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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第一部
36/57

拾捌話 メイドですから

 ドタバタと帰って来たリーブラたちは厳重に戸締りを確認し、窓という窓を布で遮ってしまうと、憔悴した様子で暖炉の前に肩を並べて座り込んだ。

 どこか遠い場所に視線を据える三人と一匹は重い溜め息を吐いて項垂れる。

 精神的疲労をどっと溜め込んだ彼らは会話をする力もないのか、寒波を忍ぶ獣のように長い間身を寄せ合った。


「御主人様方はどうしたのでしょうかっ!?」


「……今、貴女がすべきことはとびきり良い香りの紅茶を淹れて差し上げること。案ずるより差し延べよ、です。」


 しょんぼりした背中を見詰めたままそう急かすライカの言葉通りに、リコッテは紅茶を用意しに出て行った。

 ヘッドドレスの位置を少し直した彼女は膝掛けを戸棚から出すと、汚れが無いか確かめてから主人たちの肩に掛けていく。

 炎の熱が伝わらない背中側は冷えやすい。

 女性に多い冷え性で身体が冷えやすいクラリッサスの肩を摩って暖めているライカの耳がパタパタと動く。


「…………何か聞こえるのか?」


「いえ、動かしただけです。」


 目敏く見付けたリーブラが警戒心を全開に尋ねるが、ライカは少し驚いたように返答した。

 どうやら余程の厄介事になっているらしい、と彼女はそう考えつつ緊張したクラリッサスの体をマッサージしていく。

 途中、ノノが胸の谷間から這い出てきてきた時は流石のライカも思わず豊満な胸に恨みがましい視線をぶつけてしまったりしたが……。

 リコッテが紅茶を持ってくるまでには幾らか重苦しい空気が和らいでいた。


「紅茶が入りましたよっ! スノードロップのFBOPを濃く淹れましたから、ミルクティーがお勧めですっ!!」


「ありがとう、リコッテ。」


「……FBOPとは何だ、リーブラ。」


「茶葉の等級。まぁ、気にせず飲めよ。」


 スノードロップは非常に特殊な茶葉の一つであり、濃厚な味と見た目が醍醐味の高級茶だ。

 ミルクを注ぐと、何故か混ざらずに小さな雫となって紅茶の中で雪のように浮かぶことからそう呼ばれている。

 ウルスラ帝国のとある侯爵家が領地で生産している特産品だ。

 皇帝のお墨付きと言うこともあってかなり大規模な生産体制で行っているため、それなりに値は張っても数が市場にある。


「ノノ様にはこちらを。」


「ありがとう。頂くわねぇ。」


 大きめのココットから暖かいミルクを飲むノノを見届けたライカは一歩下がった場所に戻った。

 暖かいミルクティーを口にして顔に生気が戻りつつある主人たちの姿を見ると、密かに達成感を獲得した彼女の尻尾がパタパタと控え目に揺れる。


「ふぅ……。生きた心地がしなかったな。」


「あんなものがこの世にいるとは夢にも思わなんだ。言ってはあれだが、今まで見た中で最も悍ましい存在だった。」


「たまにいるのよねぇ……。処女拗らせて魔物に堕ちちゃうダメ女って。」


 恐らく数百年ものの発酵した欲望が彼らを圧倒するほど陰鬱で邪まなオーラとなっているに違いない。

 歪んだ空間に取り巻かれたあの姿を思い出した彼らの背中がブルリと震えた。


 温もりを求めて寄りかかったクラリッサスを受け止めたリーブラは眉間を揉む。

 彼なりに様々なパターンを考えていたつもりだったが、会話も戦闘も成り立たなさそうな相手が現れることになるとは想定外もいいところである。

 どう対応するか、と考えて相手の顔を思い浮かべた瞬間にげんなりと表情を歪めた。

 断っても聞き入れるような様子ではなく、よしんば受け入れたとしても正気を取り戻す保証は全くないどころか、全ての日常が非日常になってしまいそうだ。

 毎日がエブリデイ。


「どうしたらいいのか全く考えつかない。どうにか拒否する方向で事を納める方法はないか?」


「面と向かって拒否するのは勧めらんないわねぇ……。無かったことにして距離を置くのがオヌヌメかしらぁ。」


「紅茶のお代わりは如何ですかっ?」


「ああ、貰うよ。ずっと見られて生活しろってのかい……。」


「まぁ、危害を加えては来ないでしょうしぃ? 気にしなければ問題ないわよぅ。それに、もしかしたら夫婦生活を見て諦めたり、他の男を見付けたりするかも知れないじゃなぁい?」


 要は諦めて時間が解決するのを待つ作戦だ。

 リスクだけは普通に背負う方法だが、相対して心が折れたリーブラたちにはこれ以上なく魅力的な提案なことには違いない。

 そこはかとなく妥協したそうな空気が彼らの間に漂い始め、沈黙が生まれる。


「(いざとなったら力尽くでどうにかすればいいしな、うん……。)」


「(子供はもっと新婚生活楽しんでからでも遅くないわよね……。)」


「(番が二人でも少ないのだから、もし駄目ならリーブラに……。)」


「(まぁ、私には関係ないから貴女の健闘を精々祈るわねぇ……。)」


 誰一人として真正面から向き合おうとはしていなかった。

 流石は冒険者と云うべきか、誠実さの欠片もない。


「まぁ、振り回され過ぎるのもアレだし、今日のとこは。」


 カランカラーン、と来客を報せる鐘の音が響く。

 凍りつく三人と一匹。

 そんな主人たちの不審な挙動から来客が招かれざる者だと気付いたライカは音もなく退出し、無表情な顔をやや冷ややかに装って玄関へ向かった。

 暗い廊下を蝋燭で照らして歩き、扉の前に立った彼女は覗き穴から来客を確かめる。


「(エルフですか……。)」


 昨晩の話に出てきたエルフの一味だと分かった彼女は蝋燭を高めに掲げ、少しだけ扉を開いた。

 吹き込む冷気に目を細めながら雪を被ったエルフを隙間から見る。

 極端に失礼な対応をして帰らせようという腹だ。


「どちら様でしょうか?」


「翠晶宮の氏族ケレステルに名を連ねるイルホーンと言います。リーブラ殿にお取次ぎ願いたい。」


「旦那様は既にお休みになられました。日を改めてお越しください。」


「ちょ。」


 ちゃっかり鐘を回収したライカによって無情にも閉ざされた扉がノックされるが鍵と閂をされてしまえば開くことはできない。

 扉の隙間から覗いていたリーブラたちに渾身のドヤ顔を見せた彼女は玄関脇に鐘を置いて居間に戻っていく。

 なお、改めて来た日にリーブラたちが暇である予定はない。

リーブラ所持金140G

アッシュ所持金510G

クラリス所持金16230G

パーティ所持金4857119G

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