拾壱話 《マスター・スミス》
鍛冶師ブラックは刀剣から防具、装飾品、家具等の生産スキルに関するものを全て極め、《マスター・スミス》の異名を持つプレイヤーである。
かつて彼らがいた場所でも数少ない生産系最終職に一番で到達した職人だ。
リーブラと彼がいたギルドが“攻略に関わらない”というスタンスでありながら一目置かれていたのは彼の功績も大きい。
何せ世界で五振りしかなかった《神器》の武器は全て彼が鍛えたものだから。
ドワーフと竜人のハーフという稀有な出自の彼はドワーフでありながら巨体であり、見た目からは分からないものの、ブレスや竜鱗の守りなど竜人の能力を受け継いでいる。
鍛冶の能力は言わずとも、だ。
しかし、その暑苦しいまでに男らしい外見の反面、中身は弱気で否と言えない男という秘密があった。
「おうこら、茶ぁ出せや。」
「はいっ、只今! 只今お持ち致しますよ。ささっ、どうぞ。」
厳つい大男がカサカサと動き回って、お茶を入れたり、とっておきの菓子を用意している姿は物悲しいものだ。
女性を侍らせて堂々とソファーに寛ぐ青年に顎で使われているのだから尚更。
先ほどぶつけた額を摩るリーブラは能面のように無機質な表情でブラックの一挙手一投足を目で追い続けていた。
「あの、リーブラ? 貴方と彼はどういった関係なのですか?」
「友人だよ。とてもとても仲のいい大切な友人さ。そうだよなぁ?」
「はいぃ!」
どう見ても友好的な関係じゃない、と思ったクラリッサスは大男を哀れんで、初めて彼をじっくりと見た。
それなりの年を重ねているだろう彼が何故若いリーブラに対して腰が低いのか分からなかったが、滅茶苦茶なトラブルに巻き込まれた被害者に違いないと決めつけていた。
しかし、こうして注意深く観察してみると、彼はへこへこしながらも楽しんでいるように見える。
きょとんとした彼女は隣の青年がどう反応してるか確かめるために首を捻ったが、紅茶を口にしていたからか完全に無視する形になっていた。
「さて、紹介された職人に依頼する手筈だったが、お前なら話が早い。」
「依頼? っと、これは……?」
「ワイヴァーンの素材だ。少ないが、各部位揃ってる。それで二人の装備を作ってくれ。」
「それはお安い御用だけど……。どんな無理難題かと思ったら。」
ガサガサと木箱を漁り始めたブラックは素材を手にとっては品定めしていった。
その様子を見ていたゴルドーは心の中でほくそ笑んだ。
二人分の装備を作っても充分釣りが来る量と見定め、それを売り捌いた時の利益を試算したのである。
「武器は……狼人族の方は格闘専門で?」
「うむ、相違ない。」
「そっちの女の人はどうしますか? 今使ってる武器とかあります?」
「いえ、今は魔導書を使っています。」
「あー、ヒーラーの方ですか。それだとまた別の素材かなぁ。」
「待て。俺に考えがある。設計云々は時間がかかるし、後で俺の家に来い。ついでに家の修理も頼みたいしな。」
それより話がある、と目で促したリーブラは奥の部屋にブラックを連れて入った。
どうにも見覚えがある部屋だと感じていた彼はここに来てかつての拠点を模したものだと確信した。
客間を兼ねたホールの奥はプライベート用のリビングになり、個室や工房に繋がる。
家具の配置まで酷似しているものだから、リーブラも勝手知ったると云った様子で定位置の一人掛けソファに腰を下ろした。
二人が腰を下ろすと、感慨深そうな溜息が漏れた。
「で、いつからだ、三沢。」
「ブラックだ。俺はもう一年になるよ。」
「おっと失礼、“元”三沢。俺の記憶では“元”三沢がいなくなったのは半年前だが、倍ズレてるのか。」
「元って言うな!」
「うるせぇーよ!! 元三沢!!」
「ぬがあああああああああああああ!!」
「こほん。で、こんなことになった理由は何か心当たりあるか?」
「ない。てか、前後の記憶があやふやなんだ。」
「…………その様子だと帰る方法の手掛かりもないか。」
「一年だぞ? もうこの世界に骨埋める覚悟したよ。」
諦念が色濃く見えるブラックの様子から、彼には光明すら見つけることはできなかったのだとリーブラも悟った。
リーブラと違って彼は物質的な生産に特化しているのだ。
彼が時間や空間を超えようとするならば、タイムマシンのようなものを創らなければいけなくなると考えれば、諦めてしまうことも無理はないように思える。
魔法はその限界が想像できないが、生産はどうしても限界点が想像し易い。
「俺は魔法について研究して帰る道を探ってみるつもりだ。」
「……流石だね。確かに君は魔法の研究とかと相性良さそうだし、なんか道理も引っ込みそうだ。」
「まぁ、その辺はやってみないと分からんがな。一年分の経験があるなら分かったこともあるだろ? 情報交換を続けよう。」
二人はこの世界に来てから経験したことを語り合った。
重要なのは彼ら自身とこの世界の仕組みについてで、自然と話は情報処理的な方向へ進んでいった。
他のプレイヤーの存在の有無や魔川などの未知の存在。
彼らが最も長く話題にしたのはステータスやスキルと云ったものがどういった法則の基で変化を遂げていくのか、ということである。
ブラックはかつて種族や職業の制約によって断念したスキルを習得できたと述べた。
この世界には制限というものがほとんど感じられないらしい。
しかし、一方で彼はこの世界に来てからしばらくして唯一使用できたステータス画面を呼び出すことができなくなったそうだ。
アイテムボックスやその他のメニューは全て最初に消滅した点はリーブラも共通している。
これを“世界に馴染む”ことと呼んでいたと彼は語った。
「それは俺も経験している。来たばかりの頃は魔力って設定はあるものの、プログラムに従って魔法という結果を再現しているだけだった。けど、最近は魔力を感じ、かなり自在に操れるようになってる。魔力って概念が俺にインプットされてるような感じだ。」
「僕も目に見えるスキルの補佐がなくなって本当の職人のように作業ができるようになったよ。ゲーム的な演出が消えて、まるでこの世界の住人のようになっていく。もう鑑定や看破を使った時ですらウィンドウが出ないんだ。」
「時間が、ないかも知れないのか……。」
二人の間に重い空気が漂った。
無言で立ち上がったリーブラは長杖をヒュンヒュンと弄び、しっかりと両手で構えて突きや斬撃を空に繰り出した。
幾度もそれを続ける内に燐光が杖やリーブラから浮かび始める。
加速度的に洗練されていく動きを見ていたブラックも今スキルが発現して成長していることが分かった。
「はぁ、はぁ……ふー、たったこれだけで槍術がカンストしたぜ? 俺の元々の能力値まで一気に追いついたんだ。だってのにやるまでは増えない。剣とか他の武器だって使ったことあるってのに。」
「ゲームと現実が混在してる。」
「この世界がゲームなのかは分からんが、もしそうならマスターがいたりしてな。」
「それは嫌だなぁ。」
「全くだ。ホントにいたら絶対ぶっ潰してやる……。さて、夢中になって随分待たせちまった。」
「そういえば、こっち来てそんな経ってないのに仲間集まってて凄いね。妙なカリスマは健在というか……。あの女の人は彼女?」
「嫁。」
「すげぇや。」
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