拾陸話 浮気ダメ絶対
陽が完全に落ち、月と雪の光で仄かな青光が外から注がれる頃、五人と一匹で囲んだ食卓の空気は少し張りつめていた。
リーブラの口からここしばらく監視されていることと、明日の外出先で監視者を迎え撃つこと。
二つを語ったリーブラたち冒険者の纏うものが研ぎ澄まされる。
家を任されるライカも僅かに緊張した面持ちだ。
「明日はノノも含めた全員で監視者を叩き潰すつもりだ。家の守りがなくなるが、その辺についてはアッシュの話を聞いてから改めて検討する。」
「…………うむ。」
大皿に盛られた肉を食い千切っていたアッシュは口周りの血を舐めとると、一旦食事を止めた。
ぐるぐると喉を鳴らす彼はどこから話したものかと思案する。
彼なりに気を遣って内容を選ぼうと天井を見上げて、そのまま五分は時間が過ぎた。
全く考えが纏まらない。
「一から説明するとだな。」
「「「「(今の間は一体……?)」」」」
「我々、いや……リーブラを監視しているのはエルフの一団だ。」
「何故、エルフが? リーブラ個人を狙っているというのも今一分かりませんが。」
首を傾げたクラリッサスの問いに、アッシュは再び長い沈黙に入った。
チラリと盗み見たリーブラは話が耳に入りさえすればいいと云った様子で黙々と食事を続けている。
自身が狙われていようと全て返り討ちにすればいいと思っているのだ。
彼が考えているのはどうやって目立たず相手を排除するか、というただ一点に尽きた。
まさか結婚したてで早くも邪魔者が入るとは夢にも思っていまい、とアッシュは複雑な心境だった。
しかし、ここまで来て黙ってもいられない。
「エルフどもがいつリーブラに狙いを付けたか、などということは私も分からん。だが、目的は間違いなくリーブラの血だ。」
「血を? 能力の高い彼の血を触媒にでも使うつもりでしょうか……?」
「ん、そうではなくてな……。血というのはアレだ。血筋のことだ。」
さも何でもないことかのように言った――――……全く上手くいってないが――アッシュの言葉を聞いた瞬間、そこはかとない気まずさが食卓に漂った。
リコッテだけが不変の笑みで野菜を食み続ける。
「…………私だって貴族の娘ですから妾には理解があるつもりです……。でも、でも、結婚して二日でこんなの、あんまりじゃないですか、リーブラッ……。」
「待て待て待て待て!!!! 誤解だ!! 俺だって寝耳に水でっ……。エルフなんぞと関わった覚えもない!! アッシュてめぇ!!!!」
「わ、わんわん。」
「いい度胸だな!! 剥製にしてや……あぁぁ、泣くな、クラリス。俺が愛してるのはお前だけだ。な?」
怒声と猫撫で声であちこちに話すリーブラと啜り泣くクラリッサス、鳴き真似で逃げようとするアッシュで食堂が騒がしくなる。
料理を持って退避したノノと使用人二人は苦笑いや溜め息だったりと、それぞれな反応を見せた。
ここの所は大人しかったものの、これが彼らのごく日常的な風景の一つ。
しばらくギャアギャアと騒いで気が済んでしまえば、機嫌は良くなかろうと話を先に進め始めることが分かっているため、ノノも我関せずで食事を続けている。
「えぇい! 関係ないったらない!! 明日誘き出したら全員叩きのめして二度と近付けなくしてやる。いいな?」
「いや、それは……。」
「いいですね。人様の新婚生活を覗いたらどうなるか懇切丁寧に骨の髄まで刻み込んであげましょう。」
「えー……。」
竜すら怯む険相と王も傅く冷笑に挟まれたアッシュの毛並みがボソボソになっていく。
協力しなければ何をされるか分かったものではない。
「話して貰うぞ。お前の知っていることを、何もかも。」
「アッシュ?」
「勿論話すとも。仲間のためだ。あー、何から話すか。とは言うものの、私の知ってることなどさして多くはないのだがな。そうだな。エルフは魔術と共に生きる種族で、大概はエルフ同士で血族を存続させる。しかし、稀に他の種族から極めて優秀な魔術師を見出すと、奴らはその才を欲して伴侶に迎え入れることがあるのだ。
そういったことになると、奴らは手段を選ばぬのだ。真っ向から婚姻を迫れば大抵はすぐ片が付く。エルフは美男美女揃いだからな。が、一度それを無碍にされれば色仕掛け、誘拐、脅迫、強姦……本当に何でもありだ。森の民からは“妄執の種族”などと呼ばれるくらいにな。恐らくはリーブラに対してもその準備といったところだろう。」
「搦め手だろうと何であろうと、俺に勝てると本気で考えてると思うか?」
「そこについては何とも言えんな。だが、目を付けたと云うことはお前の力を多少なりとも知っているはずだ。真正面からは来ないだろう……きっと。正直痛めつけた程度で引くような連中ではないと思うぞ。むしろ、力を見せ付ければそれだけお前を欲しがるはずだ。」
「いっそ殺すか。」
「エルフと戦争でもする気か。万が一氏族宗家の者がいたら一族総出で攻めてくるぞ。」
全体数が少ないとはいえ、それは人族に比べた場合の話だ。
魔道に優れたエルフが百人千人で攻撃してくるならば、国が迎撃しても甚大な被害を被ることは間違いない。
本気の悪感情を煽ってしまうのは悪手と分かったのか、ぷくっと頬を膨らませたリーブラは椅子の背に体を預けて溜息を吐いた。
普段ならここで上手くことを収める方法をリーブラなりクラリッサスなりが出すものだが、生憎と二人とも頭に血が昇ってまともに考えられる状態ではない。
「もうやめだ。臨機応変に個々の判断を重視した戦術を組み替えて対応していけばいい。」
「それ行き当たりばった。」
「 あ゛ ぁ゛ ん ? 」
「何でもないでーす。」
静かな威圧感を放つ食事は以後口数少ないまま過ぎていった。
そうしている間にも彼らに纏わりつく視線の主がどう動くのか。
蒼然とした夜空のように見えない事の次第を思った五人と一匹は暖炉の炎へ視線を注いだ。
火の揺らめきは緩やかに精神を鎮めていく。
「お、起きてますか?」
「ああ、どうかしたか?」
「その、今日から一緒に寝ましょう。夫婦はそうするのが普通だと思います。」
枕を抱えて静々と部屋に入ってきたクラリッサスはしきりに髪を撫で付ける。
緊張していることがこうもあからさまに見て取れると、それは相手にも伝染していくもので、リーブラもぎくしゃくしながら動いて隣を空けた。
暖まった毛布の中に冷気と人の温もりが入ってくる。
馬車や野営の雑魚寝と違って、閉じた空間に二人きりで床を共にするのは初めてだ。
首まで真っ赤になってベッドの上で向き合った二人は月に照らされたまま、長い時間をそうして過ごした。
「あああああのっ……てってて、手を……手を握ってもいいですか?」
「勿論良いけど。……これでいいか? 手冷たいな。」
彼が肩を抱いて確かめると、手だけでなく体全体が冷えてしまっていることが分かった。
部屋の前で長い間勇気を振り絞っていたのだろう。
少し震えてすらいる彼女を抱き寄せた彼は体温を分かち合いながら、早く暖まるようにと背中を摩った。
「寝ている間は私がそうしていたのに、逆転してしまいましたね。」
「そうなのか?」
「ええ。んー……懐かしいあなたの匂い。」
頬をすり寄せて甘えてくる彼女の髪にキスをすると、絡めてきた脚を受け入れてしっかり抱きしめた。
もぞもぞと上に動いた彼女は目の前に来た彼の首に唇をつけると、強く啄んで紅い痕を付けていく。
消えないように何度も吸い付き、濃いキスマークを四つつけた彼女は蕩けるような笑みを彼に見せ付けた。
「あなたは私のです。例え百人の妾を作ろうと、あなたの身も心も絶対に譲りません。」
「妾なんか要らないよ。」
「んっ、んんぅ……んむ……。」
二人は初めて互いの唇の柔らかさと熱を知った。
接吻は甘く、二人を容易く虜にする。
「……慣れてませんか、あなた。」
「いやまぁ、初めてじゃないけど、慣れてるってほどでも。」
「いいですけど……。その……こ、この先もしたいのですよね。当たってる……。」
「いやー、したいのは山々ではあるが……今もほら、見られてるから。ちゃんと片付けて互いに落ち着いたら、な?」
「…………そうですね。今日のところはキスだけで良しにします。」
リーブラ所持金140G
アッシュ所持金510G
クラリス所持金16230G
パーティ所持金4857119G




