十八話 旅立ち
てーてってー!
てーれーてー!
てーてっててーてー!
てーれーてー!
まとめた荷物を全て馬車に放り込み、見張りに猫を配置。
俺達は馬を盗むべく、黒装束に着替える。と言っても俺は元から黒いからクラリッサスだけだがね。
馬車は門のすぐ外に出しておいた。門兵は夜間の狩りだと言えば納得してくれたよ。
「てーれってーてーてー……終わったか?」
「ええ。案外音痴だったのですね。」
「ぶっ飛ばすぞ、クソアマ。」
馬車から出てきたクラリッサスはタイトな黒装束で、細く見える視覚効果もあってやたら艶めかしかった。
その手には魔導書がある。
どこから手に入れてきたのか、いつの間にか魔法力を増幅するのを持っていた。
それに前に渡したナイフと今は違うが冒険者用の衣類、防具一式。
それがこいつのフル装備である。
「いいか? まずは人間を眠らせる。見張りをやってから屋内の奴らだ。」
「本当に盗むつもりとは思いませんでした……。」
「盗むんじゃない。返せるようになるまで借りるだけだ。」
金が貯まったら他の買って返すか金を払いにくるさ。
こんな所で立ち止まっちゃおれんのだ。
帰るまでにヨボヨボの爺さんになっちまう。
うわ、自分で言ってぞっとした。
さっさと帰還用の魔法を見つけるか創らないとな。
「ちょっといいかしらぁ?」
「どうかしましたか?」
「何か凄い勢いで近付いてくるわぁ。数もかなりいるみたい。」
ええい、こんな時にぃっ!
戦闘準備のハンドサインを出しながら詠唱を開始する。
猫の視線の先では確かに土煙を巻き上げながら黒い一団が蠢いている。
こんな時にアッシュはどこほっつき歩いてやがるんだ?
飛ばした探査に突っ込むように群れが掛かっていく。
「ハウンド系の群れか。」
ん、先頭が加速したな。牽制に一発くれとくか。
炎の矢を進行方向に発射する。
詠唱していた中級魔法はストックしておこう。
お、避けられた。
「接近されるまで撃ちまくれ。手前に集めて灰にしてやる。」
クラリッサスの《ファイア・ボール》と俺の《ファイア・アロー》が飛んでいく。
火の雨が降ってるように感じるだろう。
クラリッサスの手数はまぁそんなじゃないんだけど。
しかし、よく避けるな。
結構ヤバイ敵か?
「速いッ!」
「あー、障壁張るぞ。馬車につけ。」
『降り注ぐ大火を凌ぎ
四方隈ない刃を弾き
落ちぬ天蓋の下にて
我が身が求む安息を
シールド・スフィア』
半透明の球体魔法陣が馬車ごと俺達を包み込んでいく。
無属性の障壁としては中級の中で一番頑丈な魔法で、普通のドラゴンのパンチなら二発防ぐくらい硬い。
小型の魔物にならまず壊せないだろう。
「見えてきましたよ。銀色の毛皮とは珍しい。」
「毛皮ってか、ありゃ鉄板じゃねぇの?」
高速でぶち当たってくるかと思ったが、敵は速度を落として二本足で歩き出した。
何を思ったか両手を上げている。
気付けば群れは遠くで停まっていた。
「…………何やってんだ、お前。」
「…………私の台詞だ。本当に殺されるかと思ったぞ。」
「本当に殺す気だったからな。魔物の群れなんぞ引き連れてくりゃそうするぞ。」
驚愕の事実!
魔物の群れを率いて襲来したのはパーティメンバーの狼人族だった!
軽銀の鎧がどことなく煤けて見えるんだが……あ、俺達のせいか。
通りで非追尾のなんて当たらないはずだ。
ああ、障壁解除してやるか。
「少し遠くてな。時間がかかってしまった。馬は買えたか?」
「見りゃ分かんだろ? 今から盗みに……借りに行くんだよ。」
「……はぁ。止めておけ。そうだろうと思って代わりになる連中を連れてきた。」
「それはあれのこと言ってるのか?」
遠くから揃ってこっちを伺っている魔物を指すと、アッシュは確かに首肯した。
短く吠えたアッシュに応えた魔物が再び走り出す。
《群体統率》を使ったのか。
普通は同族かパーティに使うスキルなんだけど、魔物にも効くのか。
しっかし、見ててあんまし良い気分はしないなぁ。
「あら、いやねぇ。また野蛮な“犬”が増えるのかしらぁ。」
「あれらも私も“狼”の一族だ。何か文句があるのか、非力な猫め。」
「はいはい、そこまでにしろ。」
狼の魔物だったのか。あぁ、確かに大きいな。
種類はどれだ?
動いてて見え難いんだが、目立った特徴がないような……。
ホントにこっちの夜は暗いんだよな。
月が出てないと殆ど見えない。
「全部で三十頭はいる。確かめたが、簡単に引ける力はあるぞ。」
「(犬ぞりかよ。)」
参ったな。馬二頭分しか馬車に繋ぐのないんだけど。
こいつら流石に馬と同じだけの力はないよな。
…………ないよな?
走る速度とパワーは別もんなはずだ。
「どうやって引かせるつもりなんだ?」
「伊達に狼人族じゃないぞ。我々の姿に適したロープの結び方は心得ている。」
「で?」
「それを作り終えるまでお前の魔法で代用する。」
だと思ったよ。お前、これを何か繋ぐ便利な魔法くらいに認識してそうだもん。
大型の魔物だってしばらく拘束できる上級魔法だぞ。
毎度詠唱してんだぞ。
「はぁ……まぁ、いいや。じゃあ、出発するか。」
「うむ、六も繋げば引けるだろうが、十くらいが妥当だろう。」
「何? 三頭で一馬力なわけ?」
「また着替えてきますから。」
三回ローテできるってことか。
引かずに走ってる奴らの体力ってどのくらい減るもんだ?
お、来た来た。
ビッグファングか。
うおー、落ち着かねー。
魔物どうこうの前に生き物として危機をバリバリ感じるわ。
これ、本当に言うこと聞くんだろうな……?
「本当に繋いでも平気なんだろうな?」
「魔物であろうと、狼の本能は持っていた。群れの長たる私の命令には従う。」
確かなんだろうな……?
まぁ、俺も馬を手に入れられんかった以上は文句言わんがね。
さて、さっさと出発するか。
ガウガウとやり取りした狼の中から十頭が進み出てきた。
えぇっと? 全部で……十、二十……三十三か。
さて、どうやって繋いだものか。
「首に巻くと苦しいから、こう……胸に当たるように。」
「こんな感じか?」
「ああ、そうだな。悪くない。」
これを十ね。流石に魔力がごっそり減るわ。
えー……ここをこうして……。
ややこしいな。
っと、何だ? 急にマントが重く……。
猫か。ああ、狼に嗅ぎ回られたんだな。
生憎とこいつらが立ち上がったら俺の肩くらい届くと思うぞ。
「そういえば、名前あるのか?」
「え? ああ、名前ねぇ。互いに名前を着けるのは人族だけよ。亜人族でも名前の習慣がない場合があるとか聞いたわぁ。」
「何だ、そうなのか。じゃあ、名前付けないとな。いつまでも“おい”とか、“こら”とか、“猫”じゃあな。」
「そうねぇ。じゃあ、とびっきりエレガントな名前を付けて頂戴。」
魔法使いの猫って言ったら、やっぱ二文字続いたのだよな。
何がいいかな。
ア行は合わないな。カ行は……うん。
サ、タ、ナ……。
もういいや。
「決めた。今日からお前はヂヂな。」
「えぇー、全然エレガントじゃないわよぉ。違うのにして。」
「うぶっ……おい、やめろ。尻尾ちょん切るぞ。分かった。ノノにしてやる。」
「あんまり変わってないじゃないのよぉ。ネーミングセンスないわねぇ。」
「うっせぇ。おい! 今からこいつの名前はノノだからな!」
ガショガショと鎧を外すアッシュと馬車の中のクラリッサスから適当な返答が来た。
ぶーぶー言うノノを馬車の中に放り込み、御者台に腰掛ける。
一度座ってみたかったんだよね。
まぁ、前で出発待ってるのは狼の群れだけど。
「指示を出さねばならんから、私も前にいよう」
「というか、幌を張ってあるとお前には窮屈だな。」
入れないことはないんだろうけど……。
ん? この重さはノノか。
何気に肩の上が気に入ったのかね。
昼間は暑いから乗ってこないけど、夜は結構乗りに来るんだよな。
「私、まだ聞いてなかったけど、この旅の目的は何なのかしらぁ? 私は世界を見て回るのが目的なのだけど。」
「旅の目的?」
「考えていなかったな。私はリーブラが行くと言うから着いていくだけだ。」
「私は結婚相手を探すためです。勿論、リーブラと今すぐでも構いませんが。」
「ん、終わったか。俺の目的は故郷に帰ることだ。方法があるなら必ず見つけ出し、ないなら意地でも創って帰る。」
気のない返事をくれたノノの頭をわしわし撫でてやる。
そろそろ出発しようか。
二人と顔を見合わせて首肯を受け取ると、アッシュが群れを鼓舞するように力強く咆哮した。
次々に続く遠吠えと共に馬車は思ったよりずっと軽やかに動き出す。
この旅が後に世界と俺の命運を賭けたものになることを、この時の俺は知る由もなく。
ただただ二人と一匹と三十三頭を連れた旅路に期待を膨らませていた。
序 幕
完
リーブラ所持金8520G
アッシュ所持金4090G
クラリス所持金19030G
パーティ所持金73409G
二章からは三人称になりますのでご了承の上お読みください




