Ⅴ 憩いの夜
―――……首都レーデン。
秘境探索から生還したリーブラたちは、秘境の新たな探索結果を報告のために冒険者ギルドの応接間へ招かれていた。
これは彼らだけでなく、秘境の未踏破区域を開拓した者には詳細な報告を要請されているだけの話だ。
中には利益の独占を目論んで成果を偽る者もいるが、高額な報酬が与えられることになっているため、大多数は報告する。
秘境の開拓をできる者が実直に経験を積んだ実力者に限られるということもあるが……。
「その墓場らしき場所には他に何かありましたか?」
「隈なく探索できた訳じゃないから何とも……。魔力で探った時に気付かなかったし、ないとは思うが。」
「これは歴史に残る大発見です。至急調査隊が編成されるに違いありません!」
興奮気味のギルド職員に対して気のない返事を返したリーブラは手にした麻袋に詰められた硬貨を数えていた。
予想外の収入に一行はホクホクだ。
(`・ω・´)
例えるならこんな感じである。
「そういうことで追加報酬の件は後日に。さらばだ!」
「まぁまぁ、焦らないで下さい、リーブラさん。調査隊についてお話が。」
「いや、今日はちょっと贅沢するんで。早めにメイドたちに用意頼むんで。」
「でしたら、他の方はお先にお帰り頂く形で。リーブラさんは後程責任を持ってお送りしますから。」
「いやいやいや……。」
「いやいやいやいやいやいや……。」
どうにか引き留めようとする職員と厄介事の臭いを嗅ぎ取って逃走を図るリーブラの笑顔が和らいだ。
ようやく理解が得られたと思った職員が脱力した瞬間。
世界が静かに暗転していく。
騙されたことに気付くも遅く、視界の端に黒い尾を捉えた彼は小さく唸って横たわった。
「疲れてんだよ、あんた。ゆっくり寝るといい。」
「まさに外道。」
余計な一言を零したアッシュにパンチを喰らわせて席を立つと、肩にノノを乗せたリーブラは素早く部屋を後にした。
応接間のある二階から降りていけば、受付の奥――……要は関係者以外立ち入り禁止の範囲――に出る。
彼らだけで帰ってきたことに多少怪訝な目で見られることもあったが、すんなりとギルドから脱出した一行は馬車を走らせた。
既に日が沈み始めているため、急いで晩餐の食材を買い漁って帰らなければならない。
「肉と酒だな。幾らか贅沢品も仕入れていくか。」
「あら、お酒飲めたんですか。今まで話にも出さないから下戸かと思ってましたよ。」
「ああ、特別好きって訳でもないからな。」
「私はワインなら好きですよ。エールは好みませんが、十七の頃に飲んだものがとても美味しくて……。あれから六年間探しましたが、まだあの一本を超えるワインは見つかりませんね。」
「(ん……? うん……?)」
「乾杯。」
チリンとワインやフラッシュエールの注がれたグラスを合わせた面々は朗らかな顔で料理を口に運んだ。
今晩の夕食は食堂ではなく特別にリビングへテーブルを運び込んでいる。
酒宴の肴になっているのは豪勢な食事と今日の秘境で発見した謎の場所の話だった。
彼らが口にするのは益体のない推測や夢物語の類だが、仲間内で笑って話す分には丁度いいのだろう。
「奥様たちの発見が歴史を変えるかも知れないのですね。」
「あれから何か分かれば、だけど。」
クラリッサスとライカは元々小食なために主にお喋りが主で、基本的に食べてばかりいるのはリーブラとアッシュだ。
普段は口にできない高級な食事に夢中なのか、リコッテに酒を注いで貰いながら無心に食事をしている。
家にいる時の定位置に選んだリコッテの膝で肉団子を齧るノノは少し眠そうに目を瞬かせていた。
バーサクで強制的に戦意高揚したまま戦い続けたために疲労しているのだろうか。
「秘境に関わる種族とは……。一体何なのでしょうか?」
「そうね。もしかしたら、太古の……それこそ創世の時代に栄華を極めていたのかも知れないわ。」
「今も生きているのか、滅亡してしまったのか。気になってしまいますね。」
酔いが少し回って来たようで、心なしか饒舌になっているライカはしきりに耳を動かしている。
彼女はあまり感情を表に出す方ではないが、それも酒の入れば多少緩くなるらしい。
どういう訳か、リコッテは同じように飲んでいても全く顔色が変えずに、ニコニコと笑ったまま時折ライカを見ていた。
「お、このパイは魚が……シャケ召喚!!」
「ご機嫌だな、リーブラ。それはサーモンというのだぞ。」
「お気に召されましたか? ああ、それはライカが作ったものですね。」
「旨い旨い。いつもリコッテが料理してるからライカはできないのかと思ってたよ。」
パクパクとパイに齧り付くリーブラは本当に気に入ったらしく、さり気なく大皿を手繰り寄せていた。
口直しの水を含んで白ワインに変えた彼が押しやったブロック肉に興味を奪われたアッシュはフラッシュエールを一気に煽ってからそれを取った。
こうも景気よく食べて貰えると、作った側も気分がいい。
リコッテとライカは嬉しそうに目を細める。
「ノノ様、もう少し暖炉に寄りましょうか?」
「そうねぇ。お願いするわぁ……。」
腹も満ちて本格的に眠くなってきた様子のノノを気遣ったリコッテが椅子ごと暖炉に向き直り、暖かくなったノノは丸くなって眠り始めた。
ノノのゴーレムは全て操作するタイプの上、一体型という特徴から緊張感も強く、常に集中を保たなければいけない。
幾ら鋼の装甲に守られていても、視界では直接攻撃されているのと同じ。
初陣ということで並々ならぬ疲労もあったに違いない。
「そういえば、今日は俺とクラリスの装備は試せなかったな。次は使ってかないと、実戦テストにならねーや。」
「お前のは確か武器を幾らか新調したのだったな。」
「ああ、やっぱ攻め手は多彩じゃないとな。奥の手も必要だし。」
ニマニマと笑うリーブラは何を企んでいるのか。
ヒョイと最後の一口を食べてワインと一緒に流し込んだ彼はそれ以上語る気がないようで、リコッテに外出中何か変わったことがあったか尋ねた。
相変わらずエルフに見られているものの、空気のように扱うことに慣れたため、それは除外される。
リコッテはしばし考え込み、何かしら思い出して手を打った。
「お手紙をお預かりしています。お名前は見れば分かると言って教えて頂けませんでしたが、貴族の使用人のようでした。」
「……貴族? ちょっと……ああ、あの人か……。」
“C”と印された便箋を見たリーブラが面倒臭そうに懐にしまうと、リコッテは他には何もなかったと言ってワインを口に含んだ。
また面倒事が転がり込んできた予感がしたが、その考えを振り払うように頭を振ってグラスを傾ける。
仲間たちもある程度は強くなって生活が安定し、まだ目的には遠いものの研究も地道な成果を出しているのだ。
ここで要らぬ面倒を抱え込むなど彼からしてみれば真っ平御免もいいところ。
「そういえば、物干しの支柱が一本折れてしまいました。明日、街へ仕入れに行ってもよろしいでしょうか?」
「他に要るものは? どうせならまとめて済ませた方が良いだろ。」
「ありがとうございます。ですが、特に不自由しているものはありません。お許し頂ければ朝一で馬を走らせて行って参ります。」
「んー、頼むわ。もし、俺もクラリッサスも起きてなかったら確認は後でいい。任す。」
「畏まりました。」
「ところで。」
「はい?」
「普通に話せるのな、お前。」
リーブラ所持金16820G
アッシュ所持金9430G
クラリス所持金54920G
パーティ所持金541920G




