Ⅳ 天使の墓場
開いた扉から吹き出した熱風をものともしないアッシュとアンセスターレオンが残った魔物に躍りかかった。
全身を焼かれながらもギリギリ生き残ったものや、炎と風に耐性があって軽傷のものも、須らく爪牙の下に倒れていく。
アッシュの格闘能力は相応の装備の新調によって格段に上がっている。
以前は装備の耐久性が彼の膂力に耐えられないため、彼なりに手加減していたところを、全力で戦闘できるようになったのだ。
残像を見せて高速移動するアッシュは丁寧に魔物の首を切り落としていく。
どうやら彼の中で意識改革があり、力任せに敵を壊してしまえばいいという方向性から、技で素早く倒すことにしたらしい。
これも新装備と合わせて彼の戦闘力を上げていた。
「遅い。」
自身の残像に惑わされて噛み付いたドライパイソンの首を切り落としたアッシュは最後の気配へ振り返った。
が、既にその主は慈悲なき顎によって頭蓋を粉砕されて事切れる間際であった。
泡立つ鮮血を垂れ流すダブルエイプを捨てたアンセスターレオンと彼との間にリーブラがしゃがみ込んで魔物の死骸を漁った。
深い裂傷が刻み込まれた魔物を転がしたリーブラは他に状態の良い物が幾らか残っていることを確かめると、ナイフを取り出して魔物を裂いていく。
「ノノ、警戒を頼みますね?」
言葉なく頷いたアンセスターレオンが通路の先を見張っている間に、三人はてきぱきと解体を進めた。
リーブラは首を裂いてダブルエイプの血を採取する。二属性に耐性を持つダブルエイプの血液はポーションの原料となる。
他の二人はそれぞれ皮と核を集めていき、三人は手にした袋に素材を詰め続けた。
〜少年少女獣人剥ぎ剥ぎ中〜
「最近全体的に相場が下がって来てますが、このくらい集めれば何とか補えますね。」
人が二人丸々入る麻袋を膨らませた彼らは血みどろになった手を魔法で創り出した水球で清め、シンと静まり返った回廊の先を見据えた。
気配は感じられないものの、仕掛けがまだあることを警戒する一行は障壁で前後を守りながら歩を進める。
彼らの足音だけが反響して鼓膜を揺らした。
充分に周囲の壁を調べながら歩くと、数分進んで足音の反響が変わった。
「行き止まりか?」
「の、ようだな。……いや、扉か?」
四人の前を塞いだ壁。
一見行き止まりに見えるそれに走る溝に気づいたアッシュが毛を逆立て、戦闘姿勢を取る。
歩を緩めてジリジリとにじり寄る彼らは正面の奇怪な紋様が刻まれている壁を観察した。
物理的な罠が見受けられないため、何か罠があるとするならば魔力を用いたものであろう。
彼らは対魔障壁の比重を増やして備えた上で目の前の扉に接触した。
「何のギミックもないな。」
「魔力でしょうか? 危険を冒さず放置してもいい気はしますが……。」
「いや、俺が試してみる。お前たちじゃ抵抗できないものが来るかも知れんし、退がってろ。」
六枚の障壁で周囲を覆ったリーブラは紋様の形を頭に叩き込んでから溝を指でなぞった。
壁面と異なり、まるでたった今造られたかのように滑らかな溝の材質などを考察しつつ、彼はラインを追って円形の窪みに辿り着いた。
彼には触れた掌から微量の魔力が扉へと流れ出していることが感じられる。
「魔力が吸われてる。凹凸があるな……手の跡、か?」
壁面を撫でて思考を走らせていた彼は鉱物が擦れる音で我に帰った。
触れていた扉が四つに分かれて開いていく。
障壁で身を隠した彼は瞬時に扉の先まで魔力を伸ばした。
感じられたのは広い空間と無数の円柱。
「魔物は確認できない。アッシュ、何か匂うか?」
「…………凄まじい死臭だ。悪いが、私はその中に入るのは遠慮させて貰いたい……。」
「死臭……。まぁ、魔力のない死体はただの死体だ。問題ないか。」
鼻を覆って後退るアッシュに離れてるようアイコンタクトを送ると、彼以外は扉の先へと足を踏み入れた。
空気の抜け道がない部屋では、人間である二人でも渇いた死臭に顔をしかめざるを得ない。
今まで通ってきた秘境の各所と違い、妙に暗い部屋を照らすためにリーブラが火の球を掲げた。
無数の円柱が並んでいる室内を紅蓮の光が明らかにしていく。
「支柱じゃないな。何か入ってんのか? うおっ!?」
「きゃっ……な、何? スケルトン!?」
「待て! 魔力はないからただの死体のはずだ。にしても、デケェな……。」
円柱の透明な材質の場所を覗き込んだ二人は逸る鼓動を抑えながら、中で眠る亡骸を見上げた。
それは巨躯で知られる狼人や竜人よりも巨大な人間だった。
朽ち果てて分り難いが、翼であろう骨格がある。
この世界にも鳥人族という有翼の種族もいるが、そういった種族は総じて小柄である。
しかし、他の円柱に安置された者も含めて、彼らは全て同種と考えるのは難しいほど巨大だ。
「ここは、墓場……なのか?」
「どうして秘境にこんなものが。今までこんなものが見つかったなんて聞いたことは……。」
辺りの円柱を一つ一つ覗き込んでいく彼らは奥へ奥へと進む内に、違和感を覚え始めた。
ここにある遺体には何一つ副葬品が収められていない。
そういった文化がなかった可能性ももちろんある。
しかし、親しみのない光景にどうしても拭えない気味悪さが残った。
そうしている内に、光が奥の壁まで届いて石とは違う輝きを返した。
「奥の壁のは他と違うな。全身が確認できそうだ。」
他の翼を折り畳んだ状態のものと違い、翼を広げた状態で葬られた遺体を調べるリーブラはそれの額に埋め込まれた黒い石を見て首を傾げた。
未知の発見で気になることばかり。
とは言え、リーブラもクラリッサスも検死や生物学の知識はない。
残念ながら、確かな情報は何も得られなかった彼らは無念を露に肩を落とした。
彼らは何者で、何故ここに埋葬されているのか?
それらを知り得るにはあまりに情報が足りないのだ。
「いっ、つ……。」
「どうしたのっ!? どこか怪我を!?」
「いや……頭痛がしただけだ。空気が悪いからか? 帰ろう。」
「良かった……。ここにいても何も分かりませんし、帰ったほうが良さそうですね。」
「ああ、それと前から思ってたが、いつまで丁寧に喋るんだ? 素の話し方でいいぞ。」
「もう慣れてしまいましたから、良いんです。」
リーブラ所持金16820G
アッシュ所持金9430G
クラリス所持金54920G
パーティ所持金535170G




