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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第一部
27/57

玖話 商人

――……商業ギルド。

 冒険者ギルドの煩雑で騒がしい様子と違い、商業ギルドの落ち着いた雰囲気は少し張り詰めた様な印象があった。

 商業ギルドとはその名の通り、商業に関することを効率的に回転させることで、より多くの利益を上げることを目標にしている。

 扱われる商品の規模から対象は商人に限るが、食料や日用品などの消費財、武具などの材料になる魔物の素材、馬車・家具といった耐久財。

 一部例外を除いて、土地は貴族の所有であるため扱われないが、リーブラたちが購入した物件も不動産として商業ギルドが扱っているものだ。

 また、仲の良し悪しは別として、生産ギルドと連携していることも特徴だろう。


 その商業ギルドに一行が何をしに来たかと言うと、ずばり人材斡旋を受けに来たのだ。

 大掃除が必要な新居だが、彼らはバリバリの戦闘系冒険者である。

 チンピラ魔法使い。

 元路上生活者。

 元貴族令嬢。


 家事?何それ美味しいの?である。


 故に職に就けないでいる使用人を求めてやって来たということだ。


「ふーむ……。日雇い、ですか。」


「当座の金が必要な奴とかいないか? 働き次第じゃ色つけても構わないんだが。」


「難しい、と言わざるをえませんな。使用人は長期、もしくは生涯一つの家に奉公するのが常識です。

 と言うか、その日その日で違う仕事を熟して生計を立てる冒険者は労働者として異質なのですよ。」


「否定は出来ないな……。」


「一応求職している者には伝えておきますが、可能性は低いと思っていて下さい。」


 初老の職員は難しい顔をして席を立った。

 報酬さえあれば誰かしら食いつくだろうと楽観的に考えていたリーブラは不安気に寄越される視線に気付かないフリをしていた。

 今日住めるように家を掃除してしまって、明日はリーブラ抜きで稼ぎに行ってもらうはずだったのだが……。

 しばらくあの状態となると自分たちで掃除をしつつ、時々依頼で稼いでいくことになる。

 まだワイヴァーンで転がり込んだ金があるため何とか凌げるはずだが、収支をはっきりして黒字を出せるリズムを作りたいという考えがあった。


「こりゃ使用人を普通に雇うことになるかも知れんな。」


「収入の安定しない冒険者では継続的な雇用は難しいって言ったじゃないですか。」


「そこは安定して稼げるだけの力を見せて説得してみるしかないな。」


 この後は新居の売主のところへ行って金を支払い、土地所有の証明書を受け取ることになっている。

 リーブラとしては今日中に雑事を纏めて始末しておきたい。

 昨日は暴走した挙句に何の成果も得られずじまいだったが、まだ何者かの監視は続いている。

 クラリッサスが宿に泊まって、久しぶりの一人の夜だったにも関わらず、彼は警戒し続けていることになった。


 今も何処からか見られていることから、必要はなかったかも知れないのだが、今も家にはノノを残してきている。

 彼女自身の希望もあり、アッシュからは何故か家は平気だろうと言われたものの、保険として残ってもらったのだ。


「それにしても不愉快な視線ですね。不純な欲望に満ちた女が媚びを売る時特有の湿っぽさが堪らなく気持ち悪い。」


「随分具体的なこって……。」


「女なら誰でも分かることです。この色男さんは何処で誑かして来たんでしょうねぇ?」


 昨日から気配を隠そうともしなくなった視線に遅ればせながら気付いたクラリッサスは棘のある言葉でリーブラを責めた。

 要は妬いてるのであって、ツンツンしてても腕を組んで牽制する様子から、彼も察している。

 ぼんやりと彼女との間柄もはっきりしないとなぁ、などと考えている内に先の職員が戻ってきていた。

 立ち上がり、移動のために馬車へ向かいながら、職員の説明を受ける。

 どうやら何人か職を求めている使用人がいるらしいが、いずれも金銭に困っている訳ではないとのこと。

 要は応じてくれないだろう、という話だ。


「それにしても、ご夫婦で現役冒険者とは珍しいですな。冒険者同士で結婚すると嫁は引退してしまうことが多いでしょう。」


「いや、俺たちは……。」


「“まだ”契りを交わしてないのです。勿論事実上は夫婦と言っても全くこれっぽっちも違わないのですけれど。“夫”が腰を落ち着けるまでは、と言うものですから。」


「ほほう、それはそれは計画性のある良い方を見つけられましたな。」


「ええ、本当に最高の殿方と巡り会えたと思っています。愛してるわ、あなた。」


「これはお熱い。帝都の雪が全て溶けてしまいそうだ!」


「(頭にキてるからってどうかと思うよ、そういうの……。)」


 少し前まで顰めっ面の鉄面皮だったくせに、にっこりと満面の笑みで無いこと無いこと喋る彼女に呆れたリーブラは盛り上がる二人の後に続いて馬車に乗り込んだ。

 実は強かに外堀を埋められてるとも気付かずに暢気なものである。


「……で、あの家売った商人ってのはどういう?」


「おおっ、そうでしたな。えー、彼はワーグナー商会の帝国支部支配人です。名前はゴルドー。ここの商業ギルドでもきっての切れ者と有名な方ですよ。」


「それは、楽しみだな。これでも交渉事を担当するのは俺だったんでね。」


 キョトン、とした二人に顔を向けられるも、何処吹く風で流れていく景色を見ていたリーブラは少し笑った。

 彼と三人の仲間を中心として旗揚げした集団は戦闘と経済活動をどちらもしていたが、その中でも彼は両方の分野に関わるタイプだった。

 生産職に全てを捧げていた初代の一人が突如いなくなってしまったため戦闘系に偏っていったものの、未だ懐かしい記憶なのである。


「おお、そうだ。生産と言えば、帝国の技術は随分と進んでるようだが、これも皇帝の手腕なのか?」


「ふむ……まぁ、隠していることでもないからいいかな。帝国の技術が進んでいるのはしばらく前にやってきた職人の功績ですよ。」


「職人……というと個人で?」


「ええ、素晴らしい腕前の持ち主で今帝国一信頼されている職人です。あまり数を出さないのですが、彼の鍛えた武具は高値で即日完売するほど。

 皆さんと同じ北区に工房を構えていますから、一度訪ねてみるのもいいかも知れませんな。」


「そうなのか。ありがとう。」


「いえいえ。」











「どうも会えて光栄です、ゴルドー殿。私はリーブラというものです。彼女はクラリッサスです。」


「よろしくお願い致しますわ。」


「既に知っておいでのようですが、ゴルドーです。よくいらして下さいました。どうぞお座りください。」


 商業ギルドと同じ中央区にある屋敷を訪ねたリーブラを迎えたのは壮年期を過ぎるか否かくらいの男性だった。

 ブラウンの短髪を後ろに流し、飾りの少ないステッキを突く彼は鋭い瞳の、頼れるおじさまに見える。

 さぞ夜会で持て囃されることだろうな、と下らない感想を抱いたリーブラは隣に座った職員が少し緊張したことを感じ取った。

 話以上のやり手であるらしい。


「どうぞ、ミルスンです。」


「ありがとう。良い屋敷ですね。建物と調度品が反発することなく融け合っていました。」


「それは良かった。私は派手なだけで目に痛い金の額縁などは嫌いなのです。貴方とは趣味が合うようですね、リーブラさん。」


 穏やかに笑い合った二人は何でもない世間話で場の空気を和らげていく。

 帝国に来たばかりのリーブラは王国や道中の話をし、ゴルドーは帝国の暮らし向きについて語った。

 その中で二人の紅茶の好みはストレートであることや、リーブラは甘い物が好き、ゴルドーは逆に苦手、など個人的な嗜好にも触れて盛り上がった。


「(食えねぇ野郎だな。)」

「(食えない冒険者だ。)」


「お二人共、そろそろ商談の方も進められてはいかがですかな?」


「む、そうだな。ついつい話し込んでしまった。では、ゴルドー殿もよろしいですか?」


「ええ、勿論ですとも。北区の物件についてですね。如何でしたか?」


「敷地もそれなりにあり、素晴らしい物件でした。しかし、如何せん損傷などが多く、あの売値では不相応かと。」


「具体的なご希望は?」


「百六十万。」


 元値は二百五十万だ。

 ゴルドーは半値くらいまで下げて値段交渉されると想定していたが、思いの外高い値段について思考した。

 昨日、商業ギルドから伝えられた家の状態と彼の様子から、相当買い叩くだろうと考えていたのである。

 直接話してみてリーブラがそれなりに良い教育を受け、商売についても無知ではないと分かった。

 金に余裕があってさっさと買い取りたいのか、少しでも安く買いたいのか。

 どっちつかずの分からない値段を出されたものだな、とゴルドーは考え込むふりをして二人の客を観察した。


 リーブラは紅茶の香りを肴に返答を待っているようで、視線は使用人に向いていた。調度品や交渉相手でなく、使用人を観察しているとは変わった目の付け所だ。

 もう一人のクラリッサスは立ち振る舞いからすぐに育ちのいい子女だと分かる。冒険者をやっている事情は気になるが、取り敢えず今の話には困惑しているらしい。


「私もあの家については少々下げさせて頂こうかと検討していましたが、九十万となると……。どうでしょう。二百万では?」


「ふむ。二百万、ですか。」


 両者の考える屋敷自体の価格は百八十万といったところだ。これは二階の角部屋が焼け落ちたままになってることが原因である。

 そもそも屋敷の価値を大きく落としている上、補修費用もかかることから出された値で、そこから現在の状態、立地の危険性も含めると、百七十万辺りが売値のはず。

 まさか適正価格だからと言って商人が二つ返事で応じると思っていたのか、と呆れる思いがしていた。

 が、リーブラは再び変わったことを言い出した。


「これは一つの提案ですが、もしゴルドー殿が我々の依頼を二つ受けて下さるなら、二百万であの家を買わせて頂こうと思っています。」


「……依頼、とは?」


「簡単なことですよ。一つはあの家を住めるよう清掃する使用人を貸して頂きたい。二つ目は貴方の紹介状をしたためて欲しいのです。」


「(これが本題、というわけか。使用人はいい。問題は紹介状だ。何に使うつもりだ?)」


 地位があり、個人としてもそれなりに有名なゴルドーの紹介状には影響力があるのだ。

 貴族・大商人・各ギルドマスターなどの紹介状は悪用するために偽造する者が絶えない。

 まぁ、ろくな結果にならないのだが……。


「紹介状の用途を聞かせていただけますか?」


「ええ。家の補修と武具の新調を腕の良い職人に依頼するためです。」


「(理には適っているが、その程度の条件なら遥かに少額で呑ませられると考えるのが当然。むしろ金を積んで依頼しても足が出るだろう。)

 国宝級の職人でもお望みですか?」


「いえいえ……ただ、ワイヴァーンの素材ですから、少しでも良い職人に頼みたいのです。道理でしょう?」


 リーブラの言葉を聞いた瞬間、ゴルドーの頭に無数の情報が吹き荒れた。

 つい先日、冒険者ギルドから市場に流れ出たワイヴァーンの皮。

 ワーグナー商会が買った皮と他に流れた皮の合計の量。

 全く市場に流れなかった牙や爪を含む他の部位。

 ワイヴァーンをたった三人で討伐したという消息不明の冒険者。

 その冒険者が南の都市から消えた日付と目の前の彼が話した旅路。

 到着してすぐに家を買えるだけの彼らの金は何処から来たか。


「貴方の提案に合意します。但し、物件は百五十万で、使用人も三年分の給金を私が持った上でお譲りします。

 そうですね……。職人には“私が同行して”直接紹介して差し上げましょう。」


「それはそれは……ゴルドー殿に大変損が出てしまいますが、よろしいのですか?

 (まぁ、本職の商売人相手にこれなら悪くはないだろ。知らんけど。)」


「勿論ですとも。貴方の様な聡明な冒険者とは是非とも末永いお付き合いをお願いしたいものですから。

 (どの口で損だと言うか。前任者から捨て値で買ったボロ屋だ。余ったワイヴァーンの素材について商談の権利が手に入るなら、いっそタダでもいい。)」


「光栄なお言葉です。では、私もその条件で商談に合意します。」


 二人はとても優しさの溢れる柔和な笑顔で握手するのだった。

リーブラ所持金6020G

アッシュ所持金510G

クラリス所持金16230G

パーティ所持金4947119G

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