十六話 聖域と魔川
「さて、剥ぎ取りも一通り終わったことだし、話を聞かせて貰おうじゃないか。」
「その自分が待ってたみたいな言い草は気に入らないけど……まぁ、いいわぁ。」
溜め息吐かれちまったよ。
前足で来い来いと手招きする黒猫に着いて御柱の下まで歩く。
御柱の魔力がかなり溜まってるような気がする。
もう夕方時になったけど、まだ辺りは明るい。
その中でも御柱は薄ぼんやり発光しているのが判った。
「多分、この光景を目にしたのは歴史を紐解いても数人でしょうねぇ。」
黒猫の視線を追って振り向くと、辺りの魔石も全て発光していた。
砕けたものも含めて、御柱を囲う全てが脈打つように明滅している。
それらは徐々に発光の度合を強めていく。
「何が起こると……。」
「森に住んでいても聖域にはまず入れない。私にも何が何だか……。」
「うおっ!?」
一際強く輝いた魔石から光が伸びた。
隣の魔石へと光の帯は飛んでいき、互いを結びつけていく。
一見不規則に見えた配置は御柱を三重の円で囲う形になっていたらしい。
円の中心にいることになり、警戒して構えてしまった杖を下ろす。
これが罠なら今更どうしようもないだろうし。
「(って、嘘だろ……。)」
不気味な光景だった。
円に入れないでいる、砕けた魔石がガタガタと動き出していたのだ。
地に跡を残し、這いずって元あっただろう場所に集まっていく。
近付くと、大きな欠片がガチンと合わさり、細かな破片がそれに飛びついて元の形へ。
円を画く光に触れたそれらは輝きを増す
終いには亀裂まで溶けるように消えていくではないか。
そうして、全ての魔石が光の円の一部に戻っていく。
「これで聖域は完全に力を取り戻したわ。改めて、ありがと。」
「…………あ、ああ。」
アッシュとクラリッサスは顎が外れるんじゃないかと思うくらい呆然としていた。
壊れた無機物が“治った”のだ。
その驚きも分からないではない。
でも、魔術が常識の奴らにも非現実的な光景だったんだな。
あー、びっくりした。
――――……聞こえますか、強き者よ。私の意思は正しくそちらの言語に変換されていますか?
「こいつ直接脳内に……!?」
「これは森の声なのか!?」
「え? え?」
「御回復、誠におめでとうございます。御言葉、しかと伝わっていますわぁ。」
今のは御柱の声か?
来た時の声とまるで違うじゃねぇか。
声変える意味が分からん。
――――……貴方達が来た時に話していたのは変声の術を使った彼女でしたから。
「げ、思考を読まれる……。」
「何ですって?」
こりゃ参ったな。交渉のしようがねぇ。
というか、これも読まれてんだろ?
表層の思考だけ?
頭を過ぎったことまで把握されてたんじゃ、何一つ隠せないことになるじゃん。
記憶はどうなんだ。
いかん。次から次へと秘密なことが思い浮かぶ。
――――……安心して下さい。記憶は読んでいません。思考のみで意思疎通は成り立ちますから。
「あぁ、そう……。」
何も安心できない情報をありがとう。
――――……では、本題を。まずは助けて下さり、ありがとうございました。
御柱の声は訥々と今回のような事態に至った経緯を説明し始めた。
魔川という存在についてで始まり、魔川の乾季について。
御柱によると、今回の乾季が始まる前から魔川は弱まっていたらしい。
本来は乾季に向けて魔力を貯蓄するはずが、魔川の枯渇を防ぐためにできなかった。
それで乾季に入って魔力が足りずに結界を作れず、魔物に襲撃された、と。
「あら? もう乾季は過ぎたということでしょうか?」
――――……いいえ。未だ魔川は痩せています。できるなら避けたいのですが、今は細心の注意を払って魔力を汲むことにしました。
「なるほど。で、もう迎撃に力を割かなくていいから、大丈夫なのか?」
――――……ええ、それは間違いありません。平時よりは痩せてはいますが魔川も多少は回復していますから。
それなら良かった。流石に毎日通ってられんし。
にしても、よほど酷い状態だったんだな。
自衛すらままならんって瀕死と変わらないんじゃないかね。
今日戦った感触だと、中堅のパーティが何とかクリアする程度かなって感じだったし。
黒猫一匹じゃ次守れたかどうか……。
――――……そのことについてですが、魔川の深刻な衰弱、魔物の凶暴化は自然に起きることではありません。
「どういうことでしょうか?」
――――……過去何度か似たような現象が起きたことはあります。そして、それらは決まって前触れなのです。
「勿体ぶるなよ。何の前触れだったんだ?」
――――……飛び抜けて強大な魔が生まれる時です。以前はニーズヘッグが現れた千年以上前でしょうか。
ヒュッと息が詰まる音に振り向くと、クラリッサスが口を掌で覆っていた。
顔が真っ青になっている。
ニーズヘッグと言えばグランドクエスト級の大型イベントのボスだったな。
ゲームでは俺達もボス戦に参加したわ。
LAは取れなかったが、レアドロップは手に入って溜飲が下がったっけ。
ここじゃ戦りたくねぇなー。
三十五人いたトッププレイヤーが半分くらい死んだもん。
無理。怖い。
――――……いつ、どのような者が生まれるか分かりません。中には大陸の果てに篭った者もいますから……しかし、どうか御三方も注意して下さい。
「ああ、気をつけるよ。忠告感謝する。」
――――……では、あまり引き留める訳にもいきません。感謝の証として、加護をお受け取り下さい。
そう頭の中に声が響いた瞬間、純白の魔力が立ち昇った。
両隣で一本ずつ。
――――……えっ。
「え?」
――――……あれっ……えっ? おかしいですね。もう一度いきますよ。
「……………………あっ、終わった?」
――――……あっ、え? あ、はい。ちょっと待って下さいね? んっ! はっ! えい!
え、何これ?
恥ずかしい。何か俺が恥ずかしい!
心配そうな視線が何か無性に恥ずかしい!
ちょ、え?
これ上に乗ったから、何かお仕置き的なやつ?
やめて下さい。
こういうの苦手なんでマジ勘弁して下さい。
――――……す、すみません! 今! 今ちゃんと授けますから……加護の力が弱いのかな……えい! えぇいっ!
「いや、あの……もう良いのではないか、リーブラ?」
「そ、そうです! まだ回復したばかりなんですから、無理させてはいけませんよっ。」
――――……そうは参りません! 助けて頂いたお礼をせずにお帰しする訳には……だ、第一、魔力と加護に関係ありませんし……てぇりゃぁぁ! うりゃぁぁっ!
〜〜奮闘中〜〜
――――……一体、何故……加護がかからないなんて今までになかったはず……。
…………いや、もう無理だって……。
大体、加護って何ぞ?
スキルかなんか……あ。
重複! スキルの重複制限!
それっぽい!
俺に何授けようとしてるか分かれば。
――――……加護とは個々人の潜在能力を高め、更なる力や新たな技能を目覚めさせるものですが……?
「やっぱそうか。そりゃ効果ないわ。成長限界だしスキルは大半覚えてるもん。」
今自然に思考を読んで会話されたな。
まぁ、いいや。
多分ヒットしたスキルが取得済みなんだろう。
そりゃ何回やっても効果出ないはずだわ。
――――……そんな……それでは私は一体何をしてあげられるのでしょうか。
「いや、聞かれても……あ、この猫欲しいんだけど。」
――――……あー、どうぞ、差し上げます。
「えっ。」
「じゃあ、そういうことで。」
「ちょちょちょっ!? 私の意思はどうなるってのよぉ!」
――――……今まで尽くしてくれたこと、とても感謝しています。これからは彼らと共に自らの道をお生きなさい。世界を知るのです。
「そんなっ!? 何か良いこと仰ってますけれど、これじゃ私要らない子ではありませんことぉ!?」
「よいしょ。」
「あぁんっ!? ちょ、首掴むのやめなさい。それは仔猫の持ち方なのっ。」
黒猫をひょいと肩に乗っけてポーズを取ってみたはいいものの、鏡がないからイマイチ……。
帰ったら鏡買おう。臨時収入もあったことだし。
あ、でもなぁ……姿見は荷物になるから、拠点を決めてからにしないと。
帝国行ったら家を買うってのもいいかも。
――――……では、貴方達の旅路に幸多からんことを願います。
「ありがとうございました。」
「一族の名に賭けて今日のことは忘れません。」
「そんじゃあな。」
「…………またいつの日かお会いできることを祈ってますわぁ。あぁ……貰われていく仔猫の気分が分かる……。」
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