未完成3:黒人主人公・ファンタジーモノ
1
ウバニベェス・ボロンゴがその日の狩りを終えたのは、日も暮れてしばしの時が過ぎてからだった。
ハナザのサバンナでの砂竜と大翼手虫の大発生の対応に追われていたからだ。
いつにもまして黄金玉の輝きが強く、乾きの神が活発に活動していることが窺えた一日は、
ボロンゴの黒曜石にも似た研ぎ澄まされた肉体にも多くの呵責を与えた。
木製の槍には赤犬の氏族、鷲鼻の導師ハッ=ブ=レの加護が掛かっている。
複雑な蛇を模した紋章はその証だ。
ウバニベェス・ボロンゴは、己の名、積み雲の氏族における大地の勇士としての証。
ウバニベェス、即ち『黒』の名を重荷だと思ったことはない。
それは彼を祝ってくれた氏族の仲間。彼を生んだ母たち。そして世界の親たる大地への裏切りとなるからだ。
七人の卜者が三日三晩、祈りを捧げ、巫女が最後に告げた言葉こそ、
邪悪にして忌むべき色、『黒』の名であった。
世界の彩りの名を関する男は、勇士になる定め。
黒、即ちウバニベェスはその証で、それはボロンゴにとっての誇りでもある。
しかしそれでもまだ若いボロンゴにとって、このような苛烈極まりない一日。
「熊男の異種氏族」が言うところの「なによりも赤い陽の下」と呼ぶような日に、
遠くハナザのサバンナにまで狩り出されては、流石に嫌気が差すというものである。
ボロンゴは仕事を終えて、砂竜の肝と外皮を剥ぎ取った。
その素材の多くは生活の糧になる。
食材として、また錬金術と文明人が言うところの技術の素材として、
もしくは呪いの為の、そして術を使うときの触媒として、
機械の素材として、武器の素材として、薬の原料にもなり、神への供物にもなる。
無数の使い道があるこれらの素材は、文明人との交易や、氏族民の直接の生活の糧ともなるのだ。
それを大氏族連合の一員である盗斑の一族が、大氏族が所有する唯一の都市、
「沼のほとり」のポロックスへと運び込む手筈になっている。
いつものように、滞りなく仕事は済んだ。
優秀な村の戦士が両の手の数(文明人が言うところの一〇)いても、
あるいは打ち破られるだろうその凶悪な獣、そして大昆虫、根の国から来る悪意の塊は、
ボロンゴにとってはただの肉塊、狩るべき獲物にすぎないのだった。
『黒』ボロンゴ。文明人の神話に登場する黒い悪魔にも似た、漆黒の肌を持つ一人の戦士。
大氏族にその人ありと言われる、最も若き勇士であった。
身体に僅かな疲れを感じながら、黒のボロンゴは己が居を定めた集落。
「南砂の浜辺の椰子の木」と呼ばれる集落へと帰り着いた。
人の数は五〇〇。それも多部族の住民によって構成されている特殊な集落だ。
莫大な広さを誇る砂海がこれより南に広がり、
また東にはサバンナ、そしてその先には馬の民と黒の髮の交易民が住まう青の大地が存在する。
西には、山脈、怒りの山嶺、喜びの山霊が住まう巨大な岩と砂と土の領域が待っている。
それらの領域への中継点、基地の一つとしてこの集落はあるのだ。
それ故、多部族の、出稼ぎ者ばかりが集落のテントに住んでいる。
ボロンゴの生まれは「積み雲の氏族」。
ここよりもっと「海に近い」(北と文明人は言う)そして「山に近い」(西)
ところにある古参の山脈部族の出身であった。
しかしかれこれ一五年前(一五の雨期が過ぎる前と氏族人は言う)
氏族民も住むこの大陸の中心域を支配していた帝国の勢力が、
さらなる強まりを見せ始めたのを契機に、
山脈氏族二二、北林氏族七、砂海氏族四、北小山脈氏族一二、中央サバンナ及び小砂漠氏族三二、
東ステップ~草原氏族四、北海岸氏族二に、遊民氏族一七を加え、
一〇三の大氏族連合が発足した。
兼ねてよりの恨みはある、因縁もある。
それでもその近き怒りを越えて、手を結ぶべき脅威が在った。
大帝国、既に数百年の時を経て莫大な膨張を得た、大帝国八四領の伸張が、それに他ならなかった。
二〇〇年ほど前に、自らを文明人として、異種族と周辺小氏族を野蛮人と蔑んだ彼らは、
氏族社会が営まれている大陸東方に「ケルベェの壁」を打ち立てた。
しかし帝国の膨張主義は、その壁を越えてかつて八氏族が居を得ていたアナントリア地域、
氏族民が「海へと繋がる微かな豊穣」と呼んだ地域への強制的入植を行ったのだ。
それが一七年前であった。
その後、度重なる紛争を経て、現在は敵対的な共存関係として落ち着いたと言えるだろう。
地の利を駆使したゲリラ戦法に手を焼いた帝国が、大氏族の住まうその他の土地に旨みを感じなかったというのも、
一つの大きな要因ではあるが。
ともあれ、緊張は維持されたまま、一先ずの平和は成り、入植地は半減し、そして大氏族は維持された。
新しい状況には、新しい営み。
古くに黄金滴の部族に居たとされる賢者の言葉である。
こうしてボロンゴのような戦士が、日々狩りに精を出し、それを使った新しい氏族経済が生まれたのだった。
ともあれ、この多部族集落「南沙の浜辺の椰子の木」も、そういった融和的な氏族関係と、
新しい生活の為の仕組みとして生まれた新しい集落なのであった。
蚊によく似た虫が、篝火に焼かれているのが見える。
『怒りの火神』への供物を代償に、生まれた火の奇跡だ。
個人の内に潜む魔力(内側に溢れる神の息吹、と氏族社会では言う)
とは違い、神との契約、信仰心によって引き起こされる奇跡は、
こうして集落の夜を昼のように照らしている。
この奇跡を引き起こすための供物としても魔物の肉は使われた。
こうした火の奇跡の乱用とも言える状況に、老人や、長と呼ばれる氏族の古老たちは、
正しい営みの在り方を歪めるモノとして、渋い顔をしているが、
しかしこれも時代の流れであるのだと、少なくともボロンゴはそう考えていた。
肉を炙る音、油の弾ける音、光によってきた羽虫の大群。
「貧しい狼」と呼ばれる動物や、火喰い鳥、屍噤みの羽ばたきが聞こえる。
集落の外には危険が満ちている。
ボロンゴの漆黒の肌、黒曜石そのものの黒く逞しい肉体に透明な汗が滴った。
深い夜と暑い夜は、獣の悪意を隠しきれない。
過酷なサバンナの夜、常に一〇数人単位の歩哨があちらこちらに窺えるのもその為である。
緊迫した、しかし暑く気怠い夜。
炎の薄明かりに照らされ、歩くボロンゴを見て、
幾人かの戦士がそれぞれの氏族の挨拶する。
手を挙げる者、頭を下げる者、手を上下に振る者、顎を撫でる者、
武器を掲げる者、跪く者、跳ね飛ぶ者、回る者。
多種多様な挨拶に、ボロンゴも黙礼で返す。
生ぬるい風が吹き、砂が飛び、暑い夜がますます暑く感じられた。
氏族の共通語として使用されている、
「東の早馬」族の氏族語があちらこちらで飛び交っているのが聞こえる。
かつて一五〇年前に、未だ若き帝国へと侵入した大氏族。
遙か東、大サバンナを越えて、なお東の大草原から向かってきた恐るべき大進撃。
怒濤の進撃の下、大陸東部のサバンナ―北林―大山脈も当然その支配を受けた。
その時の支配の名残は、全氏族に残っており、その為、残っていた「東の早馬」族の言葉をまとめ上げ、
無理矢理に共通語としたのは一五年前。
育った氏族、集落を出ることない女や老人は自分の氏族の言葉しか喋れず、
それはとりもなおさず近隣の部族や、先祖を同じくする部族のみの交流しか可能としない。
が、しかし外に出て、共に戦い、各地を転戦し、歩き回る、戦士や交易者、巡回卜者などは、
既に己の部族の言葉ではないこの「東の早馬」族の言葉を、かなり巧に操れるようになっている。
見れば幾つかのテントの前に
「天の肌」の部族、あるいは黒長耳族の女が、たむろしている。
これは彼女たちの天職が奉仕であるからだ、
しかしボロンゴは、今日はその悦びの奉仕を受ける気持ちではなく、そのまま隣を過ぎ去った。
媚びるような探るような、舐めるような、あるいは蛇のようなその瞳の色が、
黒のボロンゴは苦手であった。
無論ボロンゴとてひとかどの勇士、今年になって『二三周目の年輪を体幹』を持つと既に祝われた、
とうの昔に成人の儀を住ませた男の中の男であった。
但し彼は、ストイックだったのだ。
ともすれば求道的な、戦士の中の戦士、戦いに身を置き、神への祈りを捧げ続ける黒曜肌の男。
彼は余りも女と寝ないため、悦びの奉仕を天職とした女たちの間では、
彼と寝たことが一つの自慢となるほどであった。
戦いの後に女と寝るのは、身に纏わり付いた、血と悪、闘争と信仰、土と埃の穢れを、
洗い流す、生を宿す神聖な行為により、死という罪に関わる行為を洗い流す意味を持つのだが、
しかしボロンゴは、気にせず、むしろ洗い流すことを拒否するように、
今日も、己が張った白布(白皮大蛇竜)のテントへと入っていったのだった。
2
漆黒の肉体、眼光は赤く、射殺すような気配を身に纏っている。
彼は戦士であり、そして求道者であった。
そしてまた若者でもあった。
悩むことは多い、郷里の母たちを思う
(積み雲の氏族では、母は数人の母集団を作り、男を時折招き、子供を身ごもるという形態を取っている。
男は子育てには関わらず、母たちは一人の母が生んだ子を己たちの子として育てるのだ。
生みの親と育て母たちの間には全く差異がなく、積み雲の氏族では全ての母を等しく母と思い育つのだ。
そして齢が一定を越えた頃から、村の男たちが開く戦士集団へと加わることとなる)
ボロンゴの生まれた集落とは大分遠い大地の息吹は、当然のことだが、奇妙なモノに感じられる。
母の大地と繋がっているのは知っているが、身体が違和感を訴えるのだ。
「慣れぬ」
とボロンゴが口に出し、寝返りをうった時、テントの扉が開く。
「やあ、ボロンゴ君、お邪魔するよ」
「……カッテニ、ハイッテクルナ」
ボロンゴはいかにも面倒そうに身体を起こす。
そこにいたのは、文明人、即ち帝国人であった。
白い肌、柔らかそうな、まるで稚児のような顔つき。
金色に輝く、黄金玉の加護そのものと言える色彩に染まった髮。
如何にも帝国の男性というような、よく分からない物腰。
多くの氏族人にとっては怒りと憎しみの対象である、帝国人である。
戦いが終わったとはいえ、感情はそう簡単に静まるものではない。
親しい者を無くした者も多いのだ。
当然そのことを知っている帝国人は、大半がまず入植地を出ない、
出るとしても、頭の悪い宣教師と言う名の大地への冒涜者。
帝国の神を押しつける忌々しい者か、
ごうつく張り、どこまでも欲に酔った商人に限られるものだ。
その上、彼らは多くの戦士に囲まれて、氏族人への侮蔑を隠さずに決まった集落にしか現れない。
時折、探検者が来るが、多くは乱暴に追い出されるか、
荷物を剥ぎ取られて打ち捨てられるか、
命を取られて神への供物へと捧げられるか。
この眼の前の帝国人、痩せた小さな帝国人も、そういった探検者。
本人が言うところでは、大学なら場所で知識を語る、賢者であるらしい。
と、ボロンゴは了解していた。
サバンナの帰り道、今にも朽ち果てそうなこの男を拾って既に一年。
天からの助けといった男は、掠れるようなしかし何処か甘みを帯びた声で、
感謝を示し、以降何故かボロンゴについて回っているのだ。
ボロンゴが帝国人を、文明人を飼っている。
あるいは裏切った、あるいは利用しているなどという噂が氏族社会を駆け巡っているのは、
この男「アーネスト・レイミアン」を名乗る男のせいであった。
当初は、迷惑がり、怒り、あるいは呆れ、脅し、逃げた黒のボロンゴも、
既に諦めたのか、最近ではこうやって話すことにも抵抗はなくなっていた。
ボロンゴが典型的な帝国人であるならば、
ボロンゴもさっさとその荷物を剥ぎ取り、さっさと草原虎竜の巣穴にでも放り出していたであろう。
しかしこのレイミアンなる男。
奇妙に世間知らずで、学者を名乗る割にはサバイバルの作法さえも知らず、
どうしてまたこの乾きの社会へと身を置いたのか分からぬ程の男であった。
さらに言うのならば、この男、文明人特有の無知、そして偏見を持ってはいるが、
それにこだわらない、不思議と柔軟、こちらを差別する訳ではない帝国人だった。
氏族人の風俗風習への誤解、あるいは偏見は、それしか知らなかったからそう言っているだけ、
という趣で、まるでその知識にこびり付くような、嫌な感情が、全く感じられないのだ。
即ち、純粋。
ボロンゴと言葉を交え、そして氏族の過酷な社会と大地を歩くにつれて、
己が見て、得たそれらの知識を、そういった誤った、一面的な視点から見た知識と置き換えることが、
驚くほど素直に出来る男なのであった。
それ故に、ボロンゴは、新鮮さとともに、この男が傍にいることを許したといってもよい。
何故、皆の肌は黒いの? と純粋な眼差しで聞かれるのなら、
ボロンゴは全く純粋に応え返す男であった。
「で、今日はどうだったのかなボロンゴ君?」
「ドウモコウモシナイ、イツモノヨウニ、ヤタマデ」
こうして帝国公用語を教わったボロンゴは、今では片言だが、ある程度の会話が出来るまでになっていた。
帝国では、野蛮人は劣等的な人間であり、その本質は猿に近いなどと言う者も居り、
神聖にして、美しい帝国語は、野蛮人には理解できない、といった誤った見方を、
平然と述べる貴族までいるが、レイミアンは、目前のボロンゴが僅か二月でこの段階に至ったことを思うと、
全く「知」とはなんであるのかと、そう考えざるをえなかった。
「ふう、砂竜を大したことがない……ね」
苦笑するように、今度は、「東の早馬」の言葉を口から話すレイミアン。
「……児戯に等しいものよ。俺にとってはな」
「いやはや、怖いねぇ……っと」
一瞬、声が高くなった、レイミアンは帝国本土の出身らしく、
地形の急な違いが、彼の喉の調子を狂わせるらしく、時折声が、乱れる。らしい。
ボロンゴはこの奇妙な友人。
氏族社会においては客人としてさえ、もてなしを受けることのない文明人のちび男を見る。
小さい、細い、ボロンゴにとって人間の美形の基準は、
西洋人のそれに当てはめることは不可能だが、
しかし恐ろしく、均整が取れているように見える。
即ち、配置の比率が取れている、このことから恐らく、帝国においては美形、
と称される顔つきなのだろう。ボロンゴはそう考える。
頭二つ分の違い、二〇〇CM
氏族社会おいては、マルボブの小木二本、あるいはバンバンの木の幹をも越える高さと称される
偉丈夫であるボロンゴと、
西洋人の怪しい術『錬金術』やら『魔化学』なる学問に通じた、
謎の学者、自称探検者は、奇妙な凸凹コンビを形成していると言えた。
3
「そういえば、クルスナのおばばが言ってたよ、
ヤンマルクから救援要請だって」
「禿鷲が?」
大蚕と呼ばれる全長五Mにもなる虫が生み出す、
「大地の吐き出す糸」とボロンゴが呼ぶ、温かく、そして涼しい糸で織られた布が、
藁葺きのゴザに敷かれている。
レイミアンは、帝国の古様式で織られたトーガとブレの上に、何重にもローブを着て、
二重のマフラーで己の身体を覆っている。
向かい合うボロンゴは、股間を覆う粗末ない布切れ一枚。
肩から掛けられたロープは、火山竜の筋肉で織られた強靭な道具であり、
それが申し訳程度に、肉体を囲んでいた。
そのボロンゴは今、顔を大きく顰めていた。
禿鷲ヤンマルクは大蟹の部族と呼ばれる、北林の一氏族の長である。
北林はステップを越えて北の海に面して、北小山嶺の麓に存在する。
古い熱帯林の名残であり、現在は七氏族が居を構え、かつては閉鎖的な独自社会を築いていたが、
アナントリナ入植地との隣接していたため、圧迫を受け、現在では森を開放し、
大氏族に参加している。
その中の大蟹の氏族。蟹の神を祭る氏族は、北林の終わり、
海に面した大木群に居を構えていた筈である。
「それはまた、遠いな」
「うん、そうだねぇ……行くの?」
上目遣いでこちらを見るレイミアン。
腕を組み、逞しい、まさに鋭くカットされた鋼玉のような鋭利さを見せる
ボロンゴ。既に一年で一番激しい風の吹く時期(神々の大移動)は終わっている。
大氏族帯は不毛で過酷な大地が広がっているが、
多くの生命と、多くの怪物、多くの存在が闊歩している、
危険な大地である。
遙か北の北林に行くことは、多大なリスクを伴うものだ。
氏族における唯一の都市ポロックスは、
ボロンゴの今居る集落から北東にある。
奇跡の小森林にある、大沼。
古くから氏族の聖地とされ、現在は全ての氏族の神の祠が存在するその地まで。
馬を飛ばして五日。
同じ馬を使うのであれば、おそらく休みを考えて十日。
「どうするか」
「馬を交換する手持ちは?」
ボロンゴは首を振る、交換経済が発達し、
多くの原料が交換される今の氏族社会。
原料との交換が可能である、大骨の貨幣は、
しかし、郷里への仕送りとして、別払いとしていた為、今はない。
運の悪いことに盗斑の人員は、常に狩り場を移動しており、
現在は、何処か遠くに行ってしまっただろう。
暴れ牛オーロックス六頭立ての大馬車の足は、非常に速いのだ。
「走るか」
「……えっ?」
「俺の荷物はこの布とテントの布くらいものだ。
後は槍と、ナイフ、そして幾分かの干し肉」
「……馬でポロックスまで五日なんだよね?」
「ああ」
「そこから大蟹の氏族集落までまた五日くらいの距離があるよね」
「……大丈夫だ、問題ない」
「なにがっ!?」
ボロンゴはその言葉に振り向かず、
おもむろにテントをたたみ始めた。
……
…………
「ねぇ、本当にいくの?」
「ああ、大丈夫だ、神の恵みたる母なる生命力は充ち満ちている」
「……まあ確かに君はおかしなくらい魔力量が多いけどさ」
ボロンゴはマントを羽織り、遠巻きに幾人もの戦士や女が訝しげな目でこちらを見ているのにも関わらず、
全く平然とした様子で、槍を携え、また幾つもの荷物を背負っている。
「僕はどうすればいいのかな?」
「……ん」
ボロンゴが少ししゃがんだ。
「えっ?」
「乗れ」
「はぁ、……はぁ!?」
「早くしろ」
え、えっと、何を言っているのかな?
と言いたげに、レイミアンは首を傾げる。
――ど、どうすればいいのかな?
――どうもこうもないだろう。
見れば見るほどの漆黒。
黒そのものよりもなお黒い、気高い魂をもった巨漢が、
爛々と赤い瞳を輝かせて、全身に彫られた紋章を輝かせている。
遍く個人が内包する魔力は、無数の方式、無数の触媒、無数の詠唱、無数の手段を持って、
外界に異能として顕現する。
これを魔術と、あるいは気合いと、あるいは奇跡と、呼び方こそ無数だが、
その意味するところは一つである。
「いくぞ」
「へ、へぇ、いや本当に、君と一緒に居ると飽きない、ね。
帝都じゃあ考えられないよ……」
そうして黒のボロンゴは、夜の空へと溶けて去った。
疾駆、疾走、足と全身が励起し、爆発的な推進力を得る。
「えええぇぇぇぇぇぇぇ」
「しっかり身体を掴め、そして口を閉じろ、舌を噛む」
神への祈りを捧げ、旅路の幸福を祈れば、道は始まる。
こうして黒のボロンゴ、ウバニベェス・ボロンゴは、
アーネスト・レイミアンを背負い、出発したのだった。