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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第一部
35/57

拾漆話 せんせー、あいつら朝までちゅっちゅしてましたー!

「目標、距離変わらず後方から追尾。」


「作戦地点を視認。魔物が一体。種別は《ラフリーズ》。」


「問題ない。当初の作戦通り行動する。離れるなよ、クラリス。」


 氷の柱が立ち並ぶ山の麓を繋いだ手に引かれて歩くクラリッサスの細めた目に巨大な花が映る。

 魔物から感じる圧からそれほどの敵じゃないと判断した彼女は胸元から顔を出すノノを抱き直した。

 ザクザクと雪を踏み固める音で気付かれたのか、ラフリーズは氷の花弁が特徴的な花を三人に向けると、鋭利な氷の弾丸を射出した。


「任せろ。」


 拳を握ったアッシュを制したリーブラが射線上に躍り出た。

 彼の手にした“槍”が朱の軌跡を引いて弾丸を迎え撃ち、下腹を掬うように突き上げる。

 煌びやかな光を放って砕け散った氷は三人の頭上を越えて雪原に次々と降り注いだ。


「クラリス。五つ数えたら俺に支援魔術を使うフリをしろ。」


「ええ。五、四、三、二、一!!」


『ブラスト……フュリオス……』


 クラリッサスが魔道書を掲げると同時に敏捷と筋力を強化する高位支援魔術の光をリーブラが発すると、彼はラフリーズに襲い掛かった。

 幾らかの近接職用戦闘スキルを獲得した彼の動きは並みの近接職の中ならば凌駕するレベルにある。

 雪の上をジグザグに氷弾を躱して接近し、左から大きく一文字斬り。

 遠心力を利用して加速させた石突が反転した彼の脇から飛び出す。

 花を強く打ち上げられたラフリーズの氷弾はあらぬ方向へ消えていき、バックステップで背後を盗ったリーブラは獰猛な笑みを浮かべて槍を引いた。


「その命、貰い受けた!」

『クリーヴィング・ディライダー』


 繰り出される刺突が赤色の閃光となってラフリーズを穿ち、削り落としていく。

 太い幹は無数の風穴が空いて軋み、二本の蔓は使う間もなく細切れになっていった。

 一方的な蹂躙を受けたラフリーズは紫の樹液を吹き散らして絶命した。


「昔取った杵柄ってな。腕は鈍ってなくて安心したぜ。」


 ヒュンヒュンと左右に振って血を振るい落とした彼はフードを被り直した。

 今の彼は槍使いの冒険者。

 いつもの魔法使い装備の帽子とマントはクラリッサスに貸与し、彼は帝都を出る前にブラック宅から徴用してきた蒼銀製の装備を付けている。

 槍も《マスター・スミス》お手製の逸品。

 今槍を振っている間にも過去修得したことのあるスキルが増え、近接戦闘にも適応しつつあった。


「(剣と魔法の世界系なら槍が本職だしな。器用貧乏になる感も否めないが、いっそ仕事はこっちで通すのもありか?)」


 最近はクラリッサスも火と土の属性魔術と回復魔術は高位のものを扱えるようになり、他の魔術も大半が中位魔術まで修得していることもあって、一人の戦力としてカウントしているのだ。

 バランスを鑑みても、リーブラが中距離で遠近両方の火力を担当したいところである。


 遅れて歩いてきた二人と合流し、三人はラフリーズの死骸を調べる体を装ってしゃがみ込んだ。

 顔をできるだけ近付けて小さな声で話す。

 クラリッサスは風属性中位魔術クラスの術式を詠唱し、リーブラも凄まじい詠唱速度で支援魔法をストックし始めた。

 野生の勘で追っ手の位置を測るアッシュは、勘などと云う曖昧なものでありながら、かなり正確な位置を掴んでいた。


「よし。一瞬でやるぞ。」


「はい。」


「雨のように呪いを浴びせてやるわよぉ。」


「問題ない。」


『ホイールウィンドッ!』


 アイコンタクトを受けてクラリッサスが完成させた魔術は三人を中心に渦と化して雪を巻き上げ、白銀のベールでその姿を完全に覆い隠してしまった。

 追跡者は当然視界を封じられ、魔力なりで探査を始めるはずだが、魔力の風はその精度を著しく損なわせる。

 遠視の力で監視していた追っ手はこの時点で罠にかかったも同然であった。


 追っ手の“横合い”から猛スピードで接近する彼らはあまりに上手くいき過ぎて、逆に罠にかけられている不安さえ頭を掠める。

 しかし、身を潜めて彼らがいた方を見ている影を見て、作戦は成功と判断したアッシュは最後尾の一人に狙いを定めた。


「動くな!!」


「げふッ……!?」


 防ぐ間もなく硬い肉球で叩き伏せられて雪中に沈んだ一人の首に穂先を突きつけたリーブラは無言で睨め回した。

 今捕らえた間抜けを除いて五人。

 いずれも長い耳が特徴的な人型だ。


「全員エルフか。らしいっちゃらしいが、弓ばっかとはな。パッパラパーの変態どもめ。」


「ハニー! むむむむむか迎えに来て、来てくれたのね!? わたっ、わわたゃしあのあの、は、恥ずかしくて、そのあのえっと、見てるばかっ、ばかりで……鼻血出てきちゃった、へへ。」


「おい、それ以上こっち来んな。仲間がデュラハンになるぞ。」


「こここっこ興奮しちゃっ、ひへ。ごめんなさい。よく鼻血がね? 出ちゃって。ごめんなさい。かか髪っ、髪型とか、な何か適当で恥ずか。ハニーは、また鼻血、ハニーはどんな髪がすっすすすすす好きですか。ひぇ、聞いちゃった! 聞いちゃった!」


「止まれ! こっち来んなっつって……止まれ、クソアマ!! 止まらんかぁああ!!」


 この世界に来て、リーブラは初めて心の底から怯えていた。

 他のエルフに羽交い締めにされた“それ”は鼻から下を血でヌルヌルにさせてジタバタと四肢を振り回している。

 煤けた金の髪は伸ばしっ放題で影を作り、目元にはドス黒い隈、血走った瞳で穴が空きそうなほど彼を凝視しながら唇の端を歪めて笑っている“それ”は決して元が不細工な造りではない。

 否、元はかなり美しいはずだが、それ故不気味だった。


 生存本能が鐘を叩き壊す勢いで警鐘を鳴らし、今すぐ最高位魔法で攻撃するかどうかの瀬戸際まで彼は追い詰められていた。


「邪神でも連れてきたのかよ、貴様ら……。」


「あばばばばば、リーブラ、逃げよう! あれはきっと頭抜けて危険だぞ!」


「――――――………。」


 クラリッサスに至っては魂が抜けてしまっていた。

 間断なくぶつぶつと何事か呟き続けているエルフらしき何かは抱擁をねだる赤子の如く両手を伸ばしている。

 事前に考えた作戦も糞もない。

 人質を盾に遠くへ去るよう通告するためにエルフのリーダーを見抜こうとするリーブラは彼らのおかしな様子に気付いた。

 一切の執着を捨て去ったような無の表情。

 間違いなく悟りを開いている。


 そんな四人のエルフ、自身を熱心に見詰めているではないか。


「何か決めに来てやがる!? 逃げるぞ! 俺たちは迂闊な一手を打っちまったんだ!」


「乗れ!!」


 形振り構わぬ一心不乱の逃走。

 彼らが味わう初めての完膚無き敗北は精神攻撃によるものであった。

リーブラ所持金140G

アッシュ所持金510G

クラリス所持金16230G

パーティ所持金4857119G


大晦日同時投稿

19時40分

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