吾が輩は
吾が輩は猫である、……マルかバツか。
正解はバツである。
何故なら吾が輩は人間であるからだ。
以前は、猫のようなゆったりとした生活に憧れていた。
しかし、どう足掻いても吾が輩は猫にはなれなかった。
頬に可愛らしいひげを描いても、手のひらに肉きゅうを描いても結局のところ吾が輩は人間であった。
猫をかぶるのは得意である。
とりあえず笑っておけば、誰にも嫌われない。
相づちを打てば、楽しそうに自慢話を披露してくれる。
単純である。
つまらない。
吾が輩は人間である、……マルかバツか。
正解はマルである。
何故なら吾が輩は人間であるからだ。
そう、吾が輩は人間である。
利己的で卑怯で臆病な人間である。
自分を守るために嘘をつき、自尊心を保つために他人を傷つける。
そんな自分がこの上なく嫌いであった。
だから吾が輩は猫になりたかった。
誰かに気を使うこともなく、西日を背中に昼寝をして、腹がすいたら鼠を狩る。
そんな生活に憧れたのである。
しかし、それは夢物語であり、現実にはあり得ないことなのである。
さて、今日は友人が訪ねてくることになっていたのである。
基本的に人間は嫌いなのだが、その友人は数少ない心許せる人間である。
仮に名前をMとしておこう。
「こんにちはー」
早速、来たようだ。
「よく来てくれたね、Mくん」
「よう、おじゃまするぜ」
そう言ってMは靴を脱ぎ、部屋の中に入ってきた。
「汚い部屋だか、どうかくつろいでくれ」
「ずいぶんとハイカラで賑やかで素敵なゴミ屋敷だな。」
そう言ってMは吾が輩の部屋をジロジロと見渡した。
部屋には空になったカップ麺の容器やら漫画本やらくたびれたTシャツやらがいたるところに放り投げてあった。
「すまないね。これでも掃除はしたんだが、どうも整理整頓というものが苦手で」
「いやあ、構わねえよ。大学生の部屋なんてどこもこんなもんだろ」
そう言うとMは積み上げられたTシャツタワーに遠慮なく腰を落とした。
彼の尻に敷かれたTシャツたちの悲痛の叫びが聞こえてきそうだ。
「コーヒーでも飲むかい? インスタントしかないけど」
「ああ、頼むよ。」
「それじゃあ、淹れてくるよ。ブラックでいいかい?」
「砂糖たっぷり持ってきてくれ。苦いのは苦手なんだ」
「わかった」
コーヒーの粉末が入った壜を開けると香ばしい薫りが吾が輩の鼻腔を通り抜けた。
棚から二人ぶんのコーヒーカップを取りだし粉末を入れお湯を注いだ。
あっという間にコーヒーの完成である。
コーヒーカップと角砂糖をお盆にのせ、ウェイターに劣らずとも勝らない身ごなしでテーブルまで運んだ。
「お待たせ。さあ、飲んでくれたまえ」
「おお、サンキュー」
そう言ってMは角砂糖に手を伸ばした。
角砂糖がポチャンポチャンとダイブしていく。
コーヒーが跳ねあがるに連れて、きっとコーヒーの甘ったるさも跳躍的に上がっていくだろう。
彼の目の前にあるのはもはや砂糖たっぷりのコーヒーではなく、たっぷりの砂糖にコーヒーをかけたような有り様だった。
缶コーヒーだってもう少し遠慮するはずである。
それをぐびぐびと飲み込む彼はコーヒーという飲料を何も理解していないようだ。
「うーん、不味い。もう一杯」
どこかで聞いたことのあるフレーズだが、少なくとも君が飲み込んだそれはあまりに不健康だ。
「お前、飲まないなら俺が飲むぞ」
吾が輩が猫舌であることを伝えようとした時にはもう遅かった。
彼はすでにあのスイーツを作り始めていた。
「君は、身勝手だ。人の話もあまり聞かない」
つい本音が洩れてしまう。
「よくわかってるじゃねえか。俺、他人に気を遣うのとか苦手なんだよ」
と言うと彼はなんということだろう、身体を倒して居眠りし始めた。
はあ、と溜め息の後、どうして彼のことを気に入ったか理解した。
彼の住まいを訪問するときは、美味しいキャットフードでも持っていくとしよう。
最初の一文を書きたいがために書いた短編です。
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