4話
時期は、ゴールデンウイーク。
「はあ…」
またク最終日という事で、駅前の大広場は人でごった返していた。
三原先生から外出許可を貰い久しぶりの外出。、俺はその大広場で、ある人物達を待っていた。
「おそい…」
広場の中央にそびえ立つ、時計台で時間を確認。時刻は9時30分。集合時間の時間は9時だから、もう30分も過ぎてしまっている。遅刻するなと厳しく言ったのは向こうだった筈だが…。
「城崎くーん」
「…」
そんな事を考えているうち、やっと待ち人が姿を現した。
「お前ら…遅い」
「いや、ごめんね…。橘さんの着替えにちょっと時間がかかって」
「…」
遅れる理由を作った張本人は、特に悪びれた様子も無い。澄ました顔をしている。
そう、待ち人というのは、佐久良、橘の二人。
昨日の夜のこと。『折角のゴールデンウイークなので、橘さんも誘って、駅前に遊びに行きましょう』と、佐久良からメールが来た。もちろん、特に断る理由はなかったので、俺は二つ返事で承諾した。
佐久良のメールから、5分後くらいに、今宮と牧村にも街へ行こうと誘われた。だが…、先に佐久良の方に、行くと返事してしまったため、泣く泣く断るしかなかった。向こうはカラオケに行くんだっけ? 俺も行きたかった。カラオケ…。
「時間がかかったって…」
改めて、橘の服を見る。黒を基調とした、三嶋学園御用達の上着を取っただけのもの、かなり簡素な服装。これの何処に時間がかかる要素がある? つか、そもそもこいつが来た自体に驚き。てっきり、面倒だからとか、適当な理由つけて、休むかと思ったのに。
「何?」
「いや…」
あまりジロジロ見てたら橘に睨まれてしまった。相変わらず怖い…。こいつ、目元が少しきついから、普通の顔でも不機嫌の様に見えてしまう。もっと、愛想良くしろ。
「実はね…。橘さん、私服が臙脂色のジャージしか無くってさ…。私も驚いて驚いて…」
「え?」
佐久良さん。さらっととんでもない事言いましたよね?
「橘さん。そのジャージで出かけようとしたら、慌てて止めて、着替えさせてたら…その」
「…はは」
…なるほど、それは時間がかかる訳だ。
「…別に、服装なんて。どうでもいいでしょう」
服は着れれば良いのよ、と非常に女の子らしくない発言をした橘。その発言を聞いた佐久良は「あぁ…」と、顔をしかめて、こめかみを押さえた。
「とりあえず。3人揃ったんだし、行くか」
「…そうですね」
こうして俺達は、ゴールデンウイークを満喫する事にした。
俺達が向かった場所は、駅から徒歩数分の所にある、能見ショッピングセンター。
買い物だけでなく、食事処や娯楽施設を完備し、家族とでも、友人とでも、恋人と来ても、一日中楽しむことが出来る、能見市でも最大級の施設だ。
ただ、一人で来るのは、あまりオススメしない。ミジメになるから。
此処に…最後に来たのは…4ヶ月前くらいだったかな? 確か久留米と付き合って間もない頃に来て、二人で色々とやった記憶がある。
「…それで。これからどうするのかしら?」
ゴールデンウイークという事で、多くの人々でごった返す能見ショッピングモール。その熱気にやられたのか、橘の口調はどんよりとしていた。
「そうね。本当はウインドウショッピングでも楽しもうかなと思ったけど…予定変更ね」
佐久良は、ぐいっと、橘の腕を無理矢理掴む。佐久良、普段よりテンション高くなってないか。いつもの控え目なお前はどこに行った。
「えっ…ちょっと…」
そして橘を、近くの洋服屋に連行していく。佐久良は、橘の服を買いたいらしい。
「ほら、城崎君も早く!」
「…はぁ」
なんで俺も連れて行かれるんだろ? 不思議に思いながらも、二人の後をついていく事にした。カラオケ、行きたかったな…。
「…」
正直、俺は買い物というものを舐めきってた。欲しい商品を選び、それをレジで精算する。ただ、それだけの事、そう…思っていた。…この時、までは。
「橘さん、素材が良いからねー。何を着させても似合う似合う」
「ねぇ…。ちょっと…」
佐久良と橘は、試着室の一室を一時間近く占領。佐久良は、意気投合した店員と共に、橘へ似合いそうな服を片っ端から試着させまくっていた。
「…」
ちょっとしたファッションショー。挙げ句の果てには、試着室の周りに人だかりが出来る始末。
でもこれ…。かなり目立ちすぎてないか? 俺も見れてそこそこ楽しめたけどさ。
佐久良では無いが、素材が良いから、何着させても似合う。悔しいが…それは認めるしかない。つか…そろそろ、辞めさせた方が良いよな。つか、もう俺飽きた。
「もう飽きた。そろそろ終わっくれ」
俺は、服を選んでいる佐久良を掴まえ。試着室前の、人だかりを指差しながらこう提案する。
「ありゃりゃ…。これは少しやり過ぎたね…。わかった、もう辞める」
「…」
橘さんに似合う服の目星はもう着いてるからねー、と言い捨て。佐久良は試着室に戻って行った。…何と言うか、本当に楽しんでるな佐久良。
「佐久良さんとは、もう二度と一緒に買い物したく無いわ…」
洋服店を後にした俺達。
散々だったと言う様な感じで、恨めしそうに橘は呟いた。
「そんな事言わないでよー。橘さんだって、途中からノリノリだったじゃない」
「…まあ」
かくいう本人も満更ではないご様子。
頬を少し朱く染め、さっき買った洋服店の紙袋をギュッと握った。
「城崎くんも、楽しめたでしょ?」
「ああ…。まあな、それなりには…」
オドオドしながら、次々と新しい服を着こなしていく姿は。普段のクールな橘からは、考えられないギャップがあった。
「あなた…。見てたの?」
俺の事を冷たい眼差しで見る橘。あれ? 俺何か悪い事したっけ。
「そんなに怖い顔しないの。城崎君も褒めてたよ、橘さん可愛いって」
おいこら佐久良。何勝手な事言ってやがる。とばっちり受けるのは俺なんだぞ。
「…そう。まあ、仕方ないわね。私って、スタイル良いから」
「…」
「…」
俺と佐久良は、二人揃って絶句した。
…てっきり。俺は、罵られると思っていた。のだが…。時に人は、誰かの予想の斜め上を行く、動物らしい。
「それで…。これからどうするんだ?」
さっきの会話は、なかった事にして。俺は、強引に話を切り替える。
昼飯にはまだ早いしとは言え、他にやる事も見つからない。
「どうする? ゲームセンターでも行くか?」
「いや…。実はもう決めてあるわ」
「…」
ニヤッと不敵に笑う佐久良。なぜだか…、凄く嫌な予感がした。
「…」
どうしてこうなった。
次に俺らが向かったのは、女性用の下着を売っとる店。
もちろん、そこで待っていたのは…
「城崎君は、ここから先立入禁止。すぐ戻るからちょっと待ってて」
熱い置いてきぼり。
買い終わったらメールすると言い残し。佐久良は、橘と一緒に店の中へ消えていった。
「…遅い」
先程、実証されたように、佐久良達の買い物がすぐ終わる訳が無い。俺は40分近く、ベンチでずっと待たされる事となった。佐久良さん。これもう、俺居なくてもよかったんじゃないですかね…。
「…」
待つのも飽きた。少し、喉も渇いたので、ベンチから立ち上がり、自販機に向かう。
「城崎…?」
「…やあ」
私服姿の今宮、牧村と鉢合わせてしまったのは。その帰りだった。
「お前ら…。カラオケじゃなかったのか?」
「カラオケは、混んでいたから諦めたんだ。…というより城崎、何故お前が此処に居る? 用事はどうした?」
「えっと…」
今宮が怖い。それに対して牧村は、意味ありげにニヤついていた。…何故?
「…実は。今宮メールの前に、違う奴らと此処に来る約束をしてな。…だから、一緒に行けなくて、悪かった」
ぺこり。俺は頭を下げて謝った。
「それで。その違う奴らとは、何処に居るんだ?」
「えっと…」
どうしてだろう。本当の事を喋ったら最後、生きて帰れない気がする。つか、今宮はご機嫌ななめなのはどうして?
「…佐久良さんと、橘さんか」
「…え?」
あれ? ばれてる?
「なぁ城崎」
すると。牧村は、自分の顔を俺の耳元に近づけた。
「姐御の気持ちも察してやれ」
「…あ?」
「実はな。洋服店でのファッションショー。…俺らは偶然、それを見ちまったんだ」
「…マジか」
だが。それと、今宮の機嫌が悪い事の二つ。どうやったら繋がる?
「…ったく。鈍いなお前…。姐御は今、悔しがってんだよ。どんな理由であれ、友達である俺らの誘いを断って…」
「大成? 何をヒソヒソとしている?」
「いえ! 何でもないです、何でも」
さっと、俺から離れる牧村。さっきから、今宮が怖い…。
「おーい。城崎くーん」
最悪のタイミングだった。
「いやー、待たせてゴメン。選ぶのに時間がかかって…」
舌を出して、ドジっ子アピールする佐久良。橘は相変わらずの無表情。
「お詫びに、お昼は城崎の好きな所で食べて良いよ…って、あれ?」
そこで佐久良は、やっと今宮と牧村の存在に気づいた。
「こんな所で会うなんて、奇遇ですね…佐久良さん」
今宮が笑顔でこう言った。目が、笑ってないのだが…。
場所は能見ショッピングセンターから変わって、中華料理屋“南”へ。
佐久良が昼飯は俺の好きな所で良いと言った事から。ショッピングセンターからは少し遠かったものの、俺は迷わず“南”を選んだ。
「それで…今宮。何故、お前らまで着いて来る?」
「ん? 私らも空腹だったからだ。良いじゃないか?」
「まあ…」
初期メンバーから人数が二人、増えていた。
ちなみに、今回は人数が人数なので、俺は特等席ではなく。俺、佐久良、橘。今宮、牧村と向かい合って、テーブル席に座っている。
「………」
「…えっと」
今宮と牧村がきてから、何故か空気が重い。…というより、今宮が一人、不機嫌そうなのだ。
「ねぇ。…今宮さんだっけ。そんなに嫌なら…帰れば?」
「…なに?」
橘の奴…。火に油注ぎやがった。
「わかってる? あなたのせいで空気が悪いの。何が、あなたを不機嫌にしてるのかは知らないけど…。はっきり言って、邪魔」
「…お前に。邪魔とか、帰れとか言われる筋合いは無い!」
バン! と、机を叩いて今宮は橘を怒鳴りつける。おい今宮、周りの客に迷惑が…って。
「…?」
店内を見渡してみる。だが、俺ら以外の客が見当たらない。
おかしいな…。俺は小さな、違和感を覚えた。お昼は、南にとって、最も忙しい時間帯の筈。昔、この時間帯に来た時は、もっと賑わってた気がするが…。
「…呆れた。怒鳴れば良い問題じゃないでしょう」
「…っ」
橘は今宮をギロッと睨む。…いや、今宮を射抜いた、と言った方が正しいかもしれない。…これだけ、機嫌の悪い橘を見るのは始めてだ。
「…」
射抜かれた今宮は、何も喋る事が出来ない。今の彼女には、橘がとても恐ろしい相手として映っているだろう。
部外者の俺や佐久良、牧村でさえおっかないのだから。
「えっ…と? お邪魔だったか、な…?」「いえ…。とんでも、…ございません」
なんと。
炒飯セットを運んできた、鈴さんですら怯えていた。
「炒飯セット、5つ…。毎度…」
運び終えた鈴さんは、そそくさと退散していく。その鈴さんには、いつも備わっている活気がない。
「いただき、ます…」
恐るべし橘パワー。彼女だけは怒らしてはいけない。
そう思いながら、炒飯を口に運ぶ。
「…」
気のせいか。炒飯がいつもよりも、美味しいとは思わなかった。
「城崎君。ちょっと、良いかしら?」
ゴールデンウイークも過ぎ、夏服も解禁された、五月のあくる日。
「…ん?」
珍しいこともあるものだ。寮の談話室。その日の授業も全部終わり、今宮や牧村と適当にだべってると、橘に声をかけられた。
「…」
橘の姿を見ると、今宮が苦い顔をした。ゴールデンウイーク最終日の一件以降、こいつらの仲が致命的に悪い。
というより、今宮が一方的に嫌っている。一方、橘はその事に対して、何も感じてない様子。
「今から、一緒に来て欲しい所があるの。…着いてきて」
「はぁ。…今から?」
「そう、今から。大丈夫、外出許可証はもう既に書いてあるから」
「…うーん」
橘の提案は、本当に突拍子も無いものだった。つか、外出許可証もう書いてあるって、仕事早すぎだろ。
。
「それで、橘はどこに行く気だ? 能見ショッピングセンターか? なら佐久良の方が…」
「行くのは南よ」
「…何?」
南という単語に、俺は顔をしかめる。
「ゴールデンウイーク。…私達が食べに行った時、鈴さんの様子が少し変だった」
「…」
いやまあ、変になった原因はお前の気がするんだが。お前がビビらせてたんだろ。
「それに。お昼だというのに、お客さんが
全然いなかった。…私が昔、同じ時間帯に行った時は、もっと賑わっていたのに」
「…」
…驚いた。まさか、橘も同じ事を考えてたとは。
「わかった。着いて行けばいいんだろ。俺も、少し気になる事があったし」
「…そう」
「おい、城崎」
そこで、今宮が口を挟んだ。
「…城崎君。私、先に行ってる。学園の正門前で、落ち合いましょう」
「…あ、ああ」
そう言って、橘はこの場所を後にする。
「お前。あの中華料理店に行って、何をする気だ?」
「…」
何をするか。それはまた難しい問題だ。
「べつに、何もしねぇよ。炒飯食いに行って、あわよくば店の人からちょっと話を聞く。ただ、それだけ」
「………それは。橘さんも一緒じゃないと、いけない事なのか?」
「………」
今宮は、俺と橘が一緒に居る事が気に食わないらしい。
「まあ。あいつも俺も、あの店がお気に入りだしな。俺を呼んだのは、そのよしみだろ」
「…そうか」
今宮は、それ以上言葉を喋ろうとしない。「じゃ。行ってくる」
「おう。お土産よろしく」
牧村に意味不明な事を言われ、俺も橘の後を追っかけたのだった。
「えっと…あいつは何処?」
正降口で靴を履き変え、正門に到着。
「…居た」
少し辺りを見回すと、男二人組と口論している橘を発見した。
「お前…。何やってんだ?」
俺が橘の元に向かった時には、既に口論は終わっていた。彼女と、口論をしていたのは、いつしかの決闘で闘った藤森と山井。二人は、あの時の様な高圧的な態度では無かった。…むしろ、今は蛇に睨まれた蛙の様に、縮こまっていた。
「ああ、城崎君。二人に、この自転車を借りようとしたら、断られちゃったから…。ちょっと私、が本気を出して、借りれるようにしただけ」
「…」
ようするに。藤森と山井を脅して自転車をぶん取ったんですね。
橘さん。本気で怒らせたり、不機嫌にさせたりしたら、怖いしね。俺も何回か無理に話しかけて、怒らせた事があるからわかる。
「それじゃあ。藤森、山井。ちょっと、このチャリ、借りるわ」
「ど、どうぞ…」
「ちゃんと返してくれるなら、好きに使って…どうぞ…」
よく見ると、二人とも少し涙ぐんでる。…一体どんな事を言われたんだろう。
「運転は城崎君に任せるわ」
自転車を、校門前まで押して行き。タイヤの空気圧などを確認した後。サドルに跨がると、橘はチャリの荷台にちょこんと腰かける。
香水だろうか? ふわっと、柑橘類の甘酸っぱい、良い香りが、鼻孔をくすぐる。
「でも…。もし転倒でもしたら…。ただじゃ、おかないから」
「…はいっす」
そして俺は、ゆっくりとペダルを漕ぎ出す。
いざ、南へ。