Ⅵ 闘士
帝国領ホーエンツォレルンの城にその報せが届いたのはリーブラたちが秘境から生還した二日後の朝であった。
つい先日手紙を出したばかりだと云うのにと、大公であるクラウスは苦笑いを浮かべる。
「では、その遺跡とやらを見つけたのが彼らであることは既に広まっているのだな?」
「間違いないかと。例の王子が同じ秘境を探索していたことも情報の拡散を助長させているようです。」
「参ったな……。彼らの姿が霞んでしまうほど派手に動いてくれると良いが。」
髭を撫でて思案する大公は椅子に体を預けて絨毯の模様を追う。何か考える時はそうするのが彼の常だった。
片膝を突いて待つ連絡員は考える大公が珍しく笑みを控えていることに驚く。
常に穏やかであり、余裕を絶やさず、柔和な微笑みで周囲を安心させて頼られる完璧な人間というのが大公の評価だからだ。
単に強大な冒険者だから目を着けていると考えていた連絡員は何か裏に隠れているモノの匂いを敏感な鼻で嗅ぎ取った。
「(クラウス様はいつからあの連中と関係を持ち始めた? 確か……レーデンで舞踏会があった頃か。そうすると……。)」
「時に好奇心は人を殺す。」
「……は? うっ!?」
「それを忘れてはいけないよ。」
ドッと冷や汗が流れた。
大公の微笑は変わらないはずだと言うのに、連絡員は断頭の刃の下に跪く自らの姿を幻視しているのだ。
かつて皇帝と共に宮中から政敵を根絶やしにした彼の覇気に一切の衰えはない。
改めて主人の威光を思い知った連絡員は深々と頭を垂れた。
「明日の朝、再びレーデンへ行って貰いたい。」
「ははっ。」
「では、下がりたまえ。ああ、それと。」
「何か他の御用が?」
「今宵、夕餉が終わったら私の部屋に来なさい。君には教えなければいけないことがあるようだ。」
「ク、クラウス様、私には妻が……!」
「安心したまえ。私の側仕えは口が堅い。」
♂
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「留守は任せた。」
「いってらっしゃいませ。」
「い っ て ら っ し ゃ い ま せ っ ! !」
馬車に乗り込んだリーブラたちを見送ったライカとリコッテは馬で後を追っていくエルフも確認してから家に戻った。
毎日欠かさず綺麗にしているため、それほど大変ではないのだが、獣人はどうしても毛が抜ける。
絨毯や椅子など毛が付きやすい場所は重点的に掃除しなければいけない。
「私は寝具の洗濯に掛かります。」
耳と尻尾にネットを被せたライカは二階に上がっていき、リコッテはリビングの掃除を始めた。
ハタキを持った彼女は天井やシャンデリアから埃を落とすと、鉄製のシャンデリアは綺麗に磨いてから短くなった蝋燭を交換する。
シャンデリアの直上は煤で汚れてしまうため、手間が掛かった。
自分の笑顔が映り込むシャンデリアに満足したのか、天井まで戻した彼女は汚れが溜まる隅を拭っていく。
手際よく埃が落とされていき、天井が美しい姿を取り戻す。
「よし。」
雑巾を二つに折って埃が落ちないようにしてから、またハタキに持ち替えた彼女は壁と家具を払う。
と言っても、ほとんど埃は積もっていないため、四隅を綺麗にしてしまえば直ぐに終わりだ。
これで、後は家具の毛を取って床を掃いてしまえば、リビングはほぼ完了と言っていい。
手拭いで毛を集めながら廊下に目を向けると、寝具を抱えたライカがするする歩いて浴室へ入っていった。
年中雪が降る帝国では浴室で洗濯するなど、基本的に屋内で仕事をする文化が根付いているからだ。
ライカは洗濯が得意で、直ぐに終わらせてしまうことだろう。
「お夕飯の仕込みまでは日暮れ前に終わらせたいですね。」
そう零して作業を加速したリコッテはいつものように笑顔を咲かせた。
「真のメイド道心得一つ“常に笑顔たれ”。ライカさんもまだまだ精進が足りません。」
背もたれを取り終え、どんどん移動していく彼女の何と手際の優れたことか。
独特な性格のお陰で大勢の中では浮いてしまっていて、こうして他所に出された訳だが、能力としては炊事・洗濯・掃除の基本的なことから多岐に渡って完璧なのだ。
本人を前にしてもそんな人物には全く見えないが……。
「……御客様のようですね。」
敷地に真っ直ぐ近付いてくる気配を察した彼女は掃除用具を置くと、埃を立てないように部屋を出て玄関へと向かった。
少し暗い廊下を歩き抜け、玄関扉を押し開いた先の見慣れた雪景色に紛れ込んだ集団を認めた二人のメイドは、雪の積もった道を危なげなく踏んで外門に立った。
正面から灰色の外套を身に付けた五人が近付いていて来ている。
「本日も雪の中、当家へのご来訪ありがとうございます。失礼ながら、現在主人は留守にしております故、御氏名と御用向きをお教え頂けますか?」
無言。
声が届く距離まで待ったライカの問い掛けは黙殺され、冷たい沈黙が敷地の内外に生まれた。
外套には頭巾が付いているため、来訪者の顔は伺えなかったが、朗らかな笑顔を浮かべているようには感じられない。
「―――。」
重ねて問いかけようとした瞬間、外套の奥から銀色の光が二人の白く細い喉へと飛んだ。
「……申し訳ありませんが、こういった御用向きの御客様をお通しすることはできかねます。」
指で受け止めたライカは針のようなそれを検分してからポケットにしまうと、僅かに頭を下げてから帰路へと促した。
当たり前のように反応はなく、代わりに剣が鞘を走る独特な音が鼓膜を揺らす。
抜き打ちで首に振られた剣を見た二人は刃を避けて掴み、ライカは止めて、リコッテは取り上げた。
流石に驚いたのか、来訪者たちは半円を画くように跳躍して距離を広げる。
敷地内に入れないよう門の外側に出た二人はスカートを摘んで膝を曲げた。
「どうぞお引き取り下さいませ。これ以上刃を向けようとするのであれば、当家を守る者として全力で対応するでしょう。」
淡々とそう告げて出方を待つ彼女たちに三度白刃が襲いかかった。
鋭く空を裂いて振られる直剣。
さぞ厳しい鍛錬を積んだであろうそれを、あろうことか二人は手刀で打ち払ってみせる。
剣を返す間もなく、重い拳が外套の上から鎧を砕き、文字通り“吹き飛ばして”向かいの廃屋の塀を崩して襲撃者の意識を奪った。
「致し方ありません。リコッテ……いえ、今は師匠と。」
「ライカ、貴女に師匠と呼ばれるのは久しいですね。さぁ、いきますよ。」
「狼藉者どもよ! 流派冥道神拳が奉仕の愛を恐れぬと言うならマスターメイドと私が相手になろう!」
リーブラ所持金16820G
アッシュ所持金9430G
クラリス所持金54920G
パーティ所持金541920G
もちろんこの後二人にボッコボコにされたお客様にはお帰り頂きました。




