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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第二部
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XVI 魔法夫婦リーブラ・クラリス始まります(嘘)

「では、私共は少々果実を採って参ります。」


 何処からともなく調達してきた桶に魚を沢山泳がせながら帰ってきたメイド衆が、ぺこりと頭を下げてから駆けていく背中をリーブラとクラリッサスは苦笑いで見送った。

 折角の休暇だというのに……。

 しかし、 二人は遠くまで泳いだりする肉体派の性質ではないため、波打ち際までしか行かないが、他は実に活動的である。

 今もブラックは洞窟へ探検に行き、アッシュは娘を乗せて泳いでいる。

 助けられたことがあってなのか、リーブラとアッシュに一番懐いている娘は無表情ながらも何処となく嬉しそうに見えた。


「あの子の名前、どうしましょうか。」


「あの年齢だと俺たちで勝手に着けるのも流石になぁ。」


「そこですよね。」


 アッシュの上でぼんやりしている娘を見遣った二人の眉が八の字に降りた。

 実は何度か名前を聞き出そうと――……発声できないため筆談だったが――してみたものの、娘はただ首を振るだけだった。

 暫定でも名前がないと、“おい”とか“こら”では教育に悪い。

 まだ葛藤して唸った彼らは、背後に感じた気配で振り向いた。


「……どなたかしら?」


「――――。」


「バカンスに来たって感じじゃあ、なさそうだ。」


 暑苦しい外套の隙間から覗く鎧といい、ギラギラと陽光を跳ね返す剣といい。

 砂浜に来たばかりのクラリッサスすら凌駕する場違いさだった。

 不審者の動向を注意深く見詰める二人へ静かに切っ先が向けられる。


「魔導師リーブラで相違ないな?」


「いいや、人違いだ。」


「なに……本当か?」


「ああ、俺は嘘を吐かない。」


「……それだけ強い口調で言うならそうなのだろう。」


 不審者は剣を納めると背後の林の中へ分け入って姿を消した。

 一体何をしに来たと言うのだろうか。

 気になることは多かったが、二人はそそくさと荷物を纏めて場所を移動し始めた。

 貴重品一式と着替えなどの荷物しか持ってきていないため、すぐ移動を開始できたことはこれ幸い。


「今度は何処の誰に喧嘩を売ったんですか?」


「いやいや、いつも俺が問題起こしてるみたいな言い方はやめろし。」


「ええ、アッシュと半々でしたね。」


 生簀代わりの桶を抱えたリーブラは茂みや岩場のような障害物を避け、浜辺を目指した。

 障害物が無ければ万が一襲われても事前に察知することができるからである。実は先程の突如背後を取られた状況はとても危険なことだった。

 ちらりと不審者が出て来た茂みを振り返って夫に並んだクラリッサスの頭の中では今回の騒動がどういった所以のものかという疑問が渦巻いていた。

 色々と隠し事や揉め事が多い故に心当たりが尽きることはないのだが、刺客を送られてしまうようなトラブルとなると話は別だ。

 彼女自身の生まれ、詰まる所貴族の実家が差し向けたという可能性。彼女たちが与り知らぬところで知ってはならない情報を得ていた可能性――……秘境の遺跡や先日の港湾都市が焼け落ちた時のことなど。他にも考えられる可能性は多々ある。

 本来なら原因を突き止めて状況を変えるべきだが……。休暇中ゆえ無視もやむなし。


「指輪はしてるか?」


「ええ、勿論です。そういうあなたはしてるんでしょうね。」


「ああ。けど、あの子に荒事は見せたくないな。」


 助けた日から少しずつ落ち着いてきたように見えるが、娘は今でも悪夢に魘されて夜中に飛び起きることがある。アッシュかリーブラが傍にいないとほぼ確実に、だ。

 昼間は様々な刺激で嫌な記憶を忘れていられるだけ、ということなのだろう。


 波打ち際まで来た二人は荷物を下ろして海岸を見渡した。先ほどの不審者は追って来ていないようだ。

 尤も、勢い任せの嘘でいつまでも凌げたりはしないだろう。それはリーブラ自身もよく分かっている。






 しかし、この後海岸で不審者が再び現れることはなかった。











「いやー、楽しかったね。久しぶりにリラックスできた気がするよ。」


「海水浴なんて何年ぶりだったか。」


 強面のナイスミドルと美丈夫を先頭に夕方の街を歩く七人はいつになく緩んだ顔だ。

 ただ一人、アッシュに背負われた小さな娘は遊び疲れて寝てしまっているが、よほど眠りが深いのか夢すら見ていないようだ。

 そんなご機嫌で歩く彼らの前を塞ぐように人影が現れた。

 小汚い外套で容姿を隠し、抜身の武器を手にしている。昼間の不審者とその仲間らしき人物が四人。


「またお前か。」


「旦那様、挟まれました。」


 来た道にも五人。どちらにも離脱できない状況下で戦闘可能な人数も倍の差、武器防具も無し。

 それでも追い詰められた側は落ち着いていた。


「この子を頼む。」


「畏まりました。」


「単純計算で二人ずつだな。人目がないのは幸い……いや、仕掛けられたのか?」


「……昼はよくも騙してくれたな。」


 フードで隠れて見えないが、明らかに敵意の込められた視線から“ああ、昼間の残念な……。”と得心したリーブラは苦笑した。

 それを挑発と取ったのか、刺客の剣が持ち上がる。

 他の刺客もじりじりと包囲網を狭めて圧力をかけてきていた。


「全員静かに始末してくれよ。娘が起きる。」


 そうオーダーを受けた四人は一つ頷いて次々に装備を呼び出した。

 アッシュの甲冑、ノノの獅子型ゴーレム。ブラックは身の丈を超える大剣と鎧を。


「フフフ……。」


「クラリッサス、ドレス・アーップ!!」


 二人の左薬指に嵌められた指輪から魔方陣が展開されていく。障壁で周囲を隔てた中で、二人の衣服が転送されて体が光魔法で覆われた。

 リーブラが暴風の中で足を踏み鳴らすと、炎を噴いてブーツが召喚される。

 次いで上下の魔法衣、力強く握った拳がグローブに覆われ、身を屈めた瞬間マントが靡く――!

 屈伸の反動で面を上げた彼を耳飾りと三角帽子が飾り、防具が揃う。

 目の前の炎柱から長杖を掴みだしたリーブラは頭上で回したそれを脇に構えて堂々と仁王立ちした。


 雷が降り注ぐ結界内でターンし、円を画いたクラリッサスの足で紫電が爆ぜると共にワイヴァーンの素材で造ったヒールブーツが現れる。

 再び雷爆。呪いを除ける純白の魔法衣を纏い、掲げた両手に翼竜の籠手が。

 ふわりと左右に降りた腕に合わせて鎧が上体を守る。

 瞼を下ろした彼女が一つ頭を振ると黄金の髪飾りが髪を纏めた。

 目を見開くと同時に現れた雷球を両断するように手を振り払った彼女は掴み取った魔導書を開き、剣のように真っ直ぐ地に立った。


 魔法紳士リーブラ・魔法淑女クラリッサス、初の本格戦闘である。


「な、何だと!? こいつら何もない所から武具を!」


「さぁて、教えて貰うことは色々あるからな。お話、しようか?」


「いきます。」


 一瞬だった。組織の影を担う者として高い戦闘力を誇るはずの十人が、正面から圧倒的な破壊力で踏み躙られたのだ。五人の中で最も弱いクラリッサスでさえ、強固な障壁を盾に魔導と異常に研ぎ澄まされた蹴り技で二人を叩き伏せてしまう。

 リーブラの魔法を支えに異様なペースで冒険者稼業に勤しんできた結果が如実に表れた。

 戦闘時間16,4秒。


「ば、化け物どもめ……!」


「倍の人数で来て瞬殺って! 瞬殺って! 強過ぎちゃってごめーんねっ! ねぇ、今どんな気持ち? ねぇ、今どんな気持ち?」


「オッノォォォレェェェェ!!」


「やめなさいな、あなた。弱い者虐めなんて格好の悪い。」


「うん。とりあえず頭踏ん付けていう台詞じゃないな……。」


 竜の牙から削り出されたヒールで頭を踏み締められる気分とは如何なるものや。

 もう一人は側頭部に回し蹴りを受けて白目を剥いて転がされ、伏せったまま地面を掻いている。心なしか桃色の泡を噴いているようにも見えるが、さて。


「おーい、意識ある奴いるか?」


「思いの外脆くてな。」

「手加減って難しいよね。」

「――――。」


「どうせそんなこったろうと思ったよ。というわけでもう少し続くんじゃ。」


「貴様の思い通りになると思うなよっ……。」


「うん? 俺はハードが苦手でな。尋問は優しいブラックの領分だ。安心してくれ。」


「くっ、殺せ!」











「なぁに、丁寧に吐かせてくれるさ。」










リーブラ所持金-1520G

アッシュ所持金-2840G

クラリス所持金48220G

パーティ所持金443980G(+4360)


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