家出猫
家出猫なら、見つけます!
そういう貼り紙をしてある。
そんな限定的な探し屋のボクだが、その扉を叩く人はそこまで少なくない。
「ふむふむ、茶トラの男の子ですね」
貰った写真には家出した猫の姿、名前、年齢が書いてある。
特徴は、体に羽みたいな模様がついているところ。
男の子とは言ったが、わりと高齢だ。
「本当に見つかりますでしょうか……もう三ヶ月になるんですが、もしかしたらもう……」
「その可能性も、一応持っておいて下さい」
飼い猫が家を出る理由は、ぶっちゃけそこまで多くない。それもまた、可能性の一つに過ぎない。
「では、また後日、お越し下さいませ」
家を出た猫の大半は、ここに訪れる。
そこはいわゆる、『猫の集会所』
普通の人は行き着くことの出来ない、猫達だけの秘密の場所だ。
そこへの入場を許可されているボクは、毎回ここで依頼の猫を探している。
ボクがここへ来る理由は家出猫を探す為だけど、ここへ来る猫の理由は、そこまで多くない。
ただ来たいからとか、家を出て来たからとか、あるいは―――
『よぅ、久しぶりだな』
一匹の猫が声をかけてきた。白黒のパンダ柄の猫だ。
猫の言葉が分かるというか、ここでの言語は一つだけになるというか、ボクが、かなり特殊だからというか、とにかく、言っていることは分かる。
「またここに来てるの?」
彼もまた、ボクの所に依頼が来たことのある猫だ。
『一日中いるわけじゃないさ、しばらくしたら帰るよ』
「そっか、あれからどう? 飼い主は」
『アンタの言ってくれた通り、良い飯を用意してくれてるよ』
「もう家出する気は?」
『無いね、タダ飯が食べられて文句なんて言わないよ』
「なら良かった。じゃあね」
白黒猫と別れて、集会所を奥に進んでいく。
『あら、お久しぶりね、探偵さん』
再び猫に声をかけられた。気品のある、シャム猫だ。
「探偵になったつもりはないんだけどね」
『アナタに声をかけられた猫は皆そう言うわ』
「まぁいいけど。あれからどう?」
『言うこと無しよ。猫に服なんていらないって言ってくれたアナタには感謝してるわ』
「そっか、ならなによりだよ」
『誰か探してるの?』
「まぁね、茶トラの男の子で、羽みたいな模様がついてるんだけど」
『ふむ……知らないわね、力になれなくてごめんなさい』
「大丈夫だよ」
『そうだわ、アイツなら知ってるかもしれないわ。ちょっと待ってて、連れて来るから』
シャム猫は走って行ってしまった。
言われた通り待っていると、一匹の猫を連れて戻って来た。
『待たせたわ』
『お〜! たんていさん! 久しぶり!』
三毛猫の女の子、この集会所の中でわりと若い子だ。
「久しぶり、あれから飼い主さんとはどう?」
『うん! いつでも外に行けるように窓を開けてくれてるよ!』
「そっか、良かったね」
『やっぱり猫たるもの外でのびのびしないとね!』
「でも冬はこたつで丸くなる」
『うっ〜、寒いのはきらーい!』
『そこが猫なのよ、猫たるもの、きまぐれは標準装備よ』
「だから探す必要があるんだけどね」
『だからアナタは生計がたてられるんじゃない』
「まぁね」
『ところでなんのよーじ?』
「あぁそうだ、茶トラの男の子で、羽みたいな模様のある猫を探してるんだけど」
『知ってるよ! 最近来たあのおじいさんだね!』
「良かったら、連れていってくれないかな?」
『もっちろんいいよ! こっちこっち!』
『ほらあそこ!』
シャム猫と別れ、三毛猫の案内に着いてくると、目的の猫を発見した。
茶トラで、羽みたいな模様がついている。
間違いない。依頼の家出猫だ。
「ありがとう、ここまででいいよ」
『どぉいたしまして〜』
三毛猫と別れ、ボクは1人茶トラ猫に近づいた。
「こんにちは、いえ、こんばんは、ですか」
昼夜の概念はよく分からない空の色をしているし、ここへボクが入れるのが逢魔が時だから、どっちを言っていいか分からないんだ。
『……キミは?』
低い声、老人のような深みのある声だった。
「家出猫を探している者です。貴方を、飼い主の方が探していましたよ」
『……そうか、やはり、何も言わず出ていくからだな』
「何か言っても、人には伝わりませんけどね」
『……そうだな』
「さて、ボクが来た理由は貴方を飼い主の元へ帰すことです。家を出た理由をボクに伝えていただければ、同じ言語を使うボクなら飼い主に伝えられます。お聞かせ頂けますか?」
『……聞かせてもいい。しかし、帰ることはない』
「……それは、なぜ?」
こういう相手にボクは毎回聞く、けれど、言われなくてもすでに分かっている。
『……もう、そう遠くないからだ』
「……」
やはり、そういうこと。
『……よくいるだろう、私みたいなものは』
「はい、関わる3分の1くらいはそうですから」
『……ならば、分かってくれ』
「分かりました。飼い主にはすでに、その可能性も持っておいて下さいと言ってあります。それを、ただ伝えるだけです」
『そうか……ありがとう』
「それが、ボクの仕事ですから」
ボクは連れていくことも原因を聞くこともせず、茶トラ猫と別れた。
きっと、次にここへ来ても会うことは出来ないだろう。
猫が家を出る理由はそこまで多くない
飼い方に不満があるか
飼い主に不満があるか
飼われる家に不満があるかもしくは、永久の別れをする為か
猫の集会所には、そういう多くない理由を持った猫が集まってくる
その理由もまた、そこまで多くない
ただ来たいから
家を出たから
あるいは―――
家に帰ってこない猫の捜索願の張り紙を見て思いつきました。
若干不謹慎な感じもしますが、猫が家を出る理由に、きっとそれも含まれていると思うんですよね。
皆さんは、どう思いますか?
それでは、