XVIII 石風の山
王国北部《石風の山》麓。
冒険者の中の冒険者と称えられるAランクのライは仲間と共に石風の山の山道近くに生息する三又のバジリスクを討伐するために探索を行っていた。
夜の闇に紛れて山を駆け巡り、バジリスクの痕跡を拾い集めているのだ。行動範囲から何から調べあげ、より安全かつ確実に討てる方法を探っていく。ライはオーソドックスな方法を徹底して貫く。それが《冒険者》という異名の所以だ。
「カドケス、こっちだ。奴の這った跡は岩場に向かっている。」
「巣穴か。どうする?」
「確認だけはしておこう。アラン、ゲスパー、後ろを頼む。」
片手盾を持ち直して森の中を歩き出したライは耳を澄ませて周囲に潜む呼吸を警戒する。今は夜。奇襲に対する対応力はどうしても落ちてしまう。
木の葉が微風に揺れる音すら聞き取る集中力を維持して足を進めていき、岩場が目視できようという頃合。
「何だ……? この気配は。」
その神経を尖らせたライの感覚に強大な気配が当たった。
北の一つは痛みを錯覚するほど研ぎ澄まされたもの。こちらはまだ遠く、ライのいる場所とは違う方向へ動いている。
もう一つは深く広大で、海のような気配だ。南から真っ直ぐライのいる方へ進んでいる。
彼が今まで感じた中でも飛び抜けて強い気配が同時に二つ。想定外の事態に対して即座に撤退を決めた彼の不運だったのは、向かってくる気配――……リーブラが偶然起きていたこと、リーブラとライカ以外が寝ていたことだ。馬車に襲いかかる魔物を蹴散らすために放たれた風属性の中級魔法が正面に向かって真っ直ぐ山肌を削り取った。
至近を通った竜巻の余波を伏せてやり過ごしたライとその仲間は樹林をごっそり剥がされて剥き出しになった大地を見て呆然とした。彼らの知る魔術・魔導にはこんな芸当はできない。
そして、この時山を揺るがし、空へ昇った竜巻によって最悪の事態が引き起こされた。
別方向へ進んでいた気配が進路を変えて接近し始め、瓦礫で塞がれた岩場の下からは何かが暴れる震動が繰り返し起き、東の山頂からも強い気配が動き出していた。
唯一の逃げ場だった西。
「一番強い気配……!!」
四面楚歌。
後に《四聖翼》と称される四人。
《王》エルランディード。
《剣聖》ギルフォード。
《冒険者》ライ。
《魔法使い》リーブラ。
公式にこの四人が一堂に介したのは大戦初期のアクィミト会議が開かれた港湾都市が初めてとされているが、一部の歴史家はそれより以前の王国北部の都市ラゴス・カヌイだと主張している。
明確な証拠は一切なく、滞在記録はエルランディードとライのもののみ。他二人は目撃した者が少数いるだけ。
にも関わらず、この説が有力とされているのは近郊で突発的に起きた戦闘の規模が尋常ならざるものだったからだという。
当時ラゴス・カヌイから目撃した人間の証言によると。
『金の光が天に昇り、雲は真っ二つに切り裂かれた。全ての精霊は怒り狂って大地を薙ぎ払い、青い光によって大陸は揺さぶられた。天地が慄く悲鳴を誰もが聞き、この世の終わりが来たのだと嘆いた。』
この証言にある戦闘でラゴス・カヌイの近辺の地形が変化し、川と湖と双子山が出来たと伝えられている。
なお、同時期に姿を消した三又のバジリスクと剣殼のミスリルスコルピオという討伐難度Aの魔物はこの戦いに巻き込まれたのではないかという噂だ。
「私はこの噂――……いえ、伝説の真偽が知りたいのです。お願いします。貴女なら、かの魔法使いと精霊王妃の娘である貴女なら……。」
「―――……懐かしい、お話ですね。」
《聖女》は静かに瞼を閉じて空を見上げ、ぽつりぽつりと記憶を吐き出した。
―――……あれは父と母の新婚旅行の帰りのことでした。
目の前を指差したまま固まっているリーブラをじとっとした目で一瞥して馬を宥めたライカは進行方向にいる気配を計っていた。敵かどうかは定かではないが、凄絶な力量を持った戦士が一人。
避けるために進行方向を左に曲げようにも山道は真っ直ぐにしかない。ライカが引き返すよう提案するために振り向いた時、リーブラとアッシュが馬車を降りた。
「先に妙なのがいる。盗賊の類かも知れないから俺たちが先行するわ。」
「……お気をつけください。」
叩き起されたからか欠伸をしているアッシュに乗ったリーブラは一つ頷いて山道の先に消えた。ゆっくりと馬車を進め始めたライカは背後で起き出した気配を感じながら先へ意識を広げる。
リーブラたちはそう間もなく先にいる者と接触するだろう。そこに注意を払っていたライカは突如現れた魔物の気配に目を見開いた。
「(とても強い気配。リコッテでも手間取らされそうな力を感じる……。)」
とはいえ、リーブラとアッシュもまた尋常ならざる力を持っている。先にいた集団が敵でなければ充分圧倒しうると考えられた。
集団と魔物の戦闘が始まり、それに気付いたのかリーブラたちの進行速度が落ちた。ライカも馬車の速度を緩めたその時。
「エルランディード王と、剣聖……!?」
以前触れた中でも最強の気配が同時に二つ。凄まじい速度で接近しつつある。
何が起ころうというのか―――……。
「……ママ。パパ、パパ。」
「あら? ライカ、二人はどうしたの。」
「進行方向に何者かいるため先行しておられます。」
「そう……。」
娘の手を握ったクラリッサスは行く先の闇に視線を向け、虚空から落ちた雷の轟音に首を竦めた。次いで木が倒れて微震。
何が起きているか大雑把にでも把握できているライカは溜め息を吐き出す。どういう訳か三つ巴の戦いになったらしい。
「うわ、クラスタス……。」
流石に起き出してきたブラックの上げた驚きの声に倣って北西方向を見たライカは闇にうっすら浮かぶ影に困惑する。彼女の感覚は魔物の気配を感じていない。ただエルランディードの気配が強烈過ぎて感知できていないのだ。家屋よりも巨大な魔物の気配すら霞ませてしまうほど、王の存在感は強過ぎた。
「あっ!」
ライカは久方ぶりに意図せぬ発声をした。恐らくリーブラのものであろうと思われる火属性の術式がクラスタスに放たれたからだ。
何故エルランディードの気配がするのかはライカの知る所ではないが、少なくともクラスタス、悪ければエルランディードを敵にしかねない攻撃だ。
そこへ剣聖の気配まで加わり、最早ゴチャゴチャと強い気配が混ざり過ぎて細かい動きは感じられなくなってしまった。
状況の変化が余りにも激し過ぎる。
「奥様、最低限の荷物を纏めて馬車をお降り下さい。一刻も早くこの場を離れなければ。」
「ライカ、一体何が起きているの? リーブラたちは?」
「御二人はリコッテにお任せを。この一帯は戦場になります。」
「ライカ? 戦いなら私も!」
馬車を飛び降りたクラリッサスたちの前にライカが腕を広げて立ち塞がり、圧力を有した視線で歩を止めさせた。
「失礼ながら奥様。今回ばかりはなりません。あそこで剣を抜いているのは竜太子と剣聖、二人に匹敵する力を持つもう一人と旦那様です。」
「何でそんなことが……。冗談でしょう?」
「冗談ではありません。行けば大火にくべた紙の如く灰にされるでしょう。巻き込まれる前に逃げなくっ!?」
それなりに離れたライカやクラリッサスたちですら産毛まで逆立つ威圧感が辺りに満ちた刹那、石風の山がざっくりと斬れた。
「……始まって、しまった。」
リーブラ所持金-1520G
アッシュ所持金-2840G
クラリス所持金48220G
パーティ所持金441310G(+4360)




