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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第一部
23/57

伍話 翼竜を撃て!

 極彩色の吐息を浴びせかけたワイヴァーンは一旦通り過ぎた獲物へと旋回を始めた。

 一昨日襲撃した硬い羊のように自らの吐息で丸焼きになった三匹を喰らうために。

 ただ、彼にとってブレスは自慢の武器であったが、その二次被害によって獲物が捉えられなくなることは少しばかり面倒な点だった。

 魔力の炎は視界はもちろんのこと、熱も魔力も覆い隠してしまうのだ。


 不意に、炎が揺らめく。


 彼の感知能力がもう少し高ければカーテンの向こうで獲物が生きていると分かっただろう。

 燿く炎を貫き、白黄の矢が飛来した。

 一や二ではない。

 弾幕と化すほどの数だ。

 驚愕に鳴いた彼は翼を畳んで急降下する。

 外れ弾が尾を掠めて鱗と火花を散らすが、何とか回避した彼は獲物の周りを旋回するコースに反れた。

 しかし、追撃は止まない。

 全力で翼を打って進む。

 一発は大したことのない攻撃で、鱗に当たれば霧散することは間違いない。

 間違いないのだが、何十何百もの数となれば別だ。

 数の暴力とはよく言ったもので、数さえあれば容易く暴力になってしまう。


 矢の射手が炎を踏み越えて姿を現した。

 上空からでは黒い点に等しいそれが、膨大な量の雷を引き連れている。

 雷は撃たれるそばから新たに生み出されて減ることはない。

 その無尽蔵な魔力はまるで要塞。

 ワイヴァーンは産まれて初めて、同族以外の敵から脅威を感じていた。


 一方でワイヴァーンを攻めるリーブラも同じように焦りを感じていた。

 彼はワイヴァーン討伐の経験も少なくはなく、弱点や効率的な討伐の方法も熟知している。

 しかし、そのワイヴァーンは決まった攻撃、決まった回避、あらかじめ読めている反応しかしなかったのだ。

 予測不能な行動を取る敵に、未だ実力不足の仲間を連れて命懸けの戦いへ。

 下級のワイヴァーンだが、ハンデを背負って単独戦闘はいささか分が悪いと言わざるを得ないだろう。

 標的をスティールゴートに設定していたため、油断から奇襲を受け、彼は何も準備できないままだ。

 治癒魔法で治したものの、二人の仲間も傷を負ってしまった。

 特にクラリッサスは竜種の威圧感とブレスのダメージで萎縮している。


 どうにか地に引きずり下ろさなければならない。

 圧倒的機動力を持つ相手に対空戦で勝つのは困難だからだ。

 短期決戦で魔力を全開にして攻めれば回避させずに叩き落とせる可能性もあるが、失敗すれば防ぐ手立てもないまま焼かれる。

 長期戦を覚悟すれば魔力切れをしないように障壁で凌げるが、体力や集中力はどこまで持つのか分かったものではない。

 飽和攻撃で短期決戦を狙うか。

 徹底防戦で逃げ切る作戦か。

 ぐるぐるぐるぐるとリーブラの頭の中でリスクリターンが回る。



―――……どっちが正解だ……。



 背後に庇う二人を見遣る。

 クラリッサスは恐怖で凍りつき、アッシュは危機に対する生存本能が暴走して狂乱寸前だ。

 戦おう。

 そう、決めたリーブラは鳩尾の嫌な感覚を押し殺して杖を握り締めた。

 充分強いパーティの中で遠距離攻撃とヒーラーを担当してから、全開で戦うことはなくなった。

 勘が鈍っているか、新たな不安が過ぎる。


 それでも彼は前へ出た。



「ALL ACTIVE!!」



 二十にも及ぶ停止中のスキルが全て機能したことで発露した魔力が七色に輝く。

 敵が本気になったことを感じ取ったからか、はたまた焦れたからか、ワイヴァーンは火球のブレスを吐きながら急速に接近を始めた。

 が、撃たれた瞬間に宙を滑るように移動したリーブラは着弾点から姿を消していた。

 右方向に回り込んでいく彼はホーミングする炎弾を斉射と同時に雷魔法の詠唱を済ませる。

 計算通り、ワイヴァーンは回避についていく炎弾に気を取られた。

 足を踏ん張った彼が杖の頭を向けた。


『トール・カノン』


 閃光が青空を引き裂き、ワイヴァーンの背を強かに打ちのめす。

 轟音で大気が震える中、吹き飛ばされたワイヴァーンは直ぐさま上昇していった。

 得意の高度まで復帰した翼竜が魔炎を溜め込んでリーブラを視認すると同時に、彼から高濃度の魔力が放出された。

 球状に流れ出た魔力は赤い。


 磨き上げられた《愛晶石》の様に紅く、鮮やかに暗い。


 中心にいるはずの彼が見えないほどに濃くなった“紅い闇”に混乱したワイヴァーンは、ブレスを溜めたままゆっくりと旋回する。

 きっかり一秒半だけ球を保ったそれは、内から払われるように霧散した。

 血飛沫のような魔力が大気に溶け、姿を現したリーブラを黒が覆っていた。

 元から黒一色で統一された彼だったが、今や肌が見える部位すらなく、魔力の霧がただ人を象ったようである。


 その奥から、紅い光を放つ瞳が敵を見ていた。


 何が起こったかを理解していなくとも、警鐘を鳴らした野生の勘に従ってブレスを噴き出した。

 練り込まれた渾身の一撃は空気を焼いて突き進む。

 はずだった。


 風景すら歪める暴風がブレスを呑み込み、ワイヴァーンを木の葉ばりに錐揉みさせる。

 上級魔法による竜巻は乱回転して流れは読めず、無数の鎌鼬を隠していた。

 鎌鼬がガリガリと鱗を掻く中、翼を畳んだ翼竜が突き抜けた。

 体重を使って力任せに突破したのだ。


 が、外に放り出された所へ魔法が降り注ぐ。

 属性の統一すらない、弾幕。

 空の覇者は抵抗する間もなく大地へ叩き付けられた。

 ブレスで闇雲に迎撃するも焼け石に水。

 身体が重くなる。

 大地が脚を捕える。

 風が翼を撓ませる。

 氷が鱗を貫く。

 雷が全身を焼く。

 世界そのものが襲いくる錯覚すらさせる。

 止めどない魔法に嬲られ、大地にしがみついて耐えるしかない時間が続いた。


 不意に、爆炎と魔力の狭間、ワイヴァーンの瞳は敵の姿を見出した。

 湧き上がる憤怒を糧に魔炎を絞り出し、敵に向けて顎を開く。

 琥珀色の円を裂く瞳孔が細く収斂すると、ワイヴァーンは標的の姿を完全に捉えて追跡する。

 燃え盛る舌が地を舐めるように迸った。


 直撃寸前、地面が盛り上がってできた刺が壁になり、激しく爆発した。

 巻き込まれたリーブラの姿が消え、降り注ぐ魔法がやや遅れて途切れると、戦場に静けさが戻る。

 かつてない重傷を負ったワイヴァーンは闘争本能に従って追おうとするが、翼は折れ、脚の筋肉も断たれたために、一歩も行かず地に臥した。


 頭を横たえて苦悶の唸りを鳴らす翼竜の見る先で、敵を吹き飛ばした煙が晴れ出した。

 その中に影が浮かぶ。

 纏う闇は薄れ、炎に焼かれながら、それでも姿が見えた敵は立っていた。


 全身を襲う痛みを堪え、リーブラは最後の魔法を発動させた。

 鎌首をもたげたワイヴァーンの下に影が広がっていき、ザワザワと波打っていく。


「ギィァアアアアアァァァァァァァーーーッッ!!」


 雄叫びか断末魔か、最期の絶叫を天に響かせる翼竜を、無数の剣が刺し貫いた。











 全てが終わり、立ち尽くすリーブラを覆う闇が完全に溶滅すると、一陣の風に吹かれた彼は棒のように倒れた。

 ガランと転がった杖を眺める彼の瞼が落ちていく。

 短く呻き声を漏らした彼は二人の仲間を探して眼球を動かすが、景色は変わらないまま、意識は暗転した。

 駆け寄る仲間の声にも応えられず、気を失った彼の元に来たアッシュとクラリッサスは傷付いた姿を見て絶句した。

 あちこちに見える火傷もそうだが、彼からは生気をまるで感じない。

 命を絞り出してしまったかの様だ。


「リーブラ! リーブラ!? 嘘よ、うそうそっ!! リーブラッ!?」


「息はある! 早く治癒を! すぐに馬車を連れてくる!!」


 仰向けにした拍子にリーブラが苦痛で唸ると、クラリッサスの瞳から涙が溢れ出した。

 震える声でキュアを何度も唱える。

 傷は緩やかではあるものの、目に見えて癒えていく。

 だが、彼の顔には生気が戻ってこない。

 憚らず泣きじゃくりながら、彼女はリーブラの長杖を手繰り寄せてキュアを唱え直した。

 それも無意味に終わってしまう。

 彼女の力では杖が応えないのだ。


「何でっ……どうして回復しないのよっ!!」


 ふと触れたリーブラの頬の体温に、クラリッサスはそれこそ冷水を浴びた気がさせられた。

 酷く冷たい彼を掻き抱いた彼女にも魔力の限界が訪れ、唱え続けたキュアがプツリと途切れる。

 無意識のセーフティが魔術の発動を止めてしまったのだ。


 魔道は体内魔力を起点に周囲の空間に満ちる体外魔力を主に用いているため、配分さえ誤らなければ唐突な魔力の枯渇を招くことはない。

 が、それでも乱発して体内魔力を枯渇してしまえば、魂も枯れていく。

 魔力は精神と密接な関係にあるからだ。


「…………っ!! そうなのね……? 負傷じゃなくて魔力を使い果たしたから……。」


 魔力の人為的な回復の術は未だ未踏の領域である以上、リーブラの回復は絶望的と言って間違いなかった。

 言葉もなく呆然と地平線を見やったクラリッサスの涙が彼の頬を濡らす。

 誘拐犯として現れ、最悪な出会いを果たした。

 全霊の努力の末に勝ち取った生活を滅茶苦茶にぶち壊し、家族に幽閉されそうな目にも合った。

 正に災害の如く顔を出した最悪で――。



「最高の人。」



 出会って僅か。

 激怒して喧嘩もしたし、痛い思いも、苦しい戦いもした。

 しかし、その時間こそがクラリッサスの何より強く輝く宝物になっていた。

 屈辱と抑圧ばかりの人生を叩き潰して、広く刺激的で自由な場所への道をくれたリーブラを失いたくない。

 その一心で、幼少のみぎりに信仰を捨てて以来、彼女は初めて精霊に祈った。


 そして、蒼穹の柱が雲を貫く。

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