどうにかしなくては。目的があるでもないのに、バックパックの中にオーガ達の耳を入れっぱなしにしているのは気分が悪い。
バフが効いてる間に街まで帰れば時間の節約になるだろうし。
落ち着いてから気付いたのだが、何か頭痛いから宿で休みたい。
まだアッシュの野太い叫びが頭に響いてる気がして気分が悪いんだ。
「ほら、背中に乗せてくれ。」
「よし来い。今なら壁を破って新たな世界に踏み込める気がする。」
「はいはい……。」
しゃがんだアッシュの背中によじ登っておんぶして貰う。帰りはバフ有りだと振り落とされそうだから一応繋いでおくかな。
うわ、毛が付いた。ぺっぺっ……。
「おい、人の上で唾を吐くな。」
「うぇ……あぁ、悪い。」
改めて首の鎖を掴んで身構えると、待ってましたと言わんばかりに巨大な体躯が沈んだ。縮めた筋肉が爆発的な力を発して大地を蹴る。
いわゆるロケットスタートと言うやつだ。アッシュは俺を背負ったまま超低空にミサイル顔負けの勢いで離陸した。
「あっぶばっアッーーーー!?」
もげ、もげる! 首もげる!!
「……………………。」
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ。」
街まで辿り着く前にアッシュのVITが切れて、瀕死の俺を背負ったこの馬鹿は平原の真ん中に座り込んだ。
徐々に回復するVITに合わせてこいつの息も整っていくだろうが、俺の首は自然に治りそうもない。
「(……《キュア》。)」
じんわりと染み込むように熱が広がると、まるで錯覚だった様に痛みが引いた。ついでに頭痛も治ったらしい。
なるほど。医者が泣くわ。
ってか、これで一儲け出来んじゃね?
「む、補助が切れそうだぞ、リーブラ……………………ふぅ。」
「賢者タイム過ぎたらまた走れよ。」
ゲームでもそうだったが、強力なバフを掛けられるとつい調子に乗り、切れた後に落ち着き過ぎてしまう現象が起きる。
通称“賢者タイム”である。
これが起きないバフはゴミ扱いされて白魔術系の魔法職が泣いてスキル上げするというお約束があった。
こっちにそんな言葉は無いのか、アッシュは分かった様な分からない様な反応を返したまま遠くをぼんやり見つめている。
多分やるせない気持ちになっているんだろう。
「なぁ、帰ったら治癒魔法で商売しようと思うんだが、流行ると思うか?」
「……あぁ。」
「病気って状態異常か?」
「……さぁ。」
初体験だったからか賢者タイムの影響が強いな。会話になりゃしねぇ。
仕方ない。尻蹴っ飛ばして走らせるか。夕日も沈みそうだし、早めに帰らないと宿の部屋が埋まっちまう。
「ほら、行くぞ。充分休んだのは見て分かるんだからな。」
「……あぁ。」
「では、討伐報酬が45000Gです。別途に早期依頼達成の謝礼があります。」
「そんなのあったんだ……。まぁまぁ稼げたな。」
財布が重くなったことに満足を覚えたが、潤沢な資金は依頼の無限ループが生み出すものだ。
依頼書用の掲示板を隅からじっくり確認して、報酬の良いものを探す。ぶっちゃけ、稼いだ金はアッシュの装備で消える。
そのアッシュには宿と飯の確保に行って貰った。街に詳しいのはあっちだし、先立つものが無ければ無駄食いも出来まい。
「お、これ良いな。」
【ロックライノスの甲羅採取。報酬応状態。防具屋。】E
ちょうどあの辺の素材には再チャレンジしようと思ってたし、依頼人が防具屋なら多めに持ち込んでアッシュの装備を安く造って貰えるかも。
何てタイミングの良い依頼。ついでにストーンヴァイバーがいるか確かめてやろう。
「ん?」
「あっ……。」
依頼書を剥がそうとした俺の手が同じものを取ろうとした手と重なった。
少しひんやりしてスベスベの小さな手は驚いて引っ込み、残された俺の手が依頼書を剥がし取る。
視線だけ引っ込んだ手の主に向けると、相手が俯いているせいでつむじが最初に見えた。次にしゅっと伸びた耳。
何だ、エロ……エルフか。
俺は三角帽子をかぶり直して静かにカウンターに向かった。
「なぁ、宣伝文句はどうしたら良いと思う? 全ての怪我や病を治します、とかじゃ逆に胡散臭いか?」
「そうだな。どうやって治すのかが分からないと皆怖いんじゃないだろうか?」
「なるほど……。」
如何せん資金が足りない俺達は、依頼から帰った後も稼ぐために“治療屋”を始めてみることにした。
俺が何処か適当な場所で《キュア》や《クリア》を有料で行使し、アッシュはその移動力を活かして宣伝する。
もう最上級魔法もカンストしてるから行為自体に旨味は無いが、手っ取り早く金が稼げるはず。
「医者や薬屋から仕事を奪うのは不味い。彼らの世話になれる裕福な者は相手にしない方がいいと思う。」
「そうすると結構貧乏な連中が相手になりそうだが。稼ぎが落ちるんじゃないか?」
「リーブラ……どうせ副業なんだ。少しくらい思いやりのあることをしても良いじゃないか。」
こいつは見た目と違ってやたらと慈悲深い性格してるんだな。心が痛まない訳じゃ無いが、貧民街の住人の問題は根が深い。
怪我や病気を治したくらいでは何も変わらないことくらい俺でも分かる。
この世界で生きてきたアッシュに分からないはずもなかろうに。
「まぁ、貧乏人の怪我や病気を治すくらいなら貴族に目をつけられる心配も無いか。」
溜め息混じりにそう漏らすと、グルグルと喉を鳴らして笑い始めた。何やら嬉しそうに。
思い出し笑いにしても奴が喉を鳴らすと、重低音のやたら威圧感がある音が響くから勘弁して欲しい。
動物的な本能が勝手に警鐘を鳴らしてっから。
「ところで、依頼を受けてきたのだろう? 何かあったか?」
「ん? 何かって……何も無かったけど、どうかしたか?」
「……いや、なら良い。私の考え過ぎだ。」
聞きたい気もするけど、わざわざ聞き出すのも面倒臭い。今日疲れたし。
そんなことより飯だ。
「さぁ、食いもんを出せ。」
「おお! 見てくれ。新鮮で脂の乗った良い肉だぞ! ギリギリだったが何とか買えたんだ!」
「生肉じゃねぇかよぉ!? 喧嘩売ってんのかっ!! ええっ!?」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
リーブラ所持金20G
アッシュ所持金90G
パーティ所持金47000G
スキル紹介
アッシュ
《大狼の牙》
牙を用いた攻撃の威力を上昇させるスキル。敵を喰らうスキルとの融合派生したいるため、敵を喰らうと消費ステーテスを回復させる。
《咆哮》
威圧系スキルが上位派生したスキル。敵との距離が近いとダメージ発生。
《野生の感》
感知系スキルが上位派生したスキル。危機や好機を感じ取る。
《硬化》
一時的に防御力を上げるスキル。
《嗅覚感知》
探査系スキルの一種。敵の大まかな位置を嗅ぎとる。レベルによって精度上昇。
《斬撃付加》
攻撃に斬撃効果を追加する。
《群体統率》
同じ種族を率いて戦う際に群れ全体のステータスが上昇。レベルに応じて統率可能な仲間の数が増加。
《四脚走行》
四脚で移動するとAGI上昇。
《格闘技能》
肉体を使った攻撃に打撃属性付与と攻撃上昇付与。