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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第一部
37/57

拾玖話 膝枕っていいよね

 エルフとの騒動があってから早一ヶ月。

 時の流れとは恐ろしいものであり、追う側も追われる側もいつの間にか慣れてしまい、 今では目視可能な距離でつけ回されるようになってしまっていた。

 リーブラに至っては研究のために上手く利用し始めてしまい、最近でリーブラたちを慄かせたことと言えば、夕食時に窓に張り付いて覗いていたことくらいだろうか。

 時折来訪に来ていた他のエルフも毎度門前払いを食らって諦めたのか、数回外で襲撃して撃退されてからは専らストーキングのお供に徹しているようだった。


 一方で、リーブラたちは秘境の探索で未発見の部屋を幾つか見付けたことなどで、全員揃ってCランクへの昇格を果たすことが出来ていた。

 クラリッサスは晴れて魔導師のひよこになり、障壁を二枚まで展開できるようになるなど、後衛として着実に成長している。

 スキルの鍛錬に力を注いでいたアッシュはここのところ急激に伸びた能力を持て余しているようで、よく一人で訓練をする姿が見られた。

 最近現れた家事を手伝うゴーレムはノノの作品のらしく、人間とは違う独特の感性が生み出すゴーレムは一行の間で一種の名物としてちやほやされた。


「記録開始。第二十四次転送実験を始める。移動する物体を座標指定した転送についての最終実験であり、ゴーレムを用いた実験への移行をするか否かの試験である。」


「発動!」


「発動時の魔力は発光強度、発光の色ともに通常のものである。魔法陣は正確に対象を追尾。精査終了と共に鎧の転送を確認。順調に見える。」


 最も変化が分かりにくいのはリーブラとブラックだった。

 帰る方法を探っている二人は本人たちの能力的成長はないからだ。

 魔法の研究を共同で開始した彼らは妙に慣れた様子で仮説立てや立証、実験による実証を繰り返し、道具が足りなければブラックが作り、必要な術式があればリーブラが工面し、着々と進めていた。

 一日に何度も実験を行うことはザラで、一ヶ月の間に物体の転送については深く理解しつつある。

 それには件のエルフから得た魔法陣の知識も大分貢献したりしているのだが、興味はないのか鼻血を滴らせる彼女はリーブラを見詰めてぶつぶつと独り言を言っていた。


「転送終了。一見して分かる異常はなし。」


 魔法の鎖に繋いだ木製の人型を高速で振り回し、それに鎧を転送して装備させるという実験は終わりを迎えた。

 一通り確認して、人型と鎧の融合や反発による破損が起きていないことを検めた二人はグッと拳を握る。

 基礎理論の実証ができたのだ。


「次は実用実験だな。ゴーレムで成功したら人への転用はそう時間かからないはずだ。」


「全身同時の転送で反発がないとも限らないから、今度一応やってみようか。」


 鎧を脱がせた人型を玄関脇に転がすと、二人は靴の泥を落として屋敷に戻った。

 向かいの家の影から飛んでくる視線を受け流し、居間に向かうリーブラは一瞬客間に注意を向けたが、直ぐにブラックの背中を追う。

 客間ではクラリッサスがゴルドーから依頼について話を聞いているはずだ。

 ブラックが装備の調整まで終えて余ったワイヴァーンの素材を売り払った際に軽く聞かされていたものについて、今日は細かい部分まで詰めた話をもってきたらしい。

 交渉事ではないため、今は彼女とノノに任せているのだ。


 客間を通り過ぎて居間に入った二人はソファに体を沈め、徹夜明けの重たい瞼を閉じて休息に入った。

 先が見えない研究を続けるというのも辛いものである。


「槍の方はどんな感じだ……?」


「良い柄ができたよ。次は穂先だなぁ……石突も刃にして…………それで…………。」


 間もなく眠りに落ちた彼らは暖炉に火をつけ忘れ、危うく風邪を引くところだったが、様子を見に来たリコッテに助けられていた。











「ん、うぅん?」


「目が覚めましたか?」


 まだ瞼に不快感が残るも、何とか視界を開いたリーブラは穏やかに笑む妻の頬に手を触れた。

 少し冷たくてふにふにと窪む肌の感触に虜となった彼はしきりに指で啄く。

 そんな寝惚け眼の夫を膝枕するクラリッサスは手櫛で前髪をよけて彼の顔を良く見えるようにすると、お返しのつもりで頬をつまんだ。


 他愛のないスキンシップをする二人の隣にニコニコ笑って控えていたリコッテも触発されたのか、角に引っ掛かるように寝ているノノをまさぐった。

 手触りのいい腹を揉む彼女は主人の頬もこんな柔らかくて気持ちいいのだろうか、と思案する。


「もう……くすぐったいですよ。」


「ぁー……いま、なんじ?」


「さっき日が落ちたばかりです。まだ寝るならベッドに行きましょう?」


「このままがいいー……。」


「あら、我が儘ですよ、リーブラ。」


 お腹にすり寄るリーブラを叱るも、デレデレの顔では今一つ迫力に欠ける。

 夫の頭を抱いて撫でるクラリッサスは満たされた気持ちに浸りながら、今の自分と昔の自分の差に感慨深いものを感じていた。

 さして良い暮らしをしているわけではなく、社会的地位に至ってはかなり悪い方で、昔の彼女なら怒り狂っているに違いないのだが、今は信じられないほど完璧な生活だと断言できる。

 根本的に貴族社会がよほど肌に合わない質だったのだろう。


「明日起きれなくなってしまいますよ? 夕食も依頼の話もまだしてません。」


「じゃあ、おこして。」


 動くつもりはないと言うかのように腕を投げ出したリーブラは早くも瞼を閉じて夢の世界へ飛び立とうとしていた。

 困って眉尻を下げた彼女はチラリと周囲を伺って視線を確かめる。

 リコッテはノノと戯れ、ブラックは熟睡している。

 姿の見えないアッシュは外で訓練している最中で、ライカも夕食を作っているためいない。

 顔にかからないよう髪を押さえたクラリッサスは腰を屈めてキスを落とした。

 吸うように夫の唇を奪った彼女はまだまだ慣れないのか、頬を紅潮させていて、唇を離すと震える声で囁きかける。


「起きた……?」


「……もう一回してくれたら目が覚めそう。」


「仕方ないですね……ん……起きて?。」


 柔らかな声音に急かされたリーブラは身体を起こして固まった筋肉を伸ばしながら、静かな居間を見渡した。

 斜向かいのソファではブラックが熟睡しているが、今日は泊まっていくことになるだろう。

 アッシュとライカは見当たらない。


 淑やかに座っていたクラリッサスは、見詰めあったまま睡眠の余韻を楽しんでいる夫の頭を撫でて嬉しそうに笑った。

 母性本能をくすぐる彼を愛でる彼女はむくむくと顔を出した独占欲のままに抱き着くと、力の限り捕まえて胸一杯匂いを嗅ぐ。


「このまま話してもいいですか?」


「いいよ。クラリスのしたいようにして。」


 首の匂いを堪能する彼女はゴルドーの依頼について説明を始めた。

 要件は二日後に開催される舞踏会でゴルドー家の人間を護衛することで、報酬は五万で何かあった際は働きに応じた追加料金が払われる。

 護衛の対象はゴルドー夫妻と長男長女の四人。

 大手商会の取締役という地位にいると狙われることも少なくないらしい。

 特別な注文として、武装して入場できないことと、はっきり護衛と分からないことが望ましいそうだ。


「できれば、私とあなたの二人を友人の夫婦として連れて行きたいそうです。」


「アッシュは目立つからなぁ……。ところで、その舞踏会ってのはどういう集まりなんだ?」


「さぁ? 彼は参加者同士が親交を深めるありふれた会と言っていましたけど。」


「何か裏があるような無いような。まぁ、いいか……。」

リーブラ所持金34060G

アッシュ所持金18510G

クラリス所持金36230G

パーティ所持金487119G

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