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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第二部
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Ⅺ 焼滅

 帝都を発ってからゆるりと七日。

 ようやく帝国領の端まで来たリーブラたちは黒煙に巻かれる港町を目の前に立ち尽くしていた。

 一体何があったのか。

 木端微塵に粉砕された家々は炎上し、そこに生きていた者たちの人生の名残すら失われようとしている。


「アッシュ、ブラック、前を任す。殿は俺とノノが。クラリスは間に入れ。」


「生存者が、いるといいですが。」


 眩い魔力光が五つ輝くと、装いをガラリと変えた五人は焼け落ちる都市へ向かった。

 二人のメイドは馬車の番に残り、危険が迫った場合は馬車を放棄して即座に逃げるように指示を受けて手綱を握っている。

 主人たちの背を見送るメイドたちは無事を祈った。


「お気をつけ下さい。」

「どうぞご自愛を。」


 ワイヴァーンとの戦いで高位の魔物に対する警戒心が強くなったリーブラとアッシュ、クラリッサスは険しい表情をしていた。

 特に死の危機に貧したリーブラは補助用のスキルも使って、この世界に来てから初めて完全な戦闘態勢を取っている。

 探査系の術式を複数撃って周囲を探っている彼は戦闘のアッシュの感覚も頼った。

 こうも建材や肉が焼ける臭いが漂う中で嗅ぎ分けられるかは分からなかったが、障害物の多い場所では魔力探査は信頼性に欠けるからだ。


「何か臭うか?」


「潮、血肉、砂塵、全てが焼ける臭い……雑多な中に蛇と、何かの臭いが混じっている。」


「何か?」


「初めて嗅ぐ臭いだ。今まで覚えてきたどんな臭いとも似つかない……。」


 言葉にせずとも、怒気を孕んだ唸り声でその臭いが酷く不愉快なものなのだと理解できた。

 瓦礫の影や炎幕の向こう、いつ敵が現れても対処できるように五感を研ぎ澄ませ、じりじりと街の中を進んでいく。

 焼け落ちた建材で道が塞がっていることもあり、その歩みは遅い。

 大気を焼く業火の熱で嫌な汗が彼らの体を伝う。


 首を捩じ切られた子供と臓物を背中から零す男の亡骸を跨ぐクラリッサスの柳眉が歪んだ。

 陣形のためとは言え、死者を足下に晒すことは背筋を冷やす。


「…………。」


「死体も破壊の跡もあるのに魔物の動いた痕跡がない。羽根付きか。」


「竜種かな? だったらヤバくない?」


「いや、幸運だ。探査の範囲より外にいるってことになる。もし陸海空何でもありの奴なら狩っちまえばいい。」


「それは危険じゃありませんか? 相手が何かも分かっていないんですよ。」


 彼女の言うことは尤もだ。

 今リーブラとブラックは染み付いた常識から“地形万能型は弱い”と前提して考えているのだが……。

 しかし、彼らの戦ってきた万能型は弱点が多いため比較的狩り易いという特徴があったが、ここでもそうだとは限らないのだから極力予想外の戦闘は避けるべきだ、と。

 そう説き伏せられ、何処かに残っていた過信を自覚したリーブラは渋い顔を見せた。


「ダメだな。つい前の感覚で考えちまう。」


「気をつけて下さい。もう、あんな思いは沢山です。」


「ああ。」


 紅蓮の密林を半時かけて少しづつ少しづつ探索して判ったことは生存者がいないだろうということくらいだった。

 一人残らず無残に散らかされ、街を赤く染め上げる絵具にされている。


「あったよ。魔物の足あ……這った跡だ。これは思ったより大きい。」


「潮の臭いがする。海から来た魔物だろう。この先にいるぞ。」


「海蛇か海竜か。撤退にしても確かめるくらいはしておきたいな。」


 一般に、海川が最も危険な領域と語られる理由はどんな魔物がいつ出現するか分からないことにある。

 環境のせいで相対的に魔物が強く感じることも大きいが、奇襲を受ける危険性が最も恐怖されることは間違いない。

 故に陸地に上がっている水棲の魔物を狩る行為自体は難しくなく、まして強力な魔法使いがいることで弱点属性を攻撃できるのだから更に難易度は下がる。

 しかし、海竜は別だ。

 ドラゴンとも異なる強力な魔物で、狩る労力と収入が圧倒的に赤字な“クソ雑巾”と罵られる嫌われものナンバーワン。

 

「ブラック、お前消えれたっけ?」


「無理。このキャラ入れてない。」


「K。行くぞ。」


 一行の中で気配を消すことができるリーブラとアッシュが飛び出し、風景と同化して姿を眩ませた。











「鎧は戻しとけ。五月蝿いぞ。」


「む、そうだな。」


 魔法陣を展開して鎧を送り返したアッシュに防御力を補助する魔法を掛け、二人は物陰にカバーしながら魔物を探して歩き回った。

 アッシュの嗅覚を頼りに港の方へ近付くと、急に死体が増えた。それも、武装した騎士や冒険者の死体が大量に。

 人間の鼻でも嗅ぎ取れる鉄の臭いのする方から嫌な光景を想像させる音が来て、緊張感をじりじり焦がす。

 チラリと倒壊した建物の影から覗き込んだ二人は直ぐに顔を引っ込めた。


「海蛇だ。見たこともない図体してるけど……。能力は、それなりってとこか。これだけ人数いて何で負けたんだ?」


「リーブラ。リーブラッ。」


「何だ?」


 アッシュに促されて顔を出したリーブラは鋭い爪が指した先に視線を向けた。

 海蛇の視界の端に入るかどうかの辺りの死体が折り重なった下で何か動いている。

 じっと焦点を合わせた彼の目で確認できたのは誰かが死体の山から這い出そうとしていることまでだった。


「…………まさか見捨てるとは言うまいな?」


「そう言うと思った……。鎧出せ。一撃離脱で行くぞ。」


「倒してしまっても構わんのだぞ?」


「キツイわ。どの道アレ剥いでも金にならん。」


 一息入れたリーブラの唇が凄まじい勢いで詠唱を紡ぎ出すと同時に、結婚式の際に役目を失った精霊石の代わりに長杖に嵌め込んだ水晶に光が灯った。

 口頭で一つ、思考で二つ。戦闘時は更に《動作詠唱》が加わって計四から五の詠唱が可能である。

 三秒で三つ、六秒で六つの魔法をストックしたリーブラは魔力の自然回復するタイミングを確認してからアッシュの背中に飛び乗った。

 グレイプニルを展開して鎧を踵で叩いた瞬間、世界が変わる。


『サミダレサンダー!

 ピアース・パラライザー!』


 世界を轟音と白光で揺るがす雷が正に雨を模して降り注ぐ。

 限界まで集中したリーブラはコンマ一秒を下回る時間の中で二つの魔法を御して海蛇を麻痺状態に陥らせた。

 直後に放り投げられたものを抱えると、再び世界が変わり始める。


「魔物もピット器官と信じて!」

『コンティニアス・パーガトリ』


 適当に背後へ炎の壁を創って追跡の妨害になるよう願い、アッシュの背中にしがみ付く。

 燃える家々を飛び越え、崩れる櫓を潜り、猛烈な勢いで走る狼は瞬く間に外縁に至った。

 砂埃を巻き上げて停止したアッシュは走り出している馬車を見付けると、すぐさま地を蹴った。


「こっちよ!!」


 ノノの声に導かれて跳躍し、馬車を揺らして荷台に着地して合流。

 滅亡した街から全力で遠ざかる馬車は西へ進路を取った。

リーブラ所持金-1520G

アッシュ所持金-2840G

クラリス所持金50860G

パーティ所持金461920G

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