表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第一部
38/57

弐拾話 Shall we dance ?

「このように着飾って馬車に乗るのは久しぶりですね……。」


「俺も正装に腕を通すのは随分久しぶりだ。」


 薄暗い馬車の窓から外へ視線をやっていた二人は中央区のパーティ会場に送られているのだ。

 正装をゴルドーから借り受けると、そのまま馬車まで融通してくれると言った彼の好意に甘えた形になる。

 仕事と言えど、美しい正装やドレスで身を彩って華やかな舞踏会に出るとなれば、心が弾むのも無理はないだろう。

 さっきまで向かいに座ったまま脚をくすぐり合って年甲斐も無くキャッキャとはしゃいでいた二人は馬車の速度が落ちていくことを感じたため、ササッと佇まいを整えた。


「あら……?」


「ん?」


「気のせいでしょうか……。今の馬車は? もう見えませんね。」


「到着致しました。降りるご用意を。」


「ああ、分かった。」


 随分と豪奢な屋敷だ、と呟きを漏らしたリーブラに釣られたクラリッサスが外を見て瞠目すべきものを見つける。

 正面扉の屋根を支える柱にドラゴンの翼が描かれた紋章が付けられていたのだ。

 ドラゴンの頭が皇帝を表す帝国において、ドラゴンの翼をあしらった紋章は皇族の血が入った貴族にのみ許されるもの。

 あまりの驚愕に言葉もない彼女は不安に駆られてリーブラを見やるが、難しい顔をしていた彼は視線に気付いて表情を和らげた。

 この程度のことはどうということもない様子の夫を見た彼女の体から硬さが抜ける。


 御者が扉を開き、先に馬車から降りたリーブラにエスコートされて外に出たクラリッサスは、ちらりと周囲に目を配って警備に着く騎士の姿を観察した。

 鎧から何処の騎士団かまで特定することはできないが、騎士の数は彼女の経験からすると多いと思われた。

 最早、この舞踏会が商人や下級貴族の集まりでないことは疑うまでもない。


「招待状を。これがないと入れませんからね。」


「今日はよろしくお願いしますわ。」


 ゴルドー夫妻から招待状を受け取ったリーブラは遅れて馬車から降りてきた長男長女を確認した。

 母の赤毛と父の面差しを継いだ美貌の長男は早くも周囲の視線を集めている。

 長女の方は妙な雰囲気だった。彼女の周りだけ時間が止まっているかのような、独特な影と色気のある子女だ。


「では、行きましょうか。」


 扉の左右に控える使用人に招待状を見せ、敷居を跨いだ彼らに無数の視線が刺さるも、注目度が高いゴルドーがいたことでリーブラとクラリッサスはそれほど見られてはいない。

 さり気なくゴルドー一家と近からず遠からずの距離を取った二人はホールを見渡して建物の造りから参加者の顔ぶれまで素早く見渡していく。


 看破を用いて参加者を確認していたリーブラは一人の壁の花に目を止めた。

 柱の影になる場所で気配を殺していたその男についての情報が視界に浮かぶ瞬間、何らかの妨害を受けて情報が欠損したのだ。

 残った情報を読んだ彼は顔を歪めた。


「やけに毛色の違う奴がいると思えば……。あれが敵に回ったらヤバイ。万が一の時は逃げろ。」


「……それほどですか?」


「四ー六で不利だな。向こうの装備次第じゃ絶望的か。」


 堂々と実戦用の剣を提げた男も既にリーブラに気付き、片目だけ開いた青い瞳をじっとぶつけて来ていた。

 かなりレジストされてしまった看破で読み取った情報には名前や職業が残っている。

 名はギルフォード。


「(あれが《剣聖》……。)」


 事前に話を聞いて抱いた印象が全て消える。

 ブラックでさえ容易く斬って捨てることができる実力がある彼を倒すとしたら、常に魔法使いの距離で戦う他ないが、遠距離戦闘職は基本的に単独戦闘は向いていない。

 実際に戦闘になれば相性の問題で敗北必至だ。


「(それなりの距離から先制攻撃できれば倒せるとは思うがな……。)」


 ついっと視線を外したリーブラの警戒に値する人物は他におらず、彼は会場内の魔力を探って潜伏した敵がいないことを確かめてからゴルドーに合図を送る。

 取り敢えずの危険がないことを知らせるために事前に決めていた合図だ。

 後は順次入ってくる参加者と入れ替わりがある使用人をチェックしながら参加者を装っているだけでいい。

 魔力についての造詣が深まった彼は、既に障壁を張るだけであれば会場内の全てが充分に射程範囲内に収められるようになっていたからだ。


「少し体を暖めよう。踊って頂けますか?」


「喜んで。」


 使用人からワインを貰い、一口喉に通した二人はホールの中央へ向かっていった。

 幾らかの視線を引いて進み、暗黙の内にあるLODの端に近付いたところでクラリッサスが先行して振り返る。

 リーブラの上げた左手を取り、腰のコネクションが出来た瞬間に伝わる進行のリードに従った彼女の右足が下がった。

 予備歩からスローカウントに入るまでにホールドを完成させ、フェザーステップで流れに乗った二人は意外にもダンスの覚えがあったらしい。


「驚きました。踊れたんですね。」


「それはお互い様だよ。もっと丁寧にリードするつもりだったんだが。」


 方向転換のために一小節を使って反転した二人の立ち姿に近くで見ていた者から感嘆の声が上がった。

 燕尾を着て引き締まって見えるリーブラと、裾に向かって白から赤に染め上げたドレスを着たクラリッサスは派手さはないものの、スタイリッシュな美しさを放っている。

 シャッセで他のカップルの間を抜けた二人は空いたスペースに滑り込んではゆったりと拍を使い、心地良い熱に身を任せて広いLODを流れた。

 特別難しいフィガーを踏んでいるわけでもないが、注目を幾らか集めながら一周した二人はあっさりとフロアを去っていく。


「ワルツを一周したら後は流しましょう。」


「本気で踊るなら仕事外じゃないとな。気もそぞろじゃ燃え上がらん。」


 肩を竦めたリーブラを見てくすくすと笑ったクラリッサスが差し出されたワインを受け取ると、二人は果物が並ぶテーブルについて立食に切り替えた。

 まだ始まったばかりの時間では果物のテーブルに人は集まりにくい。

 彼らが関わりを疎んじる貴族の当主や何らかの高い地位にあるものはオードブルを摘みながら表面的な親交を深めていることだろう。

 後はそれでも寄ってくる“社交”目的の若年世代をあしらってさえいれば何事もなく時間は過ぎていく。


「失礼? 少しお話、いいかしら?」


「ええ、勿論構いませんとも。」


 早速新たな刺激に食いついた連中に二人は余裕たっぷりに笑ってみせた。

 まだまだ人生を知らぬ若者など、魔物や邪神もどきを知る二人の相手ではないのだから。











「(ん……?)」


 何人目かの貴族令嬢相手にワルツを踊っていたリーブラの視界の隅に置かれていたゴルドーが使用人と耳打ちしていることを確認し、彼はフィガーを調整しながら観察し始めた。

 切迫した様子ではなく、何かゴルドーが伝えられているようだと判断した彼は一先ず流れのままに踊る。

 しかし、少し前に会場から出て行った剣聖の所在が掴めなくなったこともあり、リーブラの警戒レベルは確かに上げられた。


「何をぼんやり考えてらっしゃるの?」


「これは失礼。貴女の髪があまりに美しいものですから、つい見惚れてしまいました。」


「まぁ! いけない人!」


 口から出任せに無邪気に喜ぶ何処ぞの令嬢の得意気な流し目に曖昧な笑みを返した彼は、ウィーブからシャッセをした流れでLODを外れてダンスをおえた。

 互いにお礼を言って別れる前、意味有りげに手を握られて冷や汗を流しそうになるも、笑顔で見送った彼は遅れて帰ってきたクラリッサスと合流する。

 彼女もゴルドーの動向には気付いたらしい。


「どう思っ……ああ、何かあったようですね。」


 今まで特に関わりない素振りをしていたゴルドーが彼らのところに歩いてきていた。

 笑顔の彼に違う意味での警戒を抱いたリーブラはいっそフロアに戻って踊り続けてやろうかとも思ったが、ぐっと堪えて雇い主の方へ歩いていく。


「どうしましたか、ゴルドー殿? 今のところは不審なこともありませんが。」


「少しここを離れますので、護衛をお願いします。」


「ご家族はどうなされるのですか?」


「息子は共に行きます。妻と娘はクラリッサスさんにお願いしたいのですが、構いませんか?」


 顔を見合わせたクラリッサスに頷いて返されたことでふんぎりをつけた彼は最後に一度会場を見渡して安全を確かめる。

 クラリッサスの肩をポンと叩いて後を任せる意を伝えると、ゴルドーの後に続いてリーブラも屋敷の奥に続く扉の向こうへ姿を消した。

 少し詰まらなそうな顔で見送ったクラリッサスも、くるりと身を翻してゴルドーの妻と娘の元へ歩き出す。


 当然ながら人気がない廊下をゴルドーとその息子の背を見ながら歩く内に嫌な予感がしてきたリーブラは、後悔しながらこの先に待ち受けるだろう厄介事の対策を考えていた。

 こういう場合は十中八九誰かに引き合わされるだろうと――……先に言うと実際その通りである――予想した彼は、相手がどこの誰なのかを危惧していた。

 まず、理由がない上に可能性も低いが、お見合い話の場合が一番楽だ。頑なに断ればいい。

 次に楽なのが彼の所属する商会の更に上の人間だろう。損得を計って交渉すればいい。

 そして、何より最悪な相手が貴族。

 考えうる限り、知り合っても全くリーブラにメリットがない上に、齎される厄介事は特上のもので間違いない。


「(ああ、最悪だ。騎士がいやがる……。帰りてぇ。)」


「ワーグナー商会代表のゴルドーです。」


「どうぞ。」


 死んだ魚のような顔をしたリーブラは通された部屋に入ると、中にいた人間を看破も使わずのろのろと一人一人確認していった。

 パッと見でまず目に付いた男が《剣聖》ギルフォードだ。

 妙なタイミングに姿を消したわけはこういうことかと理解したリーブラはこれで迂闊な動きはできなくなったことで半ば投げやりな思考に傾いていく。

 次に目に付くのが鎧も着て完全武装した壮年の騎士だ。

 分かり易い騎士団長から視線を移し、ソファに座った壮年の男二人を見たリーブラを、ゴルドーはしれっと座るように促した。

 最早隠す気もないらしい。


「突然のことで驚いていることと思うが、まずは自己紹介をさせて貰おう。


 私はクラウス・エードライ・ランドルフ・オーギュヌス・バードフ・デューク・フォン・ホーエンツォレルン・ウント・ロートリンゲン・ツー・ドクベンツ・ウント・ツー・メイヤーラッセンだ。


 皇帝の従兄弟にあたる大公だ。」


「………………………明日は何して遊ぼうかなぁー……………。」


「こらこら、帰ってきたまえ。」






 波乱の幕開けの時。

 魔法使いは白目を剥いて魂を吐きそうな気持ちで不幸を嘆く。





 第 二 幕 へ 続 く  

リーブラ所持金34060G

アッシュ所持金18510G

クラリス所持金36230G

パーティ所持金484319G

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ