一話 魔法使い
眼前に広がる大平原。
サファイアのような青い月の浮かぶ夜空。
やや肌寒い気温。
来ている衣服の温もり。
手にした杖の硬い感触。
草一本生えていない岩山の頂上。
そこに独りポツンと立ち竦んだまま、帽子が飛ばないように手で押さえ、俺はただ一言呟いた。
「……誰か降ろしてー………。」
――……五分前。
VRMMORPGの最高峰と名高い《Zone of Ending.》における上級ダンジョンの一つで俺は戦っていた。
白銀に輝く鉱石が乱れ咲く地下水路の最奥地にある“龍”の巣。
轟音を伴う雷が一頭と二人の人間を焼き払う。
エネミータイプを表す赤いポリゴンとプレイヤータイプを表す乳白色のポリゴン。二つのエフェクトが中空へ儚げな発光の後に溶けて消えた。
俺と生き残ったもう一人のプレイヤー、ギリギリで雷撃から逃れ得た仲間の剣士が震える剣先を俺に向ける。浮島の中央から仲間諸共、大魔法でブッ飛ばした俺に文句を絶叫した。
「っにすんだ!? 危うく巻き込まっ……てか二人消しとんだわ!! ぜってー怒ってんぞ!?」
「いや、仕方ないじゃん。後四分で強制送還なんだから、気ぃ遣ってまごついてたらパーになるっつの。あいつらも分かってるでしょ。」
身の丈を超える杖で肩を叩きながら、メニューを開いてドロップを確認して帰還用アイテムを取り出す。
まだキャンキャン吠えている剣士に放ってやれば、慣れた仕草で受け取った。
飛んだ先で待っているであろうパーティメンバーの怒りを想像してるのか、深い溜め息を吐いた剣士は先に巻物を使用して拠点へのワープで消えていく。
消滅した仲間に倣って巻物の使用アイコンを押した俺も電子の光の中に包まれた。
しかし、俺だけは、この日拠点に戻ることは無かった。
――……現在。
山の寒さと強風に負けた俺は取り敢えず下山すべく動き出すことにした。
結果、岩肌にしがみ付いて次の岩を足先で探ると言う無様な。
それはそれは無様な姿を晒している。
と言うのも、三角帽子にマント、長大な杖を装備した俺は実に景気良く強風で煽られることが判明したのだ。
三角帽子は直ぐにも鳥の仲間入りを果たそうとするし、マントは船の帆と同じく風をがっつり受け止める。
主である俺を岩から引きずり落とそうとしやがるとは。
杖はひたすら邪魔だった。
「くっそぉ……何これ? 意味分からん。装備が風で飛ぶとか鬼畜仕様にもほどがあるだろ。」
三角帽子は腰に挟み、杖は背中の装着具で固定して両手はフリーにしてある。小山程度とは言えど、足の滑り易い岩山を降りるには些か以上に厄介だった。いや、マジで。
イモリのように岩壁に張り付いてのろのろと下がっていく俺の姿はさぞ滑稽だろう。
足を滑らせて思わず情けない悲鳴をあげてしまった。
何を隠そう、この俺。
高い所が苦手なのだ。
「あばばばばば! マントに引かれる! 落ちっ……おっ、おっ……ぐげぇぇぇぇ!?」
風に攫われたマントに負けて投げ出され、一メートルほど落下して地面と再会を果たした。
…………まぁ、小さい山だったし。
くそっ。
「………………えほっ……げふ……。」
静かに体を起こした俺はマントをぱぱっと払って杖を拾いあげると、辺りを見渡して小さく唸った。
確かホームのポータル使ったんだけど。
「何? ここ何? ポータルにバグでもあったかな……。ってかリミットは?」
おもむろに目の前の空間をサッと手で払った俺は首を傾げて同じ動作を繰り返した。
決して空気と戦っている訳ではない。
何の反応も無いとなると、モーションの反応が悪いか、サーバーにラグが発生しているかだろう。
音声入力も一通り試して、まだ何も起こらない状況にまた首を捻る。
試しに杖を掲げて“ファイア”と呟いた瞬間、岩山の肌を橙色の炎が舐めた。
音声入力は生きてるし、ラグもないらしい。モーションか。
「魔法は使えんだけどなぁ……。あ、《ステータス》! お、出るじゃん!」
俺の前に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
名前から何からプレイヤーの詳細情報がぎっしり書き込まれているそれを読み、ふと疑問の声を漏らした。
あるはずの項目が幾つかないのだ。
「ログイン時間何処行った? ってか、所属も消えて……耐久も無くね!?」
“ログイン継続時間”、“所属ギルド及びパーティ”、“HP”がなくなっていることに気付いた俺はガリガリと頭をいて辺りを改めて見渡し、天を仰いだ。
何か嫌な予感がするというか。
こんな状況は俗に言う……。
「………………いや、考えたくないことは考えない。それが良い。そうしよう。
GM待ちっぽいけど、フィールドエリアで待つのはなぁ……。でも、メニュー出ねぇから地図無いし……。」
まさかの歩きですか? テクテクですか?
マッピング全く無しの駆け出し以来なんだけど……。
しかも、始まりの街からじゃなくて平原から始まりの街見つけるとか鬼畜。
レベルは高いから体力はあるけどさぁ。
「…………一応やってみるかね……。」
頭の中で《広域探査》を唱えた途端、杖から魔力が広がって障害物や敵の存在を知らせてくる。
やがて魔力は減衰して消えていった。
岩の小山や森林は引っ掛かったが、人里らしきものはまるで感じない。
これはダメだ。
「ま、そんな上手い話はないわな。まずは魔物が少ない方へ行ってみるか。」
こんなことなら《遠視》とか《箒飛行》取っとけば良かった。あ、俺高いの苦手だ。
ぶっちゃけ戦闘系スキル以外はほとんど取ってないんだよね。《透視》は取ったけど。
理由? 聞くな。意味無かったよ。
しかし、訳の分からないバグもあったもんだな。制限時間超えてるけど、健康に害ないよな?
ログアウト出来ないとかどこのデスゲームだよ。このゲームにゃ天才二刀流剣士なんていないから、全滅エンド確定だし。
てか、GMまだかなー。
メニュー出ないからバグ報告遅れてんのかなー。
なー。
「…………………絶対考えない。」
此処が異世界じゃないか、なんて。
あっ……。
彼のプレイしていたVRMMOはレベルとスキルを用いていました。という設定
耐久(消滅
魔力
スタミナ(体力)
筋力
防御
魔法力
敏捷
器用
のステ構成で考えてますが、助言・質問があったらよろしくお願いします。