十話 善の在り方
「……………………。」
そろそろ本当に落ち着いたかな。
殺人光線出そうな睨みは変わらないけど、蹴りも怒声もないし。
閉じた本をバックパックにしまった時にちょっと唸ったきりだ。
罠を警戒してそろりそろりと近付いてみるが、ギロリと睨みつけだけで特に何もしない。
「大声を上げればまた同じことの繰り返しだからな?」
猿轡を解くために後頭部を触った瞬間、更に目付きが鋭くなった。
しかし、特に抵抗なく受け入れた彼女から猿轡を取る。
深い溜め息を吐いた彼女はまた俺を睨んで小さく唸った。
「謝罪と解放を要求します。」
「は?」
「私を誘拐し、長時間拘束し続けていることについての謝罪と即時解放を要求すると言っています。」
え、うわ……。
いや、言ってることは正しいけれども……。
どうしようこの人すげぇ面倒臭いタイプな気がしてきた。
「今まで一切危害を加えなかったことを考えて自首の余地を残して差し上げます。王宮への侵入と貴族の誘拐は重罪ですが、私は所詮三女ですから口添えで死罪は免れられるかも知れません。」
「…………あ、そう……。」
「ちょっと……嫌、何でまた縛ろうとするのよ!? これ以上罪を重ねるんむぐぐぐぅぅぅーー!!」
長期戦に、なるのかな……。
この人、俺がマジで最悪な類の犯罪者だったらどうするつもりだったんだろ。
気紛れで何もされなかっただけかも知れないのに。
あだ名は委員長で決まりだな。
手足の拘束まで解かなくて良かった。
「リーブラ、そろそろ治療屋を開く時間だが、その女性はどうするつもりなのだ?」
「あー……置いてく。」
『スリープ・ミスト』
「んん!? ひゃぇっ……ぅぅ…………すー……すー……。」
寝てる間に性格変わってたらいいのに……。
さて、今度は生活費稼ぎに行かないといけない訳だ。今日は大丈夫かね。
汚っさん効果がどれほどのものか疑わしいんだが。
扉に安置型の罠の魔法を仕掛けてから、アッシュに乗って窓から夜の都へと繰り出した。
隣の建物のへりに取り付いた狼は凄まじい勢いで家々の間を跳躍していく。
夜の外出って何でこんなに高揚するかね。
ああ、でも……。
ここは、本当に何処とも分からん場所なんだと。
星がない夜空を見ると突き付けられる。
「月だけぽつんと浮かべてよぉ。」
独りぼっちだって言われてるみたいで気分が悪いんだよ、こんちくしょう。
ザアッと夜空を店の軒に張られた幕が遮った。
目的地が近付いたから地面に降りて走り出したのだろう。四脚独特の振動が尻を叩く。
「これは……予想以上の集まりだ。危険かも知れんぞ。」
「構わん。目立つ場所に降ろせ。」
頑健な足が土を踏みしめ、バチッと爪が掻く音を置き去りに巨体が空に上がる。
束の間の無重力を味わう俺を小脇に抱えたアッシュが人垣を越えた。
広場中央の井戸の脇に俺を残して、灰色の風が駆け抜ける。
一般人からは風と共に魔法使いが現れた様に見えただろう。
中々粋な演出をする。
「…………治療屋、参上。」
三角帽子のつばをクッと下げて言うと、呆然としていた人々がどよめいた。
ちょっと気持ち良い。
ゲームだとロールプレイしててもスルーか笑われるかばっかりだったし。
魔法使いプレイ堪能しよ。
「我の求める対価を出せば如何なる傷病だろうと癒えようぞ。民草よ、我を求むるか。」
「魔導師様! お金はあるだけ持ってきました!! この子をっ……息子を!!」
「親父も同じ病で死んだんだ! まだ死にたくねぇ!! 助けてくれぇっ!!」
悲愴な叫びが静かな貧民街に谺する。
自分を。
伴侶を。
親兄弟を。
子供を。
友人を。
詰め寄り、縋り付く人々は全てが生への渇望に突き動かされていた。
まだ遠巻きに見ている者達も、この光景を見てじりじりと近付いている。
こっちに来てから俺が見失ったものを、彼らは見せてくれた。
ならば、応えよう。
長杖で井戸の煉瓦を突き、注意を引いて黙らせる。
「我は魔法使いぞ。此処にいる者全てに須らく手を差し伸べよう。我が魔法を必要とする当人が来ているなら前へ。」
杖で人垣を大きく下がらせると、逆に何人かがちらほら前へ出てきた。
九人。
皮膚病を患った女。母親に抱かれた子供。足を引きずった男。血塗れの包帯を巻いた少年。似たような人々が五人。
きっとまだいるだろう。
後ろにジャンプして井戸の屋根に乗る。
スキルを使って人々を見渡すと、まだまだいるのが視えた。
「(一気に片してやる。)」
月を刺すように杖を掲げ、ぐるりと大きく円を画いて同じ位置に。
瞬間、頭の中で《キュア》と《クリア》を唱えて、唱えて、唱えまくった。
陽光の中では見えなくなるほど弱い初級魔法の輝きが重なり、杖の宝玉が月より明るい光源へ変わる。
青と緑の鮮やかな魔力の燐光が多くの人を包み込み、現し世を惜しむ様に消えていった。
「(かけ漏らしはなさそうだな。)」
「…………あ、ぁぁぁ……ポール……こんなに安らかな寝顔を……。」
「治ってるっ……治ってるぞっ……。」
「私の肌が……こんなに……。」
「名乗り出てないのに……すげぇ……。」
誰が最初かは分からない。
人々は自ら膝を折り、手を組んだまま背を丸めて俺に感謝と祈りを捧げ出した。
確かに強いイメージを狙って演出をした。
しかし、思っていたのは歓喜の叫びを上げて跳ね回る人々の姿だ。
跪き、滂沱の涙と一緒に崇め称えられることなんか予想もしていなかった。
「ありがとうございます……ありがとうございます……。」
「精霊様! 魔法使い様! 私達に救いを与えたもうたことを感謝しますッ……感謝します……。」
「ふぐっ……うぅぅっ……ぐすっ……。」
静かで測り知れない重圧を持った空気が肩に掛かった。
そんな、気がした。
「魔法使い様!! 父を、父をお救い下さいっ……。病床に伏せ、立ち上がることも出来ないのです……。」
「テオドールを……テオドールを!!」
…………そうだ。呆けている暇なんかない。知恵が要るのはこれからだ。
歩くこともできない病人をどう治して回るか。
ここで来れない者を見捨ててしまえば、今して見せたことには関係なく信頼を失ってしまうかも知れない。
一人じゃ手が回らんな。
「アッシュ!! 手を貸せ!!」
真面目な質だし、打ち合わせ通り近くに隠れてるはずだ。
ああ、向かいの屋根にいたのか。
軽やかに飛び出したアッシュが人垣を跳び越して傍に着地した。
俺も横に降り、あらかじめ用意しておいた麻袋を持たせる。
「既に我が魔法を受けた者はこの麻袋に対価を入れて去れ。残った者は近い場所から回る。互いに確認し、一軒一軒案内するのだ。」
「リーブラ、幾ら払わせる。」
「ん? ああ。
100Gだ。
以上でも以下でもなくきっかり集めてくれ。」
「…………なっ……ひゃ、く? ……たった……100G……?」
ただでさえデカイ口がグバァと開いたアッシュの顔は禍々しいに尽きた。
杖で狼の顔を押しやってから、戸惑っている人々を二度目の煉瓦突きで気付かせる。
緩慢な動きだが、徐々に人々は二つの塊に別れていった。
アッシュの持つ麻袋に金を入れる塊と押し合いへし合い集まって住所を確認する塊の二つに。
俺は少し気が抜けて井戸の縁に腰掛けた。
まさか、こんなことになるとはなぁ。
「こ、こら、押さないでくれっ……。あっ、100Gきっかりだと……いや、助かるが……馬鹿者、幾ら入れる気だ……。」
「(ゲームの力だし……所詮は借り物みたいなものだけど、こんな風に使えて良かった。魔法職になって“しまって”……本当に良かった。)」
夜風が吹いて気持ち良く、三角帽子を脱いで髪を風に任せる。
そういえば、三角帽子を脱いだのは久し振りな気がするな。最初の街の宿屋以来か?
何となく、これが作ってくれる影が周りから自分を守ってくれそうで脱げなかったんだよな。
「リーブラ。」
「うん?」
呼ばれて目を開けると、大勢が跪いていて驚いた。
金を入れた奴からほとんど、下手すりゃ全員がこうしていたのか。
一心に手を合わせている。
子供も大人も、正直ろくでもないことしてそうに見える奴も一様に祈っていた。
「やめないか。我は正当な対価を貰い受け、力を行使しただけ。神や聖人が施しを与えたのではない。商売と変わらん。」
「いいえっ! いいえ、違いますとも、魔法使い様。治せもしないのに貧乏人と蔑み追い払う強欲な医者と違い、貴方様はたった100Gで奇跡を下さったのです!
それが……それが聖なる行いでなくて、何でしょう。」
「健やかな肉体があれば俺達はまた働けるかも知れない。家族を養っていける。これは精霊様の下さる希望。それを魔法使い様は下さった。」
「この子は生まれて間もなく病で長くないと告げられました。生きる喜びを何一つ味わうことなく死にゆく我が子に、全てを下さりました。」
「…………そう、か……。」
土下座の文化があろうはずもないこの世界の人々は、限りなく近しい姿で泣いていた。
祈りの所作のまま、額を地に着けて。
俺は、使った直後には回復するような魔力しか使わない初級治癒魔術しか使っていないのに。
これは騙していることに、ならないのだろうか?
次第に、顔を上げた人から最後の祈りをして去っていく。
皆、溢れる明日への希望に任せて空に拳を掲げたり、体を見回して嬉しそうにしている。
「まほーつかいさま。ありがとう! これあげるよ! おまもりなんだ!」
「あ、ああ……ありがとう。」
見覚えのない少年だった。
彼の宝物だったのだろう。真っ白な石ころを俺に渡し、太陽のような笑顔を浮かべている。
こんな少年、治した記憶が……。
「息子が失礼致しました。」
バタバタ走り回る少年を目で追っていた俺の前に一組の男女が跪いた。
息子、という言葉と二人の雰囲気から夫婦なんだと悟る。
父親の手には赤く斑模様になった包帯が丸めて握られていた。
包帯……?
「最初に前へ出てきた子……?」
「ええ、その通りです。皮膚が治らなくなる病を持って生まれ、怪我をしてしまう度に包帯で被っていました。
私達自身、あの子の笑顔を……いえ、素顔ですら……目にしたのは数年ぶりでっ……。」
「泣くんじゃない、カーラ。あの子はもう治ったんだ。」
そういう旦那の目からも涙が溢れていた。美しい涙だった。
ゲームで気楽に得た力でこんなことをしでかして、人からの敬意や金を手に入れて良いのだろうか?
言葉もなく呆けている俺の手を取って何か握らせた夫婦はスクッと立ち上がって息子の方を見た。
今は息が上がってしゃがみ込んでいるが、その顔は変わらず晴れやかに見える。
「それは祖母の代から継がれてきた指輪です。私達には確かめようもありませんが、魔術の手助けになる呪いが掛かっているとか。どうぞ受け取ってください。」
「本当にありがとうございました。いつか、いつか必ず御恩はお返しします。」
そう言い残して、夫婦は寄り添って歩き去った。しゃんと伸びた二人の背中が妙に目に焼き付く。
手の中の石ころと指輪が重くのしかかり、何様だ、と聞いているように感じてならない。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……平気だ。残った人の所へ回ろう。」
「乗れ。」
「いや、他の人もいるし……。」
「乗れ。今は、お前を乗せていたい。」
「…………分かったよ。」
俺は問いの答えを持っていなかった。
リーブラ所持金20G
アッシュ所持金90G
パーティ所持金5370G




