四話 《鑑定》
翌日は初めて落ち着いて街に繰り出したのだが、意外にもこの街は潤沢な資本があるらしい。ちょっとした値段のする贅沢品がちょくちょく出回っている。
煉瓦造りの建物が立ち並ぶこの街は円形の領土を持ち、ぐるりと魔物よけの柵で覆われている。
防備もそれなりに見えるし、もしかしたら俺が知らないだけで中央に近い場所なのかも分からないな。
取り敢えず、俺の方は野外活動が出来る程度には装備を整えないとまともに冒険者もやってられない。
「しっかし、《鑑定》取っててよかった。リアルに目利きなんか無理ゲー。」
例えばさっき買ったポーチ。
全く同じものが幾つかあったが、耐久値がまちまちだ。
一番良いのなんか平均の五割増しで頑丈である。
他にも、水筒に保冷効果・弱がついていたりした。《鑑定》のお陰で掘り出し物がピンポイントで買えるのは凄い強みのはず。
まだまだ買う物はあるから役立って貰おうじゃないか。特にこれから買う予定の物はきちんとした物を買いたい。
朝思い付く限りリストアップして厳選したものが、バックパックに日用ナイフと護身用のナイフ、長めのロープ、緊急用のマナポーションだ。
火種やらは魔法で代用することにし、俺は座って寝れるから寝具は除く。
「(右の露天の鉱石、全部品質悪いし……悪徳売人か。)」
バックパックは何処で売ってるもんだ? 雑貨屋とかあるのかね?
あ、あのヘアピン、魅力+1掛かってる。魔物使いなんかにウケそうだな。
「そういえば、装備の重複制限ってどうなってんだ? 無いなら補正入れ放題じゃね?」
魔力の最大値か回復効率の増幅は魔法職の尽きない欲望だからなぁ……。
俺も夢の中級範囲魔法の無限発動を実現出来るかも知れない。魔具が売ってる店があったら見て回ることにしよう。ワクワクしてきた。
魔具屋は何処だ。
………………………………ハッ!?
違う違う。今は旅の必需品だ。
危ない……。
ぼんやり店を冷やかしてると目的を見失ってしまう。《隠蔽》を解いて誰かに聞いた方が良さそうだ。
そうだな。あの肉屋で聞くか。
商売敵じゃなくて角が立ちそうにない。此処の住人なら店も分かるはずだし。
「邪魔するよ。」
「おっ、魔導師とは珍しい客だな。」
恰幅のいいおっさん店主が晴れやかな笑顔で待ち受けている店だった。
何かの葉に包まれた肉が並べられていて、若干血生臭い。
「悪いな。客じゃないんだ。少し尋ねたいことがあってな。」
「なんでぇ詰まらん。何が聞きてぇんだ、兄ちゃん?」
「旅で使える鞄が買える店と鍛冶屋か武具屋、後は薬屋の場所を教えて貰いたい。」
「そうだなぁ……。鞄なら一本南の通りにあるハンスの店がいいだろ。鋏と針の看板のとこだ。
武器は……えー、東に七つか八つ先の店がいいな。薬屋はその向かいだ。」
「助かる。」
帰り際に中銅貨を店主に放って通りに出て東に向かう。三角帽子を被るのも忘れない。じゃないと客引きが煩わしいからな。
ちなみに、中銅貨は20Gであり、大銅貨が50G、小銀貨が100G、中銀貨が200G、大銀貨が500Gとされている。金貨は小でも1000Gになる。
Gがゴールドだと思ってた皆さん。実はギルなんですよ。残念でした。
まぁ、ゲームじゃ数字で処理されてたから設定だけの無駄情報だったけど。向こうで貨幣まで再現されてたら大変だったな。
「武具屋の看板見っけ。」
丁度、何人か入っていったとこだった。急がず焦らず歩いて数分遅れで入店する。
割合広めの店で、重かったり長かったりで持ち運びが面倒な武器が展示されていた。店主は先客の注文で奥に引っ込んだのか、姿はない。
パッと見で分かったが、先客は大した連中じゃない。精々Eランク止まりだろう。
「(ふぅん……確かに武器は良い性能のが置いてあるじゃん。)」
鋼のバスターソード
ATK247
耐久0/680
消耗減少Lv.1
貫通Lv.3
8000G
魔術加工も無く、プレイヤーのスキル多用も出来ない、所謂NPCショップにある武器にしてはかなりいいものだ。しかも、店頭に出すのは店の最高級より一段落とすのが商売の常識。
そこまで物騒じゃない街に何でそんな職人がいるのやら。《鑑定》のレベルをカンストさせると製作者が分かるとか聞いたけど、本当だったら惜しいことしたな。解説は大したことかいてないから非表示にしてある。
こっちでもスキルレベルは上がるのか?
「よぉ、兄ちゃん。魔導師が何でこんな場所に来たんだ? 前衛の影がなきゃ戦えない連中が来るとこじゃねぇぞ。」
「あ? 何か言ったか、ヘボ野郎。」
「テメェ、俺がヘボだとォ?」
壁に掛けられた槍を品定めしているため相手がどんな顔をしているか分からないが、取り敢えず対物障壁を張っておく。
俺の障壁を抜きたかったら廃人プレイヤーか上級のボスでも連れて来い。ま、後者はともかく前者はいないだろうな。
…………他のプレイヤーがいる可能性は考えてなかった。一応探してみるか。生産職にしろ、戦闘職にしろ、プレイヤーがいるのは大きい。
つか、ガンガンガンガンうっせぇな。何度やっても通りゃしねぇよ。
「消えろ、雑魚が。ミンチにされてぇのか?」
杖に魔方陣を展開して威圧すると、威勢の良かったハゲも腰を抜かして店を飛び出していった。
買い物はいいのかよ。店主に頼んだんじゃないのか?
「……商売の邪魔をしてくれるな。」
「すまん。だが、あいつらじゃ此処の武器に釣り合わないんじゃないか。」
「釣り合うのもある。」
そりゃ粗悪品だろう。売るなよ。
店主は騒ぎを聞きつけたから戻ってきたのか、何も手にしてはいなかった。
どうにも雰囲気があって気になるから、試しに《看破》を使って店主のステータスを確認して驚いた。
武器を鍛えた本人だったとは。
ベルノルト・ゼーベックと言うこの店主。武器鍛造系のスキルをかなり高い水準まで高めている。
中位プレイヤーのメイン装備なら鍛えられるレベルだ。店頭に出しているのは彼が当たり前に打つ程度の武器か。
《短剣鍛造》のスキルもしっかり育ててあるし、この店主の打ったものを買えばハズレは無いな。
「魔物の解体にも使えるナイフを二本に戦闘用のナイフを一本買いたい。」
「待ってろ。」
奥に行った店主は直ぐに帰ってきた。三本の短剣をカウンターに並べて差し出してくる。
短めの二本は片刃で刀身はやや薄い。長い一本は両刃で肉厚の明らかに刺突を意識した造りだ。
「幾らだ?」
「全部で5000Gでいい。鞘はサービスしてやる。」
「買おう。」
中金貨二枚と小金貨一枚をカウンターに置き、財布を探っている間に鞘に収められた短剣を三本受け取って踵を返す。
店主は金貨をポケットに入れてから椅子に座り込んで槍の穂先を磨き出していた。
一先ず、勧められた全ての店を周り、掘り出し物は無かったため普通の物になったが、鞄を入手した。
肉屋に聞き忘れたロープは偶然見付けた大工道具を売っている店で買えて助かった。
マナポーションは残念ながら売ってる店自体がこの街にはないらしい。
そして、すっかり忘れていた方位磁石を商人ギルドで発見した。
しかし、文明レベルの違いからなのか、ナイフ三本より高かった時は流石に詐欺を疑ってしまった。《鑑定》が適正としているので大人しく買ったが……。
余裕はあるつもりだったが、予想外の出費で宿代も含めたらほぼ文無しだ。
明日は出立前に実入りの良い仕事をして保存食を買ったら次の都市に向かおう。
「おやっさん、この街を発つことにしたから明日の朝までになった。一泊分渡しておくよ。」
「ああ。」
相変わらず渋い人だな。あの武器職人といい、格好良く歳取り過ぎだろ。
まだ飯の時間には早いし、少しゆっくり風呂に入ってこよう。明日から風呂はしばらくお預けだしな。
買った荷物を部屋に運んで扉に呪いを掛けると、再び階下に下りて風呂場に向かう。
ちなみに、男女別のシステムは無く、一応決められている時間以外に入ったら自己責任である。もしくは当事者同士の責任?
「上下の服もかなりの装備だから、若干不安ではあるが……。」
脱衣所に置いていくほかあるまい。今度日常用の衣服を買い揃えたいと思ってはいたが、ちゃんと拠点を決めてからじゃないと旅路には無用な荷物になるよなぁ。
馬買った方が良いかね。ただ乗れるかどうかが……動物園とかの乗馬体験を数回やったことある程度だし。しかも、あれはポニーちゃんだったっけ。
どうしたもんかな。商人ギルドの隊商に乗っけて貰うのもありなんだけど……。
共用大浴場は温泉に近い。先に体を洗い、湯が汚れないようにしてから湯舟に浸かる。
気にしたことなかったが、この湯は何処から引いてきてるんだ? あっちはどういう設定だったかな……。
ふと、視線を感じてそちらに視界を移す。いかんな、風呂はどうしても気が緩む。宮本武蔵が入らなかったのも少し納得。
「(げ……女がいたのか。)」
「反応無しかい? そいつはちょっと女に失礼じゃないか。」
黒く長い髪を風呂用にアップにした女はニヤニヤと笑って湯の中にある俺の股間を見ていた。
ここで反応したら負けた気がする。意地でも無視してやる。
わざとらしく縁に持たれて胸を強調した女に《看破》を使って視線を外す。ジョブは軽戦士、ステはまぁ平均、スキルは盗賊寄り。詰まらん。
「うーわ、その態度はホントに傷つく。お姉さん、ちょっと怒ったぞ?」
「寄って来んな……………酒臭ぇっ!?」
素っ裸だってのにベタベタ抱きついてくるから男日照りで溜まってんのかと思ったが、酔った勢いかよ!
ヤバイヤバイ。俺もこっちに来る前から処理してないから溜まってるってのに。
「止めろ。酔った女なんか抱けるか。危なっかしい。」
「なーあー? 私が責任取れとか言う重い女に見えるってのかー? お互い楽しんじゃえばさ! 一晩の愛人って奴で!」
声でけぇんだよ、うっせぇ。
食堂は昨日と違って大分混雑していた。やはり時間が遅かったから、ラッシュは過ぎていた訳だ。
俺は腕を組んで右側に女を侍らせたまま空いてる席を探して座る。あの後、スタッフが美味しく頂こうとした結果、こいつは酔いと湯当りで目を回してしまった挙句に大魔法をゲロゲロいきやがった。
仕方なく介抱して連れてくるはめに……。
本当はこいつの部屋に放り込んで一人飯を食うつもりだったが、あんな状態でも飯は絶対食べるらしい。逞し過ぎる。
一線超えてスッキリしただけか。
「此処で席取っとけ。飯は何でも良いのか?」
「森サラダとパクパク鳥のステーキ。」
パクパク鳥はペリカンを五倍くらいにした怪鳥だ。因みに魔物ではないため、向こうでは設定だけの存在だった。
俺は今日も煮込みだ。残念ではあるけど、早くも今日で食べ収めだからな。
カウンターに居るのは昨日と違って娘の方だった。目があった瞬間、真っ赤になって俯いてしまった。
よほどスピアラビットの頭を丸齧りしてるのを見られたのが恥ずかしかったらしい。
「森サラダとパクパク鳥のステーキを一人前。俺にはスピアラビットの煮込みを。頭もあると嬉しいな。」
「はぅ……。」
可愛い。
母親に注文を伝えて自分も手伝いに行こうとした娘は何か思い出したように立ち止まって俺に振り返った。
「……すけべな人は嫌いです。」
ぐはっ!?
違っ……何もしてないです。あぁ、行ってしまった……。
所持金120G
以前書いたステータスの項目に運と魅力を追加しようと思います