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異界冒険奇譚  作者: 生まれ変わるなら猫
序幕
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十一話 穿いてない

 月が空を八割ほど進んだ頃、訪問治療はようやく終わった。

 徒歩に合わせていたせいでとんでもない時間が掛かってしまった訳で。

 次からは何か方法を考えないと寝れない日が続いてしまう。

 開け放しておいた窓から部屋に入っても強力な魔法力で眠らせた委員長は目覚めなかった。


「あぁ、眠い……。明日起きれる自信がねー。」


「私も元来夜行性だからなぁ。夜起きてると朝方は寝てしまう。」


 明日は昼から活動だな。

 ああ、委員長は朝起きるかも知れんな。ベッドに縛り付けとくか。

 うわ、何かえろい。


「もう、無理。寝る。」


 床に寝そべったアッシュに寄っかかって目を瞑れば、一瞬で意識が遠くなっていった。

 明日はあの人から話聞けるといいな……。

 いつ帰れるんだろ、俺……?

 親父達、元気にしてるかね……。






――――……リー……


…………?


――――……リーブラ……


誰だ……? 野太い声だな。


――――……リーブラッ……


うっせぇな……ねみぃんだよ……


「リーブラッ!! 起きろ!! お前が何とかするんだ!!」


「んん? ……うわあああぁぁぁぁっ!?!? でかっ! でかい!! 喰わっうわあああぁぁぁぁっ!!!!」


 !?!?!?!?

 なんっ!?

 ハァッ!?

 ハスキー犬……違う。狼だ、これ。

 あー…………びっ、くりしたー。


「…………寝起きにお前の顔は強烈なんだよ……。」


「悪かったな、強烈で……。」


 アッシュの顔を押し退けて体を起こす。固い床で寝ていたせいかバキバキと背骨が鳴った。

 あれ? 帽子……あったあった。

 さて、何を大騒ぎしていたのやら。あぁ、昼頃か。

 腹でも減ったのか?


「お前が連れてきた女だろう? 世話は自分でして貰うぞ。」


「…………おお、忘れてた。」


 昨日の晩に縛り付けたんだった。

 まだ起きてないのか?

 そうこうしてる内にアッシュは窓から出ていってしまった。

 何をあんな急いで……。


「ひっく……うっ……うっ…ぐずっ……ふぐ……。」


「(…………う、わぁ……。)」


 ベッドの上で委員長がしゃくり上げていた。

 長いこと泣いていたのだろう。

 目元が真っ赤で、縛られて拭えないから涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっちゃってる。

 何で……ああ、寝てる間にしちゃったのか……。

 アッシュめ。臭いがキツくて逃げたな?

 参ったな。どーしよ。

 とりま、綺麗にしないと。


「えー……タオルは確か棚に……あったあった。」


 魔法で水の球を出してタオルを濡らすと、彼女の顔を拭ってやる。

 顔を拭っている内に落ち着いてきた気がする。

 さて、こっから先はどうしたもんか。兄弟がいたし、出来るけど……。

 俺がやったら立ち直れないよなぁ。


「(もういいや。どうせ逃げられないだろ。)」


 手足の縄を解いて自由にして、タオルを何枚か持たせて後ろを向いていよう。

 スキル使わなくても衣擦れの音で気配は何となく分かるし。

 ああ、こっち来てから何か上手くいかねぇなぁ。

 あ、また泣き始めた。






「ぐすっ……ローブ貸じで。」


 声を掛けられて振り向くと、シーツに隠れてる委員長に枕をぶつけられた。

 隠してるんだからいいじゃねぇか……。

 マントを脱いで渡し、魔法の制御を放棄する。

 ベッドをずぶ濡れにして染みが分からなくしておけばいい。

 後で宿屋に洗濯を頼もう。


「スカートとかはどうした? 洗濯する前に流しておいた方がいいんじゃないか?」


「もう捨てるわよ、あんなの……。」


 マントで全身を被い隠した彼女はしんどそうに立ち上がった。

 風でヒラヒラした裾を抑えて睨んでくる。

 なるほど。

 さて、と。流石にこのままじゃ不味い。新しく服を用意しないとマントも返って来ないし。


「服買いに行くか。」


くきゅぅぅぅ……。


「…………飯もな。」


 真っ赤になった委員長を連れて宿を出発する。

 不安気に縮こまる彼女の前に立って廊下を歩いていると、シャツに僅かな重みがついた。

 宿泊客はもう活動してるのか。

 誰もいない。

 入り口正面の宿屋の親父は爆睡している。それでいいのか。

 もっと熱くなれよ。


「おい、親父。」


「んお……?」


「俺の部屋の寝具を交換しておいてくれ。何も聞かず、何も言わず、だ。」


 金を置いて宿を出た瞬間、灰色の影が路地に消えた気がした。

 ま、気のせいだろう。次は逃がさんが。

 服屋か。ギルドに通じる大通りに幾つかあった気がするな。

 昨晩の治療屋も何だかんだ4000Gくらいだったっけ。やっぱスラム街の連中相手じゃこんなもんだよな。


「もうちょっとゆっくり……捲れてしまうじゃないっ。」


「はいはい。」


 委員長の歩みが遅いため、俺はあちこち見て観光気分で歩いていた。

 ゲームでは物としか見ていなかった世界が生きているというのは不思議な感覚だ。

 システマチックに決められた表情パターンではなく、それぞれの個性がある表情の人々。

 こっちに来て直ぐは気味が悪かったっけ。


「下々の町はこんな様子なのね……。」


「(貴族の三女とか言ってたな。)」


 スラム街とか連れてったらどんな反応するんだろうか。

 委員長はおっかなびっくり左右を見渡して民衆の生活を観察している。

 今なら素直に話を聞かせて貰えそうだ。

 出来ればこのまますんなりと帰してやりたいもんだが。


「旦那! 可愛い嫁さん連れてるじゃないか。一つどうだい?」


「ち、違います! 誰がこんな人とっ……。」


「と言う訳だ。いつか嫁を貰ったらまたな。」


 まぁ、買うにしても、もっと良いものをくれてやりたいもんだ。

 委員長は後ろでブツブツ文句言ってるらしい。よほど気に食わなかったかね。

 当たり前だが。


「そろそろだぞ。」


「ほ、本当ですね?」


「ああ。」


 服屋の看板に向かって大通りを横切っていくと、何やら話していたおばさん達に微笑まれた。

 これは誤解をされたな。

 委員長からは背中に隠れてるから見えなかっただろうが。

 また小言を言われるとこだった。


「ほら、ここだ。」


「おや、いらっしゃい。あれま、見掛けない顔だねぇ。」


「ちょっと事故があってこいつの服をなくしちまってさ。新調してくれ。」


 前に委員長を出すと、彼女はまた赤くなってしまったが、店主のおばさんに連れて行かれた。

 が、俺が入り口脇に寄り掛かった途端に呆れた顔の店主が戻ってきた。

 なんぞ。


「あんな格好で女を歩かすもんじゃないよ! バカタレ! ほら、来な。男が一番に褒めてやらんでどうすんだい!?」


 いや、だから……。

 そいつは攫ってきただけなんだって……。






「…………また金がトンじまった。」


 何時間掛かったか……。

 しかも、勢いに負けて委員長の服を上下三着と下着も買わされた。

 有り金はほとんど消えた。

 払った金と買った服の重さがそんなに変わらなくて、バックパックの重さがほぼ一緒なのが悲しい。

 委員長はフリルの付いたブラウスとロングスカート姿になり、装備はランクアップしたのに少しげっそりしている。

 まぁ、店中の服着せられたからな。貴族でも堪えたか。


「さて、このままじゃ飯も食えん。一稼ぎしに行くか。」


 アッシュは行方不明だ。チャットとかないから一旦別れると見付からない。

 街中で《広域探査》やっても頭パンクするだけだしな。

 ふわふわした女連れてクエストに行くとか……。


 俺、馬鹿みてぇ。


「まぁ、安心しろよ、委員長。さくっと稼いだら飯食いながら話聞いて帰す。」


「私の名前はイインチョーではありません。クラリッサス・ウィルブント・テイン・サントニアオニキスと云う気高い名があります。おかしな呼び方をしないで下さい。」


「なげー。じゃ、後暫く付き合って貰うぞ、クラリス。」


「っな……無礼なっ! 貴族が愛称を許すのは家族のみ……はっ!? まさか……貴方……。」


 もうやだ、この女。

 百面相しているクラリッサスを連れてギルドに入る。

 予想通り突き刺さる奇異の視線。

 たじろいだ彼女を引っ張って掲示板の方へ行けば、ニヤニヤと下衆な笑いに迎えられた。

 よりにもよって一番ウザイタイプがいるし。

 気が立ってる時に限ってこんなんがいやがる。

 アッシュがいればこうはならないんだが、俺は見た目優男だからな……。


「よう、魔術師殿。女と二人で依頼かい? 俺のパーティはまだ空きがあるぜ?」


「要らん。せめて二流になってから来い。殺さず追い返すのが面倒だ。」


 シン、とギルド内が沈黙した後、見ていた冒険者が一斉に笑い出した。

 晒しものにしてやった男の顔は見る見る内に赤黒くなっていく。

 マジで、キレる、5秒前。


「ぶっ殺した〇★□※∴@?〜!!」


 5秒もなかった。

 相手がガチャガチャと長剣を抜く前に前蹴り、ヤクザキックをその腕の上から入れてやる。

 必然、剣も抜けず、STRとDEFの大きな差からサッカーボールの様に転がっていく。

 ド三流が。

 鈍い音を立てて頭を強打した馬鹿は気絶し、いつの間にか退避していた他の冒険者は大喜びだった。

 ホントしょうもねぇ奴らだな。


 気絶した馬鹿はパーティメンバーが連れていった。

 俺は悠々と掲示板を品定めしてリターンの大きい仕事を探していく。

 周辺の地理はアッシュから教えて貰ってあるから、迷ってしまうことはあるまい。


「あー、これにすっか。」


「…………ちょっと待ちなさい。貴方、これを一人で受ける気ですか? ノック・アントラーはEランクですが、パーティ推奨の群れる魔物。自殺行為です。」


「いや、あれ相手に人数揃えるのは駆け出しの頃だけだから。」


「ふざけないで下さい。どうせ私も連れて行く気でしょう? 殺す気ですか?」


 ひよこの如く後ろに続いて文句を言うクラリッサスをあしらいつつ、依頼書を取って受付にカードと合わせて渡す。

 なんか溜め息を吐かれた。

 別段強い魔物でもあるまいに何を大げさな。

 強引に受付させ、確認した受付嬢からカードを受け取り、また今日もお勤めへ。

 無断欠勤のアッシュ君は給料なしだな。

リーブラ所持金20G

アッシュ所持金90G

パーティ所持金680G

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