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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第二部
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Ⅷ フェティシズム

「どうかな?」


 そう尋ねられたリーブラはいけしゃあしゃあと首を傾げて悩んで見せる。

 幸い腹芸ができないアッシュもその容姿から表情を見て取ることは難しいため、騎士に内心を悟られることはなかった。

 うんうんと唸るリーブラは如何にも確信が無さそうな様子で注がれる視線を見返した。


「何組か秘境の探索をしている奴らはいるが、ロズリンの方なら心当たりがあります。」


「おお、是非教えて貰えるかな。陛下が話をしたいと探しておられるのだ。」


「ええ。確か、槍使いの男と獣人……種族は何だったかな……? 獅子……いや、とにかく獣人と白魔術が得意な女とゴーレム使いの四人で集まった連中だったと思いますよ。」


 にこやかに話してのけた彼の言葉をふむふむと記憶に刻んでいたロバートはすんなり情報が集まって安心したのか、小さく嘆息した。

 差し出された手を取って握手に応じたリーブラの人が良さそうな柔和な顔の皮の厚さに友人ながらげんなりしたアッシュは並ぶ皿から魚を一尾抓んで口に運ぶ。

 獣人の彼には少し塩気が強いそれを酒で誤魔化してバリバリ噛み砕くと、改めて家のメイドの腕前を実感した。

 鹿人族の方はどうにも分からないことが過ぎるものがあるが、同族のライカは非常に好ましいと言えた。

 真面目な性格で少し素っ気ないきらいはあるものの、仕事ぶりを見ると情熱的な部分もあるらしく、群れから離れているアッシュには彼女のようならしい同族が懐かしい。

 加えていえば毛並みにも気が遣われていて美しく、斑なく輝く耳も尾も魅力的の一言に尽きた。


「ところで、何故その冒険者たちを探しているんです?」


「ん? ああ、うーん……。まぁ、噂で知っているかも知れないが、私たちは祖国の土地を覆う呪いを解く方法を探していてね。その遺跡とやらも調べてみようという訳さ。」


「なる、ほど。」


「私たちには分からないが、陛下は何か感じ取られたようでかなり期待しておられる。」


 ロバートに釣られて視線を竜太子に移したリーブラはジョッキを傾けて顔を隠したまま看破を試したが、結果は芳しくなかった。

 いつぞやの舞踏会で剣聖を見た時と同じく情報がほとんど見えない。

やれやれとんでもない連中がいたものだと彼は心中で独りごちる。


「(ああ、しまった。さっき名前言っちまったな。バレる前に帰るか。)」


「ところで、君はどんな女性が好きかね?」


「はぁ?」


「私は女性の臀部が堪らなく好きでね。思えば妻に惚れたのも。」


「いやいや、いきなり何語り出してるんです?」


「いいではないか。腹を割って話せば親交も深まるというものよ。」


 腰を上げようとしたところで機先を制され、どっしり構えて語る気満々のロバートを前にしたリーブラがどうしたものかと思案している内に周りの冒険者までぞろぞろ集まってきていた。

 まさか騎士様からそんな俗っぽくて彼らの大好きな話が出てくると思わなかったのだろう。

 あっと言う間に輪が出来て抜け出る隙間も何もなくなってしまった。


「で、だ。妻を初めて目にしたのは二十半ばだったか。義理で参加した舞踏会でテラスの手摺に寄り掛かった彼女を後ろから見たのだ。あの時の衝撃! 前かがみになったせいで淡い黄のドレスが張り、浮かび上がった果実の美しさたるや! 私はすぐにも膝を折って彼女の尻を頬で感じたい誘惑に駆られたものだ……!」


「分かる! 分かるぜ、騎士殿! 俺も歩く度に揺れる尻を見たいがためについ女の後ろを歩いちまう。」


「いや、だが、俺は腹がいいと思うね! どっから見ても違う魅力が――。」


「ああ、分かる! 臍とくびれの線がいいよな! しかし、後ろから見ても―――。」


「何故おっぱいがでない!? おっぱいこそ至高! 何より尊き宝で――――。」


「おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい!」


 堰を壊したように獣欲が噴き出していた。

 女性の同業者や偶然居合わせた女性から汚物を避けるような目を向けられているが、最早酒の勢いで気にならないらしい。

 声高らかに性癖を語っては“異教徒”を批判して騒ぎが大きくなっていく。


「で、君の考えを聞こうか。」


「……いいでしょう。」


 物憂げに目を伏せたリーブラはグイッと残った酒を流し込んで立ち上がった。


「脚だ。脚こそが我が魂であり、女の全てを引き出すものである。髪? 額? 瞳? 鼻頬唇顎首うなじ肩鎖骨肩甲骨乳房背中――――――。言語道断ッッ!!!! 脚こそが最上!!!! 足指に始まりても根元に始まりても余すことなく愛でた後に湧き出る歓喜。されどそれは男だけのものではないのだ。女もまた生ある間常に己を支える足が溶かされることで肉体の基礎を湯掻く快悦を知る。足指を愛でる! さすれば如何なるか? 物質的には汚れが溜まる足指に己を捧ぐことで真の愛たる証明の一つとし信仰の民と化した我らは穢れなき幸福を知るのだ。そして彼女たちは羞恥の中で知るだろう。奉仕される喜びと従える背徳の味を。だが我らは止まらない! そうだろう? 高みに昇ってしまった我らは一度潜らねばなるまい。そう。足裏だ。人体の縮図とすら言えるまでに各所と繋がった足裏を愛するとはつまり全身に愛撫するということだ。それも驚くなかれ足裏に存在するツボとは内臓に繋がっているのだからつまり我らは心臓に肺に胃に腸に子宮に愛を注ぐことができるというわけだ。肉体の芯から命そのものに愛を注ぐこととは! 祝福だ。我らは愛する女の存在そのものを祝福できるのだ。どうだね? これだけでも格の違いが分かろうというものだ。しかしなんと。まだまだ先は長い。諸君は踵骨腱の重要性を知っているだろう。疲労を溜め込んで硬く張ってしまう哀れな腱を。全身に愛を吹き込み癒した我らは―――……。あ? 女は泣き顔が一番? 死ね無知蒙昧な蛆虫め。さて話が逸れた。そう全身に愛を送り癒した我らは疲れ果ててしまった踵骨腱こそ見捨ててはならない。確かにそこは癒しの果てがなく思えるだろう。私もかつて三日三晩腱を愛したが終焉は見えすらせなんだ。だからこそだ。見返りなど不要。確信すら不要。終わりがないということは無限に愛することができるということよ。千夜一夜の時すら踵骨腱のためのみに使えばよかろうなのだ。時がなければ全て愛してからの改めて後戯にて愛する道も良し。そしてふくらはぎ! 範囲が広く異なる魅力を持つふくらはぎと腿は三部に分けて語らねばなるまい。ふくらはぎ下部! 腱とも繋がっているここは――――――――――――…………。」











「御御足バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」

「バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」

「バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」


「足裏バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」

「バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」

「バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」


「踵骨腱バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」

「バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」

「バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」


「ふくらはぎバンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」

「バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」

「バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!! バンザァァァァイ!!」


「良いぞ! まだまだ賛美するのだ。讃えるのだ!」


「馬鹿な……。たった一度の演説で勢力図を塗り替えるとは。リーブラ君、私は君を見誤っていたと認めざるを得ないッ……。」


「ロバート殿、勘違いしないで下さい。私の説法などではない。全ては御御足の思し召し。彼らは目覚めるべくして目覚めたのです。」


「くっ……これほどの強敵がいようとは! だが、私は諦めん。最後の一兵になろうともこの身滅びるまで戦うのみ!!」


「来るか、ロバート副団長!!」


「うぅぅううおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!

 ヒップに栄光あれえええええええええええええええええええええっっっ!!!!」


「御御足バンザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッッィ!!!!!」

「御御足バンザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッッィ!!!!!」

「御御足バンザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッッィ!!!!!」

「御御足バンザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッッィ!!!!!」

「御御足バンザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッッィ!!!!!」

「御御足バンザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッッィ!!!!!」

「御御足バンザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッッィ!!!!!」


 誇り高きオシリマニアロバート副団長の叫びは奮闘虚しく御御足教団の叫びに飲まれて消えた。

 かくしてウルスラ帝国首都レーデンで勃発した歴史に残らぬ大戦争は終結したのだ。

 しかし、圧倒的勝利を収めた教主リーブラの記憶にはロバートの断末魔が刻まれ、ふとした瞬間にオシリマニアの呪いが彼を苛んだという。


「ロバート殿、魂の色は違えど確かに漢であった。」


「終わりましたか、あなた?」


「うむ、我が人生において大いなる意味を持つ日となった。」


「そうでしょうね。」


「……謝ったら許してくれますか。」


「だーめ。」

リーブラ所持金0G

アッシュ所持金0G

クラリス所持金54920G

パーティ所持金541920G

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