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死に戻り鍛冶師は、最弱装備だけで世界を救う  作者: おぷっち


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値のつけられない鉄

工房の屋根裏に月明かりが差し込む。床に散らばる革の端切れと、ヴァルガス商会の紋章が入った麻袋をぼんやりと照らした。俺は一睡もしていない。目の奥は熱く、頭は鉛のように重い。それでも、思考だけは妙に冴えわたっていた。

『君の「安全」には、いくらの値がつく?』



羊皮紙の切れ端に書かれた言葉が、頭の中で反響した。これは単なる妨害ではない。テストだ。俺の技術の核が特定の素材(革)に依存していることを見抜き、その供給を断つことで俺という存在を値踏みする。さらに、その上で技術ごと支配下に置こうという、冷徹な支配の宣告だった。



怒りよりも、冷たい何かが背筋を駆け上がった。疲労困憊の身体とは裏腹に、心は静かに燃え上がる。



彼らの土俵で戦うのは終わりにしよう。

お前たちが奪った素材は、もう俺には要らない。俺は、もっとありふれたもので、お前たちの想像を超える安全を作る。



金で買える安全に価値はない。誰にでも手に入る素材で、誰もが享受できる安全。それが、俺の答えだった。



翌朝、工房に降りると、リリィが心配そうな顔で俺を待っていた。彼女の右腕には、まだ白い包帯が巻かれている。



「アキラ、顔色ひどいよ。昨日、何かあったの?」

「……ああ。少しな」

「大丈夫?」



俺は彼女のまっすぐな瞳を見つめ返す。目の下の濃い隈を隠すことはできないだろう。だが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。



「問題ない」



短く答えると、リリィは一瞬、何か言いたげに口を開きかけたが、すぐに閉じた。彼女は俺の瞳の奥にあるものを感じ取ったのかもしれない。懸念と信頼が入り混じった表情で、小さく頷く。



「アキラが大丈夫って言うなら信じる。でも、無理だけはしないでね」



その言葉が、ずしりと重い覚悟を支えてくれた。



日中、親方の下で槌を振るう合間を縫って、俺は思考を巡らせる。革に代わる、新しい緩衝材。それは、ヴァルガス商会の手にない、ありふれた素材でなければならない。



そこで俺は、意識を沈めた。死に戻りの記憶。それは、単なるやり直しのための記録ではない。膨大な失敗のデータベースだった。



脳裏に、何度も繰り返した死の光景がフラッシュバックした。ゴブリンに腹を裂かれた時の熱。落盤に潰された時の圧迫感。精神を削る苦痛に耐えながら、特定の記憶を探り出した。



――森の中。野盗に追い詰められ、背中から斬りつけられた。地面に倒れ込み、とどめを刺される直前。受け身も取れず、背中を強かに打ち付けた。だが、想像したほどの衝撃はなかった。なぜだろうか?



記憶の断片を再生する。地面に倒れ込んだ俺の背中の下には、太い植物の蔓が複雑に絡み合っていた。あの時、一瞬だけ衝撃を和らげた、しなるような独特の感触。あれだ、と俺は確信した。



誰もが見向きもしない、森にいくらでも生えている蔓。水に強く、しなやかで、それでいて強靭な繊維質。あの感触こそが、新しい緩衝材の核になるだろう。



その日から、夜の工房での作業が始まった。親方は俺の夜間作業を黙認してくれている。だが、約束通り工房の備品は一切使わない。俺が使うのは、親方が捨て置いた廃材と、森で集めてきた大量の蔓、木から採取した樹脂だけだった。



親方の黙認を得つつも、あくまで個人的な作業として、工房の隅で試作を繰り返す。蔓を編み、金槌で叩き潰し、繊維をほぐす。熱した樹脂で固めると、一度目は硬すぎた。二度目は脆い。失敗のたびに、蔓の編み方、繊維の潰し方、樹脂の配合を変えた。



ある夜、作業に没頭していると、背後に親方の気配を感じた。振り返らずとも、不機嫌そうな空気が伝わってくる。



「……またくだらんものを」



吐き捨てるような声。だが、その声にはいつもの怒声の鋭さがない。親方はしばらく俺の手元をじっと見ていた。やがて何も言わずに踵を返す。その背中が、ほんの少しだけ何かを認めたように見えたのは、俺の願望だろうか。



数日後、ついにそれは完成した。幾重にも編み込まれ、圧縮された蔓の繊維が、樹脂によって一体化したプレートだった。軽く、指で押すと確かな弾力で押し返してきた。



俺はリリィを工房に呼んだ。



「これが、新しいプロテクターだ」



彼女は、蔓でできた無骨な防具を手に取り、不思議そうに眺めた。見た目は、お世辞にも良いとは言えなかった。



「見せるんだ。金じゃ買えない安全があるってことを。俺たちの価値を、値踏みした連中に証明する」

俺はリリィに向かって言った。「冒険者ギルドの訓練場で、こいつの性能を公開テストしよう」



それは、ヴァルガス商会に対する、俺からの宣戦布告だった。



エルドニア冒険者ギルドの訓練場には、物見高い冒険者たちが集まっていた。彼らの視線は、テスト台に立つリリィと、彼女が身につけた蔓のプロテクターに注がれた。好奇心と、それ以上の嘲りが空気に満ちていた。



「おいおい、なんだありゃ。蔓でできたガラクタか?」

「あんなもんで、訓練用の木槌を受け止められるわけねえだろ」



リリィは黙って正面を見据える。俺と視線が合うと、小さく頷いた。彼女の右腕の古傷が、時折ズキリと痛むのかもしれない。だが、その瞳に迷いはなかった。



テストの執行役を務める大柄な冒険者が、巨大な木槌を肩に担ぐ。あれは、城門を破壊するために使われる訓練用の重たい代物だった。



俺は息を呑んだ。計算上は、大丈夫なはずだ。何度も試作を繰り返し、衝撃を分散させる編み込み構造を突き詰めた。だが、現実のテストはこれが初めてだ。もし、俺の判断が間違っていたら――。



木槌が、高く振り上げられる。



訓練場に集まった誰もが、固唾を飲んでその瞬間を待った。嘲笑の声も、今は聞こえない。



ヒュッ、と空気を切り裂く音がした。



次の瞬間、すべてを圧し潰すような鈍い音が響き渡る。



ゴッ!



一瞬の静寂が訪れる。

誰もが、リリィが吹き飛ばされるか、うずくまる姿を想像しただろう。



だが、彼女は立っていた。木槌が直撃した胸のプロテクターに、わずかな凹みができただけだ。リリィは、びくともしていない。彼女はゆっくりと顔を上げ、驚愕に目を見開く冒険者たちを見回した。



訓練場が、どよめきに包まれた。嘲笑は、信じられないといった呟きへ、やがて驚嘆と賞賛へと変わっていった。



その日の午後から、俺の工房には新人冒険者たちがひっきりなしに訪れるようになった。彼らは高価な金属鎧を買う金はない。それでも死にたくないと、切実な目で俺に訴えかけてくる。俺は彼らのために、蔓のプロテクターを量産し始めた。一つ一つは安価だが、確かな安全を約束する装備だ。俺が追い求めてきた「当たり前の安全」が、エルドニアの片隅で、ようやく確かな形を持ち始めた瞬間だった。



その頃、エルドニアのヴァルガス商会支店の一室。

豪奢な椅子に深く腰掛けたゼノス・ヴァルガスは、届けられた報告書に静かに目を通す。蔓のプロテクターの驚異的な性能。新人冒険者からの注文殺到。彼は報告書を机に置いた。表情一つ変えずに、窓の外に広がるエルドニアの街並みを見やる。



「テストは終わりだ。面白い玩具から、我々の『計画』の駒になってもらおうか」



彼の視線の先には、エルドニア全体の詳細な地図が広げられていた。

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