XIII rainy day
新たな家族を迎え入れたリーブラたちが祝杯を上げた日の日暮れ後、遂に彼が逗留する街へエルランディードが入った。
当然目立つ彼らは一騒動起こして魔物の討伐と赤金の巨塔に関して危険性は既にないと知らしめるまでの短時間は足止めされていたが、既にリーブラたちに迫っている。
しかし、未だ接触していない理由。
それは彼らを妨害する者がいたからだった。
「ひへ、えへへへへへへ。褒めて貰えるかな? 褒めて貰えるよね。ハニーのことを追いかけ回す悪者は皆やっつけて。そしたらきっとまた迎えに来てくれる。ダーリンは素敵だよって言いながらクラリスと一緒にぎゅってしてあぁっもうっえひぇ! だから、貴方たちは死んで欲しいの。ね? お願い。ね?」
「それで、あの者らを嗅ぎ回る影を消していたか。なるほど、な。」
どろりと流れ出る鼻血を拭って真っ赤になった手で体を抱き、妄想する光景に浸る不気味なエルフに道を塞がれたエルランディードは微笑みを浮かべたまま。
ロバートや選抜された冒険者は顔を強張らせている。
その見た目もそうだが、エルフの見せた魔導の威力が異常だったからだ。
使用された土属性の中級魔導は地面を隆起させて対象を挟み潰すもので、本来は多くて三人同時がせいぜいの範囲である。
それが、馬車を丸々飲み込んだ。
「桁外れの魔法力だとしても滅茶苦茶だぞ……。」
領主の借り物だというのにぺしゃんこにされてしまった馬車を恐々とした目で見た青年は大弓を向けたエルフの危険性に背を冷やす。
殺されてくれ、とねだってくる得体のしれない威圧感を受け流し、いつでも攻撃できる態勢を取る豪弓のラスベタは命令を待った。
「歯車が噛んでおらぬが、外道でない者を殺める訳にもいくまい。正面から、制して押し通るとしよう。どれ。」
挨拶代わりにエルランディードが操る魔力が対魔障壁と鬩ぎ合って爆散した。
街の中心街で土煙が巻き上がる。
「おお。余の魔槌を初手から凌いだのはそちが四人目ぞ。」
それは本当に凄まじいことなのだが、生憎とエルフの興味の範疇ではない。
更に、左右頭上と襲ってくる魔力の波動が防がれると、反撃の魔導が行った。
最初と同じく土属性の範囲魔導。
指定範囲内の標的に対して周囲から鉄の礫を撃ち込む術式が起動し、エルランディードと臣下は迎撃しつつ前進した。
「 や り な さ い 。 」
目の前のエルフの指示によって、予め察知していた気配から予測していた攻撃が前進した彼らに降り注ぐ。
渦巻く土石流が五つ。いずれも強力な魔力を内包した魔導で、直撃してしまえば絶命は免れないだろう。
しかし、術者の想定を上回る加速で着弾点を置き去りにしたエルランディードは自身の残像を潰した正面のエルフに手刀を振るって意識を奪った。
路地に潜む者も臣下が無力化していく。
「素晴らしい力の持ち主だ。流石はエルフといったところか。」
「陛下、まさかこの者も……?」
「いいや、ロバート。この者は己が意思以外で道を変えることはなかろう。どれ、ついでに届けてやるとするか。」
支配下に置いた魔力でエルフを持ち上げたエルランディードは出立の意思を手振りで伝えて走り出した。
内心ホッとしたロバートは王に追従する。
いつの間にか、空を覆っていた厚い雲から雨が落ち始めていた。
「少し足を速める。遅れるでないぞ。」
言い終わった後の踏み込みで加速したエルランディードたちは四つ目の角を折れて隣の、リーブラたちの宿がある道へ入った。
妨害する者さえいなければ一瞬だ。
旋風を連れて宿まで駆け抜けた彼らは堂々と正面玄関から入り、驚く宿の主人を制して強大な気配のする食堂へ向かう。
魔力で運んでいたエルフを小脇に抱えたエルランディードの前に出た冒険者が食堂の扉を開け放った。
「む?」
閑古鳥が鳴く食堂に一人茶器を持った鹿人族の女性、リコッテが満面の笑みで立っていた。
目を丸くする臣下とただ微笑して彼女を見詰めるエルランディードとの間に奇妙な空白が生まれる。
「…………貴女は?」
「リコッテと。しがないメイドに御座います。」
「メイド。」
「はい。メイドです。」
変わらず笑顔で頭を下げたリコッテは脇を抜けて階段を素早く上って行く。
その背中を目で追うエルランディードたちは喋る獣でも見たような気分で食堂の入り口に立ち尽くした。
二階で扉が閉まり、雨音が際立つほど静かになった中で宿の主人が所在なさげにカウンターを拭いている。
腰に佩いた剣の柄頭を指の腹で撫でる竜太子は何を考えているのか、窓から雨景色を眺めて動かない。
「陛下、行かないので?」
「ふむ。そうだな。」
雨足が強くなり、ただそれだけを耳にしていると意識が間延びする。
ざんざん、ざんざん、と。
「…………。」
「良し。行くか。」
不意に動き出したエルランディードの声に鼓動を乱した臣下は慌てて主君を追った。
あっと言う間に階段を半ばまで上ってしまったエルランディードに続き、薄暗い二階の廊下の一番奥の扉まで早足で歩いていく。
ゆったり歩いているように見えて実は走っているなんてこともある王に着いていくというのは時に大変だ。
そして、いつの間にか遥か先に行っていることも少なくはない。
訪問を知らせるノックをすると、静かに扉が開く。
いっそ清々しいほど冷ややかな面持ちで迎えた狼人族の少女は物言わぬまま扉を閉めた。
再度扉が叩かれる。
扉の向こうで何やら会話が聞こえた後、渋々と言った体の少女が開いて竜太子と騎士が入室した時点で他を締め出した。
外からの抗議の声はエルランディード自身が止める。
「悪いね。過剰な戦力に踏み入れられると落ち着かないからな。」
「許す。それと、この者はそちに返すとしよう。」
「あ? うひぃっ!? 何でこいつが……。」
反射的に受け取ってしまったリーブラはぐったりしたエルフの顔を見て蒼褪めた。
錆びたブリキ人形のように振り向いた彼のSOSを拒んだアッシュはベッドを指差して逃げる。
ぎくしゃくした歩みでベッドに下ろした彼はそのまま毛布を掛けて、頭まで覆い隠した。
取り敢えず見えないようにして一息吐き、刺々しい雰囲気に戻っていく。
リーブラ、クラリッサス、アッシュの三人とエルランディード、ロバートは狭い一室の中で互いを値踏みした。
有名なエルランディードの評価は上方修正されるくらいだ。
むしろ、エルランディード自身が相対した冒険者たちの実力に驚かされている。
強大な魔力を秘めるリーブラはもちろん、王の瞳にはアッシュとクラリッサスに秘められた豊かな潜在能力も映っているからだ。
「椅子がないんで、立ち話で勘弁して下さいな。要件は何でしたっけ、竜太子殿?」
「ふむ、そちに幾らか話を聞かせて貰いたい。」
「代金は?」
最後まで嫌味たっぷりの声音でそう尋ねたリーブラに、涼しい顔で笑い返したエルランディードは隣のロバートに金貨の入った麻袋を出すよう告げた。
あらかじめこうなることが分かっていたかのような用意の良さに顔を歪めたリーブラは袋をクラリッサスに渡し、堂々と構える竜太子に質問を促す。
ここまで邪険に扱われた経験がなかった竜太子は新鮮な体験に心を躍らせていたが、そんな様子はまるで出さずに口を開いた。
「まずはロズリンの秘境でそちが見つけた遺跡について詳細に聞かせて貰おう。」
「生憎それに関してギルドに話したこと以外には何もないけどな……。」
リーブラが至極面倒臭そうに壁へ寄り掛かって話し始めると、エルランディードとロバートは時折質問を挟む以外は喋らなくなった。
しかし、たった一度短時間見て回っただけのリーブラたちにも話せることは多くなく、直ぐに質問は彼ら自身のことへ及んだ。
竜太子が話から何を読み取っているのか察することは難しい。
「夫婦で冒険者か。平民と貴族の子女がどうして結ばれたのか気にはなるが。それよりも、何故余から姿を晦ませたのか。」
「面倒事とは距離を置く主義でしてね。結婚祝いも兼ねて旅行に出ただけです。まぁ、遠路遥々追って来て頂けるとは思いもしませんでしたが。」
「ふふ、礼は要らぬぞ。」
青筋を立てたリーブラは排熱するように深い息を吐いて壁から背を離し、ライカへ目配せをした。
話はこれで終わりということだ。
開かれた扉を指して言外に帰れと伝える彼がもう対話に応じる気がないのだと悟った竜太子はくすくす笑いながら背を向ける。
廊下でいつでも動けるように控えていた冒険者が力を抜いた。
「ああ、最後に一つ。」
「?」
「余の家臣になって共に瘴気を払う気が生まれたならば歓迎しよう。我が王宮には“古の魔法”を記した書も数多く収まっている故、退屈はせんだろう。」
「――――。」
優雅に髪を揺らして去っていくエルランディードの言葉に息が止まった。
渇いた音色で扉が閉まった後もリーブラは長く固まっていた。
「帰りましたね。」
「うむ。」
「厄介な奴に……。」
「うぅん……?」
「げ。」
「っ!」
「だ……。」
「ん?」
ピリッと緊迫した部屋の中にぼんやりした声が響き、四人は弾かれたようにベッドを見た。
「はれ? 私は……。ハニー!? あれ!? ここ! ベッド! ハニーが@◆¥?△$÷★!?!?!?!?!?!?!?」
「――――!?」
思い人のいる部屋とベッドで何を想像したのか、エルフはジェット噴射のような鼻血で布団をどす黒く染め上げる。
そのあんまりな光景に思考停止した四人は隣室のブラックとリコッテに助け出されるまでぴくりとも動けはしなかった。
リーブラ所持金-1520G
アッシュ所持金-2840G
クラリス所持金50860G
パーティ所持金466280G(+4360)




