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未完成7:朝起きたら毒虫が妹に変身してた

限りない一発ネタ、短編なのに途中で挫折。

 朝、起きたら、毒虫が妹に変身していた。

 

 妹だ。赤みがかった髮色の、とても可愛らしい、見るからに元気そうな笑みの眩しい妹である。

それは紛う事なき妹ととして、いつものように朝食のトーストを口に運ぼうとした、俺の隣に、何食わぬ顔で座っていた。


 制服は俺の通う学園の物。ネクタイの色により、彼女が一年生であり、俺よりも年下であることが窺えた。

 

 え、だれ? という顔で俺は向かい側に座っている寡黙な父と、穏やか母を見る。

 しかし反応は芳しくない、まるで何事もないように、母は唐突に凝視してきた俺を、訝るように首を傾げるたのだ。

 

 「……すまん、母さん、聞きたいことがあるのだが」

 

 「あらぁ、何かしら?」

 歳に似合わぬ若々しい肌、童顔、そして動作、いい歳した母が、あらあらとでも言いたげに頬に手を当てている。


 「母さん、この人は、どなたなのかな?」


 「まあ将ちゃんったら! 面白くないわよ? その冗談」

 

 どおりで息子に彼女の一人も出来ないのか分かった。と言いたげに頷きながら、俺のユーモアセンスの欠如を責める母。大きなお世話だよ! というかこの女の子だれなんだよ!


「しつこいわよ将ちゃん、ねぇムーちゃん? お兄ちゃん喧しいわよねぇ?」

 

 すると隣のムーちゃんと呼ばれた少女は、如何にも家族というような気安さで、俺の母親に頷き、まるで当然のように啜っている珈琲から口を離すのだ。


 「兄ちゃんは本当にもうね、その辺りの空気の読めなさがダメだよね。

なんというか掃除機の方が空気読めそうな感じ」

 

 「無機物じゃねぇかよ! というか誰なのお前、割とマジで」

 

「……うわぁ、こんなに空気読めないとか、ホントマジで兄ちゃん死んだら?

石の方が空気読めるよ? ホントマジで、ってか時間やば」


 「無機物にも負けてんじゃねぇかよ俺!」

 

 するとそこで今まで黙々とトーストを咀嚼していた寡黙な父が、新聞を畳んで立ち上がった。集まる家族全員の視線、この女は本当に誰なのか分からないけどな。


「将の好感度が、ストーンと下がる」


そして親父はまた席に座った。




 何か変な空気になったせいで、話がうやむやになってしまったけど、俺は誤魔化されない。この妹を名乗る女を当然、問い詰めた。

 

 横に並んで、同じ目的地へと歩く形になる。

 何か新鮮だ。今まで一人で登校していたのだから当然のことかもしれないが。


「で、お前は何者なんだ?」

「……いい加減しつこすぎなんだけど、マジウザイ」


 そういって俺を睨み付けた後に、携帯を何か操作し始めた。

俺だっていい加減にしてほしい。

まるで当然のように家に居る他人。

その正体が気にならないといったら嘘になってしまう。

 

 しかし聞けるような空気では既になく。とにもかくにも俺は粛々と歩みを進めるしかなかったのだ。

 

 かれこれ三〇分、バスも電車も必要のない、とても近くの中高一貫学園。私立設楽学園。

 俺と、俺が今日初めてその存在を認知した妹は、学校近くにあるという理由だけで選んだ学校の高等部玄関へと進み、そこで分かれた。

 

 俺の発言が気に入らなかったのか、最後には舌打ちされて、凍えるような冷たい瞳で睨まれてしまった。

 いやしょうがないだろう? だって俺、どう考えても騙されているとしか思えないもん。

 こうして二年生の教室の俺の席に座っている間も、俺が煩悶しているのは件の謎の妹のせいであろう。

 

 俺は比較的仲の良い、隣の席の山田に試しに聞いてみる。

「なぁ、俺って妹いたっけ」

「その日はじめて会っての開口一番がそれって……お前」

 

 まるで生ゴミでも見るような目で見られた。この野郎。


「ちげぇよ、真面目な話」


「……どう考えても巫山戯た質問の癖に、というかお前、妹居たの?

初耳なんだけど」


「だよなぁ」


「居るなら今度紹介しろよ!」


「……俺が紹介してもらいたいよ」


 こういう場合、誰に紹介してもらえばいいのだろうか。


当の妹なんだろうが、普通、妹は一歳しか違わない兄姉に自己紹介なんてしない。

俺でも分かる。普通しないのだ、するとつまり俺はどうすればいい。


「まあ、よく分からないけど、色々あるんだな、お前も」


 と、まるで哀れむような瞳で、俺は肩をポンポンと叩かれた。うわ、うぜぇ。

 

 

 

 チャイムが鳴り、皆が机に向かう。黒板の前、教壇に今日使うらしい資料を載せている世界史の山川先生の姿が見えた。朝から世界史か……。

 

 しかし俺にその授業に集中するほどの、心のゆとりはなかった。

 それよりもなによりも、今は、妹、と名乗り、母も父も妹と扱う、あのムーなる少女のことを考えるので精一杯だ。

 彼女は何者なのか。妹? いや俺に妹はいない。間違いない。俺は一人っ子だった筈で、

誕生日プレゼントも、お年玉も、俺は一人占めしてた筈なのだ。

 すると浮かぶ疑問は一つ。彼女は誰なのか。

 いや本当に。ムーちゃん。ムー。ム。

 ……ん? そこで俺は閃いた。推論が浮かぶ。


 

 彼女は、毒虫ではないのか?

 ムーちゃん。そうムーちゃんだ、母の飼っている毒虫の名前ではなかったか。

 今にもユリイカと叫び出しそうな剣幕で立ち上がった俺に向けるクラスの視線は冷たい。


「す、すいません」


 これもあれも、全てあの毒虫妹のせいだ!

 

 学校が終わると速攻で走り出す。

 廊下で二回三回ぶつかりそうになるが、気にしない。

 部活の顧問には、同じ部活の山崎が話しておいてくれる手筈になっている。

 俺には何よりもやるべきことがあるのだ。あの毒虫の化けの皮を剥がなければいけない。

 

 まず必要なのは証拠だ。そう考えた俺は、あの妹が帰ってくる前に、押し入れにしまってある古ぼけたアルバムから、昔の写真を取り出して、あの毒虫に突きつけてやらねばいけないのだ。

 

 駆けに駆けて、一〇分。体育の授業でもまず出さない全力の走りで俺は家に到着した。


「ただいま!」

 と怒鳴り立てるように家に入り込んで、取るもの取らず、下ろすものも下ろさずに、家の隅にあるいつもは使われない和室へとダッシュ。

 

 八畳ほどの埃臭いその部屋には、特段なにもなく、そこの押し入れを母は物置代わりに使っていたのだ。

 

 短いフローリングの廊下を駆けて、母親の怒鳴り声が聞こえてくる。

 気にせず見えてきた襖に手を掛け、それを思い切り開ける――

 

「ぇ、へ? へぇっ!?」


 そこには着替え途中の毒虫が居た。

 それは人の形をしていて、肌が白くて、まるでマシュマロのように柔らかそうな形のよい胸の膨らみは扇情的で、羞恥からか真っ赤に染まった肌の色、赤みがかった髮の毛が、安い蛍光灯の明かりと絡み合って不思議と幻惑的。

 身体を懸命に押さえているが、胸の膨らみと、下半身にある毒虫の最も毒虫な部分を覆っている布は、俺の視界に捉えられていて、俺の心を掴んで離さない。


「……うぉ」

「……へ、へっ、変態! 本気で馬鹿なんじゃないのキモイ!!

と、というか早く出て行ってよ、はやく!」

 

 トマトのように真っ赤な顔で、凄まじい眼光の鋭さで睨まれて、俺は大人しく襖を閉じる

 マジ、あんた死ねッ!! 本当に兄貴、キモイ!

とかなんとか、目の前、白い襖の向こうから聞こえてくるが、気にならない。

それよりも気になるのは先ほどのあんとも幸運な眺めで……ではなくて、何故ここに妹がいるのか。ということであった。

 

 先ほど襖を開いた本来なら八畳間の和室である部屋に、在ったものを、俺は逃さず見ていた。

毒虫のなんとも毒虫ならぬ、どうみても人間そっくりのその肉体だけではなく、視界には部屋全体を覆っていたデコレーション、ピンクの壁紙に、ポスター、ぬいぐるみ、脱ぎ散らかされた服に、雑誌、ポテトチップスの空袋。


 これは、つまり此処が毒虫妹の部屋である。らしいことを示している。

 おかしい、昨日、俺が眠りに就くまでは、ここは確かに埃臭く、我が家で一番生活感という言葉から遠い部屋であった筈なのに。


「これはどうしたことか」

「アンタがどうしたんだよッ!!」

 

 何か聞こえてくるが気にしない。多分気のせいだろう。

 しかし、どうすればいいのか、これでは妹が毒虫である証拠が掴めないではないか。

 俺には妹などいないということを示す証拠は、この調子では存在しないかもしれない。

 平穏な我が家に侵入した外敵。俺だけが正気なのだ。なら俺がどうにかしなければ。

 そうして俺は踵を返し、リビングへと移動した。日本語で言うなら居間。

 

 

 

 そこには足の爪の手入れをしながら、ポケーッとテレビを見ている母が、白いソファーに座っていた。

 俺はもう一度、縋るような思いを込めて、母へと話しかけた。


「なあ、俺に妹なんていないよな」


「いないわけないじゃない、というかまだ言っているの?」


「あのムーとか言うのは、何者なんだよ!」


「……いい加減、つまらないよ、将ちゃん」

 凄い冷たい声。俺を一瞥する瞳はとても言葉では言い表せないほどに凄絶。


「……ねぇ、母さんさ、昔、虫を飼っていなかったっけ?」

「虫? 虫ねぇ、確かに虫は好きだけど? 飼う程じゃあないわよ。

子供が二人も居たら、忙しくてしょうがないしね」

 

 覚えていない? いつもいつも毒虫をムーちゃん、ムーちゃんと言って可愛がっていた母親が毒虫のことを覚えていない?

 なんなんだよ、これは!?


「ねぇ。あんた朝からどうしたの?」

「……どうもしないよ」

 

 そう言うのが精一杯で、俺は、力無く項垂れて、廊下へと逃げることしかできなかった。

 誰か認めてくれ、俺に、俺には妹など居ないのだと!

 あの妹気取りの少女は、一体何者なのだ。やはり毒虫なのだ。そう信じたいのだ。

 そうして壁に手をついて苦悩を味わっている俺を見て、うげぇと声を出す一人の存在。


「兄貴、マジ最低だったんだけど、さっき」

「……」

 

 俺に声を掛けてくる毒虫。赤い髪が首にかかっている。顔も少し赤い。いっちょまえに照れているのか、毒虫の癖に。


「なぁ、お前はさ、毒虫なんだろ?」

「……はぁ!? なに言ってるの? ギャグ?」

 つまらないんだけど、というか意味わかんない、とかなんとか続けているその毒虫の姿に俺は耐えられなかった。

「お前は、毒虫なんだろッ!? 毒虫って言えよ、糞毒虫がっ! 潰すぞッ!?」

「キャッ、っつぅ、痛い、痛いよ兄貴……兄貴?」

 

 思わず肩を掴んで、俺はこの毒虫を壁に叩き付けていた。

 そして肩にギリギリと食い込む俺の指。握力の全てを、毒虫の肩に込める。毒虫を、小さな哀れな毒虫を、潰してやろうと凶暴な意志を込めて。

 

 毒虫は怯えている。涙が目の端に浮かんでいた。


「っ……あ、兄貴、朝からおかしいよ、どうしたの」

「俺は、おかしくなんかねぇ! 可笑しくなんかねぇんだよ!?」

「っぁがぁ、痛い、痛いよ兄貴、兄貴ぃ」

 

 糞毒虫は、まるで裏切られたかのように俺を見る。瞳を震わせ、潤ませて、生意気な口ぶりはすっかり身を潜めていた。後ろで扉の開く音。喧噪を聞きつけた母だろう。


「お前は、人間じゃない! 妹でもない! お前は毒虫、毒虫だッ!」

「何をやってるの将!?」

 

 俺は舌打ちをして、そこで毒虫を放す。毒虫はまるで俺の本当の妹のように見えた。

 彼女は非道く怯えた様子で、涙を流しながら、母に縋っている。

 母はまるで鬼神のような剣幕で俺を睨み付けていた。

 三人は殺していそうな、凄まじい眼光が、俺を射殺すように見ている。


「将」


 低く呟かれた言葉から、逃げるように俺は背を向けて、玄関へと走り出していた。

 そしてそのまま家の外へ、俺は走る、俺は逃げる。

 訳のわからない現実から、母から、家から、何よりも毒虫の筈である、あの奇怪な妹から、俺は逃げた。逃げて逃げて走り脱けた。

 やがて河原へと辿り着く。

 

 

 

 現実を逃避するなら河原が一番だ。

 遙か西の大空に、浮かぶ真っ赤な太陽の、山並みに沈み行くさまのなんと綺麗なことだろう。真紅、赤、朱、橙、薄橙、白、水色、薄い青、青、藍、紺、深い紺、黒に近いが黒ではない色、そして黒。幻影の如きグラデーションに照らされた川は、まるで黄金に輝く神の歩道で、俺はなんともなしにその光景を見ていた。

 「妹は、居ない、居ない筈……なんだ」

 

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