二話 兎を殺した日
結局、あれから六時間以上歩いてようやく街を見つけた。時計は無いけど夜が明けたからそのくらいのはず。
実はここが未開拓の地域で、そもそも街自体存在しないんじゃないかと考えて泣きそうになった。
GM?まだ連絡ない。
今はめっさ眠い。体力的には余裕だけど、精神的にはしんどい。
さて、無事街を見つけた俺がまだ活動している理由だが。
入れてもらえなんだ。
門前払いされた。それというのも。
「何だよ、街への通行料って……。何時そんなシステム実装したんだよ。」
門兵に止められ、追い返された時に塵にしてやろうかと思ったが、自重した。取り返しのつかないことになる気がしたからな。何故か。
まさか、NPCのショップにある最高級装備なら腐るほど買えるレベルに金あったのに……。
バグで使えないとか。
お陰でたかが100Gの為に近辺にいる魔物を狩ることになってしまった。
俺が日銭を稼ぐことになろうとは……うぅっ……。
「っと? 確か……あぁ、いたいた。ひぃふぅみぃ……五羽か。」
今回の獲物はスピアラビットである。一本角が額からにょきっと生えた兎だ。
ちなみに体毛は白くない。茶色でいかにも野性だぜ、という雰囲気の一番弱いタイプの魔物。
攻撃方法はまんま突撃してくるだけというお手軽さ。しかし、何で出来ているのか、その角は毒消しの材料になる。意味分からんが20Gにはなるから助かる。
「今なら杖向けるだけでいいかね?」
こっちに気付くまで近付いて杖を跳んでくる位置に構えておく。もうちょっと下だっけか?
おっ、来た来た。
ゴスッ!ドサッ……
ゴスッ!ボフッ……
ゴスッ!ボフッ……
ゴスッ!ボフッ……
ゴスッ!ボフッ……
鈍い衝撃が杖に伝わること五回。足元に兎が五羽転がる。
「あっれ? まだ生きてる? ……っかしいな……前はイケたんだけど。」
ポリゴンにならないスピアラビットにトドメを刺すべく、杖の下部の先を振り下ろす。
予想外の感触が手に伝わってきた。システムの何とも言えない衝撃でなく、見た目とマッチした生々しい感触が……。
「うえー……何だよ、これ。どうしろと……。」
スピアラビットを突いた杖を見ない様に引き抜いて、代わりに地面に突き刺してからぐりぐりと捻る。
別に何を拭ってるでもない。あれだよ。血とか出ないからね。うん。
「これ……まんま持ってっていいかな?」
どうやらちゃんと死んでるらしい。何故散らないのかは全く分からないが、ドロップが無いと金が……。
取り敢えず、丸のまま持ってくことにしよう。肉とかも使える訳だし。
そんなドロップ見たことないけどな!
角を纏めて掴んでプラーンプラーンと兎を揺らしながら街へと歩いて帰る。五分くらいかね?
無事街に入れた。
丸のままのスピアラビット見せたら門兵が魔術師の癖にと褒めてきたが、こちとら魔法使いまできっちり上位転職してんだよ。失礼な。
あと、やたら人間味ある行動すんな。
冒険者ギルドに行って換金したら全部で400Gは貰えるだろうと。全部って何?
後でまた門まで払いに行く面倒はあるけど、一息つけそうで何より。
しかし、今の説明で分かると思うが俺は今五羽のスピアラビットをまだぶら下げている訳である。
三角帽子に黒マント、杖と、いかにも魔法使いな人物が片手で五羽の兎を持って街中を歩いているのだ。
すげぇ注目される。
何だ、こいつら。NPCが変なアクションすんなよ……。
冒険者ギルドに着く頃には俺の精神は更に疲労を溜め込んでいた。
「やっと此処まで…………長かった……。」
木製の扉を杖で押し開いて中に入ると、見慣れた光景が広がった。
左手の壁に据付の依頼書が貼ってある掲示板。
右手には待ち合わせなどに使われる休憩スペース。
そして、正面の受け付け。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。御用は……換金でよろしいですか?」
「頼む。」
受付嬢がスピアラビットを見て柔らかく笑うと、カウンターに大きな盆を載せたので、その上に並べる。
慣れた手付きでスピアラビットを品定めすると、あっという間に五匹済ませて俺に話し掛けてきた。
何という敏腕社員。
「首の骨を綺麗に折られてますね。一羽腹部に傷がありますので、4羽が90Gで傷有りが70Gになります。よろしいですか?」
「あぁ、うん。それで。後、登録を。」
「まだ、だったのですか? 畏まりました。登録には100G頂戴しますが、構いませんか?」
「……はい。」
正直構います。
さっき聞いたのだが、通行料は身分証明が出来れば必要ないらしい。ギルドに登録すると貰えるカードがそれに当たるとか。何じゃそりゃ。
にしても、既に通行料と登録で230Gに。世知辛い……。
ぼんやりしていると、受付嬢が一枚の金属板を差し出してきた。
「(鉄に単発の付加魔法か。)」
「そのカードに魔力を込めて下さい。付加された魔術が情報を読み取って刻み付けてくれます。」
「(魔力込めるってどういうこと? そんなもん再現されてないはずなんだけど……。)」
胡散臭げにカードを睨みつけた瞬間、何かが手からカードに移るのが感じ取れた。
熱いでも冷たいでもない妙な空気の様な感覚。
これが魔力なのだろう。その証拠にカードの表面が変形して文字になりつつあった。
ふと受付嬢を見ると、もう一枚カードを凝視していた。どうやら二枚は同調してるらしく、同じ文字列が出ているように見える。
これカタカナだ。
「……え? あ、はい、確認しました。ではこちらが差額の330Gです。」
「あ……あぁ、どうも。所で、この街の一番安い宿は幾らか分かるだろうか?」
「食事抜きで500G程度じゃないでしょうか?」
全然足りん。まさかの“一狩り行こうぜ!”再び。
一言礼を言って掲示板を見に行く。一発デカイのをやっつけて宿を確保しなければ……。
【スピアラビット狩り。報酬応状態。肉屋、薬屋、帽子屋】
【ハカの実採取。1個30G。青果屋】
【ロックスコルピオ退治。1匹3000G。冒険者ギルド】D
【ゴブリン退治。1匹200G。商人ギルド】
【森の幸採取。各種付属のリストに記載。定食屋マルキオ】
一つ良いのがあるなぁー……。
しかし、Dランク限定というのが厄介である。不本意ながら最初からになってしまった俺はFランク。
「…………止められるだろうなぁ……。」
チラリと振り向くと受付嬢に見られていたらしい。首を横に振られた。そこをなんとか。あ、ダメ? やっぱダメですか。
これがダメとなると、あとはゴブリン退治かスピアラビット狩りしかないが、スピアラビット狩りに行くなら荷車が必要になりそうだ。
いや、待てよ?
二枚剥がして受付に戻る。
「ゴブリンも丸のまま持ってきたら高く売れる?」
「売れません。やめて下さい。」
荷車は必要ないらしい。良かった。
所持金230G