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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
序幕
17/57

十七話 D

――……二週間後。

 治療屋の仕事はクラリッサスの事務能力で驚くべき効率に達した。

 宿を替えつつ、俺達は王都外縁を時計回りに一周しながら治療をしてきたが。

 スラムの雰囲気が良くなった様に感じるのは気のせいじゃないと嬉しい。

 良い誤算もあった。

 貧困層とそれ以上の溝が深いことで情報が漏れなかったこと。

 お陰で金持ちに集られることなく済んでる。


「今日でこの街は見納めだな。明日帝国に出発しよう。」


「え、えぇ? そんないきなり言われても困るのですが……。」


「困らない。お前のおかげで王宮書庫は大分漁れたし、治療屋も相手がいないんじゃ小遣い稼ぎにもならんしな。」


 森の一件もあって、ようやっと貯えもできたし……。

 クラリッサスが実家からパクってきた金で装備を整えれたから、想定してた出費が減ったのもデカイ。


 祝・貧乏脱出!


 今や小金持ち。

 けど、無傷、日帰り、絶対完遂で稼ぎまくった俺達はちょっと有名になってしまった。

 これは良くない。あんまり名が売れると要らんイベントがね。

 という訳で、雲隠れしようと画策中。

 膝にいる猫、名前付けないとな……を撫でながら、まったりしてた二人に視線を送る。


「どうせ大した荷物なんかないんだからイケるさ。相場が分かんないんだが、ちっさい馬車なら買えるもんかね?」


「耳の後ろを撫でて欲しいわねぇ。頭ばかりじゃ焦げちゃうわよ。」


「まだ下々の物価には疎いので、私にはちょっと……。」


「馬車より馬が問題だな。帝国までの長旅に耐える征馬は高いはずだ。雑費を含めると幾ら残るか。」


 あらー、マジか。

 …………流石にアッシュに引かせる訳にはいかないよなぁ。

 どうにか馬を安く手に入れる方法がないもんか。

 ふーむ、テイマー系がいれば魔物でも使って行けたんだけど。


「そのことなんだが、試したいことがあるから明日は朝から出ていいだろうか?」


「ん? まぁ、商談にお前の強面がないのは痛いんだが……まぁ、いいか。」


「すまんな。」


 今度の旅は保存食、寝具、簡単な調理器具も必要か?

 馬と馬車は何とかするとして、他に何が要るもんだか。

 魔法で代用できるなら、それに越したことはないし、方位磁針やらは前買ったよな。

 ……そろそろ地図買うかぁ?

 あれ、たっけぇんだよなー……。


「何だかんだ金足りねぇかな……?」


「今幾ら貯まりましたか?」


「ざっくりで150000G。」


 方位磁針を買った時は高過ぎると思ったもんだが……。

 地図なんか一番安いので20000G。街道とかある程度描いてあるのなら50000Gはするんだよなぁ。

 距離とか正確なのは最早国家機密だし。

 馬……幾らするかね?

 一頭50000Gに抑えたいな。

 この際、多少質が劣るのには目を瞑るか。

 大きい買い物じゃ妥協したくない性分だけど。


「じゃ、行きますか。」


「うむ。治療屋最後の活躍だな。」


 アッシュに乗るのも慣れたものだ。もう拘束は少なくていい。

 乗せる方にしても二人と一匹乗せて、重そうな素振りを見せない。

 それどころか、レベルアップの度に軽やかになっていく。

 パーティの息もどんどん合ってきてる。

 まぁ、アッシュと猫はあんまり仲良くないけどさ。






 翌朝、俺が起こされた時にはアッシュは外出済みで、この間受け取った鎧一式もなかった。

 呆れた顔のクラリッサスが身支度を済ませて待っていて、急かされた。

 猫は日中出歩きたくないと言ってベッドの下に入って出てこない。

 荷物を背負って街に繰り出すと、先導されて歩き出す。

 キッチリした性格からか、いつの間にか俺より街の地理に詳しくなってたんだよな。


「どこ向かってんの?」


「職人のいる工房です。商業ギルドを通すと値がかさみますから。」


 たった二週間で随分庶民の感覚を身につけたな……。

 まぁ、俺達も立派な平民にすべく色々やらかしたけど。

 共同風呂にぶち込んだり、ぎゅうぎゅうの大衆食堂で飯食わせたり。


「どうせ街を出るなら多少睨まれるくらい構わないでしょう。元から気にする真人間には見えませんけど……。」


 まだ若干根に持ってる彼女が時々寄越すキラーパスにも愛が感じられるようになったな。

 前の生活への未練が薄れてきたのかね。

 冒険者生活も随分楽しんでるみたいだし。

 実力主義の冒険者にはちょっとちやほやされてるのも満更じゃなさげだったな。


「そういえば、二人で出かけるのはあの日以来か。デートだ、デート。ひひひ。」


ガスッ!


「い゛ぃ゛ったっ!?」


「ってぇな……。」


 足癖の悪さは悪化した。

 こともあろうに、こいつは《乙女の御御足》とか言う、推定ユニークスキルを開花させやがったからだ。

 このジョークみたいなスキルがやたらハイスペックで……。

 加護で《見切り》を得たから余計に手が付けられなくなっちまった。


「…………くぅ、まだ打ち負けますか。」


「言ってもそんなレベル上がってないしな。」


 後々はどうなるか分からんが。

 魔術の方が伸びてるけど、成長速度は上回ってるし、性能いいから近接ビルドもありに思えてならん。

 短剣術も覚えて更に磐石。

 破棄も補助も詠唱系はまだ覚えてないしな。

 どこへ行くんだか。


「いつか必ず悶え苦しませてみせますから覚悟しておいて下さい。」


「ぁにー? 何だってぃー?」


「(腹立つ……。いつか泣かせてやるんだから。)」


 プイッとされてしまった。

 仕方ない。今日のところは勘弁してやろう。

 あ、そういえば……。


「何か普通に一緒にいるけど、お前は家出中な訳だろ? 大丈夫なん?」


「あら、言いませんでしたか? 縁を切られてしまったので、家出どころか貴族の屋敷から金銭を盗んだ泥棒ですよ、私。」


「あ、ちょっと離れて歩いて貰えます?」


「まぁまぁ、そう遠慮せずに。」


「いや、ホント結構なんで。くっつかないで下さーい。ほら、あっちいって。」


 うわ、なにするやめ……。

 あ、ちょ……腕とか組んだらいけん。大福が当たってるから。

 流石、夢と希望の詰まった大福だ。

 何て柔らか……違う違う。

 意外にこういうの恥ずかしげもなくやってくるから油断ならん。

 しかし、魔法使いたる俺にそんな誘惑は通用せんわ。


「ほら、どうですか? 良いですか?」


「最高ですとも。もっと強く頼みますぞ。」






「馬車はこれで済み、と。次は問題の馬ですね。馬舎の場所を聞けたので行ってみましょう。」


「…………ホント頼りになるなぁ。」


「良き妻は夫を賢く助く。良き夫は妻を堅く守る。理想の夫婦となるための修行は欠かしてません。」


「きゃー。だーりん、すてきー。」


 何かもうパーティの財布を握ってるのこいつでいいんじゃね?

 防犯的にも……いや、まだまだか。

 独りで戦ったことなかったけ。今度練習させてみよ。

 常に俺やアッシュの援護があるとは限らないんだしな。

 スリや空き巣ならいいものの、平気で一日一回は強盗とか出るから怖いわ。

 一体、どんな政治をしてるのやら。


「そういや、この国の王族ってどんな連中なんだ? 王子を狙ってたんだろ?」


「森から槍に何ですか。嫉妬ですか?」


「ないわー。単に興味が湧いただけだよ。」


 魔王に滅ぼされる国の王族がどんなか、がな。

 優秀な王族なら多少は食い止めてくれるかも知れないし。

 ダメそうならさっさと出てって二度と戻らないまでだが。

 この間の魔川が何たらってのは魔王が関係してる気がしてならん。


「現王は優秀ですが、あまり政治が成功してません。

 分断されている各都市の連携を密にしようと街道の整備に着手しましたが……魔物の存在が阻んでいるようです。」


「あぁ、それで半端な道があちこちにあるのか。」


「ええ。商業を活性化させたいようですが、難しいでしょうね。惜しいことです。

 王子の方は……十六になった第一王子は芸術家肌と聞いています。政治は二つ下の第二王子の方が秀で、本人達も仲が良いため第二王子が宰相になるのだとか。」


「…………良く調べてあることで。」


 しばらくクラリッサスのうんちくは続き、真偽はともかく王族について分かってきた。

 何もなければ長らく安泰に栄えると思う。

 そう判断できるくらいには評判のいい王族だった。


「あ、姫は病弱で、あんまり出歩かないらしいです。」


「いきなり適当だな、オイ。」


「結婚相手にならないので。」


 何だかなぁ……。

 こいつからは自国の王族に対する敬意とかが全く感じられないんだよね。

 家で上手くいかなかったのは自分にも責任があるんじゃね?

 とか言ったら蹴られるから言わないけどさ。

 貴族ってのはもっとこう……建前を大事にする連中かと思ってたよ。


「あ、王妃は年端の行かない少年を好むとか聞いたことがありますね。召使いのお尻を撫で回すところを見たという者もいるそうですよ。」


「ショタコンじゃねぇか。」


 まぁ、世継ぎ産んでるなら王妃の責任は果たしてるし、いいのか?

 それで、いいのか……?


「まぁ、現王は幼女好きなのでバランスはとれてるのでしょうが。」


「この国オワタ。」






 馬売ってる店なんかあるのかと思ったら、畜産をやってる連中なんていたらしい。

 ここは王宮にも肉を納めてるいいとこなんだとか。

 牛やら豚が沢山いる光景がやや懐かしい。

 まぁ、あっちのとは“ちょっと”違うんだけどな。


「ですから、そこを何とか!」


「ダメなもんはダメだ。」


 値段交渉は絶賛難航中。

 長旅に耐えうる征馬を二頭で200000Gだそうだ。

 堪らんね。

 病気や怪我の家族を治して恩を売る作戦は皆健康だったため頓挫した。

 後は全てを焼き払って奪う以外に作戦がない。


「話は終わりだ! 金ができたらまた来るんだな!!」


「あっ……。」


 あーらら。

 仕方ない。買うにしろ買わんにしろ、何か別の手を考えてみるか。

 しょんぼりしてるクラリッサスを連れて元来た道を引き返していく。

 何か売って金になるものあったかな……。

 今更だけど、アイテムボックスがあれば馬なんか群れで買えるのに。


「その辺の店で休憩がてらどうするか考えるか。」


「賛成です。」


 少し歩いて食堂に入り、良く分からない紅茶みたいのを貰って一息。

 二人して難しい顔のままだけどな。

 まさかあんな高いとは思わなかった。

 馬だけで財産が丸々飛んでっけー。


「金になるもんなんかねぇしなぁ。」


「屋敷から調度品でも持ってきますか?」


「躊躇ねぇな、お前。割り切りすぎじゃね?」


 《箒飛行》取ってたら馬車だけで移動とかできたのかね?

 あれって対象に制限とかあったっけな……。

 ロマンと高所恐怖症を天秤にかけて取らなかったけど、今思えば取るだけ取っとけば良かった。

 あー、馬どうすっかな。

 馬、馬、馬馬、ウマウマ、ウマウマウマウマ……。


「もうお前があの親父誑かしてこいよ。」


「何度も蹴らせないで下さいね。」


「ジョークだろ。蹴るなよ。」


 襲い来るブーツのトウを華麗に回避した脚は椅子の下まで退却させておこう。

 不発に終わるとは思うけど、《見切り》がな。

 蹴られても、お互い痛くて意味がなく……はないけど、嬉しくないし。


「で、何か思い付きましたか?」


「全く。こうなったら馬泥棒でもやるか。」


「結局そうなりますか。」


 そうなりますね。

 決めたことをころころ変えるのは嫌だから出発はする。

 となれば、馬が必要だ。

 なら、手に入れねばなるまいよ。

 勝負は夜だ。

リーブラ所持金10520G

アッシュ所持金4090G

クラリス所持金26030G

パーティ所持金103409G

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