X おやつは幾らまでですか?
雪の控え目な旅立ちにぴったりな今日を選んで帝都を発ったリーブラたちの馬車は順調に次の目的地へ向かっている。
彼らを探すエルランディード一行がそれを知ったのは偽情報によって全く関係ない冒険者と会い、無為な時間を費やしてしまってからだった。
リーブラたちの住所をギルドから聞き出して訪ねてみればもぬけの殻。
それから改めて足跡を追う内にどうも長旅の準備をしていたと明らかになった時、完全に逃げられたことを知ったエルランディードは大笑いしたという。
「申し訳ありません、陛下。私があやつの言葉に踊らされたばかりに……。」
「良い。久方振りに笑わせられた。しかし、よもや話を聞こうというだけで姿を眩ますとはな。存外、鍵となるはその男やも知れん。」
くつくつと肩を震わせるエルランディードの楽しげな響きを耳にしたロバートは一層深く頭を垂れた。
そこでリーブラたちの追跡を提案した騎士団長の言葉に、竜太子は豪奢な椅子から腰を上げる。
興味を持ったことは自ら見聞きして確かめる性分を鑑みれば、自分の脚で追わなければ気が済まないのだろう。
「家臣団を分かち、身軽な者を中心にその者たちを追う。遺跡の調査についても考慮して選出するのだ。」
「はっ!」
「ロバート、卿がそう思うのなら失態は剣にて斬り捨てよ。それが竜牙の騎士の生き様である。」
「牙の誇りに賭けまして!!」
王命を頂いた。
それがピークを過ぎた肉体に内包する魂に紅蓮の輝きを発露させ、ロバートの力を最盛期を超えんばかりに引き出していく。
かつて神代の魔物に対して死兵と化して戦いを挑み、生存不可の条理を覆して勝利した要因の一つがここにあった。
真なる王勅は超常を齎す。
誰が言ったか、畏怖と尊敬を込められたこの一文はあながち間違いでもない。
この世の理が王であると定めたエルランディードの言葉は正しく万民に対する原理とすらなり得てしまうものだからだ。
生命に変革を起こさせることすらできてしまう。
抗えるとするならば、それは理から外れた邪道の者か、異なる世界の存在だろう。
エルランディードが率いる騎士と冒険者へ王命を伝えるために退出した騎士団長は扉を閉める直前、膝を突くロバートの背に竜を見た。
何かしらの力を極めた者が精神を昂らせると、その存在感を心が感じ取って幻を見せることがある。
ロバートは今その領域にいるということだ。
「(考えてみると、陛下が命を下すのは随分と久しいことだな。此度の件は事になるか。)」
―――……団長。
「どうした?」
―――……標的は東の碧砂へ向かいました。それと、どうも妙な連中がいるようで……。
「妙な連中?」
―――……腕利きのエルフの一団が張り付いています。どういう訳か帝都に来てから標的を嗅ぎ回る連中は皆狩られてる。
「冒険者が影を使うのか……?」
筋が通らない情報に眉を顰めた彼の呟きに耳を傾ける者はいなかったが、思考の海に入ってしまえば関係ない。
点を結ばないリーブラという冒険者の姿を想像するほど、あやふやになっていく。
直接話したらしいロバートからは情熱的な男と聞いた騎士団長は山のように巨躯の男を思い浮かべた。
「いや、予想はよそう。柔軟な対応ができなくなってしまう。」
胸を張り、力強く歩を踏むことで心身を引き締める。
戦いの予感がした。
「課題が多過ぎる。」
至極不愉快そうに鼻を鳴らした友人を前にしたブラックはまたかと苦笑して本を閉じた。
想定以上にすんなり物体の定点転移を実用化して見えた次の課題があまりに多過ぎたため、研究は行き詰まってしまったのだ。
資料もまるでなく、ゼロから創り上げることは想像以上に難しい。
まして、既知の技術を幾らか応用できると言っても魔法は今まで触れたことのないものだ。
「媒体無しの発動、遊点転移、座標観測、時間の三方移動、異時空間のズレの計測、エトセトラ。とっかかりすら浮かばねぇ。」
「どれも実用化したらノーベル賞間違いなしの架空技術なんだから仕方ないよ。」
「向こうにいた方がまだ現実味ありそうだぞ。何せ魔法ってのは研究開発がまるでされてない。設定を敷いてあるからなのか、本当にそんな歴史を歩んできたのかは知らんけどな。」
「あー……まぁ。」
言葉を濁したブラックは随分と前に気炎を巻き上げて暴れたリーブラの喚いていたことを思い出した。
“魔力は何か”
魔術魔導は当たり前に使われてきたにも関わらず、それすら明らかにされてない。
車を使うくせにガソリンが何か分かっていないようなものじゃないかと、この世界の研究者を口汚く罵りまくったリーブラを諌める言葉をブラックは持たなかった。
「健康状態で魔力は増減するかも検証したいな。ブラック、お前ちょっと段階踏んで瀕死になってくれね?」
「武力行使も辞さない所存である。」
「治癒魔法はすぐかけるから。」
「そうじゃねぇよ。」
不服そうに唇を尖らせたリーブラは手にしていた本を閉じて脇に積んだ。
魔力についての本だが、要約するならば“魔力は不思議な力! しゅごい!”と言ったところか。
今まで彼が紙の無駄と評した本たちと何ら変わらない。
「科学者はロマンチストだって言うけどさ。ロマンチストが科学者とは成り得ないな。こいつら小説か神学にでも住み替えた方がいいよ。話にならない。」
「鋭い。」
同業故の辛辣な言葉か。
冷笑した二人は酒瓶を互いに掲げて傾けた。
「くぅー、化学反応の味がするわぁ!」
「やっぱこれがないとね。」
彼らが飲んでいる酒はこの世界のものではない。
ブラックが自宅で設備からこつこつ造り上げて再現した彼らの世界の酒だ。
当然ながら、長い歴史の中で洗練されてきたものだから、贋作とは言え遥かに美味。
故郷を同じくする二人の密かな楽しみである。
「怒ると思うわよぉ、あの子。」
「ノノ。」
荷物の間からにゅっと顔を出した黒猫は秘蔵の酒を一瞥してそう言うと、リーブラの膝で横になった。
確かに、実は愛好家だったクラリッサスにも分けることは彼も考えたが、いつか彼が帰る時は彼女も連れていくのだ。
そうなれば幾らでも飲めるのだから、今は生まれ育った世界の味を楽しんで欲しい。
それが彼なりの妻を思いやる心だった。
「ま、いいんだけどねぇ。」
「そうかい。それより出掛けに聞いたんだけど、ロベルトがシャーリーに結婚申し込んだってよ。」
「はァ!? あのハゲ頭のロベルトが!? シャーリーに!?」
「ああ、あの髪の生えてないつるっつるの卵みたいなハゲが、シャーリーに。」
「あ、頭ん中までハゲたのかしらねぇ……?」
基本的に家から出ないブラックは分からないようだが、中心街へ頻繁に出入りするリーブラたちはある程度の知り合いもできる。
ロベルトとシャーリーというのはその中の二人で、冒険者と商家の小間使いだ。
「その二人はどういう人なの? ロベルトさんとシャーリーさん?」
「ん? どうって言われると、ハゲた肉達磨とスペシャルキュートな猫耳幼女かね。」
「事案発生。」
補足すると、ロベルトはとある大規模パーティに所属するCランクの魔術師として少し有名な男だ。
駄肉をたっぷり蓄えているお陰でろくすっぽ動けないが、優れた支援魔術と障壁魔術で仲間の生存率を上げることができるため、冒険者としては重宝されている。
リーブラたちと初めて出会った時は絶賛喧嘩の最中で、激昂していたリーブラの魔力に当てられてしまい、遠巻きに見ていたにも関わらず泡を吹いて倒れた繊細な人間だ。
もう一人のシャーリーについては語ることは少ない。
貧しい生まれがために商家に奉公に出された女児で、猫人族と小人族のハーフらしい。
立場は低いが、大変容姿に恵まれて周囲から可愛がられていることは幸運な点だ。
「話したことないから知らないけど、年の割に賢いって聞くし、大事にされてるから無理だろうな。」
「あのハゲ……悪い人間じゃないけど、シャーリーは駄目だめよぅ。」
「いやぁ、そりゃ人間見た目じゃないけど、自重も必要なこともあるよね。」
酷い言われ様である。
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