XVII シンクロニシティって街の名前じゃないよ
かつて、リーブラたちがいた世界で唯一神を崇拝する宗教が弾圧された時、教徒は地下に聖域を設けて密やかな信仰を維持していたという。
誰の目にも届かない様に情報を隠し、同じ教義を共有する者同士が集うための最後の砦。
それが、この世界の教徒たちによっても造られていたのは、同じ境遇の者が辿り着く答えだからか。もしくは奇跡か。
盆地から横へくり抜いてできた洞窟の中で一枚の絵に祈りを捧げる集団の背中を眺めるアッシュはその意味が分からず首を傾げていた。彼には鳥人族かそれに類する何かにしか見えないものを崇める理由が理解できなかったのだ。
なにせ、この世界では人々の畏敬の念が精霊に集約して、神という概念が一般には存在しない。
一心不乱に祈って気付きもしない彼らに、リーブラとアッシュは無神論者らしい無関心ぶりを発揮してさっさと踵を返した。
「全員いたか?」
「ハイ、ブラック・サマ。ゼンインソロッテイマス。」
「じゃあ、仲間のところへ帰ると良い。」
「ハイ、ブラック・サマ。カエリマス。」
夕刻に捕らえた襲撃者を道先案内として拠点を探り出したリーブラたちは青い月を見上げて欠伸を漏らした。
洞窟の闇に消えていく捕虜を見送ってたっぷり五分は待つと、洞窟の岩盤が不自然な軋みを響かせる。ギチギチと不快な音と微震。
洞窟が崩れ落ちたのは間もなくだった。轟音と共に降り注ぐ土砂で洞窟が埋まっていく。
危機を感知しながら神の前に座して動かなかった狂信者を飲み込んだまま。
「ハイ、僕たちも帰りましょー。」
「これで漸く煩わしい監視がなくなる訳だ。」
「エルフを忘れてるぞ。」
男三人轡を並べて馬を走らせ―――……アッシュは自走しているが――遠くにぼんやり見える街へ帰る。
リーブラとブラックの顔に良心の呵責は見られない。
確かに命を狙われたのは彼らで、正当防衛と言えなくもなく、そも殺し殺され人死など珍しくもない、そういう世界である。
しかして、とある平和主義の法治国家で生まれ育った彼らが良心の呵責どころか一遍の躊躇いもなく人間を殺せるものかという点には理由があった。
娯楽分野に対するVR技術の導入。これによって世界経済すら左右するほどの《ゲーム時代》を迎えたリーブラたちの世界では一つの禁忌とされる事象があった。
急速な発達で規制が追い付かなかった頃、あまりに精巧な人工現実の中で戦闘、明確に述べるならば殺人行為を経験した者に過剰な攻撃性や嗜虐性の発現が見られたのだ。
殺傷行為に忌避感を失い、銃や刀剣の扱いを人工現実で習熟してしまった者たちは本当の現実で“浮いた”。
度々囁かれていた根拠のないゲームの悪影響が、今度は目も当てられない現実として見えてしまう。
しかし、余りに実生活や経済に結び付いたVR技術やゲーム分野を駆逐することは叶わず、人々はその時代とそこに生きたゲーマーを纏めて蔑称することで封印した。
《倫理崩壊世代》
リーブラたちは昇華し過ぎた科学の産んだ忌み子だ。連続稼働時間も表現も何一つ制限がなかった頃に帰るべき場所を見失ってしまった迷子。
彼らは今もまだ見知らぬ道を歩き続けていた。
――……同時刻、王国南西部《渇いた海底》。
港湾都市を離れてから真っ直ぐ南下してきたエルランディードは標的に追い付いた。
痕跡を追うでもなく、直感に従って真っ直ぐ進路上に割り込む形で接敵した相手をじっくり見た王はおもむろに臣下の騎士ロバートの首根っこを掴むと、 引き抜いた。
騎士が黄金に光って剣に変わった。切っ先が角ではなく辺の重々しい剣へと。
「貴様は我が世界とその民に罪を犯した。釈明はあるか。」
「அது ' என்று விளையாட்டு போலகள」
「解らぬ。死ね。」
半球の黒い甲殻を持つ魔物に乗っていた敵の首を狙って一文字にロバートが薙ぎ払われた。
目の前まで移動した動きも、剣閃も知覚できないまま生存本能に従って屈んだ敵の顔面に王の膝が真っ直ぐ突き刺さる。互いの力が真っ向から合わさった威力に強靭な頚椎が撓んだ。
跳ね返された勢いで空に放り出される刹那、引き戻した剣の柄で後頭部を打ち据えられて逆回転。
天高く乱舞して五回転。跳躍してきたエルランディードの右脚が大気を灼いて腹を抜いた。最早、未知の衝撃によって撃ち落とされ、全身で魔物の甲殻に墜落した敵は力なく荒野に転がった。
青かった皮膚は鬱血の影響かドス黒く変色し、背に生えていた触手は切断されていたり千切れていたりと酷い様相に。
「ほう、まだ息があるか。」
絶命していないだけとは言え、頭蓋骨を前後から粉砕された上に内臓破裂、全身を骨折して生きている生命力。そんな生物にはエルランディードも心当たりがなかった。
しかも、知性を有して独自の言語を操るときている。
「殺す前に聞くことがあるようだな。」
捕縛する為に臣下を呼ぼうと目を離して呼び付けた王は敵の乗っていた魔物を見上げて目を細めた。ここで解体してしまうことは容易い。王が手を下さずともツヴァイヘンダー使いや撞擲精女が物欲しそうに見詰めている。
が、敵意を失った相手を嬲る行為に何の意味があるだろうか。
エルランディード王は寛容だ。忠誠と秩序の下に在るならば魔物であろうと受け入れる。
そんなことを思考していた王の足元で、ぞりぞりと砂を擦る音がして視線を下げた。しゅるしゅると穴に吸い込まれていく敵の足。
反射的にすとんと振り下ろしたロバートが脛を半ばから斬って軽くなったのか、敵の体は速さを増して地中に消えた。暗い穴を覗き込んだエルランディードが魔力を伸ばすと、更に速さを増して遠ざかるのが分かる。
「してやられた、か。」
元々隠れていたのか、後から駆けつけたのか、何れにせよ全く気配を感じさせずに足元まで接近された事実は空恐ろしいものだ。
剣をロバートに戻した王は小さく息を吐いて踵を返す。追跡の余地は充分あったが、逃走した方角は瘴気に満ちた未開領域だ。
ルッツエトロア王朝が健在の頃は退魔の秘法によって留めていた未開領域の瘴気は、今は王国南部の四半分を呑み込もうとしている。
魔物以外の生物を須らく死に至らしめる瘴気が何であるか知り得たものはいない。魔力を用いた呪いの類と見られているが、その術は記録になく、そもそも魔力を用いているとしたならば瘴気の範囲は大規模過ぎた。
「帝都に早馬を向かわせよ。爺の智慧を借りたい。」
「はっ。」
臣下の中で最も馬術に長けるコパソという男がいち早く馬首を返す。彼の馬術は不思議で、どれだけ長距離を速く走らせても滅多に馬が疲れない。
コパソを見送ったエルランディードはぽつんと、というには大きい魔物を見上げて甲殻を触る。その瞬間に巨体がびくりと震えて砂煙が舞い上がったせいで臣下は皆埃に塗れてしまった。
しかし、それきり忙しなく節足を動かす以外は魔物は王の采配を待つように沈黙を守っている。
「よし、以後余の輿となる誉れを許す。」
景気よく甲殻を叩いたエルランディードが朗らかに笑ってよじ登っていく様を、臣下は頭を抱えて仰いだ。
危険度が低いとは言えども魔物は魔物。そんなものに乗ってあちこち回ればその度に騒動になるに違いない。王が選んだからには何れ役に立つのであろうが……。
小さく溜め息を吐いた臣下たちは大地を揺るがせて歩き始めた“御輿”に倣って馬を進ませた。
リーブラ所持金-1520G
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