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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第二部
39/57

Ⅰ 結婚式

「どうするっ……ぐあっ!?」


「受け止めちゃダメ!」


 歪な金属音を立てて割れたカイトシールドを構えていた青年が鎧の上から裂かれた左手を庇って後退する。

 五人でパーティを組んでいた冒険者は前衛三人の中で二人が負傷で戦闘困難になり、後衛の魔術師も魔力の欠乏によって手数が減っていた。

 絶えず後退しながら、追ってくるミノタウロスと四体のスカルウォリアーの攻勢を凌いで来たが、それも限界を迎えつつある。

 どちらか一方ならば彼らでも倒せただろう。

 しかし、出会った状況から何から運が悪かったとしか言いようがなかった。


 ここまでか、と絶念が冒険者たちの心を引き摺り込もうとする。

 臓俯を揺らす重い怒声を暗く狭い通路に響かせて、ミノタウロスが血錆で穢れた両手斧を振り翳した。


「う、うぉあああぁぁぁぁぁ!?」


 標的となったのはたった今シールドを叩き割られた戦士だ。一撃を防がれたことで狙いをつけていたのだろう。

 片手で剣を掲げるが、あまりにも脆弱。

 死を覚悟した戦士は歯を食いしばって迫り来る斧の鈍い輝きを睨み付けた。



「―――……その意地、悪くない。」



 刹那の間に耳へ届いた声が夢幻か否かを知る前に、戦士の手からもぎ取られた剣が雷光の如く切り下げ、跳ね上がった。

 戦士の目が辛うじて捉えたのは剣が斧を弾いて火花を散らした時から。

 膂力と鈍重で名を響かせるミノタウロス種の魔物に尻餅を着かせたことに驚愕した戦士が声のした方へ振り向くと、流麗な鎧に身を包んだ騎士と明らかに纏う空気の鋭い冒険者が合わせて十人、戦士の仲間を助け起こしていた。

 が、彼の剣を持った者は見当たらない。


「今、あれ……?」


「あちらだ、青年。」


 騎士に言われるがまま振り向いた戦士の視界が深紅のベールで覆われる。

 頭から爪先まで凄まじい量の鮮血を浴びて立ち尽くす彼は噴き上がる赤の向こうに、人生で目にした中で並ぶもののない美の化身を見た。

 舞うように軽々と剣を薙いで魔物を葬ったその人物は世を皮肉った微笑を浮かべていた。


「美しい……。」


「さて、進むぞ。」


 残ったスカルウォリアーを意にも介さず、奥へと踏み出したその人の元へ駆けた騎士たちは武器すら抜かずに骨を解体していく。

 圧倒的な戦力とは正に自分たちのことを云うのだと示すかのように彼らは蹂躙した。

 その後に冒険者たちが続き、戦士は吸い込まれるように一歩を踏み出して、肩を掴まれた。


「私たちが来た道には魔物残ってないから、振り返らず真っ直ぐ戻りなよ。もし君もそうなら―――……焦ることはない。」


「ぁ……。」


 それきり振り返ることすらなかった彼らは、秘境の奥へとその姿を沈めていった。

 残され、呆然とする戦士は道に突き立てられていた剣を取ってしっかり握ると、仲間と共に出口へ向かって駆け出した。

 その瞳から一雫の涙を流しながら。











 リーブラがこの世界に来てから、早くも一年の月日が過ぎ、帝国にも暖季が訪れていた。

 雪に閉ざされた帝都にも陽光が射して僅かに気温が上がる時期だ。

 最も、雪が降らなくなるわけではないが、陽光でキラキラと輝く雪は幻想的で人々を楽しませる。

 そんな帝都の北端では結婚式の真っ只中であった。


「汝ら、真の愛を精霊に捧げ奉り、死した後にも守り続けて行くことを誓うか?」


「「我が名に賭けて。」」


「火の精霊が認める情熱を。

 水の精霊が認める慈愛を。

 地の精霊が認める堅実を。

 風の精霊が認める憂晴を。

 決して二人の間に絶やさぬことを誓うか?」


「「この身に代えても。」」


 精霊を表す模様があしらわれた絨毯の上で跪くリーブラとクラリッサスの背中をまばらに座る出席者たちが暖かな目で見守っていた。

 今日この時をもって、二人は正式な夫婦となる。

 当人たちの希望もあったとは言え、元より縁者が少ない二人の式の出席者は少なく、ささやかなものだ。

 にも関わらず、出席者に大公や大手商会の代表がいることもあって会場や祭具は一級品なことには驚きが隠せないのだが……。


「大いなる精霊に代わり、司祭エドウィンが汝らの婚儀を見届け、その正当性を認める。立ちなさい。」


 ゆっくり立ち上がって出席者の方へ振り返った二人の笑顔を見て、パチパチと拍手が湧き上がる中、遂におんおん泣き出したアッシュに二人は堪らず溜め息を漏らした。

 ここにいるのはそれぞれ種類が違えど、ある程度の信用がおける者たちである。

 リーブラたちも多少の喧しくされたくらいで気にはしないし、出席者も同様だった。


「ウオォ、良かったなぁ! 良かったなぁっ……。」


「アッシュ様、お静かに……。」


「では、新郎の希望した記念の品を。」


 この世界には結婚指輪を贈る文化はないと知ったリーブラは、悩んだ末に指輪を予定通り贈ることにしたのだ。

 司祭の差し出した台座に嵌った指輪はどこまでも深い赤の愛晶石を使ったものだった。

 目を丸くしている内に左手を取られて、薬指に指輪を通されたクラリッサスは指輪をステンドグラスを通った光に翳して惚れ惚れと見つめた。


「気に入って貰えたかな?」


「ええ、ええ! とても嬉しい!」


「それは良かった。実は。」


「あっ、待って。私が嵌めます! もう、肝心なところで不粋なんだから……。」


 彼の手から指輪を取り上げた彼女は頬を緩ませて叱りながら、彼の左手を握った。

 意味は知らないのだろうが、お揃いにするためか自然と左の薬指に嵌めた彼女は満足そうに指輪を見詰める。

 ニマニマ笑っている妻の様子に苦笑いした彼は祭壇に安置された長杖を一瞥すると、妻の顎を上向かせて誓いの接吻をしてみせた。

 不意打ちに驚く彼女の瞳が見開かれていき、次の瞬間には別の驚きで瞳が真ん丸になった。


 祀られた杖から迸る四色の旭光が会場を満たしていく。

 その光がそれぞれ集約して魔力の塊となっといくに連れ、リーブラとクラリッサスを囲んでぼんやりと人の姿を取って見せた。

 かろうじてシルエットが分かる程度だが、確かに人と同じ形を取ったそれらは二人に恭順の意思を示すように、うやうやしく膝を折った。


『――――。――――。』

『―――――――、―――!』

『―――。』

『―――――?』


「ああ、ああ。分かった。一度に話しかけるな。」


『――――。』

『―――――。』


「お前らはクラリスについてやれ。二人は俺だ。」


 頭が痛そうに眉を顰めたリーブラは手をパタパタと振った。

 赤と茶の光がクラリッサスの指輪に嵌った愛晶石の中へ飛び込み、青と緑の光はリーブラの方へと入っていく。


「おお……今のが、精霊の!」


 司祭と大公が立ち上がろうと中腰で顔を輝かせていた。

 この世界の宗教は精霊を崇める聖霊教が最大手であり、四大精霊は希に姿を見せるものの、崇拝の対象である。

 そして、当然ながらその精霊とコンタクトを取って従える存在となれば、敬虔な教徒は黙っていない。

 そのための大公と、彼の友人である司祭だ。

 少々厄介な相手に借りを作ってしまったことは否めなかったが、リーブラとしては式を挙げて妻の晴れ姿が見れたことができて満足していた。

リーブラ所持金17520G

アッシュ所持金13330G

クラリス所持金55860G

パーティ所持金541170G

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