第二話 真夏日
「この現代っ子め。どーせ64とかプレステばっかやってたんでしょ?」
「ろ、64?!」
「プレステ??!」
3番事務所は海の近くの、どこか南国を思わせる外見の事務所だった。
6番と同じように街の警備や死者蘇生の手伝いを生業として、役所から多額の報酬を貰って経営の種としていた。
その一室にて各事務所の隊長会議が終わって、スーツ姿で廊下に出たラビヴィエルはホールでナンパにいそしむ部下の頭を引っ叩いて帰るところだった。
昼も近くなり、時間に遅れないようにやや急いで歩くラヴィエルとは対照的に、
渋々駐車場に向かって歩を進めるハンスは、相変わらずの無収穫をいつまでも嘆いていた。
いいから早く乗れ、と背中を叩かれてハンスがやっと助手席に着く。
ラヴィエルも身軽に運転席に乗り込みシートベルトを締めると、手慣れた風にブレーキを解除し、ギアをドライブに入れて、ハンドルを素早く切って駐車場から公道に出た。
車は軽快に臨海地区を目指していた。
「あいつら、強くなったな」
信号待ちの車内、ぽつりとハンスが呟いた。
まるで父親のように穏やかな言い方だった。
「・・・強くならなきゃ、困るだろ」
視線をハンドルのむこうに向けたまま、ラヴィエルがそっけなく答えた。
「なんつーか、特にリベルは度胸がついたよな。
イジスタに勝てると思わなかった。正直」
「俺も思ってなかった。仮に剣を向ける事が出来ても、イジスタさんを叩けるとは・・・」
「なんか、お前に似てきたよな」
「そうかもな。でも俺は・・大概甘いよ。ジョルジオの時だって、サンディ達に気付かされたから。
やらなきゃ、やられる・・って」
信号が青になり、再び車内は静かになった。
今度はいくらか思いつめたような表情で、ラヴィエルは道の先を見つめていた。
長年の付き合いで培った、ハンスの直感が働いた。
「ピエットの肩、まだ治ってないのか?」
「いや、どうにか塞がった。動きも問題ない。
でも・・・あいつが無事で済んだのは結果論だ」
「おい、そんなこと言ってたらキリないぜ。もしもの話とかさ」
「命を落とした者だって・・・居る。俺の指導の下で」
「よせよ、ラビ。承知の上じゃねえか。どうしたんだ?お前」
「本人は覚悟の上だろうが、残された者はどうなるんだ?
ハンスは耐えられるのか?もしお前の大切に思う人が・・・無残な姿になっても」
「・・・」
「ピエットには恋人がいる。通信記録をしている、小柄で清楚な人だった。
・・・そりゃ、作るなとは言わないし、この世界で所帯を持つつもりなら応援してやりたい。けど、誰かを残して死ぬ辛さを、あいつは時に思い出したりしないのかな・・って」
「・・・うーん」
「悪い。考えても仕方ない事ばかりだけど、時々頭から離れなくなるんだ」
砂浜の近く、砂利敷きの駐車スペースに入る。
ラヴィエルが車をバックさせようと窓から頭を出した時、少し真剣な声でハンスが呼んだ。
「ラビ」
「・・・何だよ?」
ハンスに向き直り、思わずブレーキを踏む。エンジンの音が断続的に聞こえた。
「お前、リベルにちゃんと言ったら?」
瞬時、ラヴィエルは真顔になった。
間をおいて、車がゆるゆるとバックし始めた。
数センチ動いて、思い出したようにラヴィエルは碧い眼をぱっと見開いた。
車はガクンと揺れて止まった。
「・・・何を?」
僅かに開いた口から、小さく、それだけ聞こえた。
「え?・・・好きって」
ラヴィエルは混乱の表情で視線をサイドミラーに移した。
じり、とタイヤが砂利を踏む音が聞こえた。
「ちょっと・・・まて。何でだ??どうしてそうなるんだ?」
「え?違うの?そうなんだろ??」
どうにか駐車を終え、ギアを変えてサイドブレーキを引っ張ると、エンジン音が止んだ。
ラヴィエルは俯いたまま静かに答えた。
「・・断じて違う」
しかしその返答を、長年の相棒は信じなかった。
「嘘だ!オレにはわかるぞ!!隠したってダメだかんな!」
「な、何でそうなるんだよ!俺が一度でもそんな素振りを見せたか?!」
「見せたよ!お前自分じゃ気付いてないだろうけど、結構分かりやすいし」
「お前の勘違いだろ?もう行くぞ!さっさと荷物を下ろせよ!」
「あー!逃げるなよ!!協力してやるからさ!認めろよな!」
「お前の手を借りる事なんて何もない!言い触らしたら斧で真っ二つにするからな!」
「あはははっ!!認めるの?!ねぇねぇ!ラビ!認めるのか?」
「違うって言ってるだろ!お前、しつこいぞ!」
真昼の海岸に、青春の言葉たちは暫く木霊していた。
昼前に事務所を出たイジスタ達の車は、高速道路を抜けて3番事務所のあるベレシート自治区と呼ばれる特別な空間にはいった。
この世界の大陸はこの地区から始まっているとの事で、海の向こうには何も見えなかった。
一度テレビでこの世界の地図を見たが、四国を3倍に拡大したような大陸にたくさんの道路や線路があって、小さな島国のようだった。
地図に無い海の向こうに地獄とか、神様が住まう場所とかの別世界があると聞いたが、そこへ行く方法は誰にも分からないそうだ。どんな船をもってしても、上陸できるような島は未だ見つかっていないと言っていた。
この小さな共和国は遥か昔に神様が作ったとされ、便宜上から天国第3区と呼ばれていると、のちにリンディーさんから聞いた。
「3番の事務所って・・・なんか沖縄っぽいですね」
「海が近いからね。俺も最初来たときそう思った」
「ラビさんとハンスさん、何の用事だったんですか?」
「ラビさんは会議。ハンスは、どうせ付いて行ってナンパしてるだけだよ。昼には終わってるから、もう合流できると思う」
「僕、イジスタさんと隊長と遊ぶの初めてです」
「アデル、インドア派だしね。色白だから少し焼きなよ。
結婚して洗礼受けるまでお肌も老化しないしさ」
「別にお肌の心配はしてませんけど、外よりゲームの方が好きなんです・・僕」
「この現代っ子め。どーせ64とかプレステばっかやってたんでしょ?」
この言葉に反応したのは、やはり現代っ子二名だった。
「ろ、64?!」
「プレステ??!」
私もアデルの驚愕の声に便乗した。
ゲームはそんなにやらないけど、64やプレステが今や懐かしすぎるゲーム機なのはさすがにわかる。
もしもイジスタさんが今地上に降りて、現代っ子が持っているニンテンドー3DSを見たら驚愕するだろう。
助手席で窓の外を見ていたサンディさんが、自慢げに指摘した。
「イジスタさん、64の時代はとっくに終わってますよ。今はゲームキューブじゃないですか?」
『ゲ、ゲームキューブ・・・』
真顔で言うサンディさんに、私たちは顔を見合って何も言えなかった。
数間空いて、私とアデルは視線をあさっての方向にむけて笑いの波を堪えていた。
「そ、そっか・・・なんかショックだな。ゼネレーションギャップだね」
車が止まる。
海岸の間近にある駐車場で、既にラビさんは荷物を下ろしていた。
もう大体の荷物は砂浜に置かれ、ハンスさんはのんびりジュースを飲んでサボっていた。
サンディさんは着替えのために車内に残り、イジスタさんは大量の飲み物を確保しに売店に向かった。
付いて行こうとすると、ハンスさんが呼びとめた。
「ようよう、リベルどうだ?最近??」
「どうって・・私は元気ですよ?昨日も会ったじゃないですか」
後ろ手に折りたたみ椅子を引き寄せて、ハンスさんがどさりと腰掛けた。
椅子の脚が、砂に埋まった。
「違うよ、そうじゃなくて・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!冷たっ!!」
「きゃっ?!な、何ですか??」
垂直跳びのように綺麗に飛んで、ハンスさんは反り返って背中を見た。
「あの野郎!早速やりやがったな!」
「どうしま・・・あっ!!」
その出来栄えは、一体どういう技術で完成させたのだろうと感心してしまう程だった。
ハンスさんが腰掛けた折りたたみ椅子の背もたれだけに霜がびっしり付いて、そこだけ完全に凍っていた。
ハンスさんの背中の形に霜が取れている部分から、ゆらりと冷気が漂った。
「何ですかこれ?!」
「あいつ~!!おかしいと思ったんだよ!ドライアイスなんか大量に持って来て!!」
「す、すごい・・はは・・・。イジスタさんですかね?」
「ちげーよ!こんな事するのはラビくらいだろ!!」
「えっ!?」
大きなパラソルを担いでアデルと一緒に日陰を拵えているラビさんはこちらを一瞥し、『何だ?』と一言放った。あくまで無表情のまま。
「ふざけんなこのお調子者!!凍え死ぬわ!」
凍った椅子よりも冷ややかな声が、一本調子で述べた。
「一体何を根拠に俺だと言い張るんだ?身に覚えがないな」
「涼しい顔しやがって!覚えてろよ~っ!?」
ハンスさんは怒りの表情を消して、何かを含んだ笑いを携えながら車のトランクに何かを取り出しに行った。
苦笑いを浮かべるアデルは、今立てたパラソルの下に潜ってロープで固定していた。
手を動かしながら感動するような口調でラビさんに問いただしている。
「・・隊長がやったんですか?」
「・・・・まあな」
くすっ、と声だけ笑った。
「意外です・・隊長がそんな事、 うわぁぁぁぁっ!!!?冷たいっ!!」
アデルが飛び上がり、水飛沫が舞った。直後に大笑いするハンスさんの声が響いた。
明らかに浮かれきったデザインの、プラスチック製の大きな水鉄砲を構えたハンスさんが笑い転げていた。
可哀そうなことに、位置的な問題でアデルのみが被弾した訳である。
「なっ、何するんですか!僕関係ないですよね!?」
「へへ、悪い。誤射しちゃった」
「ハンス、お前射撃下手だな。クロスボウが使えないわけ・・・うわっ!」
ハンスさんは当然最後まで聞かず、引き金を引いた。
今度は見事にラビさんの顔にヒットした。
顔を顰めてワイシャツの袖で顔を拭うラビさんを見て、会心の表情で笑っていた。
着替えを終えたサンディさんが、遠くから見て笑っているのが聞こえた。
間近で見ていた新人ふたりも、隊長のまさかの被弾を無遠慮に笑った。
ふと、前髪をかきあげるラビさんと目が合った。いつか見たような悪戯っぽい笑みで一瞬で私に目配せをした。
何?シート?
ハンスさんが一通り笑って、満足げにレジャーシートの上に座った。
なんとなく、理解した。
さりげなく、ふたりでハンスさんの後ろを取った。
シートの上、無防備なハンスさんが、笑いで乱れた息を整えて水鉄砲を傍らに置いた。
僅か15センチ隣で、ラビさんが期を図って息を潜めていた。
心底楽しそうな眼で、ハンスさんの背中とレジャーシートの端っこを交互に見ている。
ラビさんが合図した。
シートの端をそっと掴み、ラビさんが口の動きだけで3からカウントした。
握る手に力を込めた。
・・・2、1、肩に力を入れた。
思い切り引いた。息はぴったりだった。
力の関係でラビさんの持ち手の方が上がってしまったが、とにかく綺麗なテーブルクロス引きだった。
立ち上がりかけていたハンスさんは驚いて小さく叫ぶと、バランスを取ろうとして前傾姿勢のまま走り、そのまま青く輝く水の中にダイブしてしまった。
後ろから、さっきよりも一層大きな笑い声が聞こえてきた。
隣からも、良く通る無邪気な笑い声が聞こえた。心の奥にふわり、とした幸せを感じた。
「お前ら~!!大人をなめんなよーーーーっ!!」
起き上がったハンスさんに腕を引っ張られ、私たちはあっという間に各々の服のまま道連れになってしまった。
ラビさんの着ていたスーツまで海水でずぶ濡れになってしまったが、当人は全く気にせずハンスさんを海に投げ込んでいた。どぷん、と良い音がしてハンスさんが水に沈んだ。
大きな水しぶきが舞い、煌めく。
暫くしてイジスタさんが止めに来るまで、私たちは取っ組み合って戯れていた。