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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
第一部
20/57

弐話 平原での戦いⅡ

「ハッハハハ!!

 そら立て!

 戦えぃ!

 抗ってみせろォ!!

 アハハハハハハハハハハハ!!

 クヒハハッハハハハハハハ!!」


 清々しく晴れ渡った空の下、狂ったように哄笑を上げ続ける青年が一人。

 それと彼に捕まえられた魔物が一体に、その魔物と対峙する狼人族とヒューマン。

 ダラダラと流れ落ちる汗を拭いもせずに魔法の鎖で魔物を無理矢理動かしている彼の杖が輝く。

 治癒魔法が“魔物”にかけられた。

 しかし、魔物の動きは酷く緩慢で、唸り声は苦悶の色が濃くなるばかり。


「オラオラオラオラァ!!

 チンタラやってんじゃねぇよ、ええ!?

 ダメージなんかありゃしねぇだろうがァ!!

 クソが!! チッ……素面じゃおっ勃たねぇってか? しゃあねぇなァ。」


『バーサク』


「オオアアアアアァァァァァァァァッ!!」


「イイじゃねぇかっ!! まだまだヤレるよなぁあ!?

 アァッシュ! クラリッサスゥ!

 今度は使えるスキル全部使え!! 俺も適度に攻撃してくから気ィ付けんだぞ!!」


 アッシュとクラリッサスに治癒と支援の魔法が与えられるが、同時に人間大の氷柱が降り注いだ。

 深々と大地を穿つ氷柱を置き去りに魔物に襲い掛かったアッシュは、滅茶苦茶に振り回される爪による斬撃の壁を紙一重でくぐり抜ける。

 魔物の脇腹に斬撃の痕を残して離脱した彼に岩が飛んできていた。

 回避不可能なそれに目を見張るが、炎の球が迎え撃ち炸裂することで岩が砕け散る。


「すまない!」


「リーブラが魔法の格を上げてます! 気をつけて!」


『ファイア・ボール』


 炎弾がタロンの爪に切り裂かれて魔力へ還されると、即座に《ファイア》に魔術が替えられた。

 威力は劣るが、物理攻撃で防ぎにくいからであろう。

 不意に燃え上がった炎で視界を失ったタロンは、背面から凄まじい衝撃を受けて倒れ込んだ。

 充分な速度を乗せたアッシュがタックルを喰らわせたらしい。


 好機を逃さず追撃を狙ったアッシュとクラリッサスに電光が迸った。

 蛇のように曲がるそれらは、障壁に阻まれ、躱されて大地を焦がし、直撃しなかったものの魔物の隙を補った。

 一応は訓練用に手加減されているはずだが、それでも障壁に穴を空けられたクラリッサスは冷や汗を流す。


 先程の魔法は魔術師でも使える雷属性の初級魔術だと、王宮書庫で本の虫をやっていた時分に読んだ覚えがあった。

 そもそも雷属性は麻痺などの副次効果に頼った面が大きく、同レベルの障壁を貫通できるはずがない。

 どれだけ術者の魔法力に差があるというのか。


「嫌な手の入れ方をする……私達も連戦で疲労しているというのに。」


「狂化して速度が遅い魔術が届かなくなりました。当たる隙を潰されてしまうと厳しい。」


 通常、タロンを狩るには適正ランクの冒険者が最低五人は必要とされる。

 半人前のクラリッサスを連れて、なお優位に立てていたのは最初にリーブラが味方になっていたからだ。

 まぁ、今も強力な支援魔法とタロンの行動制限はしているが……。

 治癒魔法で肉体は癒えても精神の疲労は消えない。

 判断力が落ちれば魔力の使いどころを間違えて無駄にすることも増えていた。


「避けたと思ったが、掠っていたか。」


 アッシュの鎧に大きな傷がつけられていた。

 貫通するには至っていないが、それだけ彼の速度に追い付いたということ。

 狂化されたタロンの脅威をはっきり確認した二人が僅かに緊張した。

 鎖を一杯まで引っ張るタロンは届かない彼らに攻撃し続けている。

 安全圏にいるが、スパルタモードのリーブラにいつ鎖を伸ばされるか分からない。

 アッシュは走り出し、クラリッサスは残り少ない魔力でどれだけ魔法を撃てるか計る。


「(《ファイア・ボール》なら二発。障壁の分も考えたら一発がギリギリ一杯かしら。)」


 クラリッサスは前の一戦でタロンの腕で殴られた痛みを思い出した。

 障壁で幾らか弱めたが、石ころの様に転がされてしまった。

 直前に掛けられた防御上昇の支援がなければ死んでいたかも知れない。

 通じる一撃を当てるために危険度が増した魔物に接近するか、援護に徹するか。

 彼女は無意識に唇を噛んだ。


 そうしている間にアッシュの状況は苦しくなっていた。


 タロンの攻撃に当たりはしないものの、防御を完全に捨てた攻撃の密度が厚過ぎるために彼が接近できないのだ。

 大振りの一撃を回避し、すれ違いざまに爪を振るっても、狂化して更に硬い毛皮と筋肉を裂き切れない。

 タロンと戦う内に編み出した、極端な加減速による回避が彼の身を救っている。


「埒が明かねぇ。このままじゃジリ貧だぞ、クラリッサス!」


 雷の蛇が今度はクラリッサス一人に襲い掛かった。


「くぅっ!?」


「!」


 障壁を使うかと思いきや、彼女は右へ思い切り身を投げ出してゴロゴロと転がって逃げた。

 気位の高い彼女の思わぬ行動にリーブラは目を見張る。


「アッシュ!!」


 不意に呼ばれた彼は二度際どい攻撃を避けてクラリッサスのところまで後退した。

 拵えて間もない鎧は既に傷だらけにされている。

 剥き出しの部位に傷がない分は籠手に集中しているのだろう。


「何か策でも浮かんだか。」


「一つだけ。一瞬だけ身体の前面を無防備にさせます。その隙を突いて下さい。」


「委細承知。」


 地を蹴ってタロンに向かっていく。

 ただし、今回飛び出したのはクラリッサスの方だった。

 狙いを付けるために頭部へ手を翳し、恐怖を振り切るように高らかな詠唱を響かせている。


『ファイア!!』


 紅蓮の舌がタロンの頭を舐めた。

 狂化で痛覚が麻痺している魔物は痛苦で悲鳴など上げないが、視覚と嗅覚を焼失し、己の怒号で聴覚を失う。


 ステータスの圧倒的な差で働かなかった彼女の“見切り”が煌めいた。

 たった一つの生存領域が目の前だと知る。

 迷いはない。

 彼女は地面に倒れ込む様に、タロンの方へと、身を投げ出した。

 靡いたマントを凶爪が引き裂く音と、毛皮に包まれた熱が後ろ髪を撫でる。


 時間が圧縮された様な世界が解けると、魔物の腕が巻き起こした風にうなじの冷や汗が散らされた。

 爪に引っ掛かったマントに引かれて半回転した彼女の真上にはタロンの巨大な頭部がある。


『ッ……―――バレット!!』


 背中から衝撃が突き抜けると同時。

 タロンの顎を握り拳の三回りは大きい礫がかち上げた。


「いっ……ま!!」


 叫ぶまでもなく、銀の砲弾がタロンの喉笛を狙って空を切り裂いた。

 《スプリット・ジョー》と名の着けられた技が丸太の様な首をブチブチと喰い破っていく。


「ゥゥゥグルルァアアアアッッッ!!」


 タロンに組み付いたまま喉を破壊したアッシュが全体重をかけて滑り降りていく。

 爪を突き刺したままだが、四肢全ての爪は斬撃属性を得て分厚い筋肉を両断していった。


 噴き出す鮮血に塗れる二人に静かな拍手を送るリーブラは“グレイプニル”を消した。

 血迷った様な厳しさだったが、彼は彼で障壁と治癒魔法を用意し、いつでも割って入れる準備をしていて疲れている。

 《直感》などのスキルもアクティブだったために頭が痛くなっているかも知れない。


 大の字に倒れ伏したタロンから離れる余裕もないのか、アッシュとクラリッサスは動かない。

 歩み寄ってきたリーブラが氷柱でタロンを串刺しにして死亡を確認する様子を、ぼんやりと見ている二人に実感は湧かない。

 しかし、リーブラの目にははっきりと二人が強くなっていることが見えていた。










―――……深夜。

 タロントレーニングでへとへとに疲れた二人が寝静まって数時間、リーブラだけ御者台で本を読んでいた。彼らが助けに入った一団は夢中になっている間にそそくさと逃げ出していた。

 故に、今日も静かな夜を過ごすことになった。

 王都ではそんなことがなかったが、今走る平原は昼は暑く、夜になると寒い、極端な気温になるらしい。

 彼もマントの上に毛布を巻いていた。

 御者台の上に突き出ている梁の様な部位に提げたカンテラの金具が、揺れに合わせてチリーン、チリーンと高い音を鳴らしている。


 彼が開いている本は前の物とは変わっていた。

 今は“魔力とは何か。”と言う表題のもので、既に四分の一ほど読み進められている。


「んぅ、あふ……まだ起きてたのですか……?」


 彼が振り返ると、寝惚け眼を擦りながらクラリッサスが幌を退けて身を乗り出していた。

 眼鏡がなくて目を凝らすとショボショボするのか、眉根を寄せたまま瞼を開いては閉じてと忙しい。

 疲れて油断しているのだろう。

 大胆にはだけた胸元に集中する視線に気付かず、のそのそと御者台に這い出してくる。


 リーブラは隣に座った彼女からしれっと目を逸らした。


「……寒いです。」


「毛布は? ちょっと待てよ。取って……。」


「待てないので、一緒に入れて下さい。」


「あ、おい……引っ張るな。分かったから……。」


 毛布をぐいぐい剥がそうとするクラリッサスの手を解き、リーブラは少し近付いて同じ毛布で包んだ。

 一人なら二周はできた毛布も、二人では一周するかしないか。

 隙間から吹き込む夜風で二人は鳥肌を立てて震えた。

 拳一個分の距離が二人に体温を共有させてくれない。


「……まだ、寒いです。」


「――――。」


 彼の手をクラリッサス自身が導き、その細い腰をしっかり抱かせた。

 改めて触れる彼女の体温や柔らかさに息を呑んだ彼は、ただ促されるままに抱き寄せるしかできない。

 密着した身体の感触とふわりと届いた甘い香りに緊張した彼は、腰に回した腕に余計な力を入れてしまった。


「あんっ……。」


「へ、変な声出すな……。」


 胡座をかいたリーブラの膝に半ば乗り上げてしまうまでくっ付いた彼女は、ハプニングを都合よく解釈して遠慮なくしなだれかかった。

 両腕で抱き返し、胸板に頭を預けた彼女は早鐘を打つ彼の鼓動を聞いてはにかむ。


 ほどなく、規則的な呼吸の音が聞こえてきて、彼はホッと息を吐いた。

 これ以上は彼も我慢できるか分からなかった。

 雰囲気に流されていると分かっていても、彼から見ればあまりに魅力的な、明確に云えばかなりストライクな女性である。

 おまけにこの世界に来てから一番長い付き合いの異性であり、情も移るというものだ。


「…………すまん。女のことなんてあんまり知らないから、昼間何に怒ってるか分からなくて。八つ当たりみたいなことしちゃったよな。」


「…………………。」


「ヤバイ。超好みなタイプなんだよ……。からかってないと本気で惚れそう。」


 ボソボソと懺悔した彼は、雰囲気に毒されたか、彼女の頭に長いキスをした。

 ちゅっ、とリップノイズを残して唇を離した彼は、馬車を引く狼に目を移す。


 あるいは此処で彼女だけを見つめ続けていれば―――……。

 耳まで真っ赤になった彼女に気付いたかも知れなかったが、二人の色恋沙汰はまだまだ続くのだった。

リーブラ所持金8520G

アッシュ所持金4090G

クラリス所持金19030G

パーティ所持金73409G

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