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死に戻り鍛冶師は、最弱装備だけで世界を救う  作者: おぷっち


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強い鉄と、生き残る鉄

公開テストの喧騒が嘘のように静まり返った翌朝。工房の隅で、俺は黙々と蔓を編み込んでいた。一睡もしていない体はずしりと重く、目の奥がじりじりと熱を持っている。それでも、手の動きは止めなかった。

「アキラ! すごいことになってるよ!」



息を切らして工房に飛び込んできたリリィの声は、疲労に沈む意識を無理やり引き上げた。彼女の顔は興奮で上気している。



「ギルドの新人たちが、みんなアンタのプロテクターの話で持ちきり! 『転んでも死なない防具』だってさ!」



その言葉に、ふっと口元が緩むのが自分でも分かった。リリィから伝え聞くギルドの光景が、目に浮かぶようだった。昨日まで不安げな顔をしていた新人たちが、胸を張って蔓のプロテクターを仲間同士で見せ合っている。その光景は、徹夜の疲労をじんわりと溶かしていく。



当たり前の安全。

それはまだ、ほんの小さなさざ波に過ぎない。それでも、確かに広がり始めている。その手応えが、ずしりと重い達成感となって体に染み渡った。



しかし、その穏やかな時間は長くは続かなかった。

成功が光なら、その光は必ず影を生む。



数日後、ギルドの空気が変わった。これまで俺の装備に見向きもしなかった者たちが、あからさまな軽蔑の視線を向けてくるようになったのだ。特に、ギルドに出入りする古参の鍛冶師たちの敵意は剥き出しだった。



「伝統も知らぬ小僧が作ったガラクタで、命が救えるか。我々の仕事を侮辱するな」



リリィが悔しそうに教えてくれた、酒場での悪評は、冷たい刃のように胸に突き刺さった。工房に戻っても、他の職人たちは俺をいないものとして扱う。挨拶をしても返事はなく、道具を借りようとすれば舌打ちが聞こえる。親方は何も言わず、ただ遠くから俺の作業を眺めているだけだ。庇うでもなく、咎めるでもないその沈黙が、かえって俺の立場を微妙なものにしていた。



「ひどいよ! アキラはみんなのために……!」



俺の代わりに声を荒げたのは、やはりリリィだった。ギルドに立ち寄った際、掲示板の前で俺のプロテクターを嘲笑うベテラン冒険者たちを見つけ、食ってかかったのだ。だが、返ってきたのは冷ややかな一瞥だった。



「嬢ちゃん、気持ちは分かるがな」



傷だらけの鎧を着込んだ大男が、リリィの右腕に巻かれた包帯を一瞥する。その視線は、彼女の古傷を的確に抉った。



「そんな安物で命を預けるとは、お前も落ちたな。その腕の傷も、まともな装備をしていれば負わずに済んだかもしれねえな」



リリィの言葉が、喉の奥で詰まる。彼女は悔しさに唇を強く噛みしめ、俯いた。彼女の正義感が、その優しさが、結果的に俺への風当たりを強くしてしまった。俺は、何も言い返すことができなかった。



追い打ちをかけるように、ゼノス・ヴァルガスの静かなる牙が剥かれた。

公開テストの成功後、噂を聞きつけてプロテクターの素材である森の蔓を売りに来てくれるようになった村人たちが、ぱったりと工房に姿を見せなくなったのだ。不審に思ったリリィが市場を調べてきて、その理由が判明した。ヴァルガス商会が、法外な高値で蔓を買い占めているという。



ゼノスの顔が脳裏に浮かぶ。あの男は、俺の宣言を鼻で笑い、そして静かに、だが確実に俺の息の根を止めに来ている。再び、素材の供給源を断たれる。あの革の時と同じだ。



工房の冷たい石壁に背を預け、俺は目を閉じた。

今すぐ死に戻れば。

買い占めが本格化する前に、村人たちから直接、全ての蔓を買い取ることができるかもしれない。一瞬、その甘い誘惑が心をよぎる。



だが、すぐにその考えを振り払った。

『死に戻れば…間に合うか? いや、ダメだ。それでは何も変わらない。俺が作るべきは、誰にも支配されない安全だ』

同じことの繰り返しだ。それに、死に戻りの負荷は確実に俺の精神を蝕んでいる。安易な解決は、ゼノスの掌の上で踊るだけだ。



思考の袋小路に迷い込み、重い体を引きずって街の酒場へ向かった。何か、ヒントはないか。焦りだけが空回りする。

ざわめきの中、隣の席の冒険者たちの会話が、不意に耳に飛び込んできた。



「聞いたか? あの『鉄壁のクルト』が死んだらしいぜ」

「マジかよ! あいつ、確か王都の職人が打ったミスリルの全身鎧を着てたはずだろ?」

「ああ。だが、それが仇になった。ゴブリンの仕掛けた落とし穴に気づいた時には、重すぎて避けきれなかったんだとさ」



その言葉が、雷のように俺の頭を撃ち抜いた。

ミスリルの鎧。最高の素材。最高の防御力。それが、死因。

点と点が、線で結ばれていく。俺の中で、ある核心的な仮説が形を取り始めた。



『装備の強さ』と『生存率』は、必ずしも比例しない。



工房に戻った俺は、誰にも見られない隅で床に座り込み、意識を深く、深く沈めていった。仮説を裏付けるために。俺の唯一の武器である、あの記憶の奔流へとアクセスする。



途端に、世界が歪んだ。

冷たい汗が背中を伝い、無数の死の断片が濁流となって意識に流れ込んでくる。



――源素の光を放つ魔法の剣を掲げ、突撃する騎士。その体を、ゴブリンの汚れた槍が易々と貫く。過信が、彼の命を奪った。

――分厚い鋼鉄の鎧に身を包んだ傭兵。洞窟の天井が崩落する。仲間は身軽に走り抜けたが、彼はその重さ故に、一歩が遅れた。轟音と共に闇に飲まれる。

――ドラゴンのブレスを防ぐという伝説の盾。だが、その衝撃で吹き飛ばされ、崖下に叩きつけられて絶命する冒険者。



強い装備。高価な装備。伝説の装備。

それらを過信し、油断し、あるいはその装備そのものが原因で、無惨に死んでいく無数の冒険者たちの姿。それは、俺が何度も繰り返した死の記憶であり、俺が救えなかった命の記録だった。



「う、ぁ……っ」



息が詰まる。心臓が鷲掴みにされたように痛む。無力感が全身を苛み、俺はその場に崩れ落ちた。

違う。

俺が作るべきものは、ただ硬いだけの鉄じゃない。ただ強いだけの装備じゃない。



「違う…!強さだけじゃ、生き残れない…!」



喘ぎながら、俺は真理を掴む。俺が作るべきは、生き残るための鉄だ。

どれだけみっともなくても、どれだけ泥臭くても、最後に立っているための、安全。



激しい精神消耗で朦朧とする意識の中、俺はただ、震える自分の手のひらを見つめていた。



その時だった。

工房の扉が、重い音を立てて開かれた。のそりと入ってきた影は、磨き上げられた重厚な鎧を身にまとっている。その男が発する威圧感で、工房の空気が張り詰める。男はまっすぐに俺の前に立つと、その兜の奥から鋭い視線で俺を射抜いた。



「巷で噂の『死なないための装備』を作る鍛冶師は、お前か」



低い、地の底から響くような声。男は自らを都市の自警団長、グレイ・ストーンと名乗った。彼は、部下の死亡率と装備の関係を独自に調査しているのだという。



グレイは俺の目を見据え、静かに、しかし有無を言わせぬ力強さで告げた。



「その装備、自警団での試験採用を検討したい。だが、その前に実力を見せてもらおう。俺の部下を一人、お前の装備で『死ななく』させてみろ」

グレイはそう言うと、俺に背を向けた。去り際、鎧の軋む音に混じって、独り言のような低い声が聞こえた。「……昔、装備の重さが原因で、助けられたはずの部下を……」

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