拾弐話 買い物デート
思わぬ再会を果たしたリーブラと一行はブラックを加え、北区の商店街に来ていた。
旅明けで食料や日用品がないことを相談していたリーブラたちを大喜びでワーグナー商会傘下の店へゴルドーが案内したのである。
比較的に危険で人気がないといっても皇帝の城がある中央区に近くなれば他とさしたる変わりはなくなるらしい。
日々の買い出しが面倒になることを憂慮していたリーブラとしては朗報だった。
ゴルドーにしてやられた感も否めなかったが、それ以上に一発で顔を覚えられ、融通の利く買い物ができるというメリットも決して小さいものではない。
とても親切なことに、必要物資を商会側が揃えてくれるということで自由に動き始めたリーブラたちは見事にバラけた。
ノノは普通の猫を装って女性の店員から何か引き出そうとし始め、アッシュは自分の取り分を数えて真剣に考え込んでいる。
一方でブラックは慣れている様子で馬車から出ようとはせず、リーブラとクラリッサスは二人で商店街を見て回っていた。
「(しっかし、本気で結婚するつもりなんだなぁ。その相手を異世界で見つけるってとこがあいつらしいんだけどさ。)」
見た目が本来とはまるで違っていても長い付き合いとは不思議なもので、ブラックはリーブラの表情一つ一つから気持ちが何となく感じ取れた。
彼が今真剣にクラリッサスという女性に対して向き合おうとしていること。
強い決意と不安、気分任せに生きている彼が滅多に見せることのない顔。
「(何でもいいけど、僕も彼女欲しいなぁ。)」
「あ、見て下さい、このランプ。こうして見ると市井に出回っている品々もそれぞれ違って趣があるものですね。」
「そうだな。王宮やらにある煌びやかなものはそりゃ美しいけど、こういうシンプルなデザインもまた別な良さがあって俺は好きだ。」
「私もです。実直で飾りのない方が素敵。」
ガラスの枠である鉄の造形で鳥を象っただけのランプを手にしたクラリッサスは以前と打って変わってたおやかだ。
いつも纏っていた張り詰めた空気は既になく、彼女の姿は緩やかに流れる午後の時間を想わせる。
良く笑うようになったからか、気にしていた目も鋭さをなくして優しげになった。
気分が体調を変化させるように、心の在り様が容姿にも滲みつつあるのだろう。
「それ、気に入ったなら買うか?」
「何ですか、その手。もしかして、買ってくれるんですか?」
「まぁな。」
機嫌が上向いた彼女は腕を絡ませると鼻歌を唄い始めた。
三拍子のゆったりとした曲を聞きながら、ランプを購入して店を出たリーブラは服飾店へ入っていく。
王国とは気候がまるで違うため、帝国に合った服も用意しなければいけない。
握った彼女の手がひんやりとしていたことで思い至った彼は店内を見渡して外套の類が並ぶ所へ向かった。
「色々ありますね。王国のものとはまた作りが違うというか……。」
「貫頭衣? 中が羊毛で、外が……何じゃこりゃ?」
「石樹の繊維ですよ。完全に水分を弾くので豪雪地域や雨季の長い地域では重宝されてます。」
非常に滑らかな肌触りだが、染料も受け付けないために織り方やボタンなどの小物で違いを出しているのだと聞いた彼は何着か見比べて、少し細かい格子模様のものをクラリッサスに渡した。
襟の部分に橙色のリボンがワンポイントで付けてある一着だ。
リボンを付け替えることもできるため、少しはお洒落に対応できるだろうとも考えてのチョイスである。
一時キョトンとした彼女はこれもプレゼントなのだと察すると少し頬を赤くして服を当てて見せた。
ちょうど膝の上辺りの丈で、袖は少し長いものの、外套ならばそれも問題ではない。
「……うん、いいと思う。」
「じゃあ、これにします。」
顔を突き合わせたまま微笑む二人に微妙な間が生まれ、そそくさと服選びに戻った彼らは妙に外れた調子で様々な服を手にしては互いに当てては褒め合った。
意外に少女趣味なところがあるクラリッサスはやたらとキザったらしいものや可愛らしいものでリーブラを困惑させた。
リーブラは、全身黒の魔法使いルックでありながら、コーディネートは適切なパターンを選べるセンスがあり、結果としてはそれなりに個性あるお洒落ができている。
「見て下さい、これ!」
「また派手なのを……。」
臙脂色のコートを見つけ出した彼女は大喜びで彼に見せびらかすと、正面から肩越しに羽織らせようとした。
腕を彼の背中側に回した瞬間に抱き着いているような姿と気付いたのか、みるみるしおらしくなった彼女はカチコチに固まったまま顔を俯かせていく。
そんな初な反応を見せた彼女の何かが琴線に触れたのか、リーブラは二人の関係を今日明確にしようと決めた。
彼は少し深く息を吸って言葉を紡ぎ出す。
「…………あー、その……か、帰ったら大事な話があるから、二人になったら聞いてくれないか……ク、クラリス……。」
弾かれたように顔を上げた彼女は高鳴る鼓動に反して不安そうに眉を八の字に下げた。
一杯に開いた瞳を潤ませて今にも泣きそうな彼女を落ち着かせようと、髪を手櫛で撫でる彼もできるだけ穏やかな顔を取り繕おうと努力していた。
「……それって、あの……つまり、その……。」
「まだ話してないこともあるし、後でちゃんと話そう。今後の、二人の人生に関わることだから……。」
「嗚呼、リーブラ……!」
今度こそ抱き着いたクラリッサスは彼にくっつけた頬から伝わる体温に安堵の溜め息を零し、背中に回された腕に閉じ込められる瞬間には恍惚の笑みを浮かべた。
今この瞬間、彼女は自身がこの世界で誰よりも幸せだと声高らかに歓喜したい衝動を必死に抑えていた。
見返したかった家族のことも、かつて憧れた王族や貴族のことも、何もかもどうでも良くなるほどに。
ただただ、満ち足りていた。
夕陽が今にも沈みきろうという時分、戻った一行は新居の様に――……流石に言い過ぎだ――綺麗になった家を見て様々な感嘆の声を上げた。
ただ一人、予想していたのか、ゴルドーは手早く挨拶を済ませると、使用人を連れて帰って行ったが……。
今日から働くことになった二人の使用人はキビキビと荷物を運び込んだり、それぞれ仕訳をしたりと働き者だった。
一人は鹿人族のリコッテという背の高い女性で、どういう訳か非常に立派な角が生えている。
もう一人は小柄な雪原狼の狼人族のライカという娘だ。
「お帰りなさいぎッ!?」
「 お 帰 り な さ い ま せ っ ! !
ああっ、ごめんなさい、ライカさん!」
非常に良い笑顔なのだが、風を切り裂くようなお辞儀のついでにライカを角で叩きのめしたリコッテを見て直ぐに、全員が曲者を押し付けられたと悟った。
別段目が離れているとか云うことはないが、ぱっちりした目といい、栗色の髪といい、確かに鹿である。
長い脚による大きな一歩でびゅんびゅん動き回るため、使用人用の服が豪快な音を立ててたなびく。
ライカの方は白い毛並みの耳と尻尾が特徴的な凛とした顔立ちの娘だ。
真面目な顔で目立たないように黙々と仕事を熟す使用人らしい使用人らしく、リーブラたちは胸を撫で下ろした。
「二人ともこれからよろしく頼む。早速だが、飯の用意を。今日明日は客人と君らを含めて……六人と猫一匹だ。」
「畏ま、フッ!」
「 畏 ま り ま し た っ ! ! 」
「……失礼致しました。直ちに用意致します。」
何も意見しないライカの評価を上向きに修正し、リーブラたちは各々の部屋へ散っていった。
ブラックは抜かりなくライカが客間に案内する。
皆を見送るリコッテは終始ニコニコと笑っていた。
リーブラ所持金140G
アッシュ所持金510G
クラリス所持金16230G
パーティ所持金4857119G
ふと思ったのですが、読者の方は誰が一番好きなんでしょう?
私は断然アッシュですね、はい。
良かったら感想とか割烹で教えてくださいな。
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